歴史社会文化研究分野とは

 「歴史社会文化研究分野」は、人文科学を探究する分野であり、多様なディシプリンによって構成されていますが、歴史学のグループ、哲学・社会思想史のグループ、そして、文芸・言語のグループの大きく3つに分けることができます。各学問領域のアプローチもそれぞれの伝統に従ってさまざまですが、いずれの領域においても、自ら設定したテーマに関して、史料や原典を徹底的に読み込み、分析することを基本的な研究姿勢として要求しています。そのため、どの領域においても、自分が取り組む専門にとくに必要な言語や史料読解能力を習得することが、何よりも強く求められるところに特徴があります。
 このように本研究分野を構成するスタッフは、その専門領域によって3つのグループに分かれていますが、問題意識や研究アプローチ、教育方針などを共有し、担当科目も共同で運営しています。


歴史社会文化研究分野教員一覧
教員名専門分野現在の研究テーマ
若尾政希日本史、日本近世史・思想史近世の人々の思想形成の研究
「書物・出版と社会変容」研究
鈴木直樹日本史、日本近世史近世の自然災害史
近世・近代移行期の村落・地域社会史
石居人也日本史、日本近現代史生老病死をめぐる社会意識・規範の研究
都市と郊外の地域社会史
加藤祐介日本史、日本政治史近現代日本における国家と天皇
洪郁如アジア史、台湾近現代史、日台関係史日台の歴史記述・記憶とパブリック・ヒストリー
日本の台湾統治における階層とジェンダー
佐藤仁史アジア史、中国近世・近現代史、日中関係史近世・近代中国の水域社会史研究
近代中国の郷土意識と出版文化
加藤圭木アジア史、朝鮮近現代史、日朝関係史近代朝鮮の地域社会史、
日本の植民地支配責任と歴史認識問題
中野聡アメリカ史、国際関係史アジア太平洋国際史、米比日関係史、 第2次世界大戦とその記憶
貴堂嘉之アメリカ史、人種・ジェンダー・エスニシティ研究アメリカ移民史、人種研究、優生学運動史、 風刺画研究
牧田義也アメリカ史、グローバルヒストリー人道主義の国際史、アメリカ社会史、歴史理論
田中亜以子ジェンダー・セクシュアリティの歴史、近現代日本近現代日本における親密な関係、ジェンダーに関わるアイデンティティの歴史
秋山晋吾ヨーロッパ史、東ヨーロッパ地域研究近世ハンガリーの農村社会史
バルカン・中央ヨーロッパ移動民研究
森村敏己社会思想史、ヨーロッパ史奢侈論、商業社会論、啓蒙研究
井頭昌彦哲学・倫理学科学哲学、認識論、社会科学方法論、メタ哲学
吉沢文武哲学・倫理学生殖の倫理、死の哲学、動物倫理、価値論
中野知律仏語圏文芸思想フランス文学
井川ちとせ英語圏文芸思想イギリス文学、イギリス社会文化論
寺尾智史言語社会学、地域研究言語社会学、知識社会学、スペイン語・ポルトガル語が使用される地域の地域研究(欧州、中南米、南部アフリカ等)

歴史学グループの研究内容および講義概要

 歴史学のグループの所属教員は、日本・東アジア(朝鮮・中国・台湾)・ヨーロッパ・北アメリカの歴史、ジェンダー史を専攻しています。

【日本史】
 日本史研究とは、主として日本列島をフィールドとしてそこに生起してきた歴史的事象を対象とする研究をいいます。対象とする時代は、日本列島が形成され人が住むようになった原始の時代から現代まで長期にわたりますが、「歴史社会文化研究分野」に属する日本史の教員は、16世紀以降、時代区分でいえば「近世」以降を専攻しています。よって各教員が行うゼミでは、教員の専門に応じて、「近世」あるいは「近現代」を扱います。大学院に入学(進学)したみなさんは、「歴史社会文化研究分野」の教員のゼミを一つ履修し(これを主ゼミといいます)、各教員から個別指導を受けることになります。また、主ゼミのほかに、 副ゼミを履修することも可能です。日本史のゼミは複数開設されていますので、いずれかひとつを主ゼミ、ほかのひとつを副ゼミとして履修する院生が多くいます。このほか、経済学研究科等、他研究科に属する教員のゼミを履修する院生もいます。研究の方法を学んだり、視野を広げたりするためにも、複数のゼミを履修することをお勧めします。
 日本史に関わる講義には、大学院専修科目として日本史(前近代)、日本史(近代)、日本史(現代)、日本思想史、学部・大学院共修科目として日本思想史特論、日本史特論があります。このうち、年度により3~5の講義が開設され、毎年、講義題目も異なります。よってみなさんは、WEB上のシラバスを読んで、興味を持った講義を受講することになります。 日本史研究にかぎらず、歴史研究の基本は、史料を批判し読解する能力を身につけることにあります。こうした点に不安がある人はもちろん、自信がある人も(単位を取得するかどうかに関わりなく)、学部生対象の歴史学の講義(たとえば史料講読(日本史))に参加することもお勧めします。基本を再確認できるだけでなく、将来、自分が教える立場になったときにも役立つと思います。また、余裕があれば、日本史だけでなく、アジア・ヨーロッパ・アメリカ史の講義をも適宜受講して、視野を広げておくことも大切でしょう。
 学位論文(修士論文・博士論文)はゼミ中に輪番でおこなう研究報告(ゼミ報告)やオフィスアワー等を利用 して、ゼミ生同士で切磋琢磨したり、教員の指導・助言を受けたりしながら、書きあげていくことになります。

【アジア史】
 アジア史は、中国近世・近現代史、台湾近現代史、朝鮮近現代史を専攻とする教員で構成されており、これらの分野については高度の知識と研究方法を修得することができます。東アジアの近現代史を中心としているのが、一橋大学のアジア史の特徴です。
 歴史学の研究は史料を広く調査・収集し、丹念に読解・分析することを基礎としていますが、アジア史については、大学院入学時に中級程度の中国語または朝鮮語の読解力、あるいは漢文の読解力がどうしても必要です。そのため、修士課程入学試験の二次試験、博士後期課程編入学・進学試験においては、中国語・朝鮮語・漢文史料のいずれかについて読解力を問う問題を課しています。
 修士課程に入学して、アジア史担当の教員を指導教員としましたら、指導教員と相談して、修士課程における研究課題を定め、研究計画を具体的に立て、それに沿って関連した先行研究を探索して読破・検討していく一方、研究課題に即した史料をできるだけ広く調査・収集し、読解し分析していく作業を重ね、その成果を修士論文にまとめていきます。それに役立つように設定されているのが、アジア史関係の演習と大学院科目です。以上の研究活動とアジア史関係の授業科目の履修によって、専攻分野に関する高度の知識と研究方法の修得をめざします。
 それと同時に、アジア史の関連分野について広く学修する必要があります。アジア史と関連が深い分野は、日本史などですが、設定した研究課題によってさらに多様になります。どういう関連分野を履修したらよいかは、指導教員と具体的に相談するようにしてください。
 アジア史を専攻とした場合に、履修すべき科目は指導教員の演習、歴史社会研究分野のリサーチワークショップであり、履修した方がよい科目はアジア史や関連分野の大学院専修科目、学部・大学院共修科目です。また、社会学部において開設されている史料講読などのアジア史関係の基礎科目を履修した方がよい場合があります(これに関しては、指導教員と相談してください)。 博士後期課程については、指導教員の演習の他に、指導教員と相談して、自己の研究能力をどのように成長させるかをよく考えた履修計画を立て、それに沿った形で大学院科目の科目をできるだけ広く履修するようにしてください。

 修士論文・博士論文とも、適切な研究課題を設定するために、関連した研究の現状、史料の存在状況について、できるだけ早く知る必要があります。幅の広い学修は、専攻すべき対象を適切に決定するのに役立つと言うことができます。指導教員とよく相談して、積極的に広く学修し、そのなかで自己の研究課題をいっそう明確にしていくことを心がけてください。
 また、文章表現力、史料の扱い方は修練が必要であり、謙虚な態度で先行研究や史料に接することが肝要です。

【ヨーロッパ史】
 一橋大学のヨーロッパ史研究には、長い伝統があり、とくに中近世の社会史の研究領域で多くの歴史家を輩出してきました。ヨーロッパ文明を、その社会的な基層から理解し、近代社会の生成を根源から問うこと、それをもとにヨーロッパの発展モデルを相対化し、世界史的な文脈で理解しなおすこと、それらを通じて現代社会の諸問題に応えていくことを軸にして、研究を積み重ねています。その意味で、一橋大学社会学研究科が取り組む社会科学・人文科学の土台をなす研究分野といえます。
 2023年度のヨーロッパ史分野は、18世紀フランス思想史と18-19世紀ハンガリー社会史をそれぞれ専門とする2名の教員が担当しますが、所属する大学院生の研究テーマは、時代的には中世から現代まで、地域的には西欧から東欧・南欧までと幅広く、研究の観点も思想史・社会史のみならず、外交史、歴史理論、マイノリティ史などの広がりがあります。いずれにおいても、欧米日主要言語による研究史・研究動向に棹差しながら、一次史料の丹念な読み込みを核にして研究を進めていくことには違いはありません。そのためには、主要言語に加えて、研究対象に即したヨーロッパ諸言語の修得を計画的に進めていくことも必要になります。また、大学院ゼミでは、個々の院生が多様な研究テーマを持ち寄って濃密に議論することで、個々のテーマを超えたヨーロッパ史研究の可能性を探究しています。
 ヨーロッパ史の大学院生は、修士課程・博士後期課程を問わず、第二演習を履修して複数のゼミで視野を広げることが推奨されます。第二演習は、ヨーロッパ史分野の2つの大学院ゼミだけでなく、研究テーマや方法論などに即して、日本史、アジア史、アメリカ史、ジェンダー史といった歴史学グループのなかから、あるいは、社会学、人類学、政治学などのゼミから選ぶこともできます。他研究科の、たとえば経済学研究科の経済史部門、法学研究科の法制史部門のゼミに第二演習として参加して研鑽を積むことも歓迎します。また、学外の歴史学の学会・研究会にも、参加者として、研究報告者として、さらには運営委員として積極的にかかわっていくことを勧めます。
 修士課程の2年間、博士後期課程の3年間の間には、研究対象のヨーロッパ各地に史料調査・語学研修などを目的に滞在することが望ましい、または、それが必要となる研究テーマも多いため、在学期間中の計画をしっかりたて、加えて適切に見直しながら、それぞれの学位論文完成に向けて進めていくことを求めます。

【アメリカ史、グローバルヒストリー】
 日本国内でアメリカを対象とする学問は、「アメリカ研究」という地域研究の枠組みで教育・研究が行われているところが多いのですが、一橋大学のアメリカ史研究は、歴史学のディシプリンでアメリカを学べる、日本でも数少ない教育・研究の場です。社会の底辺から歴史的事象を問い直す “from the bottom up”の社会史の眼差しを分析視角の柱にして、黒人史や移民史、ジェンダー史、国際関係史の分野で多くの研究者を輩出してきました。
 アメリカ史分野は、2023年度から地球社会研究専攻の所属となり、より広く「アメリカ史・グローバルヒストリー分野」として再スタートします。アメリカ合衆国の国内史(建国期から現代まで)、外交史・国際関係史まで、これまでも幅広い研究領域の院生が学んできましたが、今後は大西洋史や太平洋史、人の移動のグローバルヒストリー、制度や思想の国際連関や循環を問う「下からの」グローバルヒストリーなどをテーマとする院生を積極的に受け入れていきます。
 アメリカ史・グローバルヒストリー分野は、①アジア太平洋国際史、米比日関係史、②アメリカ移民史、人種・ジェンダー・エスニシティ研究、③人道主義の国際史、グローバルヒストリーをそれぞれ専門とする3名の教員が担当します。院生は、3名の教員のゼミの一つを主ゼミとして履修し、各教員から個別指導を受けます。これ以外に、修士課程でも博士後期課程でも、副ゼミを履修して研究や方法論の幅を広げることが推奨されます。歴史学グループの日本史、アジア史、ヨーロッパ史、ジェンダー史から、あるいは、社会学や政治学などのゼミから選ぶこともできます。
 履修上の注意点としては、「アメリカ史・グローバルヒストリー分野」の院生は、修士課程では地球社会研究専攻の選択必修科目である「地球社会研究の基礎A」(ジェンダー・セクシュアリティの研究・方法を学ぶ)、あるいは、「地球社会研究の基礎B」(移民・難民研究の学際的な研究・方法を学ぶ)のいずれかを履修することが求められます。この科目以外は、総合社会科学専攻と地球社会研究専攻の別なく、大学院専修科目や学部・大学院共修科目から、各自が履修プランをたてて、興味を持った講義を受講することができます。
 学位論文(修士論文・博士論文)の執筆にあたっては、主ゼミや副ゼミでの研究報告やオフィスアワーなどを利用して、教員の指導を受けて、論文を仕上げていくことになります。修士課程においてはリサーチワークショップ、博士後期課程ではリサーチコロキアムという集団指導の場が設けられていますが、ここでは歴史社会文化研究分野で総合社会科学専攻に所属する院生とともに、指導を受けることになります。


【ジェンダー史】
 歴史研究は通常、日本史、ヨーロッパ史のように、その対象とする地域によって分類されています。あるいは、近世史、近代史のように時代ごとの区分が一般的です。それに対して、ジェンダー史は、ジェンダー分析という方法論に着目した分類です。そのため、あらゆる地域・時代を対象にした研究が含まれます。多様な地域・時代を対象とする研究者が、ジェンダー分析とは何か、ジェンダーの視点からどのような歴史が描けるのかというラディカルな議論を積み重ねることで切り開かれてきたのが、ジェンダー史という学際的な研究領域なのです。ジェンダー史への関心は近年ますます高まっていますが、日本国内における研究拠点はまだ多くありません。一橋大学では、ジェンダー史において蓄積されてきた豊かな研究成果を包括的に学ぶ場を提供するとともに、ジェンダーを基点とした歴史学的知のネットワークを構築していくことを目指しています。
 担当教員である田中亜以子は、近現代日本社会における恋愛観念や性愛規範、性別観念の構築過程を研究テーマとしています。アメリカ史の貴堂嘉之は、人種やエスニシティと交錯するジェンダー史を専門とし、優生学運動の歴史を研究しています。アジア史の洪郁如は、台湾女性史を研究テーマとしています。その他の日本史、アジア史、ヨーロッパ史、アメリカ史の教員もまたジェンダー史の方法を重視した教育・研究を行っています。ジェンダー史のゼミを主ゼミとする場合、副ゼミは特定の地域のゼミに所属して研究を進めるのが望ましいでしょう。社会学研究分野においてジェンダー研究を専門とする佐藤文香の副ゼミを受講し、よりジェンダーに力点をおいた学び方も考えられます。副ゼミの選定は自らの専門性の形成に関わる重要な問題ですので、指導教員とよく相談のうえ決めてください。
 講義科目については、「ジェンダー史特論」「ジェンダー史の方法」をはじめ、各史総論・特論の授業を履修することで幅広い歴史的知識と歴史学に共通する考え方を身につけることを勧めます。研究視角を広げるために、自らの研究主題に関わる歴史系以外の科目を受講することも期待されます。
 なお、特定の地域を対象とする歴史学系のゼミを主ゼミとし、副ゼミとしてジェンダー史のゼミを受講する学生も歓迎します。

◎アーカイブズ学とアーキビスト養成
 歴史研究をおこなううえで、史料そのものを扱うスキルはいうまでもなく重要です。また、在学中や修了後に、史料を扱う専門的な職業に就くこともあるでしょう。そのようなとき、アーカイブズに関する総合的・体系的な知識や、アーキビスト(公文書等を扱う専門職)としての素養などが、しばしば求められることとなります。
 2011年度から施行された「公文書等の管理に関する法律」と、2012年度からはじまった「日本アーカイブズ学会登録アーキビスト」資格認定制度、さらには2020年度に開始された「認証アーキビスト」制度によって、アーカイブズをめぐる議論は、近年ますます活発になってきました。アーキビストへの社会的な要請が高まるなか、社会学研究科では、国文学研究資料館の協力のもと、アーカイブズ関連科目を開講しているほか、連携プログラム(アーキビスト養成プログラム)も実施しています。これらの履修をとおして、アーカイブズに関する理論・実践両面での理解を深めるとともに、希望者はアーキビスト資格の認定に必要な単位の修得ができるようになっています(最終的な資格の認定には、一定の実務経験が必要となります)。また、教員と大学院生との共同研究プロジェクト(先端課題研究)や、各ゼミ・有志での活動のなかで、随時アーカイブズの見学や活用のあり方の検討などをおこなっていますので、そうした活動にも積極的に参加してみるとよいでしょう。

哲学・社会思想史グループの研究内容および講義概要

 このグループは、人間の文化的実践を理論的・根源的な観点から分析する哲学と、より歴史的、社会的な視点を重視する社会思想とに区分されています。現在、わが国では哲学・思想に専門的に取り組む講座を持つ大学が少なくなってきているという状況もあり、各スタッフは自分の専門分野をベースにした教育・研究を行いながらも、幅広い問題に対応するための努力を続けています。ここでは、古典的な哲学作品を丁寧に読み進め、解釈を深めていくことはもちろん、対象とする過去の社会の知的・精神的 ありようを学ぶために当時のテキストを幅広く探索することも、さらには極めて現代的な問題意識から出発して、哲学的思考を訓練することによって自らの問題関心をより鍛え上げていくことも可能です。少なくともわたしたちスタッフは、ここで学ぼうとする院生に対してこのような場を提供することを理想としています。
 過去の知的営為を学ぶことの目的は、単にそこで展開される内容を理論的側面からのみ把握することに尽きるわけではありません。そうした議論が成立し、意義を持つことを可能にしている歴史的条件を考察することもまた、重要なアプローチのひとつです。それによってわたしたちは、自分たちが生きる社会とは異なる社会をより深く理解することができるだけでなく、現代社会が抱える問題を別の角度から眺めることも可能になるのです。他者を認識することは間接的に自己を認識することにつながります。本分野で学ぶみなさんには、それらを生み出した社会――歴史的に条件づけられた存在としての社会――を意識しながら、哲学や思想を研究し、社会とその中で繰り広げられる知的営為とがどのように関わり 合っているのかを考察することが期待されています。

 本分野での哲学・社会思想史グループの大学院専修科目は「社会哲学」および「社会思想」が専門講義の柱となっています。これらふたつの科目では、年度ごとに異なるテーマを設定し、それぞれのテーマについてテキストの精読や議論を通じて知識と理解を深めていくことが目的とされています。このほかに、学部・大学院共修科目として「社会思想史原典講読」、「哲学特論」および「倫理学特論」が開講されています。このうち「社会思想史原典講読」は、後述する「社会文化論原典講読」とならんで、主として言語活動によって表明された人間の知的・精神的営為の探求という、本研究分野の目的に沿って設置された講義です。ここでは設定されたテーマの対応した原典を少人数の授業で精緻に読み込み、正確に解釈するための訓練が行われ、テーマの深い理解だけでなく語学力の向上に役立つことが意識されています。

文芸・言語グループの研究内容および講義概要

 本分野を構成するもうひとつのグループは、人間の豊かな想像力が生み出したさまざまな言語芸術、とりわけ文芸や文化論等を主な研究対象とするスタッフと、言語学を専門とするスタッフから構成されています。本グループの特徴は、メンバー各自がそれぞれ特定の学問領域における一般的・理論的ディシプリンの研究に携わると同時に、おのおのがとりわけ深く関わる特定の地域および言語をもっていることです。現在、このグループに所属する4名のスタッフはそれぞれ、イギリスを中心とする英語圏の文芸思想、フランス語圏の文芸思想、台湾を中心とした中国語圏の文化論、イベリア半島・中南米を中心としたマイノリティ言語継承方法論を専門としていますが、それに留まらず、こうした専門領域での研究をベースにそれらと日本における文化事象との比較・対象的観点からの研究にも携わり、院生の指導にも当たっています。
 文芸や言語を対象とした研究というと、文学部での研究を思い浮かべる人も多いかもしれません。もちろん、スタッフには文学研究における訓練を積み、その分野の専門家である研究者も含まれています。ですが、文学であれ言語活動であれ、それらが文化という側面から見た社会的機能の一種であることが重視されています。いいかえれば、言語を主要な媒体とする文化活動は社会においてどのような役割を果たしているのか、あるいはどういった社会的状況が言語による文化活動を条件付けているのかといった問題にも強い関心を寄せています。ここで学ぼうとするみなさんにもこうした観点を共有し、研究を進めて欲しいと考えています。

 文芸・言語研究グループの大学院専修科目は、「文芸思想研究」と、「文化生成研究」を専門科目の大きな柱としています。いずれの講義においても、その年度のテーマとして掲げられている言語・文化活動を、その背景となる社会の中に位置づけながら理解することが目的とされています。また、学部・大学院共修科目である「社会文化論原典講読」は、すでに述べた「社会思想史原典講読」と同じく、少人数授業の特性をいかし、原典や一次資料を時間をかけて丹念に読み解く姿勢を養うためのトレーニングの場として設置されています。言語研究の関連では、言語社会学の研究成果を念頭に置きつつ、ことばに宿る権力と、それにより人間がどのように管理されてきたか、そしてどのように対処してきたかを考究する大学院専修科目の「ことばと人権」、言語研究の基盤として不可欠な音声学を身につけ、フィールドでの言語記述につなげる、学部・大学院共修科目である「音声学概論」が開設されています。