地球社会研究専攻

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地球社会研究専攻の歴史と教育理念

 地球社研究専攻は、1997年4月に世界初のグローバル・スタディーズの大学院独立専攻として発足しました。専攻の英語名Institute for the Study of Global Issuesが示すとおり、現代世界が直面するグローバルイシューに取り組む研究者や実践型職業人を養成することを目指したグローバル・スタディーズのフロントランナーとしての役割を果たしてきました。
 設立時に掲げた教育研究目標は、下記の3点です。
①問題に焦点をあてて考えていくこと(issue-focusedなアプローチ)
 社会科学は、政治学・経済学・社会学のような個々のディシプリンに分岐することで学問を深化させてきました。しかし、現代世界の諸問題を個別の学問領域の枠組みだけで読み解くことは容易ではありません。そこで本専攻では、発想を逆転させて、個別ディシプリンで問題にアプローチするのではなく、目の前にある問題全体を把握してその複雑な文脈を解きほぐし、そこから社会科学の諸領域に検討課題を下ろし、問題解決のフレームワークを構築するという認識方法です。
②現実的な解決を志向すること(solution-orientedなアプローチ)
 今日の地球規模の問題群は、社会科学のためにあるのではありません。問題に直面する人びとから目をそらさず、彼らの声に耳を塞がず、問題の軽減もしくは解決を図っていくことこそ社会科学に課された使命のはずです。本専攻では、机上の理論的解決ではなく、実現可能な解決策を模索し提示する方途を考えます。
③西欧中心の思想から脱却すること(de-Eurocentricなアプローチ)
 グローバル化した世界人口の大部分は、西洋文明を取り入れつつも地元の文化を生きる人びとです。アジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカなど非西洋圏で発生する諸問題の解決にあたっては、西洋世界が当然としてきた原理や思想、発想の押しつけにならないように注意すべきです。本専攻では、近代西洋型教育を受けてきた私たちには容易ではない、しかしグローバル時代に必要な、西洋中心の思想の問い直しに取り組みます。
 これらの基本方針のもとに、セキュリティ(安心・安全)、サステナビリティ(持続可能性)、クリエイティビティ(創造性)、アイデンティティの4つを研究教育の中心に据えて、地球社会と人びとの生活の質の向上を目指し研究に取り組んできました。
 そして、1997年〜2022年度までは、上記の教育研究目標を達成すべく、本専攻の院生向けに基幹科目群・実践科目群・演習からなる専攻生用のカリキュラムを提供してきました。基幹科目群では、「文化・越境・平和・メディア・環境」の五つを重点領域として、地球規模の諸課題に理論面から取り組むことを目指しました。また実践科目群では、これらの課題の解決に向けた現実的なアプローチを学ぶために、三菱総合研究所や国際交流基金、JICA(国際協力機構)、日本国際問題研究所などの連携先から実務経験豊富な講師を派遣してもらい、授業を展開してきました。
 この四半世紀にわたる地球社会研究専攻の教育研究を礎として、2023年度から本専攻は新しく生まれ変わります。2022年度まで地球社会研究専攻に所属していた教員は全員、総合社会科学専攻の所属へと変更となり、そこで引き続き「文化・越境・平和・メディア・環境」のテーマをもとに教育を展開していきます。
 2024年度の地球社会研究専攻の授業は、7名の教員で担当します。新しい地球社会研究専攻は、研究教育に三本の柱―①学際的なジェンダー・セクシュアリティ研究、②学際的な移民・難民研究、③アメリカ史・グローバルヒストリー―をたて、総合社会科学専攻とともに、グローバル社会科学の研究拠点となるべく教育を進めていきます。

地球社会研究専攻の担当教員

① ジェンダー・セクシュアリティ研究・・・佐藤文香、田中亜以子、貴堂嘉之
新入生へのメッセージ:ジェンダー・セクシュアリティ研究は当事者研究としてスタートしたこともあり、「ステレオタイプな男女観」への疑問や、「セクシュアル・マイノリティの生きがたさ」に対する痛覚を大切にします。同時に、研究に際しては自身の苦しみや痛みをいったん脇におくことが必要になることもあるでしょう。自らと異なる世界(観)を生きる他者に対する想像力と知的好奇心をもちながら、ジェンダー研究のフロンティアを共につくりあげていきましょう。

② 移民・難民研究・・・飯尾真貴子、竹中歩、貴堂嘉之
新入生へのメッセージ:越境的な人の移動を含めたグローバル化が加速する現代社会には、様々な社会的不平等の構造、根深い人種差別、社会的マイノリティに対する監視や排除など、過去から綿々と続く数多くの課題が山積しています。こうした問題から目を背けずに、私たちはどのような世界を構想していくことができるのでしょうか。異なる社会や他者に対する感受性や想像力をもち、胆力をもって研究に取り組むことのできる学生に出会えることを楽しみにしています。

③アメリカ史・グローバルヒストリー・・・貴堂嘉之、牧田義也、中野聡
新入生へのメッセージ:アメリカ史は2023年度から地球社会研究専攻の所属となり、より広く「アメリカ史・グローバルヒストリー」として再スタートします。これまで通り、アメリカ合衆国の移民史や黒人史などの国内史、外交史や国際関係史をテーマとする学生を歓迎しますし、グローバルヒストリー (植民地史、帝国史、大西洋史、太平洋史など)で国家の枠組みを越えたグローバルな空間を問う研究を目指す学生も歓迎します。一緒に新しい世界史の地平を切り拓いていきましょう。

地球社会研究専攻におけるカリキュラム―教育研究の三つの柱

① ジェンダー・セクシュアリティ研究

●一橋大学におけるジェンダー研究

 ジェンダー研究は、男性を人間の「標準」とする学問に異議を申し立てた女性学から出発した学問です。男性が「標準」とされるということは、社会のなかに存在する性差が不可視化され、またジェンダーを生み出す社会構造やイデオロギー、思想、歴史的文脈が問われてこなかったことを意味します。これを問題にするのがジェンダー研究であり、その対象は、すべての学問分野に及ぶといっても過言ではありません。逆にいうと、その対象の広さゆえに、多くのジェンダー研究者は、社会学、歴史学、文学、政治学、哲学など、従来の学問的ディシプリンのなかで活動しており、日本では「ジェンダー研究」を専門として打ち出している研究者はまだまだ少ないのが現状です。一方で、ジェンダーという鍵概念の登場とともに、従来の学問の分類とは異なる形でのネットワーキングや知の産出方法が求められてきました。これに伴い、1990年代以降、ジェンダー視点をもつ研究者を領域横断的に集めた研究拠点を有する大学も次第に増えてきました。学問分野は不動のものではなく、解決すべき課題の変容とともにつくりかえられてきたのです。一橋大学社会学研究科が「ジェンダー研究」を一つの領域として掲げていることは、そのような知のフロンティアをつくりあげていこうとする姿勢のあらわれに他なりません。
 ジェンダー社会科学研究センター (CGraSS)に集う教員たちの専門もまた、あらゆる学問分野にまたがっていますが(http://gender.soc.hit-u.ac.jp/)、地球社会研究専攻で「ジェンダー研究」を担当している教員3名は、社会学と歴史学(ジェンダー史)の方法を用いた研究を行っています。ジェンダー研究は女性学から出発し、これを受けて男性の立場からの省察をはじめた男性学、異性愛中心主義への批判と対抗のために登場したセクシュアリティ研究、さらに男/女や異性愛/同性愛といった二項対立そのものを脱構築しようと発展したクィア研究等を緩やかに包摂しつつ、時に緊張関係を孕みながら発展してきました。多様な方法論のもとに蓄積されてきた研究の成果を吸収しつつ、自分がどのような方法によって学位論文を執筆するのかを意識して学修をすすめていってもらいたいと思います。

② 移民・難民研究

●「移民・難民研究」の学際的な研究教育拠点を目指して

 「国民国家」の誕生とともに、地球上の至るところに国境線が引かれ、人は必ずどこか一つの国に帰属するという認識が広く社会に浸透してきました。しかし、近年では境界領域における人種・エスニックマイノリティの経験に着目し、植民地主義の歴史を含めた近代国民国家の形成プロセスそれ自体を問い直す研究の重要性が認識されています。また、グローバル化の進展とともにEUなどの地域統合や国境を越える政治・社会運動など、ますます越境的なプロセスが拡大するなかで、とりわけ移民や難民といった国境を越える人の移動が、様々な学術分野から多角的に研究されてきました。
 本学の社会学研究科は、これまで主に「国際社会学プログラム」を中心として日本における幅広い意味での国際移動研究の拠点を形成してきました。国民社会を自明の単位として展開してきた従来の社会学に対して、国際社会学は、方法論的ナショナリズムともよばれる認識からの転換を求めるとともに、主権国家や国民国家体制を大前提とする国際政治学・国際関係論・国際法といった既存の国際問題の研究アプローチを超えることを要求しています。このような越境するプロセスの社会的なインパクトや国家を超えて形成される社会に着目する国際社会学は、過去35年ほどの間に日本の社会学の研究領域として次第に確立すると同時に、急速に発展してきた分野といえます。
 本地球社会研究専攻における移民・難民研究の柱を担うのは、竹中歩教授(国際社会学・都市社会学)、貴堂嘉之教授(移民史・人の移動のグローバルヒストリー)、飯尾真貴子専任講師(国際社会学)の3名です。移民・難民研究をそれぞれの専門分野から異なるアプローチで取り組んできた教員が担う本プログラムの最大の魅力は、相互連携のもとで生まれる研究・教育上の相乗効果とカリキュラムの充実にあります。また、それぞれの教員がこれまで構築してきた研究ネットワークを最大限に活用することで、各教員の専門領域にとどまらない国内外の最先端の移民・難民研究に触れ、学ぶ機会も多く作っていきたいと考えています。
 学生のみなさんには、各教員の専門にもとづく異なる視座やアプローチを幅広く吸収することで、元来学際的なアプローチを必須とする越境的な人の移動とそれにともなう様々な事象への理解を深めると同時に、自身の研究テーマに適切な視座や方法論を見定め、多角的に発展させていくことを期待します。

●博士論文をもとに刊行された書籍

  • 鄭康烈、『新自由主義の時代の在日コリアン:オールドカマー移民の分極化と交差性』、青弓社、2023年
  • 工藤晴子、『難民とセクシュアリティ―アメリカにおける性的マイノリティの包摂と排除』明石書店、2022年
  • 惠羅さとみ、『建設労働と移民―日米における産業再編成と技能』名古屋大学出版会、2021年
  • ヤマグチ・アナ・エリーザ、『変容する在日ブラジル人の家族構成と移動形態 分散型/集住型移住コミュニティの比較研究』世織書房、2021年
  • 藤波海、『沖縄ディアスポラ・ネットワーク―グローバル化のなかで邂逅を果たすウチナーンチュ』明石書店、2020年
  • 下地ローレンス吉孝、『「混血」と「日本人」―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史』青土社、2018年
 これまで、国際社会学の領域から多数の修了生が輩出されてきました。その多くは、専門知識を備えた職業人として、民間の政策シンクタンク、コンサルティング企業、新聞社・出版社等、NGO職員、公務員など多様な進路に進んでいます。また、博士課程に進学した博士号取得者の多くは、日本学術振興会特別研究員やポスドク研究員を経て、研究者・大学教員としてのキャリアを築いています。こうした国内外で活躍する修了生のネットワークもまた本学社会学研究科の強みといえるでしょう。


③ アメリカ史・グローバルヒストリー

 日本国内でアメリカを対象とする学問は、「アメリカ研究」という地域研究の枠組みで教育・研究が行われているところが多いのですが、一橋大学のアメリカ史研究は、歴史学のディシプリンでアメリカを学べる、日本でも数少ない教育・研究の場です。社会の底辺から歴史的事象を問い直す “from the bottom up” の社会史の眼差しを分析視角の柱にして、黒人史や移民史、ジェンダー史、国際関係史の分野で多くの研究者を輩出してきました。
 アメリカ史分野は、2023年度から地球社会研究専攻の所属となり、より広く「アメリカ史・グローバルヒストリー分野」として再スタートします。アメリカ合衆国の国内史(建国期から現代まで)、外交史・国際関係史まで、これまでも幅広い研究領域の院生が学んできましたが、今後は大西洋史や太平洋史、人の移動のグローバルヒストリー、制度や思想の国際連関や循環を問う「下からの」グローバルヒストリーなどをテーマとする院生を積極的に受け入れていきます。
 アメリカ史・グローバルヒストリー分野は、①アジア太平洋国際史、米比日関係史、②アメリカ移民史、人種・ジェンダー・エスニシティ研究、③人道主義の国際史、グローバルヒストリーをそれぞれ専門とする3名の教員が担当します。院生は、3名の教員のゼミの一つを主ゼミとして履修し、各教員から個別指導を受けます。これ以外に、修士課程でも博士後期課程でも、副ゼミを履修して研究や方法論の幅を広げることが推奨されます。歴史学グループの日本史、アジア史、ヨーロッパ史、ジェンダー史から、あるいは、社会学や政治学などのゼミから選ぶこともできます。
 「アメリカ史・グローバルヒストリ‑ー分野」の院生は、修士課程では地球社会研究専攻の選択必修科目である「地球社会研究の基礎A」(ジェンダー・セクシュアリティの研究・方法を学ぶ)、あるいは、「地球社会研究の基礎B」(移民・難民研究の学際的な研究・方法を学ぶ)のいずれかを履修することが求められます。この科目以外は、総合社会科学専攻と地球社会研究専攻の別なく、大学院科目や学部・大学院共修科目から、各自が履修プランをたてて、興味を持った講義を受講することができます。
 学位論文(修士論文・博士論文)の執筆にあたっては、主ゼミや副ゼミでの研究報告やオフィスアワーなどを利用して、教員の指導を受けて、論文を仕上げていくことになります。修士課程においてはリサーチワークショップ、博士後期課程ではリサーチコロキアムという集団指導の場が設けられていますが、ここでは歴史社会文化研究分野で総合社会科学専攻に所属する院生とともに、指導を受けることになります。