歴史社会文化研究分野

 歴史社会文化研究分野は、人文科学を探究する分野であり、多様なディシプリンによって構成されていますが、歴史学のグループ、哲学・社会思想のグループ、そして、文芸・言語研究のグループの大きく3つに分けることができます。

※ 各研究分野の詳細については社会学部履修ガイドを参照してください



歴史学への招待

1. 歴史学とはなにか

 歴史学とは、人間の世界において過去に生起したこと、過去における人間の物質的・精神的諸活動の総体を究明しようとする学問と考えます。その固有の方法は、(1)史料収集──それぞれの関心と主題に 応じて、過去の痕跡である「史料」(歴史資料)を出来る限り大量に収集して、(2)史料批判──過去 を復元・認識するために、学問的に厳密な手続きによりながら史料を批判・分析し、(3)歴史叙述──史料収集と史料批判から得られた知見を作品化することです。こうした歴史学の方法は、経済学、政治学、社会学、人類学、文学などの人文・社会科学研究の諸分野にも、また場合によっては自然科学にも取りいれられていますし、歴史学もまた他分野の最新の方法論を取りいれて発展してきた、それ自体が学際性のたいへんに強い学問分野と言えるでしょう。そのなかで歴史学の核心とも言える特徴は、ただ単に過去の事実に関心を寄せ、事実を明らかにすることにとどまらず、過去における人間の物質的・精神的諸活動の総体に内在している基本的な構造と発展の論理を究明しようとすること、すなわち「全体」と「構造」に対する関心です。このように固有の方法を駆使して研究すること、歴史学全体としては体系を見出そうとしていることが、歴史学を単なる歴史好きから分かつゆえんなのです。
 一橋大学は、日本の歴史学の発展に大きな役割を果たした歴史学者を多く生み出してきました。とくに、一国史的関心を超えた世界史的な視野と方法の開拓と、探求と関心の対象を常に社会の総体に向ける視点と方法の開拓のふたつの点で、一橋大学の歴史学は日本の歴史学に大きく貢献してきました。

ソウル・南山で歴史踏査:朝鮮王朝の都・漢城の都市構造について学びました。発掘された漢城都城の城壁(右)。


2.歴史学を学ぶ方法

 歴史学は以上のような学問ですので、系統的に学ぼうとする場合、とくに大学院進学の関心がある場合には、(1)文献・史料の読解力、(2)史料批判、(3)史料の分析と総合、(4)歴史叙述の方法について、それぞれ学問的な手続きを踏むこと、すなわち方法としての歴史学を習得することが必要です。
 (1)については必要な語学力の修得が含まれますし、日本史でも「くずし字」など古文書の読解力を修得する必要があります。(2)では信頼できる史料とは何か、その史料を全体のなかでどのように位置づけたら良いのか、どのように使うことができるかなどを判断する学問的な手続きを習得する必要 があります。これらの力をつけるために開講されているのが、史料講読や古文書(中世、近世)です。
 (3)、(4)を学ぶ主たる場はゼミです。1年秋冬学期と2年で履修できる社会研究入門ゼミ(期間は2学期=半年)で、歴史学グループ所属教員のゼミを受講することは、その入門としての意味をもつで しょう。さらに学部3・4年ゼミでは、日本、アジア、ヨーロッパ、アメリカの各地域史、ジェンダー史分野の歴史研究で必要とされる方法を総合的に学んでゆくことになります。
 日本史、日本政治史、アジア史、ヨーロッパ史、アメリカ史の総論、そして日本史・思想史、アジア史、ヨーロッパ史、アメリカ史、ジェンダー史の特論は、それぞれ担当教員が個別の主題について開講する教室講義科目です。歴史学を系統的に学ぼうとする場合には、こうした歴史学関係の講義をできるだけ広く、その対象とする時代・地域の違いを問わず履修し、歴史および歴史学に関する基本的な知識を習得することが必要でしょう。

歴史学のゼミナールの様子:論文や史料を徹底的に読み込んでいきます


3.歴史学の各研究領域の紹介

【日本史】
 日本史は、主として日本列島をフィールドとして、そこに生起してきた歴史的事象を対象とします。対象とする時代は、日本列島が形成され人が住むようになった原始の時代から現代まで長期にわたりますが、社会学部に属する日本史の教員は、16世紀以降、時代区分でいえば「近世」以降を専攻しています。
 社会学部に入学するみなさんは、高校時代に歴史系の科目が好き、あるいは得意だったという方が多い印象があります。それは、大学で日本史を学ぶうえでも大きなアドバンテージになるでしょう。ただ一方で、高校の教科書や授業で触れた日本史は、対象とする内容や範囲、対象にせまる視点や視角が、どうしてもかぎられます。もちろん、教科書以外にも多くの歴史書や歴史小説などを読んで、影響を受けてきたという方も、いらっしゃるでしょう。
 大学では、みなさんがこれまでに培ってきた日本史についての知識や認識にとどまらない、みなさん自身が、知りたい、問いたい、考えたい歴史的事象に、みなさんなりの視角でせまることができるような、日本史をみる眼を養うことを目指します。社会学部の日本史には、歴史を生きたひとりひとりが何とむきあい、何を、どのように認識して行動してきたのかを問う思想史、主体的に記録を残したわけではかならずしもないが、たしかに歴史を生きたひとりひとりの歩みを問う民衆史、人びとが生きた現場である地域社会のありようとそこに生起した事象を問う地域史、民衆や地域の視点も視界に収めつつ政治を歴史的に問う政治史、歴史を生きた人びとの日常や生活世界、感覚や意識のありようを問う社会史など、さまざまなアプローチで歴史にせまる研究や教育をおこなう点に特徴があります。授業やゼミをとおして、みなさんなりの日本史の見方や問い方を身につけていただければとおもいます。
 日本史に関わる講義科目には、1年次から履修できる導入科目の①社会研究入門ゼミ、2年次から履修できる基礎科目の②史料講読(日本)・③日本史総論・④日本政治史総論、3年次から履修できる発展科目の⑤日本史特論・⑥日本思想史特論・⑦日本政治史特論があります。担当教員によって、科目の位置づけは若干異なりますが、①入門ゼミで日本史研究のイメージをつかみ、研究の素材となる史料を読み解くスキルを②史料講読で身につけ、史料にもとづく歴史の見方の一端に③④総論や⑤⑥⑦特論で触れます。また、3・4年次にはゼミナールに所属し、自身が追究するテーマを定め、研究文献や史料を読み解き、成果の報告と議論をとおして研究を深めて、最終的に卒業論文をまとめます。

【アジア史】

 アジア史は、中国近世・近現代史、台湾近現代史、朝鮮近現代史を専攻とする教員で構成されており、これらの分野について本格的に学習することができます。東アジアの近現代史を中心としているのが、本学のアジア史の特徴です。
 ゼミでは、論文や史料の講読に加え、フィールドワークに重点を置いている点に特徴があるといえるでしょう。中国・台湾・韓国に留学する学生も少なくありません。
 履修にあたっては、アジア史関連の史料講読、総論、特論、社会文化論原典講読に加えて、日本史をはじめとした他地域の科目、ジェンダー史関連科目などを選択するとよいでしょう。

*洪郁如ゼミ(台湾近現代史)
 洪ゼミは台湾近現代史を対象としています。戦前日本の台湾統治を帝国史と台湾史双方の文脈や視点から考え、社会一般の「親日台湾」言説などを批判的に検証しています。また台湾の戦後史、中国との関係、台湾の政治と民主化、学生運動、先住民族運動、フェミニズムおよびLGBT運動なども幅広く取り上げていきます。台湾での現地研修や日本国内での関連活動への参加も不定期に行っており、台湾人留学生、台湾への留学経験を持つ日本人学生、台湾研究をテーマとする大学院生らと交流する機会も多くあります。

台湾研修:台湾領有[1895年]の激戦地を見学―彰化八卦山大仏

複雑な気持ち:―国立台湾歴史博物館

西海岸の漁村から台湾海峡を眺望―彰化県芳苑郷


*佐藤仁史ゼミ(中国近世・近現代史)
 私のゼミでは、①中国近世・近代地域社会史、②「旧満洲国」に住んだ人々の戦後日本史を中心としてアジア史を考えています。時間軸においても、地理的範囲においても相当な幅がありますが、思考に際して重視しているのは生きられた地域における基層の人々の視点です。換言すると、ロー・アングルからボトムアップにみる歴史学的思考を目指しています。①については、中国の地域社会にあった人々がどのように近代を経験したのかを、②については、戦後日本における「満洲国」からの引揚者のコミュニティやそこにおける歴史語りをそれぞれ考えています。
 ゼミでは、上記の検討課題に接近する方法としてオーラルヒストリー調査を中心とするフィールドワークも行っており、「語り」のアーカイブ化や様々なエゴ・ドキュメントの翻刻も行ってきました。その成果は佐藤仁史ほか編著『崩壊と復興の時代:戦後満洲日本人日記集』(東方書店、2022年)や電子ジャーナル『満洲の記憶』として公表しています。


*加藤圭木ゼミ(朝鮮近現代史)
 加藤ゼミは朝鮮近現代史を対象としていますが、その中でも朝鮮植民地支配の歴史、在日朝鮮人史、日本軍「慰安婦」問題などに重点をおいています。加えて、現代韓国社会、特にフェミニズムの動向について学ぶことも少なくありません。ゼミでは、文献を通じての学習に加えて、歴史の現場を歩くことを大切にし、毎年韓国や日本国内で踏査を実施しています。韓国に留学する学生も多く、韓国人学生や在日朝鮮人学生との交流も盛んです。さらに、加藤ゼミは『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』(大月書店、2021年)を刊行し、市民とともに植民地支配の問題を考える方法を模索しています。

加藤ゼミ 韓国での踏査

加藤ゼミ  ソウルで開催された国際シンポジウムで報告するゼミ生


【ヨーロッパ史】
 ヨーロッパ史は、高等学校の世界史でも大きく扱われる地域史のひとつでもあるため、なにを対象に研究しているか比較的イメージしやすいのではないかと思います。古代ギリシア・ローマから中世ヨーロッパ、宗教改革からフランス革命を経て近代世界の形成といったように、世界史の流れのなかにヨーロッパ史はいわば分かちがたく結びつけられています。そうした「世界史の流れ」とでもいえるような知識は、社会学部で学ぶ社会科学や人文科学のさまざまなテーマや方法の共通の基礎でもあります。そうであるがゆえに、あらためてヨーロッパ史を大学で学ぶ、学び直す、さらには研究することの意義・意味をイメージできない人も多いのではないかとも思います。ただ、大学に進学してヨーロッパ史の授業(他の歴史の授業も)を履修すると、おそらく、そこで扱われる「歴史」が、大学受験まで抱いていた歴史とは大きくイメージが違うことに驚くことになるでしょう。もちろん、ヨーロッパの各国・地域や各時代についてのさらに詳しい知識を得るということもその違いのひとつですが、より根本的な違いは、問いのあり方にあります。さらに、その問いをより具体化するためにどういった資料・史料を見ていけばいいのか、この問いはそもそも問いとして適切なのか、などといった問題もそれに連なっていきます。問いから始まる歴史の見方は、それまでの歴史・ヨーロッパ史の知識をしっかり活かしながらも、歴史のイメージをがらっと変えてしまうでしょう。
 社会学部のヨーロッパ史の科目・ゼミは、近世・近代史研究を専門とする教員が担当していますが、後期ゼミの学生は、時代的には中世から現代まで、地域的にはイギリスからロシアまで幅広く、それぞれ学生の「問い」に導かれたテーマで卒業論文研究に取り組んでいます。それだけ広い時代と地域にまたがるわけですから、それらの問いに関わる文献や歴史資料、そしてその言語は多岐にわたります。たとえば、中世のボスニアに関する問いを立てたとすれば、ボスニアで中世に書かれた古代スラヴ語の資料を読むことができれば、もしかしたら的確な「解答」が得られるかもしれません。ただ、それは一朝一夕にできるようになりはしません。その前に、たとえば日本語で中世ボスニア・中世東欧についてどんな研究があるのか、英語ではどうか、翻訳されている史料はどんなものがあるのかというように、段階を踏んで問いに向き合っていくことになります。ヨーロッパ史の授業・ゼミでは、学生たちが主体的に立てた問いにどのように肉薄していくかを習得していきます。

【アメリカ史】
 日本国内でアメリカを対象とする学問は、「アメリカ研究」という地域研究の枠組みで教育・研究が行われているところが多いのですが、一橋大学のアメリカ史研究は、歴史学のディシプリンでアメリカを学べる、日本でも数少ない教育・研究の場です。社会の底辺から歴史的事象を問い直す“from the bottom up”の社会史の眼差しを分析視角の柱にして、黒人史や移民史、ジェンダー史、国際関係史の分野で多くの研究者を輩出してきました。
 20世紀は「アメリカの世紀」と呼ばれましたが、21世紀になってもアメリカの政治的・経済的・軍事的・文化的プレゼンスは大きいので、アメリカの歴史を学ぶことは国際政治や国際経済を学ぶことにもつながります。
 また、日本にとってもアメリカは特別の存在です。19世紀中葉の黒船来航から21世紀の現在に至るまで、日本人が特別の眼差しを向けてきた国、それがアメリカ合衆国です。アジア・太平洋戦争の敗戦を経て、「世界で最も重要な二国間関係」とまで語られるようになった戦後の日米関係のもとで、私たちは戦前以上に、アメリカの映画や音楽、文化に親しむようになりました。
 しかし、だからといって、日本人がアメリカの歴史をしっかり理解しているとはいえません。「自由の国」アメリカでなぜ銃犯罪がこれほど起こり、人種・エスニック集団間の暴力が頻繁に起こるのか。なぜ黒人大統領オバマのあとに、トランプ大統領が誕生し、社会の分断が進むことになったのか。みなさんと同じZ世代の若者はどうして、「黒人の命は大切」というブラック・ライヴズ・マター運動を牽引したのでしょうか。みなさんと一緒に、アメリカの「いま」を問いながら、歴史を学びたいと思います。
 アメリカ史の教員は、①アメリカ移民史、人種・ジェンダー・エスニシティ研究、②人道主義の国際史、グローバルヒストリーを専門とする2名の教員が担当します。アメリカ史総論やアメリカ史特論、史料講読などの授業を通じて、アメリカ史の方法や課題を習得してください。

ジェンダー史
 「子育てには、男性より女性の方が向いている。なぜなら女性には母性があるから」。このような考え方は普遍的なものでしょうか。あるいは「女性は男性よりも感情的である」という命題はどうでしょう。そもそも「性別カテゴリーは男女の二つである」、「男女には生まれつき差異が存在している」といった考え方はどうなのでしょう。いずれの考え方も普遍的なものではないことは、すでにジェンダー史研究の成果によって明らかにされています。ジェンダー史の魅力は、現代社会において自明視されているジェンダーのあり方を、豊富な事例によって相対化できるところにあります。  またジェンダー史研究は、一見ジェンダーとは無関係に見える歴史的事象にも鋭く切り込んできました。たとえば、アメリカの奴隷制とジェンダーには、どのような関係があったのでしょうか。あるいは、台湾の日本時代における「台湾人」の経験は、階層やジェンダーによって、どのように異なっていたのでしょうか。ジェンダーの視点を持ち込むことによって、それまで描かれていた男性中心の歴史像を塗り替えるとともに、人種や階層、民族とジェンダーの交差性を論じる。これもジェンダー史研究の大きな魅力です。  ジェンダー史を学ぶためには、各史総論を受講して歴史学に共通した考え方を理解するとともに、「ジェンダーと社会」などジェンダー論の基礎科目を受講し、ジェンダー研究における課題や方法論を習得してください。その上で、発展科目である「ジェンダー史特論」を受講することを勧めます。  なお、ジェンダー史は多様な地域や時代を対象とする研究者によって、その方法論や分析視角が日々更新されています。大学院に進学してジェンダー史を専攻することを希望するのであれば、英語で論文を読みこなせるだけの語学力が必要となります。「Gender and Japanese Society」などの英語科目にも挑戦し、進学のための準備もすすめてください。



哲学・社会思想史への招待


・哲学・社会思想史とはどのようなグループか?
 哲学・社会思想史グループには、我々は世界を正しく認識できるのか、どう振る舞うのが倫理的に正しいのか、そもそも「正しい」とはどういうことか、行為と行動の違いは何か、人間に自由はあるのか、芸術作品とは何か、といった原理的な問題に取り組む哲学(・倫理学)と、社会をめぐる原理的な問題だけでなく、より具体的な社会問題も含め、広く社会を対象とした多様な思想活動を、歴史的文脈との関係を重視しながら分析する社会思想史とが含まれます。その意味で社会思想史は歴史研究とも密接な関わりをもっています。
 哲学(・倫理学)においては、上で述べたような原理的な哲学的問題に取り組んでいくことになりますが、その際に重要になるのは《過去の哲学者の議論を学ぶこと》というよりも《自分でも哲学的に思索してみること》です。これはもちろん、好き勝手な感想を書き散らしてよいということではありません。何かを主張するためにはそれを根拠づける論証が必要ですし、論証の説得性を評価する際にはこれまでの先行研究を参照することが必要になります(その意味では過去の哲学者の議論を学ぶことも重要ですし、そうする中で自分が取り組んでいる哲学的問題をよりよく理解できることもあるでしょう)。ただ、哲学を学ぶということは、誰が何を言ったかを学ぶというよりも、それを踏まえつつ自ら哲学的に議論できるようになることだ、と言いたいのです。どんな哲学(・倫理学)的問題に取り組むかは皆さんの自由です。授業やゼミの中で、あるいは図書館や書店においてある哲学の入門書を手に取ることで、自分の関心のある問題を見つけていくことができると思います。
 社会思想史においては過去の思想家が残したテキストを精緻に読み解くことはもちろんですが、先述したように、そのテキストを取り巻く歴史的背景を理解することも重視します。ここで歴史的背景というのは、政治や経済、文化といった具体的な社会状況を指す場合もありますし、当時の思想状況を意味することもあります。思想は、先行する、あるいは同時代の思想との対話や対決、利用(時に誤用)やその克服によって構築されるものでもあり、思想家自身が直面する社会問題の解決を目指して作り上げるものでもあります。さらに、こうした思想的営為は、後世から「思想家」と呼ばれる人たちだけが行っていたわけではありませんし、古典とされる作品だけが研究に値するわけでもないのです。どういった思想、どのテキストを学ぶかは皆さんの関心次第です。自分の関心に沿った授業を選ぶことはもちろん大切ですが、授業を履修することでそれまで曖昧だった問題関心が明確になることもあります。
 わたしたちは学部1年生から履修可能な科目に積極的にかかわり、学生の皆さんと1年次から接し、交流する機会を多くもっています。皆さんにはそうした機会を通じて哲学・社会思想史が扱う課題やテーマに触れ、わたしたちの研究に関心を向けるとともに、皆さん自身が何を学びたいのかを明確にしていって欲しいと期待しています。
 一方、学部における教育、とりわけゼミナールにおいては、より専門的な研究教育を進めるための 基礎として、原典にじっくりと取り組む姿勢を重視しています。ゼミ以外にも大学院との共修科目である「原典講読」授業があり、少人数で語学力の向上とテキストの深い理解を目指した精読を行っています。そこでは教員だけでなく、ときには大学院生とも身近に接しながら、テキストを精緻に読むという訓練を通じて自分の関心を深めることが期待されています。もちろん、多くの学生が履修する形式の学部専門講義も開講されており、わたしたちの研究成果を皆さんの知的関心に結びつける努力がされています。

哲学・倫理学ゼミでの研究報告


・ゼミの活動紹介
井頭ゼミ
 3年生と4年生の合同ゼミの形で、テキスト講読と個人研究報告の2つを軸にして進めていきます。
 テキスト講読については、過去の哲学者の見解を学ぶというよりは、哲学的問題に自分で取り組むことを重視しているため、基本的には日本語のテキストを用いて講読を行なっています(ただし大学院への進学を考えている人は担当教員と相談しつつ各自で英語文献を読み進めるようにしてください)。扱うテキストは科学哲学・形而上学・言語哲学・心の哲学・認識論・倫理学・美学など多様な分野から選定されていますが、基本的には「分析哲学」と呼ばれる領域からの文献を扱います。シラバスにこれまでの講読テキストが記載されていますので、参考にしてください。
 個人研究報告は、卒論執筆に向けたそれぞれの研究進捗を報告し、関連研究について教えてもらったり、コメントをもらって原稿を改善したりする重要な機会です。3年生のうちは、それぞれが関心を持った分野について自分で文献を読み進めていき(読む文献については担当教員に相談することが可能です)、取り組むべき問題を見つけた上で少しずつ自分なりに考えを深めていくことになります。4年生は、卒論原稿の執筆を進めて自分の主張と論証を展開し、それをゼミ内で共有しつつディスカッションしていくことになります。

吉沢ゼミ
 ゼミで行なうことは、大きく分けると、文献講読と個人発表の2つです。
 文献講読は、主に英語圏の倫理学のなかで論じられているテーマから、履修者と相談のうえ、できるだけ共通に関心をもてるテーマの本を選びます。基本的には、日本語で書かれた単著や、英語文献の邦訳書をテキストに用います。これまでは、幸福や人生の意味といった価値をめぐる議論や、様々な具体的テーマを論じる応用倫理学のテキストが候補に挙がってきました。テーマの候補を予め限定はしていませんが、英語圏の「分析哲学」と呼ばれる領域の倫理学の(あるいは関連するより広い哲学の)文献のなかから選びます。
 個人発表は、卒業論文の執筆をゴールに定めて進めます。3年生のうちは、自分が本当に取り組みたい問いが何かを探しながら、暫定的なテーマを決めて、ゼミのテキストとは別に、関連する文献を各自で読み進めることになります。ゼミのなかで数回の進捗報告をすることで、他の参加者からも意見をもらいながら、問いと関心を明確にしていきます。(大学院進学を考えている場合は、より深くテーマに取り組むことを見据えて、英語文献を読み進める必要も出てきます。)4年生は、卒業論文の執筆を実際に進めつつ、進捗報告でのディスカッションを踏まえて、自分の論証を練っていって、最終的にひとまとまりの論文を仕上げます。

森村ゼミ
 ゼミナールを選択する際の面接時に、関心のあるテーマについて履修希望者の話を聞くことにしています。そのうえで3年ゼミでは履修者の関心を考慮して共通テーマを設定し、関連する文献を輪読します。私のゼミは社会思想史だけではなくヨーロッパ史を学びたい学生も履修するため、履修者全員の関心に同じ程度に当てはまるテキストを選択することは難しい場合もありますが、複数のテキストを用いるなどして工夫する予定です。思想史と歴史学は隣接する学問分野であり、互いに刺激を受けることが多くあります。二つの領域の間に壁を設ける必要はないと考えてください。
 3年生の最後のゼミでは卒業論文のテーマを発表してもらいます。のちに修正することも可能です。4年ゼミでは各自が卒業論文作成に向けて研究文献を調査し、実際に読み進め、その内容を報告します。この作業を秋学期まで続け、遅くとも冬学期には実際に卒業論文の草稿を執筆し、それに対するコメントや批判をもとに提出日までに論文を仕上げる作業を行います。

文芸・言語研究への招待

文芸・言語研究はどんな学問領域か
 文芸・言語研究グループが担当する科目は、人間の豊かな想像力が生み出した多彩な言語芸術や言語文化を対象とします。ここには、こうした言語活動の基盤となっている地域や民族ごとのきわめて多様な言語の構造や機能に取り組む科目も含まれています。また各スタッフは、それぞれの学問を追究するうえでとくに深くかかわる特定の地域・言語圏をもっています。現在、このグループを構成している3名のスタッフは、おのおのイギリスを中心とした英語圏、イベロ=ロマンス諸語(スペイン語、ポルトガル語等)使用地域の専門です。
 文芸研究は、おそらくみなさんが文学と聞いて一般にイメージする文学作品(テクスト)の精読にとどまらず、学問領域を横断するさまざまなアプローチで、テクストを成立させた文脈(コンテクスト)を探究する学問です。目下のところ、20世紀後半に出揃った感のある諸方法を、総合的に組み合わせて、検証し直す作業が続いています。すなわち、1950年代後半からのフランスでの構造主義の隆盛とロシア・フォルマリスムの(再)発見の影響のもと、1960〜70年代に花開いた新批評(ヌーヴェル・クリティック)の多様なテクスト分析、テクスト分析の成果とテクスト理論を受け継ぎつつ、1970年代後半〜80年代にさまざまな理論化と実践が試みられた生成研究、資料の発見・公開が進んだことで、「作家とその時代」に新たな光をあてようとする文芸社会学の1990年代以降の復権(更新)のいずれをも無視することはもはやできないという意識のなかで、研究者は自らの軸足を模索しているという状況、と言えましょう。
 文芸研究のスタッフは、ときに文化の粋とも見なされる文学について、その鑑賞が学問領域として制度化される過程と学的制度の外側で営まれる実践についても考察します。映像などの視覚表象や、従来は文学と見なされなかったようなテクストも対象としながら、学的方法、学問領域とは何かという問題にも踏み込みます。これにより、社会の成員や社会を構成する集団がどのように文化的価値を生み出し、また文化的規範によっていかに方向づけをされるかを明らかにしようとしています。
 文芸・言語研究グループでは、ことばを軸に社会の諸相を解明する方法論も視野に入れています。言語学の成果を参照しつつ、社会とことばの関わりを多様な手法で分析することを目指します。音声学、音韻論、語用論、対照言語学など、多岐にわたる分野を扱います。また、フィールドワークの進め方、言語情報の分析方法等について、最新の知見をもとに最適化を期します。
 所属するスタッフは、グローバリズムが進む中で、人の移動にともなう言語現象がどのような様態をなすか、その動態にとりわけ強い関心を向けています。こうしたテーマを追いかけるには、例えば、イベロ・ロマンス諸語で考えても、母語話者が多く移民する西欧や北米にも、以前、植民地支配をしていた関係でこれらのことばや影響を受けたことばを用いる住民が住むフィリピンや南米・アフリカにも、さらに、富を求めて南欧にやって来る人々の故郷である中国やマグレブ諸国にも目を向ける必要があります。ますます複雑に、ラジカルに展開することばをめぐる現象に迫り、その実像に接近することを企図しています。

言語社会学ゼミで、ゲストを招いてジャマイカのクレオール「パトワ」についてうかがっているところ