共生社会研究分野

※ 各研究分野の詳細については社会学部履修ガイドを参照してください

 「共生社会研究分野」の共通テーマは、人々のウェルビーイング(幸福)の達成と言えます。私たちは、日常生活の中で多様な活動を行っています。そして、多様な活動の集積を通じて、ウェルビーイングの達成が実現します。「共生社会研究分野」では、特に、「学ぶ」「健康を保つ」「世話をする」「働く」「人とつながる」「余暇を過ごす」などの、人々の日常生活における活動を対象とします。さらに、それぞれの活動のみに焦点を当てるのではなく、活動相互の関係性にも焦点をあてます。このような包括的な視点こそ、人々のウェルビーイングの達成を理解する上で重要です。
 人々のウェルビーイングの達成を理解するためには、私たちが他者と「共生」している点も忘れてはいけません。私たちの活動は他者に影響を及ぼし、他者の活動は私たちに影響を及ぼします。そのため、他者の存在は、私たちのウェルビーイングの達成を促進/阻害する要因として検討対象から外すことができません。

図 個人における日常的活動と他者との関係性

 「共生社会研究分野」は、日常生活における人々の活動と対応する専門分野で構成されています。「学ぶ」が教育社会学など、「健康を保つ」が文化精神医学・医療政策など、「世話をする」が 社会政策・社会福祉など、「働く」が雇用関係など、「人とつながる」がコミュニティ政策など、「余暇を過ごす」がスポーツ社会学など、とそれぞれ対応しています。さらに、人々のウェルビー イングの達成を理解し検討するためには、社会学部の全ての専門分野が関連しています。

図 共生社会研究分野の専門分野と他の研究分野・専攻との関係

教育社会学

 一橋大学で学ぶ教育社会学とは、社会科学の歴史の中で登場してきた教育社会学を継承するものですが、世にいう「教育社会学」を示すものではありません。通常の教育社会学を含みつつそれに限定されない、教育諸学の共同によって教育と社会との関連を問うていく広義の〈教育と社会〉学をめざしています。
 一橋大学で学ぶ〈教育と社会〉学とは、歴史的現実のただなかを生きる力の形成という教育や人間形成という営み自体が社会的に規定されているという事実を看過し、社会から切り離して研究するものではありません。子ども・青年の発達問題のみならず、成人の生き方の問い直しをも射程に入れ、労働・生活のあり方と結びついたかたちで考えようというものです。
 それは、社会変動のもとで教育と社会の関係の調整をはかる営みをどう解き明かすかという課題に取り組むことでもあります。やや難しくいえば、教育のあるべき姿から像を描こうとする目的規定と、 教育の生きられた現実から像を描こうとする社会的規定の相克をどう解くか、ということだといえるでしょう。
 〈教育と社会〉学を、狭い意味での教育の「あるべき」姿を追求する学問として考える必要はありません。「あるべき」姿の追求ももちろん可能ですし、狭い意味での教育社会学も含まれているわけですが、教育と社会のつなぎを考えるさまざまな視点が用意されています。
 教育と社会の過去と未来の連関を考える思想史的な研究、教育と社会のグローバルでエコロジカルな連関を追求する比較研究、人々によって生きられる過程に即した事実解明をめざす社会史的研究、教育の営みを社会的関係・構造の中でとらえなおそうとする社会学的研究、国家との関係で改革のダイナミズムをとらえようとする政策研究などがあります。

文化精神医学・医療人類学・トラウマ研究

 社会や文化と「心」は、どんな関係にあるのか。文化精神医学・医療人類学・トラウマ研究は、この問いについて、医学と社会科学の境界線上にたちながら考えます。たとえば、自然災害や戦争、経済搾取、差別、環境破壊などの「悲惨な経験」が人間の精神に及ぼす影響、摂食障害や自傷、依存症、ひきこもりといった現象と社会や文化との関係などです。
 何が疾患とされるのかは、社会や文化によって異なります。健康と病気の境界線、正常と異常の境界線も、文化や時代によって異なっています。医療の現場では、病気やけが、障害、老いといった領域を扱いますが、そこではおのずと人間のヴァルネラビリティ、弱さにかかわることにもなります。その弱さを規定するものは何でしょうか。弱さを抱えたまま生きていける世界を求めている人は多くいます。弱さを否定するのではなく、それを尊重し、それを抱えたまま強くある可能性について考えることが、今、求められています。それは、ケアとは何か、支援とは何か、エンパワメントとは何か、現代の競争社会のなかで異なる背景をもつ人たちがどう共に生きていくのか、といった問いにもつながっていきます。
 こうした研究は、学問の境界線上にたち、現代社会において分断されている知のあり方を問い直すこと、臨床やフィールドワークを通して、学問領域ごとに異なる価値観を相対化していくこととも不可分です。アカデミズムにおいては、領域を限定し、狭く深くというアプローチのほうが一般的ですが、どんな問題であっても一つの学問の枠組みだけでは解決がつきません。問題の渦中にある人々のリアリティに沿って誠実に知を生み出そうとするとき、学問領域間の棲み分けが妨げになることもあります。タブー意識にとらわれず、領域横断的に、柔軟に思考することが、声を出しづらい人たちや不可視化されてきた人たちが生きやすい社会の展望を描くことにつながるのではないでしょうか。

スポーツ社会学

 イギリスを中心として成立したスポーツは、同じルールの下に、国境や民族を超えて誰もが勝敗を競 え合えるユニバーサルな文化として、20 世紀を通して地球的規模で普及し、発展を遂げました。そして 現在、世界最大級のメガイベントとして人々を熱狂させているオリンピックやサッカー・ワールドカップに示されているように、スポーツは経済、政治、文化、メディア、教育等との結びつきをますます深めています。また、近代社会がもたらした運動不足やストレスの増大、あるいは自己実現や人間らしい生き方の追求などを背景にして、人々のスポーツをする・観る・読む・聞く等の要求もかつてなく高ま りつつあります。
 こうしてスポーツは、現代社会を読み解くひとつの重要な領域として、また、持続可能な人間と社会経済開発を促し、さらに恒久平和の構築のためのアイテムとしても脚光を浴びるようになってきました。そして、それらを総合的にとらえるスポーツの社会科学的研究が切望されるようになってきています。
 一橋大学におけるスポーツ社会学は、こうしたニーズに応えるべく設置された、全国的にも他に類を みないユニークな研究ユニットなのです。スポーツ社会学という名称を使っていますが、世にいうスポーツ社会学=Sociology of Sportではありません。「スポーツと社会の関連を問う」を基本理念としつつ、 その内容は、社会学はもとより歴史学、教育学、文化研究、政策研究、開発研究、地域研究、福祉研究などを含み込んだスポーツの社会科学=Social Sciences of Sport を意味しています。また、対象とする地域を広く世界に求め、「スポーツとグローバリゼーション」研究にもいち早く取り組んできました。

社会政策

 一橋大学における「社会政策」は、社会政策、医療政策、社会福祉政策、労働政策、都市政策、地域政策、コミュニティ政策の諸分野をカバーしています。そして、これらを横断する社会課題の克服を目的とした政策を築き上げるための知識と方法論を探究します。
 「社会政策」は、人々の暮らし方が大きく変わった20世紀の社会現実を背景に形成されてきました。「社会政策」が焦点を当てる社会課題は、近代日本が工業化を進め、農村から都市に労働力と人口の大規模で急激な移動が起こり、伝統的な共同体の解体が進んだことなどに起因します。わが国経済の急成長の一方で、都市に集積した労働者家族の生活保障を伝統的な共同体が担うことは困難となりました。そこで国家による失業保険、医療保険、老齢年金などの制度・政策や企業経営による共同生活体形成(正規従業員の長期安定雇用や企業内福祉施策などいわゆる日本的経営など)、あるいは労働者の雇用保障と労働条件の維持向上を目指す労働組合の運動などが労働者家族の生活保障を担おうとしました。こうした社会状況の中で提出されてきた政策課題に対応するために、社会政策、社会保障、労働問題、労使関係論、人口問題などの学問分野が発展しました。
 現在、日本社会の問題状況は大きく変わりつつあります。例えば、以下のような問題状況を挙げることができるでしょう。
 ○少子高齢化など人口構造が変化し、わが国は人口減少社会の局面を迎えています。地方の過疎化と都会の人口集中が進む中で、人々のつながりを保ち、暮らしやすいコミュニティを維持していくことはできるのでしょうか。
 ○経済のグローバル化の影響が社会のすみずみにおよび、企業経営は経営環境変化への対応に追われています。労働者の職場生活や労働条件、そして職業人生はどうなるのでしょうか。
 ○制度・政策がどんなに整備されたとしても、「制度の狭間」に陥り、支援を受けられない人々が存在します。年金や生活保護をはじめとする社会保障制度は人々の生活を十分に支えられるのでしょうか。私たちはいかにして福祉社会への新たな展開を切り開けるでしょうか。
 〇人々のウェルビーイングの達成には、福祉サービスを提供する制度などともに、物理的な環境も影響します。多様な人々が利用する都市や地域の空間は私たちの生活にどのように影響するでしょうか。