超域社会研究分野

 「超域社会研究分野」という科目群は、主として社会心理学、社会/文化人類学、政治学、環境と社会から構成され、環境・社会・政治・人間行動を人文・社会・自然科学横断的に探究していくユニットです。このユニットには、社会心理学、社会/文化人類学、政治学、社会地理学、あるいは理科の研究室に所属する教員がいて、学生の教育と指導にあたります。研究のテーマもアプローチも多彩ですが、人間行動のダイナミクスを明らかにするとともに、社会の多様な問題に対して領域横断的、地域横断的に取り組むことを目指しています。

※ 各研究分野の詳細については社会学部履修ガイドを参照してください


社会心理学

 人間は日常生活の中で互いに影響しあいながら生きています。そのような人と人との相互作用のあり方を研究するのが社会心理学です。一橋大学では「社会心理学Ⅰ(社会的分野)」「社会心理学Ⅱ(心理的分野)」「マスコミュニケーション基礎論」の3つを社会心理学関連の基礎科目としておいています。
 「社会心理学Ⅰ(社会的分野)」では、私たちが日々の生活のなかで他の人々と様々な関係のもとに様々な形で営んでいるやりとり―日常生活実践―の実際とその帰結に焦点を合わせます。「社会心理学Ⅱ(心理的分野)」は主として個人の心理的過程に注目し、他者からあるいは人が生み出している社会的・文化的状況から受ける影響について検討をしていきます。「マスコミュニケーション基礎論」では私たちの日常生活にとって欠かせないものとなっているマスメディアについてその仕組みや影響を探っていきます。これらの内容をより深く学んでいくために、「コミュニケーション論」、「Social Psychological Perspectives on Health」、「Cultural Psychology」が発展科目として用意されています。次ページの履修モデルには、社会心理学の研究を進めていく上で必要となる方法論を身につけるための科目もあげてあります。これらに加えて、社会心理学分野の教員が担当する「社会研究入門ゼミ」(1、2年生対象)を履修することで社会心理学の専門的知識をより深めていって下さい。さらに、3年生から4年生にかけて、社会心理学分野の各教員が開講する「学部後期ゼミナール」を通じて、それぞれのテーマについて掘り下げつつ、調査、実験、内容分析、フィールドワークなどの方法を学びながら、卒業論文研究を進めていきます。

集団個別実験室

生理実験室

計量テキスト分析における共起ネットワーク図


社会人類学

 人類学を特色づけるのは、具体の研究対象への強いこだわりです。人類学はどんな対象でも理論でも受け入れます。たとえば、対象は人間でなくモノ、現在でなく過去にまつわる事象でも結構ですし、理論が社会学や哲学や科学技術論にかぎりなく近くても問題ありません。寛容を旨とする人類学が絶対に拒むこと――それは対象の細部や周辺や背景へのこだわりを捨て去ることです。人類学では他の科学のように、事例が理論を立証する道具になるのでなく、むしろ理論が事例を演出します。分析者が高みから事例の真相をあばくのでなく、事例と水平に並んで、事例にシンクロナイズするように思考を展開します。人類学がフィールドワークを重視するのもそのためです。
 こんな特色に何か意義があるのでしょうか? 人類学は決して細部にこだわるだけの学問ではありません。この学問はどんな民主主義よりもラディカルに既成の序列を疑い、序列化からの脱却に現実を批判し再構築する可能性を賭けています。事例と理論をめぐる人類学の姿勢は、そうした既成の序列に対する何重もの挑戦の表明です。分析対象と分析者、事例と法則、人間と非人間、細部と全体、問題と解決といった二項の間の序列が、ここには含まれています。だから人類学の実践では、分析者が対象によって自分を分析したり、人間が非人間の同類として人間になり直したり、全体が細部によって別の相貌をあらわしたり、問題が矮小な解決を圧倒してあたらしい地平を切り拓いたりすることが起きるのです。このようなラディカルな姿勢が一橋大学の社会人類学の特徴です。

インドネシアの楽器

ナイロビ・リバーロード

ロンドンのカーニバル

ベトナムのネットカフェ

社会人類学共同研究



政治学

社会学部の中の『政治学』

 一橋大学は、政治学が社会学部のなかに置かれている大変珍しい大学です。他大学では政治学に含ま れる国際関係論、外交史、行政学などは法学部で開講されています。これは、戦前「キャプテン・オブ・インダストリー」を輩出した東京商科大学が、戦後に一橋大学と名を変え「社会科学の総合大学」として再発足するにあたって、商学部・経済学部とともにいったん法学・社会学部がつくられ、そこから法学部と社会学部が分離した、という一橋大学の沿革と関連しています。
 日本の政治学は、戦前ドイツの大学システムと国法学・国家学の影響を強く受けて、法学部の憲法・行政法から分かれて片隅におかれ、天皇制国家の官僚養成のための学問として生まれ育ちました。戦後の日本国憲法のもとで、丸山真男らにより「科学としての政治学」が提唱され、再建された後も、国立大学を中心に政治学を法学部の一部とする伝統が残りました。
 ところが、もともと「官学」でありながら「民間」に多くの人材を送り出してきた一橋大学では、政治を「官」ではなく「民」の視点で学んでいくため、国際関係論や行政学は法学部に置きながら、政治学を社会学・哲学・歴史学・社会政策学などとともに、「社会科学の総合学部」としての社会学部で教育することにしました。ですから一橋大学の政治学は、政治家や官僚を養成するための「国家学としての政治学」ではなく、主権者である市民に不可欠な総合的教養を身につけるための「市民社会の政治学」を志向し、政治現象を社会・歴史・文化の中で広く位置づける市民に開かれた学問をめざしています。



環境と社会

 この領域では、社会地理学、地球科学、環境科学、フードスタディーズ、そして地域研究・開発研究を専門とする教員が連携し、人間による資源・環境の利用および管理という、学際的で文理融合的なテーマを探求します。ここでいう環境とは、食料生産の基盤となる生態系から都市の建造環境までを幅広く含んでおり、資源・環境をめぐる社会・知識・技術のあり方について、研究する地域の特殊性を重視し、かつ地球規模の視点をもちながら検討します。そのために、以下に示す本領域の科目を他領域のさまざまな科目と結びつけながら学んでいきます。3年・4年ゼミは教員ごとに行いますが、本領域のゼミ合同で卒業論文研究の関連発表の場を設け、指導教員以外からのコメントも得ながら研究を進めます。方法としては、現象をとらえる時間・空間スケールに気を配りつつ、社会調査、聞き取りや環境計測によってデータを手にし、分析・検討する野外科学・臨地研究を中心とします。

【社会地理学】
 

 本学の社会地理学では、人間-環境研究に加えて、地域研究を実践し、また国際開発・協力の「現象」を分析する開発研究を重視しています。発展途上国の政治・経済・社会、貧困と資源・環境、一次産品のバリューチェーン、国際開発・協力の制度や主体(ODA、企業のCSR、官民連携…)などが、主なテーマです。こうした研究は、先進国や新興国とのつながりに注目して行うこともできますし、その結果は途上国の場を通して先進国由来の「社会」理論に相対化を迫ることにもなります。これに加えて、日本を含む各地の人文地理学、社会地理学的な研究も守備範囲です。個人・企業等の立地・分布、移動・近接性、場所イメージなど、人々の行為や認知の空間的側面の研究や、「空間」が「社会」とどのように相互作用して「社会問題」を生みだすのかを研究します。関連する授業は、世界諸地域が抱える問題についてグローバルな視点から学ぶ「地球社会の課題」、アジア・アフリカ地域等の政治・経済・社会、環境などについて考える「地域研究」、国際開発・協力の枠組みや制度を中心に論じる「国際開発論」、開発が地域の社会経済・環境に与えるインパクト等について学ぶ「社会開発論」です。ゼミでは、共通テーマを設定しての文献講読と、卒論に向けての個別発表を組み合わせて行います。

※スポーツと開発 たとえば、開発を接点として本領域をスポーツ社会学と結びつける研究が可能です。スポーツを通じて多様な開発課題や平和構築に取り組むNGOの組織研究や、大規模イベントが誘因する地域開発の諸影響に関する実地調査など、スポーツを切り口として「空間」と「社会」を考えます。

【地球科学】
 

 高等学校まで「地学」として一括りにされた分野は、実はさまざまな学問の便宜上の複合体です。地震・火山・海洋・地質・雪氷・気象・天文・宇宙開発... それぞれに長い歴史があり、今も多数の研究者が先端領域を開拓しています。それらは日々の生活に密着していることも特徴的で、災害といった負の側面だけでなく、通信・測位・暦(カレンダー)・エネルギー・観光・政治・経済・教育などに関連していることは想像できるでしょう。3・4年次のゼミでは、教員の専門領域の宇宙測地学における各種システム開発・解析を行うことはもちろん、地球科学・宇宙科学を中心に各人の興味と独創性をもとにテーマを設定することができます。地球科学に関連する講義は、共通教育科目に分類されているものが大半ですが、そのなかにも研究テーマの材料は多数潜んでいるはずです。

【環境科学】
 

 環境科学は複合的な学問分野であり、さまざまな方法論で環境を扱うことができます。例えば、環境社会学、環境心理学、環境経済学、環境工学などがあるように、文理を問わずさまざまな学問分野からのアプローチがあり、またそれらの分野を横断するような研究があります。扱う対象自体も、水、大気、廃棄物、生態系などさまざまあり、そのスケールも地球環境、地域環境、都市環境、住環境などグローバルなものからローカルなものにまでわたっており、それらが相互に関わりあっています。関連する講義は、共通教育科目として「環境科学Ⅰ・Ⅱ」「サイエンス工房」などがあります。3・4年次のゼミでは、英語文献を中心とした学生主体の輪講を行ったり、環境に関わるフィールド調査やフィールド実験を行いながら、卒業研究につなげていきます。

【フードスタディーズ】
 

 「『食』のグローバリゼーション」と「グローバリゼーションと『食』」といったように、わたしたちの生活の基本である「食」にまつわる問題群(環境保全、食文化/食様式、スローフード、食の安全、フェアートレードなど)を、ローカル/グローバルに、重層的・多面的に分析します。いずれも問題設定の仕方によっては、単純に白黒や善悪を決められないテーマとなります。例えばマーガリンを事例に考えてみましょう。現在、マーガリンの主原料はインドネシアやマレーシアで生産されるアブラヤシから採れるパーム油です。しかし、20世紀にはいったころから1950年代ぐらいまで、ヨーロッパでは鯨油がマーガリンの主原料でした。イギリスもノルウェーも、マーガリンを製造するために南極まで船団を派遣していた、と言っても過言ではありません。バターの代用品としてのマーガリン開発史はいうまでもなく、健康や美容、環境、倫理といった視点からも、わたしたちの食生活と「近代」が、密着したテーマであることがわかります。3・4年次のゼミでは、新書や選書など入手しやすい本で知識を蓄えたのち、英語文献にも挑戦します。また、食の現場におけるフィールドワークも適宜、おこないます。卒業研究は、広義の食環境の変容を扱うものであれば、自由に設定可能です。課題とする現場を観察するとともに、現場の人びとの声に耳を傾けつつ、フィールド感あふれる研究を志してください。

ケニア中央部の農村。森林保護区から薪炭材を運び出す女性たち(上田撮影)

東マレーシア、サバ州のコタキナバル市場に揚がったキハダマグロ(赤嶺撮影)

国立極地研究所におけるレーザ測距予備実験(右に写っているのは大坪)

スリランカ、ゴール州でのフィールド調査、井戸水のサンプリング(大瀧撮影)