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博士論文要旨

論文題目:日本版401(k)プランの成立:「アメリカ型」から「日本型」へ
著者:姜 英淑 (KAN, Young Sook)
博士号取得年月日:2004年3月26日

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 2001年10月、日本で新しい確定拠出型年金が導入された。新しい確定拠出型年金は、アメリカの401(k)プランをそのモデルとしたもので、「日本版401(k)プラン」として知られている。しかし、日本版401(k)プランは、アメリカの401(k)プランをモデルとしながらも、違う独自の性格をももっている。
 アメリカの401(k)プランが、日本で注目されはじめたのは、厚生省・通産省・大蔵省・労働省の4省が1997年から1998年にかけてである。そのとき、企業年金制度における確定拠出型年金の導入の必要性が検討されはじめられた。関連4省の会議は、頭初、それぞれの提案の方向性は違っていた が、結果的には、導入へと向かう意見をまとめた。
 政府におけるアメリカの401(k)プラン導入への注目はすぐに有力企業の間でも広がり、企業からも401(k)プラン導入を先取りする検討がはじめられた。また、学界においても年金制度の将来図から確定拠出型年金導入において401(k)プランに注目した議論が多くみられるようになった。
 日本版401(k)プランに関する先行研究としては、醍醐聡(『週間 社会保障』1998.10.5/No.2007)、石田重森(『週間 社会保障』1999.8.23/No.2050)、丸尾直美(『週間 社会保障』1998.6.8/No.1991)、などがあげられる。醍醐聡[1998]では、「現行の確定給付型年金のもとで、積立不足に困窮した企業を救済するということが、確定拠出型年金導入論の発端であるとしたら、なおさら拠出建てでプランの得失について冷静な検討が必要である」、石田重森[1999]は、導入の背景として401(k)プランのメリットを「企業にとって負担が軽減でき、さらに運用リスクを回避できることであり、マクロ的には個人資金の流入によって株式市場・資本市場の活性化、さらには景気上昇への契機としての期待もある」と述べている。また丸尾直美[1998]でも、不況対策と資産分配政策として、また、公的年金の縮小の見返りとして、401(k)プランが必要であると述べている。
 これら先行研究は、日本版401(k)プランの検討が勤労者の老後所得という意味よりも、企業の企業年金を救うという理由が最優先におかれていたことを示していると思われる。本来、企業年金に関する議論は、働く者の退職後の所得保障という視点からなされるべきである。しかし、401(k)プランの導入に関するこれらの先行研究はアメリカの401(k)プランという既に成立している制度そのものに着目し、その功罪のみを議論しているのであって日本型401(k)プランがどのような性格のものであるかについては十分に言及されていない。
 また一方で、確定拠出年金と日本版401(k)プランをめぐる議論にも着目しなければならない。日本の社会・経済環境の変化にともない、政財界の要請によって創設されたのが日本版401(k)プランであるが、アメリカの401(k)プランは確定拠出年金制度の一つであってすべてではない。しかしながら、現在日本では、「確定拠出年金=401(k)プラン」ともいうべき前提の上で、様々な議論がなされている。その理由は、日本版401(k)プランについて議論がなされる場合、その制度や効果について言及される場合が多く、日本版401(k)プランがどのような議論を経て成立したのかという点についての検討が十分になされていないためであろう。
 401(k)プランの登場以来、現在行われている企業年金に関する議論(とくに確定拠出型年金)のほとんどが401(k)プランに集中する傾向にあり、あたかも、「確定拠出年金=日本版401(k)プラン」といった図式ができつつあるように思われる。しかし、本来アメリカの401(k)プランは確定拠出型年金の一部となるものであり、日本が導入した401(k)プランは企業年金の性格とは異なる性格をも持っていると考えられる。そこで本論文では、401(k)プランの日本への導入過程に関する一次資料を丹念に分析することによって、日本版401(k)プランを再考することに主眼を置いた。
 換言すれば、本論文では、「日本版401(k)プランの成立」と題して、アメリカで成立した401(k)プランがどのようにして日本で受け入れられ、制度化されるに至ったのかという点について、日本とアメリカの公的年金・企業年金といった401(k)プランの大枠にあたる制度から考察を行った。それは、「確定拠出年金は日本版401(k)プランのことである」という支配的な現状認識に対して、疑問を投げかけるという狙いからである。
 本論文はこうした先行諸研究の情況や確定拠出年金をめぐる様々な議論に鑑みて、以下の五点についての考察を行った。
 第一点は、日本とアメリカ両国の公的年金制度についての比較を行った。
 日本の公的年金は、すべての国民に支給される国民年金と厚生年金(報酬比例)の2階建てで構成されている。国民年金のほうは、社会の連帯による老後所得の基礎的な生活を皆で支えあおうという意味をもつ基礎年金となるものである。また、厚生年金は、基礎年金のうえに建てられる民間サラリーマンの上乗せ年金という意味をもっている。
 このような日本の公的年金の財源としてあげられるのは、国民年金は定額の保険料徴収と国庫負担であり、厚生年金は国庫負担と報酬比例の保険額を労使折半によって拠出されたものである。そして、この財源を国が管理・運用している。
 日本の公的年金の給付は、まず将来に受け取る年金受給額を決め、それから発生する年金額が決まるという確定給付年金制度となっている。この確定した給付を払うための財源は賦課方式で運用されている。
 近年、日本の高齢者人口は2002年において18.5%となり、平均寿命の延びによる高齢者数は今後も増加する予測である。また、合計特殊出生率は2002年に1.33となり少子化の問題もかかえている。加えて、低迷経済による低成長や雇用問題などの環境変化によって、日本の公的年金の運用は大変苦しくなっている。特に現行の賦課方式による運用は改善を求める声が強い。
 こうした、経済環境や社会環境は公的年金の財政に大きな影響を与え、公的年金危機説までさけばれている。実際に、公的年金の財政運用利回りは、予測利回りであった5.5%が、1998年には3.2%にまで低下している。今後においても予測運用利回りを上回ることは厳しいとされている。
 これらの問題は、今後も日本の公的年金に影響し、現役世代にとっては、支払った額より受け取る額が少なくなるという世代間の不公平や不信感までをも引起こしている。
 日本の公的年金の給付水準は、現役時代の収入の60%~70%にあたる給付額である。アメリカの公的年金給付水準は、現役時代の収入の50%、ドイツは45~60%であることと比べると、日本の公的年金の給付水準は高いとの声もある。しかし、現代の、個々人の違うライフスタイルや価値観の変化などを考えると、人それぞれが考えている将来の老後設計もさまざまであろう。
 このような、個々人のライフスタイルは、公的年金だけでは期待する生活ができないことも考られ、自助努力による将来の老後生活を設計していく傾向が増えている。    
 企業年金の位置づけは、公的年金の補完という役割が第一である。日本の公的年金の厳しい状況では、企業年金による公的年金の補完機能は、今後も期待されつづけるのであろう。
 以上のような問題は、年金制度の先進国であるアメリカにも起こっている。アメリカでの公的年金は、老後に最低の生活を営むことができる水準に設定されている。年金の財源は、社会保障税で賄われ、その納付記録によって年金の受給資格や年金額が決まる。アメリカのOASDI(Old-Age Survivors& Disability Insurance:老齢・遺族・障害年金)も賦課方式で運用されていて、高齢化による財政悪化が見込まれているなかで、企業年金や個人年金との補完が重要となっている。
 公的年金制度は、日本でもアメリカでも同じで社会保障の基本として位置づけられていることから、今後の環境変化に対応しながらその存続方法が模索され、工夫され、改善が図られるだろう。
 第二点として、公的年金の補完として期待されている、企業年金について考察した。
 まずは、アメリカの企業年金制度への考察を踏まえた上で、その課題をあげてみよう。
現行の企業年金制度で給付金を受け取る労働者は全体の45%ほどで、その数が大きく増大するという見込みはほとんどないとされている。企業年金制度への加入者は、高所得者や大企業のフルタイム労働者が圧倒的に多い。しかし、従業員25名未満の企業に就業する者のうち年金給付を受け取ることになっているのは、わずか17%ほどである。パートタイムにいたっては、ほとんどない状況である。また、ERISA(Employee Retirement Income Security Act:従業員退職所得保障法)法が制定された後には、年金制度加入者のほぼ90%の人が確定給付年金制度でカバーされている。
 最近目立っているのは、新入社員が確定拠出年金制度によってカバーされていることで、これは、確定拠出年金制度に依存する産業での仕事が増えているからである。
 アメリカでは、確定拠出年金が急速に増え、自助努力による企業年金プランが定着しつつある。日本においても、確定拠出年金が導入され、今後の進展が期待されている。日本とアメリカの公的年金の仕組みは多少ちがうものの、公的年金の補完としての企業年金の役割はほぼ同じ意味をもっていると思われる。
 一方、日本の企業年金制度の流れは、「恩給」から続く退職一時金、退職金といった退職給付へと、社会・経済状況に適応して進展してきたと思われる。現行における日本の企業年金には、厚生年金基金、適格退職年金といた給付建て年金だけが実施されていたが、2001年には拠出建て年金として、日本版401(k)プランが「確定拠出年金」という名で登場することになった。
 日本の企業年金の現状とみると、社会・経済環境に対応していくために改定が行われ、確定拠出年金の導入に伴い、厚生年金基金、適格退職年金の解散や廃止が認められるなど、次第に変貌している。
 今後の日本の企業年金を予想すると、確定拠出年金への移行が拡大していくと予想されている。日本の確定拠出年金として導入された日本版401(k)プランはアメリカの401(k)プランをモデルにして創設されたが、その仕組みには日本独特のものがある。とくに、日本版401(k)プランの実施は、勤労者への自助責任という新しい意識を与えることとなった。
 第三点として、アメリカの401(k)プランが日本へ「導入」される際に、日本ではどのような議論がなされ、日本版401(k)プラン成立へと向かうこととなったのか、その経緯について考察する。
 アメリカにおける企業年金制度の一つである401(k)プランは1978年の内国歳入法に401条(k)項に追加された従業員退職給付プランである。この制度は「現金または繰り延べ契約プラン」とも呼ばれている。つまり、401(k)プランとは、適格退職年金プラン、利益分配プラン、そして従業員持株賞与プランを対象に「現金または繰延べ」を適用する年金プランである。
 401(k)プランのメリットは、従業員サイドにおいては、拠出金が一定限度まで非課税となることで、結果的には所得税負担が年金を受け取るまでに繰り延べされることになる。また、運用益にも課税が繰り延べされることや、離・転職をする際にポータビリティができること、そして従業員拠出に事業主の上乗せ拠出があることがあげられる。しかし、自己責任による運用結果によって、退職給付が決まってしまうので将来に受取れる年金額が不安定となることで、老後生活の計画が建て難くなるデメリットもある。
 一方、事業主サイドにとってのメリットは、年金プランの設立が簡単であることや、積立金の元となる拠出が従業員拠出で企業の拠出は任意であるため、コストの面で確定給付年金より企業の負担が少ないことがある。また、企業の拠出は損金扱いできるという点などがあげられる。なによりも、年金給付の責任が軽くなることは大きな魅力であるだろう。
 アメリカにおいては、1980年代から確定拠出年金の401(k)プランが急速に普及しはじめている。企業福祉研究所の分析によると、その理由は以下の通りである。確定給付型年金制度に関する法律や規制が複雑であること。企業が破綻してしまうと確定給付型年金制度では従業員への年金給付が義務付けられているが、確定拠出型年金にはその義務がないこと。そして、確定給付年金は中小企業での設立がむずかしいのに比べ確定拠出年金制度は設立が簡単であるため、中小企業を中心に普及されたことなどである。
 日本において、確定拠出型年金の必要性がさけばれはじめたのはなぜか。まず、景気が大きく変動するなかにあって、確定給付年金は企業業績の影響を受けるため、従来の企業年金だけでは従業員に老後所得保障が不安定になりやすかったこと。そして、経済・社会の環境変化による公的年金の受給年齢や保険料の引き上げなどによる公的年金への期待の低下が、相対的に企業年金への期待を上昇させ、公的年金の補完として企業年金の役割が重要となったことである。
 さらにいうと、雇用・労働の流動化、従業員のライフスタイルの多様化などに対応でき、中小企業にも普及可能な制度が必要とされたことによって、注目されはじめたのが、アメリカの確定拠出年金である401(k)プランであった。
 日本で確定拠出年金(401(k)プラン)導入の動きがあったのは、1996年あたりからである。
 1996年11月、21世紀企業年金研究会の報告書「企業年金の将来像」の中に、拠出建て企業年金制度の導入とそれに対する税制優遇措置の整備に関する提言を行っていた。
 政府の動きとして、確定拠出年金を導入しようと検討をはじめたのは労働省である。労働省では、1997年から既存の財形制度をアメリカの401(k)プランに照らし、財形制度の見直しの検討を行なっていた。
 第四点は、確定拠出年金が検討され、日本版401(k)プランとして成立するまでの経緯、具体的には、勤労者財産形成審議会での議論を中心に据えて考察する。
 401(k)プランに企業年金として本来有るべき姿を求めるのであれば、それはおそらく従業員に将来の給付額が確実に示される給付建て制度であろう。これは今後においても、企業年金制度の中核を担うべき理想的な制度であろう。
 実際、401(k)プラン(確定拠出年金)を導入している企業の推移も、経営に負担がかからない確定拠出年金への全面移行を考慮したり、また他の退職給付年金を持っている企業においても、確定拠出年金への全面移行を考慮している企業も増えてくると思われる。
 日本で確定拠出年金が関心を集めていたこともあり、政府や関連省庁で導入されるまでの検討期間は4、5年ぐらいであった。新しい年金制度の導入期間としては、けっして十分な期間とはいえないが、そうした短期間で新しい年金制度の導入が実現したのは、経済界でも確定拠出年金導入の要望が強かったことや、あるいは政財界ともに確定拠出年金導入に積極的な姿勢で取組んだことの結果であろう。
 今後日本版401(k)プランは、理想である確定給付年金のほうは後退し、それと対比される確定拠出年金の進展が現実として広っていくと考えられる。
401(k)プラン誕生の地であるアメリカでは、確定給付年金と確定拠出年金をミックスした新しい企業年金の形として「ハイブリッド型」の年金も登場している。日本においてもこのような諸国の企業年金制度をも検討に入れながら、より安定した豊かな勤労者のための企業年金制度への発展が望まれるのである。また、日本は従来の長期雇用型の企業も数多くあるなかで、このような状況との関係が課題として残されている。
 退職給付年金は、従業員の賃金後払いという「従業員の賃金」である。したがって従業員の退職後の生活を支え、公的年金を補完する追加年金としてこれを維持していくことがなによりも重要であると言える。
 要するに、確定拠出年金のなかでの日本版401(k)プランの位置づけを改めて、今後の日本の企業年金に反映させることが必要なのである。このような、位置づけは日本版401(k)プランの進展を左右することにも関わる大切な過程であると考えられる。
 第五点は、「付録」として厚生労働省が実際に確定拠出年金を導入した企業の実態調査内容を検討・分析してまとめた。本論文では、日本版401(k)プランの実態面についてはほとんど言及することができなかったので、「付録」というかたちで、導入されたばかりの確定拠出年金制度の状況把握という意味で収録した。これによって、日本の企業が401(k)プランをどのように運用しているかを、ケーススタディとして提示できたと思われる。
本論文では、「日本版401(k)プランの成立」と題して、アメリカで成立した401(k)プランがどのようにして日本で受け入れられ、制度化されるに至ったのかを考えてみた。とりわけ日本とアメリカの公的年金・企業年金といった、401(k)プランの大枠にあたる制度面の考察を行なった。そのさい、少し極端ではあるが、「確定拠出年金は日本版401(k)プランのことである」という現状の支配的な認識に対して、疑問を投げかけることに狙いがあった。具体的には日本版401(k)プランの成立までを、一次資料を用いて再検討することによってその課題をはたそうとした。
とはいえ、分析に用いた一次資料が必ずしも十分ではなく、その点では分析自体も不十分にならざるを得ない。今後はこうした課題に対して、さらに研究を深めることで、答えを出していきたいと考えている。

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