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博士論文要旨

論文題目:介護保険制度の給付実態分析:居宅介護支援センターの調査をもとに
著者:金 善英 (KIM, Sun Young)
博士号取得年月日:2004年3月26日

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 本論文は、大きな転換を迎えている日本の社会保障制度の中で、2000年4月からスタートした介護保険制度を取り上げる。高齢者介護をめぐる介護保険制度の給付サービスに焦点を当てて研究を行い、要介護状態に陥る要因と、提供すべき介護サービスを考察することを目的としている。
 そのためには、要介護者の実態分析が有効であると考え、特に、サービス利用実績や要介護者をめぐる環境に注目し、個別ケースの詳細な分析を行った。
 この結果を踏まえることで、要介護状態の出現率を下げ、保険制度として財政を安定化させ、より政策効果が高い施策の構築に寄与すると考えている。

 まず、本論文の構成は以下の通りである。

序章 問題提起と研究課題
 第1節 問題提起
 第2節 研究課題及び研究方法
 第3節 論文の構成
第1章 日本の高齢者介護をめぐる諸制度
 第1節 高齢者保健・福祉サービスに関する制度の変遷
 第2節 介護保険制度の創設と基本理念
第2章 日本の介護保険制度
 第1節 介護保険制度の仕組み
  (1)拠出及び給付
  (2)受給権者と要介護度
  (3)財政構成
  (4)介護保険制度における仕組みの特徴
 第2節 介護保険制度の運営及び現状
  (1)第1期介護保険事業計画期の実績
  (2)第2期介護保険事業計画期の動向
  (3)各区市町村(保険者)の取組み
第3章 東京都府中市における介護実態調査とその分析
 第1節 地域福祉計画と高齢者介護の実態
 第2節 居宅介護支援センターにおける要介護者の実態
  (1)要介護度及び利用サービスが固定している要介護者
  (2)6ヶ月未満のサービス利用者
  (3)要介護度の変化がある要介護者
 第3節 要介護状態に対する介護保険制度の給付決定要因
第4章 介護保険制度の位置づけ及び高齢者介護のあり方
 第1節 介護給付サービスの利用実態から見たサービス体系
 第2節 介護保険制度の運営のあり方
 第3節 介護給付サービスの改善と体系化
終章 結論及び課題

 上記の構成に従って本論文の内容を要約する。

 序章では、問題提起をはじめ、先行研究をベースに、本論文の必然性及び、本論文の研究課題と研究方法について述べた。
 「高齢者介護」は、治療という一定の期間を限って給付が発生する医療とは違い、固定した慢性疾患という特性をもっている。介護保険制度では、給付内容を「介護にかかる手間の時間」を基準として6つの要介護度に分けて、それぞれに設定した利用限度額の枠の中で現物給付を行う仕組みとなっている。しかし、この計り方では必ずしも介護ニーズの軽重を配慮したものとはなっておらず、要介護度が低くても介護ニーズが低いことを意味するとは限らない。
 そこで、本論文では三つの研究課題を設け、介護保険制度のあり方を考察した。
 第一に、社会保険方式で行う高齢者介護の計量化において、「介護にかかる手間の時間」で要介護ニーズに相応しいサービスの提供の可能性について、実態調査を通じて検証し、現行の要介護度と要介護状態について検証する。
 第二に、要介護状態に陥る要因と介護給付サービスとの関係を明らかにする。社会保険制度では給付サービスと給付ニーズの間にギャップが生じることは避けられない。しかし、要介護状態に陥る要因を社会的要因と個別的要因に分類することができれば、そのギャップを縮められるようになり、社会保険制度として介護保険制度が担うリスクは明確化される。リスクを予測する可能性が高くなれば予防策を講じやすくなり、要介護者出現率の低下が期待できる。
 そして、第三の研究課題として、地域主義に基づいた社会保険制度の運営のあり方を考察する。公費依存率が高い介護保険制度を社会保険制度として定着させるためには、国・都道府県・各区市町村レベルごとにリスク安定化及びサービス基盤整備に関して役割分担が不可欠である。実態調査の結果の検討を通して、適切な制度運営環境について示唆が得られると考える。

 第1章では、日本の高齢者介護をめぐる諸制度の変遷について述べた。老人福祉サービスを根幹に持つ日本の介護保険制度は、高齢者保健と福祉サービスの2つの領域にまたがって給付サービスを提供している。
 日本で高齢者介護が社会問題になったのは、高齢者が、退院できるにもかかわらず長期入院を続ける、いわゆる社会的入院と老人医療費無料化(1973年~1982年)により、高齢者への医療費支出が保険財政に負担をかけるようになったことがきっかけであった。
 その解決策として、まず、1989年に高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略(ゴールドプラン)が制定された。ここで、高齢者介護を在宅中心に行うことが明確にされ、特にホームヘルパーサービス、デイサービス、ショートステイサービスを在宅介護サービスの3本柱に据えて、現行の介護保険制度のサービス提供基盤を構築することとなった。
 その後、2000年4月から介護保険制度がスタートし、これを中心として、高齢者に対する医療・保健・福祉の諸制度及び関係法の改正や基盤整備が進められ、現在に至っている。

 第2章では、介護保険制度の仕組みと制度運営の現状について確認した。介護保険制度では各区市町村が保険者となり、被保険者は第1号(65歳以上)と第2号(40歳~64歳)に分けられている。被保険者には拠出の義務があるものの、給付においては要介護認定調査を経て「要介護度」が確定された場合に、受給権を得ることができる。被保険者が支払う保険料は財源の50%を占め、残りの50%に関しては国が25%、都道府県が12.5%、区市町村が12.5%を賄っている。
 被保険者は月基準保険料を支払い、サービス受給者は原則として月サービス利用額の1割を負担するとされた。要介護度には要支援と要介護度1から5までの6つの区分があり、それぞれに利用限度額が決められている。
 旧厚生省は、介護保険制度の発足にあたり、基盤整備の不十分さと制度の不安定要因が多いことを認識していたため、5年を一つの計画期にするとともに、各計画期が始まって3年目になる時に見直しを行うこととした。定期的な見直しは介護保険制度の特徴である。
 2000年4月から2003年3月までの第1期介護保険事業計画の実施状況について、第2節で確認した。全国実績と東京都実績によると、第1期では制度の定着に成功し、要介護者の規模と給付サービスの利用傾向は、旧厚生省の見込みどおりであった。そして、各保険者は、給付サービスの利用実績に基づき、2003年4月からの第2期介護保険事業計画を立て、保険料を改訂している。本論文において東京都全域での傾向を取り上げた。
 しかし、本論文では、現行制度本来の「介護にかかる時間」で決定する要介護度区分の仕組みにまで踏み込まずにサービス提供基盤のあり方と保険料算定にのみ注目して制度の見直しを行ったことについては、社会保険制度として運営されるためには不十分であったと考えている。

 そこで、第3章において要介護者の実態を分析することとした。2001年12月に市民意向調査を行い、要介護認定者全員への意向調査を実施した東京都府中市を調査対象とし、同市の地域保健福祉計画事業審議会の資料を用いた。
 ここからは、要介護者の人数、要介護度分布、利用サービス量・意向、かかっている病名、同居家族及び主介護者の実態が分かった。特に、介護サービスは利用サービスの種類によって、第1群(要支援~要介護度2)、第2群(要介護度3)、第3群(要介護度4,5)と大きく3つに分類することができたが、その原因を探るまでには至らなかった。
 引き続き、要介護者の状態により密着した研究を行うために、府中市在住の居宅介護支援センター契約者を対象として、介護給付実績、世帯構成、かかっている病気に関して独自に入手したデータを用い、要介護状態に陥る要因を分析した。
 その結果、現行の要介護度区分は介護ニーズとの関係性が不明確であることが分かった。その一方で、要介護状態別の特徴が見出されたため、本論文では、「要介護状態の新たな分類とその要因」としてまとめ直すこととした。
 まず、サービス利用パターンは、サービスの種類と利用回数によって群を形成し、利用サービスの選択に着目すると、独居・配偶者世帯と家族同居世帯では選択傾向が異なり、かかっている病気によっても一定の傾向を有している。
 したがって、介護ニーズを決定する要因は、「介護にかかる時間」だけではないことが言える。
 次に、要介護状態の持続性や一般性について、6ヶ月間を一区切りとし、家族構成と利用サービス、病気との関係を加味して分析を行った。
 6ヶ月間継続してサービスを利用し、要介護度の変化もなかった人が対象者の8割に該当することから、社会保険として対応する一般的な介護リスクと見なして良いと判断した。この人たちの利用サービスパターンを本論文中では<表43>「利用サービスパターンI~IV」として示している。
 「パターンI」は単独サービスとして、訪問介護・通所介護・福祉用具の中から一つを利用している。「パターンII」は、「パターンI」のサービスの中から二つを組み合わせて利用している。「パターンIII」では、「パターンI」のサービスの中から一つと、他の複数のサービスを組み合わせて利用している。そして、「パターンIV」では、訪問入浴・訪問リハビリ・短期入所のうち、一つを利用している。以上のような利用サービスパターンを見出すことができた。
 一方、6ヶ月未満で断続的にサービスを利用する人は、病院・施設入所を繰り返しており、在宅復帰と同時にサービスの利用量が端的に増えていた。同居家族の意向で在宅が不可能である場合は、短期滞在型の介護施設を転々としているということも分かった。また、要介護度の変化がある場合は、主に病気によって介護ニーズが増加していた。

 第4章では、実態調査から導いた利用サービスパターンに検討を加えた。利用順位として「パターンI」が著しく多く、特に要介護度が低い人でよく表れるパターンであった。また、「パターンII」と「パターンIII」は同居家族がいる人によく表れるパターンであり、「パターンIV」は複数の病気や同居家族がいる人に著しく多く表れた。さらに、利用サービスの種類は、各要介護度に比例して増加するものの、利用限度額を上回らないよう、サービス利用を調整する傾向があることも分かった。また、疾患に関して個別性が大きいものの、脳疾患・痴呆及び転倒による骨折が介護ニーズに有意な影響を及ぼしていることが伺えた。
 以上の実態調査の分析から、要介護状態に対する介護サービスを決定する大きな要因は、同居者の有無、身体及び精神の健康状態、利用料の自己負担分の支払能力であることが分かった。

 終章では、本研究の成果について考察したあと、今後取り組まれるべき課題を整理した。以下、要約する。
 本論文で導き出された一般的な要介護者は、6ヶ月間要介護度が変わらず、利用サービスが固定・継続であった要介護者を指す。そして、その介護ニーズは、本人の病気や介護者の有無によって4つの利用パターンで表すことができた。
 また、要介護状態における社会的要因と個別的要因の区分は、高齢社会での現象として独居或いは配偶者世帯の増加による介護ニーズと、同居家族がいるとしても介護できない場合に生じる介護ニーズによって分けられる。介護保険制度は主に前者の要因に対応するために、利用パターンに基づき、給付サービスの整備をすることが望ましい。
 このように体系的な整備にあたっては、要介護者出現率の低下や、要介護者の様態を安定させ、ひいては、介護リスクの安定化も達成するよう考慮されることが望ましい。結果として財政の安定にも寄与することになろう。
 現在の介護保険制度では、低所得者に対して各区市町村で減額措置を講じているが、高齢者介護を社会保険制度として運営する観点からみると、望ましいこととは言えない。むしろ、保健福祉サービス及び地域福祉との関係で、地域福祉事業計画施行者である区市町村が施策を使い分ける工夫が望まれる。また、介護予防を目的とした施策も実施し、それに合わせて国及び都道府県が、介護保険制度の財政負担率を調整する等の政策誘導を行うことを提言したい。
 また、介護保険制度を中心とした高齢者介護サービスの提供であっても、医療・保健・福祉サービスとの連携が望ましい。例えば、地域ごとに医療関係者、介護サービス事業所、行政、利用者の4者からなる運営評価チームを設置することで、地域主義に基づいた社会保険制度の基盤が形成されるだろう。
 今後、介護保険制度が、公費負担率の低い制度として運営する方向に向かうか、公費負担率を維持或いは増加させた上で、長期的なリスク対策を制度化する方向に向かうかによって必要とされるサービス基盤は大きく変わってくる。本研究で明らかになった、介護ニーズの決定要因はいずれの制度になるとしても、基盤構築に際して有効な要素になろう。
 本論文で行った提言を現実化させるために、要介護状態に陥る要因のうち、疾患ごとの要介護者の実態をさらに詳しく分析しなければならない。介護保険制度としては、介護リスクを安定させるためにも、生活習慣病といわれる慢性疾患等への対応が課題として残されている。長年の医療保険事業と保健医療事業からの資料を活用した長期予防計画の策定などが考えられる。
 以上、介護保険制度の3年間の実績に基づき、介護ニーズの実態分析を行った。これが要介護状態の理解に近づく一歩になることを信じ、適切な高齢者介護のあり方を今後の研究課題として、研究を続けたい。

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