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博士論文要旨

論文題目:産業組織の変容と外国人労働者
著者:丹野 清人 (TANNO, Kiyoto)
博士号取得年月日:2003年7月9日

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1.提出論文の問題設定
 本書は筆者がこれまで行ってきた外国人労働者研究をまとめたものである。しかし、筆者の研究対象の中心は外国人労働者そのものではない。外国人労働者の働き方や生産点(工場)での用いられ方の変化を、外国人労働市場の変化ととらえ、これをとおして日本の産業組織の変容を分析することが本書の目的である。本書のタイトルが「産業組織の変容と外国人労働者」であるのはそのためである。
 これまで筆者は、資格外就労者であるイスラム圏の外国人労働者と、合法就労者であるラテンアメリカからの日系人労働者を研究の対象としてきたが、本書では、日本の産業組織の変容を明らかにすることが目的であるため、主に日系人労働者にここでは焦点を合わせる。資格外就労者は隠れた存在であるので、就労現場のデータを量的に集めることが困難であり、そのため集めたデータから日本の企業社会の変容を論証することが困難であるからだ。
 本書は、分析対象を企業でもなく産業社会でもない産業組織としている。それは日本の企業が、親企業を中心とした複雑な下請構造を形成しつつ、一つの商品を生産しているからである。この下請構造で結ばれた個別企業の連合体を、本書は産業組織と定義し、産業組織の変化がいかなる社会問題を生じせしめて
いるのかを明らかにすることが本書のねらいである。
2.日本の外国人労働者問題の特徴
 日本の外国人労働者の問題、とりわけ本書の検討対象となる日系人労働者の就労の特徴は、業務請負業という間接雇用に集中しているということにある。業務請負業は「偽装派遣」とも呼ばれるように、契約した工場に労働者を送り出すことによって、工場が必要とする労働力を供給している。そして日系人の就労経路がこの業務請負業をとおしての雇用に集中している。外国人労働者問題は欧米先進国の共通する問題であるが、外国人労働者が間接雇用に集中するということは日本に特異な現象と言っていいだろう。
 間接雇用に外国人労働者が集中するということは、外国人労働者の行動パターンにどのような特徴を生み出すのか。それは職場での個人の意思表明が「退出(exit)」という選択しかできないことにある、と筆者は考えている。職場あるいは会社組織との関係で捉えれば、退出戦略以外にも、「ヴォイス(voice)」あるいは「忠誠(loyalty)」という戦略があるのが普通だ。人間と組織の関係において不満があれば退出するというのは極端な事例であって、通常は退出する前に不満を述べたり、不満を述べることによって状況が改善されると組織に
忠誠をとったりするのである。
 だが、間接雇用の日系人労働者は、不満があっても職場組織に何かを言うことはできないし、自らを雇用している請負業者に声をあげることもできない。職場組織では、正社員だけがメンバーになっている企業別組合の声しか届かないし、請負業者は現場に労働者を送り出しているだけなので職場での問題に口を挟むことができない。
 このような環境下において個人がとる退出という行為はいかに理解しうるか、またどのような行為を取ることになるのか、そして個人の集合体である集団の行動にいかなる影響を与えるのだろうか。本書は、この点について実証的に解明する。
3.組織変容とニッチの生成
 個人が退出という戦略しか選択できない外国人の労働市場は、組織と組織の隙間に成立している。親企業から注文を受けて商品を作るとき、各工場は注文にあわせてより自社の下請けに部品を発注するという下請構造の連鎖を形成することによって、一つの完成品を作っている。いつも決まった量が発注されるならば、別組織にしておく必要はない。生産量が変動するから下請構造をとるようになり、各組織(工場)は想定されるミニマムの労働力を常時雇用する労働力として確保することになる。変動する部分はその時々の生産量に合わせて労働力を確保することで対応すればよいのである。組織と組織の隙間に成立しているというのは、このような意味においてである。
 日本の産業組織の下請構造化は、近代化の初期の段階から見られるものである。この限りにおいて、組織と組織の隙間に成立している労働市場は、ニューカマーの外国人労働者が入ってくる以前の段階から存在していた。それがいわゆる不安定就労層である。筆者は、現代の外国人労働者は不安定就労層の一部をなしていると考えているが、日本人の不安定就労層と異なる役割を労働市場のなかで演じていると考えている。どうして日本人と外国人で同じ不安定就労層でありながら、組織のなかで異なる役割(=異なる働き方)になるのか。組織間での違いは、下請構造のなかでの位置によって異なったものになるのか、それとも外国人労働者はどの企業・工場でも同じ役割を担っているのか。こうした差異の発生メカニズムを実証的に本書は明らかにする。
4.本書の構成
 外国人労働者というフィルターをとおすことで、職場における変化、工場における変化がより可視的なものになる。日本人だけが働いている職場では、正社員と非正社員、男性と女性の違いは見えても、それぞれの内部の違いがどのようなものであるのかは見え難い。そこに言葉のできない者、コミュニケーションの取りにくい者が入ってくることによって、職の違いが見えてくるようになる。こうした議論を展開することで、熟練をキー概念にして職場の評価を行う議論からは見えてこない産業組織の変化を見つけることができるであろう。
 本書は第一章で、現代移民の特徴を捉えるための問題提起を行う。第一章では、この日本における現代移民の特徴を「ピンポイント移住」と定義し、ピンポイント移住がブローカーによって媒介されていることを検討する。ピンポイント移住とは、特定国を目指してくるのではなく、特定国のなかのある特定の地域を目指してわたってくる移住の仕方のことである。筆者は、このタームをとおして、移民が日本に渡ってきたのではなく、当該地域を目指した移動であることを説明する。また、ピンポイント移住はその媒介者としてブローカーが重要な役割を果たすが、ブローカーを排除したケースでも成り立つものである。
 それゆえブローカー組織に頼らず渡航する者が増えた1990年代後半の日系人をモデル化するにあたっても有効な概念になると筆者は考えている。
 第二章から第四章は、問題提起で明らかにしたピンポイント移住によって生じる移民が、日本の中にどのように定住・定着化しているのかを理論的に把握する。第二章は、産業組織の変容が外国人労働者の行動パターンにどのように影響を与えるかという点を「出稼ぎ命題」という視点から明らかにする。ここでは産業組織の変容と外国人労働者の生活・就労様式が、相互に共鳴しつつ変化したことを明らかにする。
 第三章は、外国人労働者の労働市場において、階層差がいかにして生じるのかを明らかにする。ここでのキーワードは「戦略的補完性」である。労働市場のなかに戦略的補完性が働くことによって、外国人労働者の労働市場は拡大していく。だが、他方で戦略的補完性が働くゆえに、内部にエスニック・グループを単位とする階層格差が形成されてゆくことを論じる。
 第四章は、本書の理論的総論である。組織変容をハイエクの「命令なき秩序」という概念をキーに整理することで、組織と組織の隙間に存在する外国人労働者に働く「強制」的な圧力を見つけ出し、この強制力の結果、外国人労働者の存在がコミュニティ問題として噴出せざるをえなくなることを説明する。外国人が集住する地域で見られるコミュニティの諸問題を論じるうえでは、外国人を地域社会のフリーライダーとして捉える向きがあるが、筆者はこれを「強制されたフリーライダー」と考える。そのうえで強制されたフリーライダーの影で、真のフリーライダーが隠れてしまう論理を明らかにする。
 第五章から第七章は、これまで理論的に論じてきた諸問題が現実の社会のなかでどのような姿態となっているかを論証する実証編を成す部分である。第五章は、自動車産業の下請構造を取りあげ、そのなかで外国人雇用がいかなる変化を遂げているのか、その変化に組織変容がどのように関係しているのかを、実証的に解明するものである。ここでは外国人労働者の労働市場が産業組織の組織間に成立していることを、親企業のたてる企業グループ全体の戦略の変化との関連で検討される。また、外国人労働者と女子労働力や高齢者といった日本人の不安定就労層とが競合関係に置かれる状況が発生していることを明らかにする。
 第六章は、下請構造のなかに外国人労働者を送り出している業務請負業が、この業界としてどのように多様化しているのかを検討する。日系人労働力を送り出す業務請負業は、1990年代に急速に増加し、業者数の増加は送り出される日系人労働者の人数も増加させた。この業者の増加と労働者の増加は、同じ労働市場が拡大したと言うよりも、外国人労働者を雇用する職種が増大し、その結果請負業が専門分化することによって起きている。こうした専門分化した労働市場が、いかにしてネットワークを形成しているのかをここでは明らかにす
る。
 そして第七章は、筆者が参与観察を行ったある業務請負業者の日常の活動を分析する。このことにより、業務請負業が組織変容のニッチに食い込んでいる有り様と、その矛盾がどのように労働者個人にしわよせさられていくのかを明らかにする。また、業務請負業が具体的にどのようなサービスを生産点である工場と労働者にたいして行っているのかを明らかにする。
 実証編である第五章から第七章は、より大きな構造からミクロな領域へと進行する形で議論が進んでいく。しかし、それぞれの章のもとになった調査はむしろ逆の順番で行われた。ミクロな領域を先ず研究し、そこで問題点を明らかにした上で、より大きな下請構造へと向かって研究は進められてきた。この意味で、実証編は時系列的には筆者の研究の順番を反映したものではない。さらに、本書の構成もまた、理論から実証へという研究方法の流れを示すものではない。理論編で明らかにした組織の変容と変容する組織の間に生じる労働市場についての議論は、1995年から2003年現在までの実証研究のうえに積み重ねられたものだからである。

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