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博士論文要旨

論文題目:米国移民管理レジーム下でのトランスナショナルな社会空間の再編―メキシコ村落出身移民の包摂と排除をめぐる「道徳的秩序」に着目して―
著者:飯尾 真貴子 (IIO, Makiko)
博士号取得年月日:2020年6月30日

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1. 目次
序章 問題関心と研究テーマ

第一章 先行研究の検討:トランスナショナル視角とデポーテーション・スタディーズの接合を目指して                              
第一節 移住システム論およびトランスナショナル視角における理論と実態の乖離
1.1.1. 移住システム論の登場と「移住の文化」をめぐる再考可能性
1.1.2. トランスナショナル視角の登場と精緻化される概念「トランスナショナルな社会空間」
1.1.3. トランスナショナル視角をめぐるアンバランスな研究蓄積
1.1.4. 国際移動研究における都市と村落の理念型と社会的ネットワークの特徴
1.1.5. トランスナショナルな社会空間における社会規範や互酬性をめぐる論理
第二節 移民規制の厳格化をめぐる研究の理論的視座とその限界
1.2.1.国境管理の研究から不可視化される「移動できない人々」
1.2.2.デポーテーション・スタディーズにおけるトランスナショナル視角の欠如

第二章 分析枠組み・研究方法
第一節 研究課題
第二節 分析枠組み
2.2.1.道徳的秩序(Moral Order)について
2.2.2.米国社会における包摂と排除をめぐる道徳的秩序と規制の様式
2.2.3.メキシコ村落部における道徳的秩序
2.2.4.世代とジェンダーによる二重の文脈における道徳的秩序の交差
第三節 調査上の手法
第四節 調査の概要
第五節 調査者としてのポジショナリティ
2.5.1.メキシコ都市部大衆居住区(ネサワルコヨトル)における調査
2.5.2.メキシコ村落部における調査
2.5.3.米国カリフォルニア州フレズノ郡における調査

第三章 人種化かつジェンダー化された移民管理レジームの形成
第一節 「合法」/「非合法・不法」移民という概念の形成
第二節 ジェンダー化される「移民の脅威」
第三節 移民政策と刑事司法制度の交差
3.3.1. 移民の「犯罪者化」を可能にする法制度の構築
3.3.2. 国内および国境管理における移民の「犯罪者化」とその実践
3.3.3. 新自由主義における移民収容所と刑務所政策の接合
第四節 労働市場からの排除(E-verifyシステムの導入)
第五節 包摂される対象としての「望ましい移民」の形成
3.5.1.ドリーム法案と「ドリーマー」の誕生
3.5.2.DACAプログラムにみる包摂と排除の境界線

第四章 移民管理レジームがメキシコ都市部出身者の帰国経験に及ぼす影響
第一節 メキシコ都市部への帰還に社会的ネットワークの果たす役割
第二節 メキシコ都市部大衆居住区ネサワルコヨトルの特徴と国内・国際移住の関連
第三節 調査地ネサワルコヨトルから米国への移住の特徴
第四節 都市部出身移民のネットワークと社会関係の特徴が帰国局面に及ぼす影響
4.4.1.トランスナショナルな紐帯の喪失と国境をさまよう帰国者
4.4.2.都市出身移民の軽やかなモビリティとその脆弱性
第五節 小括

第五章 メキシコの村落地域における強制送還による「帰国者」へのまなざし
第一節 強制送還による「帰国者」をめぐる認識の転回
第二節 複数の村落部における強制送還による「帰国者」への眼差し
第三節 複数の村落部における強制送還による帰国をめぐる言説
第四節 小括

第六章 メキシコ村落部と米国カリフォルニア州におけるトランスナショナルな社会空間 
第一節 移住の歴史的展開とトランスナショナルな社会空間の形成
6.1.1.エスペランサ村からの国内と国外移住の歴史
6.1.2.カリフォルニア州における移民労働力の歴史的変遷
6.1.3.米国カリフォルニア州フレズノ郡における集住と地域的特徴
第二節 法的地位、世代とジェンダーによって変化する移住経験の意味
6.2.1.男性移民の農産業における経験
6.2.2.カルゴ・システムを中心とするトランスナショナルな社会空間の形成
6.2.3.女性移民の労働経験と伝統的価値規範の変化
6.2.4.女性の「ジェンダー化された帰国」の経験
6.2.5.女性のカルゴ・システムに対する態度と関わり方
6.2.6.ジェンダーと世代が衝突する場としての移民による経済的相互扶助
第三節 カリフォルニア州フレズノ郡における「規制の様式」と移民の経験
6.3.1.「良い移民」であることとジェンダー化された規制の様式
6.3.2.移民1.5世代の分節化された同化
6.3.3.暫定的な正規化がもたらす更なる分断

第七章 移民管理レジームとトランスナショナルな共同体における包摂と排除
第一節 米国の移民管理レジームとメキシコ村落共同体における道徳的秩序の接合
7.1.1.「良い帰国をしたもの」と「何らかの理由によって排除された者」
7.1.2.当事者による帰国をめぐる複数の言説
7.1.3.米墨の「道徳的秩序」に位置付けられる帰国をめぐる諸言説
7.1.4.村落共同体における制度的メンバーシップに基づく包摂と排除
7.1.5.カルゴ・システムを通じたコミュニティへの再包摂
第二節 トランスナショナルな社会空間で形成される「封じ込められた移動性」
7.2.1.越境行為に対する認識の変化
7.2.2.「再入国禁止」によるモビリティのはく奪
7.2.3.監視と収容経験を通じた規律化によるモビリティのはく奪
7.2.4.道徳的秩序からの逸脱による社会関係資本の喪失
第三節 移民管理レジームによるトランスナショナルな世帯の再編
7.3.1.一つ目のジェンダーパラドクス:村に戻る男性、米国に留まる女性
7.3.2.二つ目のジェンダーパラドクス:村に留まる男性と移動する女性
7.3.3.合法的地位のある女性に依存する男性の移動
第四節 小括

終章 

付録・参考文献
謝辞

1.要旨
 近年、アメリカ合衆国(以下米国)では、ある条件を満たす人々に暫定的な権利を付与し社会に包摂する一方で、入国管理や取締りの厳格化を通じて犯罪性や違法性に結びつけられた人々を強制送還によって排除する移民管理レジームが形成されてきた。新自由主義的なグローバル資本主義経済のもとで脆弱な就労状況におかれ、移民規制の厳格化に恒常的にさらされるメキシコ出身の移民とその家族は、このような包摂と排除を併せ持つ移民管理レジームをどのように経験し乗り越えようとしているのだろうか。本論文の目的は、米国とメキシコの二つの文脈に生きる現代の移民とその家族の経験に着目することで、米国の移民管理レジームが、送出し地域を射程に含めた移民のトランスナショナルな社会空間をどのように再編しているのか明らかにすることである。
 第一章では、先行研究を検討することで本論文の問題関心を提示した。世界的に進行する国境管理や移民規制の厳格化を受けて、移民研究ではデポーテーション・スタディーズ(強制送還政策に関する研究群)と呼ばれる新たな研究分野が切り開かれてきた。この研究領域は、移民規制の厳格化が移民とその家族に及ぼす社会的影響を受入国の文脈に比重をおいて検討する傾向が強く、その越境的な影響について送出し地域を射程に含めて十分に探求してきたとは言い難い。この一方で、移民の社会的ネットワークや中間組織の役割に着目した移住システム論やトランスナショナル研究は、移民送出し地域を射程にいれた分析を展開することで、移民がトランスナショナルな集合的実践を通じて送出し地域と緊密な繋がりを維持していることを明らかにしてきた。特に農村部を送出し地域とする移民コミュニティの共同性とその越境的実践をめぐる研究蓄積は、移住と開発の交錯をめぐる議論に貢献する一方で、トランスナショナルな社会空間に偏在する国家の権力とその影響を捨象する傾向にあった。すなわち、移民の共同性や相互扶助を基盤とする実践に対して開発の観点から多くの関心が向けられてきたにもかかわらず、トランスナショナル・コミュニティが移民規制の厳格化をどのように経験しているのかという点は、これまで十分に検討されてこなかった。以上を踏まえ、本論文はトランスナショナル研究とデポーテーション・スタディーズの領域を接合する上で、移住と開発をめぐる議論に中心的役割を果たしてきたメキシコの農村部に着目し、米国の移民管理レジームがトランスナショナル・コミュニティに及ぼす影響を明らかにすることに戦略的意義を見出した。
 先行研究の整理を踏まえて、第二章では、村落共同体における包摂と排除の両義性に着目し、それが移民の排除と監視を強める国家の論理とどのように連動しているのか、また移民規制の厳格化によってトランスナショナルな社会空間がどのように再編されるのかという大きな問いを設定し、具体的な研究課題として以下の三点を示した。一点目は、移民とその家族が、包摂と排除を併せ持つ移民管理レジームをどのように経験しているのか、また村落コミュニティにおいて強制送還による帰国がどのように認識されているのか明らかにする。二点目は、規制の厳格化によって越境的な移動が制約を受ける中、送出し地域である農村部において、移住をめぐる認識と実践にどのような変化が生じているのか検討する。三点目は、規制の厳格化によって越境的な移動が制約された結果、トランスナショナルな世帯がどのように再編され、それが既存のジェンダー秩序にどのような影響を及ぼしているのか明らかにする。
 以上を踏まえ、本論文は、国境を越えた複数のローカリティに根ざす移民の意識や実践を捉えるために、パエレガードの「拡張されたフィールド」という方法論的概念を参照した。主要なフィールド調査としてメキシコ南部オアハカ州のエスペランサ村と米国カリフォルニア州フレズノ郡に焦点を定めつつ、村落出身者の経験とその特徴をより鮮明化させるために、メキシコ都市部や別の複数の村落における調査を多角的に連動させ、相互補完的に組み合わせるという手法を用いた。そして、村落を基盤とするトランスナショナルな共同性の持つ両義性を理解するために、コミュニティ内部における具体的な義務と権利にもとづく互酬性の構造を明らかにするとともに、道徳的な規範や秩序にジェンダーや世代の差異がどのように関連しているのかに着目した。その際に、米国における移民の包摂と排除をめぐる法制度やそれに基づく上からの言説が、移民と家族、そして移民コミュニティの集合的な意識にどのような影響を及ぼしているのか、この二つの水準の相互作用を明らかにするために、「道徳的秩序」の概念を用いて考察した。
 第三章では、米国における人種化かつジェンダー化された移民管理レジームの生成過程について歴史的視座をふまえて明らかにした。1990年代以降、移民の「犯罪者化」をより明示的に進展させたのが、1996年福祉改革法および非合法移民改革法であった。これらの法案の成立によって、非正規移民を教育と緊急医療サービス以外の社会保障から排除するだけでなく、移民を「犯罪者」として規定し、大規模な強制送還を正当化する法制度上の仕組みが構築された。その一つが強制送還の対象となる外国人を規定する「加重的重罪」カテゴリの形成とその拡大である。軽犯罪まで含んだ様々な「犯罪」を加重的重罪というカテゴリのもとで「再分類化」するだけでなく、過去に服役し償った罪についても、遡及的に強制送還の対象とみなす移民の「再犯罪者化」が進行したことで、それまで以上に多くの移民が強制送還の網へと囲い込まれることになった。このような、一見自律的な法の論理にもとづく施策によって、刑事司法制度と移民政策が相互浸透した結果、元来であれば端的な移民法違反とされたものが刑法の重罪として規定され、再び移民法のもとで懲罰としての強制送還が拡大再生産されるという状況を生み出した。そして、このような法制度の構築が、黒人やラティーノの男性移民を人種化かつジェンダー化されたリスク集団として監視する米国の社会統制メカニズムとも別ち難く結びついていることを示した。
 第四章では、こうした米国における移民管理レジームの帰結である強制送還による帰国を、メキシコ都市部出身の移民がどのように経験しているのか、都市部特有の社会的ネットワークや関係性のあり方に着目して考察した。密度の低いネットワークに埋め込まれている都市出身の移民は、移住システム論における越境と定住局面において、弱い紐帯の強みを生かすことで、高いモビリティを発揮することができた。しかし、強制送還という危機的状況に直面すると、相互を縛り合う緊密な関係性に埋め込まれていないことで、支援を断たれ、出身地域において移住前よりも周縁化される傾向にあることを明らかにした。
 第五章では、都市における議論をふまえ、同質性が高く相互扶助を基盤とする村落共同体は、強制送還という危機的状況において、包摂的役割を果たすのではないかという仮説を念頭に、メキシコのオアハカ州における複数の農村地域に視点を移し検討した。その結果、強制送還による帰国者が出身村落において村の治安に対する脅威、あるいは村の道徳的秩序から逸脱し、村を「汚す」存在としてみなされていることが浮き彫りになった。このような被強制送還者に対するスティグマ化という当初の想定を裏切る発見は、都市部における調査を前提に立ち上がった村落共同体の包摂的側面を念頭においた認識に大きな転換をもたらした。
 以上を踏まえて、第六章と第七章では、コミュニティ内部における具体的な義務と権利にもとづく互酬性の構造を明らかにするとともに、道徳的な規範や秩序にジェンダーや世代の差異がどのように関連しているのか着目した。主に第六章では、エスペランサ村出身者が米国カリフォルニア州フレズノにおける農業労働へと吸収される移住の流れがどのように形成されてきたのか、歴史構造視角を用いて記述した。そのうえで、エスペランサ村出身の移民とその家族の移住経験およびトランスナショナルな社会空間の形成と変容を法的地位、世代、ジェンダーの差異に着目して考察した。
 エスペランサ村出身の移民第一世代の男性は、カルゴ・システム(先住民村落の自治を担う行政的・宗教的階梯制度)を中心とする越境的な実践にかかわることで、トランスナショナルな社会空間を形成してきた。エスペランサ村では、村の構成員として責務を果たすことが、村に生きる権利を保障するメンバーシップに直結すると同時に、共同体における男性の威信を高めることに結びついていた。この一方で、エスペランサ村出身の女性たちは、移住によって世帯における再生産労働を担うだけでなく、男性と同じように農業に従事してきたにもかかわらず、このカルゴ・システムからは排除されてきた。第一世代の女性たちの多くは、こうした二重の重荷を受入れ、伝統的なジェンダー秩序を維持する一方で、第二世代を中心とする若い女性たちは、より米国的な男女平等を基本とする新たなジェンダー規範を獲得する傾向にあった。このような世代とジェンダーで変化するジェンダー規範のあり方は、エスペランサ村出身の移民が形成するトランスナショナルな社会空間における衝突を生み出す要因にもなっていた。
 また、米国に生きる移民とその家族は、米国移民管理レジームが生み出す「望ましい移民」と「望ましくない移民」という二項対立的な認識を内面化し、法制度に順守し徹底的に自らの行動を律する一方で、強制送還による帰国を自業自得であるとみなしていた。DACAプログラムによる特定の層に対する暫定的な権利の付与は、こうした認識をさらに強化すると同時に、権利を獲得し維持するための条件として、勤勉であることが重要な要素として認識されていることが明らかになった。
 第七章では、本論文の分析枠組みである「道徳的秩序」をめぐる議論と関連させながら、エスペランサ村における強制送還を含めた帰国経験について検討した。強制送還による帰国者は、村落において、米国で何らかの法に触れる行為をしたために追放されたのであり、本来であれば米国で蓄積できたはずの経済的資源を持ち帰ることができなかった「落伍者」として見做されていた。すなわち、米国における移民の包摂と排除をめぐる二項対立的言説が、メキシコ村落部の移住をめぐる道徳的秩序と接合することで、出身地域における帰国者の周縁化をもたらしていた。
 このような発見は、凝集性の高い村落共同体が、強制送還による帰国に際して必ずしも包摂的役割を果たすわけではなく、むしろ米国とメキシコ村落部における「勤労性」を核とする道徳的秩序からの逸脱としてみなされることで、帰国者に対するスティグマ化と排除をもたらすことを明らかにした。その際に、村落共同体のメンバーシップを規定する村の成員としての義務を果たすかどうかが、村における物理的な包摂と排除を規定していた。周囲から否定的な眼差しを受ける強制送還による帰国者であっても、カルゴ・システムに基づく義務を果たすことで、再び周囲からの承認を得ることもできる。すなわち、村落共同体の源泉であるカルゴ・システムが、村の成員とは認められない帰国者に対する二重の排除として機能する一方で、それ自体が、周縁化された帰国者の社会的および経済的な包摂を促進するメカニズムにもなることが浮き彫りになった。
 また、本論文は、米国の移民管理レジームが送出し地域である村落部の移住をめぐる認識と実践にどのような変化をもたらしているのか検討した。その際に、特に強制送還による帰国者の再越境をめぐる問題に着目することで、米国の法的な逸脱を示す「前科」の有無が、帰国者のモビリティを制約していることを明らかにした。移民は、生体認証システムと結びついた「前科」が身体に刻印され、徹底的な監視のもとにおかれることで、自らを越境できない主体として内面化し、その行動を規律化していた。さらに、このような「前科」の有無は、本来であれば越境を可能にする帰国者の社会関係資本の喪失を生み出していた。米国およびメキシコ村落部の道徳的秩序から逸脱した犯罪歴のある帰国者は、周囲からの信頼を失うことで、再越境に必要な経済的資源を動員できず、村に留まることを余儀なくされるのである。そして、モビリティを喪失した男性の配偶者や子どもたちが米国に残り、往還的移動を担うことで、従来とは異なる世帯が形成されている。本論文は、このような新たに再編されるトランスナショナルな社会空間が、既存のジェンダー規範を部分的に変容させつつも、同時に再強化するようなジェンダー関係をめぐる権力の闘争の場となっていることを示した。
 終章では、本論文の知見と今後の課題を提示した。これまで、農村部を実証研究の基盤とするトランスナショナル研究は、移住と開発の交錯という観点から、村落コミュニティの共同性や凝集性を強調する傾向があった。しかし、本論文が示したように、強制送還という危機的状況に直面した村落出身者は、村落共同体において無条件に包摂されるのではなく、むしろ移民の「犯罪者化」をめぐる言説が村落における「勤労性」を核とする道徳的秩序と接合することで、二重の排除を経験している。また、従来の移住システム論は、移住が徐々に拡大することで、その地域における資源の有無や階層を超えて、移住の実践がすべての層へと広がると論じてきた。しかし、本論文が明らかにしたように、米国における「前科」が法的かつ社会的なスティグマとして機能することで、移住はもはや誰にでも平等に開かれた試みではなくなっている。すなわち、近年の移民管理レジームに基づく移民の包摂と排除は、米国における法的地位の差異化によって非正規移民のさらなる階層化を引き起こすだけでなく、移民送出し地域においても、強制送還によって周縁化される層を形成し、人々のモビリティをめぐる格差の固定化をもたらしている。そして、米国移民管理レジームと村落共同体の道徳的秩序が「勤労性」を媒介に接合することで、村落共同体における社会的ネットワークや社会関係資本を用いた移住プロセスそれ自体が、移住に値する者はだれなのか、あらかじめふるいにかける選別性をはらんだものに機能転換していることが明らかになった。
 今後の課題として、1.村落部から二重の排除を受けた帰国者にとってメキシコ都市部がどのような役割を果たしているのか、村落から都市部を経由した米国への多角的な移住を踏まえた考察、2.トランプ政権のもとでさらに進行する移民規制の厳格化が、移民やその家族、そして移民コミュニティにどのような影響を与えるのか、エスペランサ村とその移住先を定点観測の地点とする通時的な検討、3.デポーテーション・スタディーズの領域のさらなる発展を目指すために、国際比較の視点を持った研究の必要性を指摘した。

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