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博士論文要旨

論文題目:コミュニティ再構築の観点からみた社会的排除問題に取り組む労働統合型社会的企業(WISE)―サード・セクターの実践からうかびあがる二重の協同性という条件―
著者:菰田 レエ也 (KOMODA, Reeya)
博士号取得年月日:2020年3月19日

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1. 本論文の構成
 序章
 第1章 サード・セクター研究の動向と本論文の位置づけ
 第2章 社会的排除論からサード・セクターの「組織化」の方向性を考える
 第3章 サード・セクターへのコミュニティ再構築論からのアプローチ
 ―親密圏と社会関係資本の相互補完を通じた考察―
 第4章 多様な系譜から生まれてきたサード・セクター組織のカテゴリー化
 ―中間支援組織を用いた調査―
 第5章 1990年代以降の日本におけるサード・セクターの「再起動」現象
 ―労働者協同組合セクターの動向に焦点を当てて―
 第6章 WISEによる「社会的事業」とは?
 ―NPO法人コンチェルティーノの組織戦略に見る社会性と事業性の両立可能性―
 第7章 WISEは社会関係資本によってどう支えられているのか?
 ―事業性を支える社会基盤の分析―
 第8章 困難を抱えた人々でも参加できる(居)場所をどう作るのか?
 ―ケアの三層構成によって成り立つWISE―
 終章

参考文献
引用資料
謝辞

2. 先行研究の成果と課題
 社会的排除問題に対して、組織や制度はどのように対応していくことができるのか。この論文が手がかりとするのは、サード・セクターの存在である。本論文では、日本における労働統合型社会的企業(WISE:Work Integration Social Enterprise)を事例に、社会的排除(包摂)問題に取り組むサード・セクター組織の存立現象を解き明かすため、「サード・セクターを媒介項にした地域における社会的ネットワーク作り」と「当事者の参加を促すケアを行う伴走支援」に着目したコミュニティ再構築のアプローチの視点が有効であることを提起する。
 現在のサード・セクター論は、サード・セクター組織を、様々なセクターから「独立」した原理、あるいは逆に特定の原理のみに従うアクターとしてではなく、様々なセクターを混合・媒介するアクターとして捉えるパラダイムへと移行しつつある。主要な三セクター(=「国家」と「市場」と「家族」)が交錯しているファジーな領域を組織化するのが「サード・セクター」だと主張してきた。しかし、既存のサード・セクター理論は、当事者が排除され困窮した状態を十分に理論的考慮に入れていないため、社会的排除の文脈からサード・セクター組織には何が必要なのかを十分に考察できないという点で一定の限界を持っていた。
他方、社会的排除論は、社会を構成する主要なセクターや制度から当事者がこぼれ落ちてゆく状態を可視化する。さらに、こうした議論では、サード・セクター論の社会秩序で示されるような既存の主要な三極が縮小してきたと理解した上で、このサード・セクターに該当する領域を社会にぽっかり空いた「穴(そこに排除状態に陥った当事者がいる)」と把握する。すなわち、サード・セクターによる組織化の論理で考えてみれば、三極混合という理解に加えて、排除された状態(当事者の存在)を加味している点に大きな特徴がある。したがって、社会的排除論を活用すれば、既存のサード・セクター論からうまく導けない重要な活動の方向性に関わる論理を新たに産出できる。
 本論文では、既存のサード・セクター論に社会的排除論の理解を織り交ぜた組織化の論理を提示することによって、サード・セクター組織の成立を支える二つの協同性という要件の重要性を主張した。また、従来の研究ではうまく浮き彫りにできなかった組織の成立を支えるこうした非貨幣的な要件を解明する研究を例証し、新たな理論的視野を提示した。

3. 本論文の課題設定と方法
 本論文では、1990年代以降の日本社会が抱える社会的排除という問題状況を背景に、社会的排除(包摂)問題に取り組むために必要なサード・セクター組織のあり方を提示し、そうした組織を成り立たせていくためには何が必要なのかを明らかにしていくことを目的とした。
 以上の目的とその解明のため、大きく三つのパートに分かれた議論をおこなった。具体的には、1)社会的排除(包摂)問題に取り組むため、どのようなサード・セクター組織のあり方が理論的に必要になるのか。2)ある理論(サード・セクターに対するコミュニティ再構築論からのアプローチ)によって説明される認識対象の射程範囲、及び個別具体的な事例を選定していくため、どのような対象特定の調査方法論がありうるのか。3)これまで論じてきた見方を念頭に置いたうえで、選定された対象となる労働統合型社会的企業(WISE)がどのように成り立っていたのか。つまり、その組織を成り立たせるためには何が必要であったのか。この三つのパートを、第1~3章、第4~5章、第6~8章にかけてそれぞれ展開した。

4. 本論文の概要
 序章は、現代の社会的排除現象の中に、1)社会的制度からの排除と2)「自分自身」からの排除という二つの排除が含まれていることから確認し、そこからどのようにサード・セクターとの議論の接合性を図ってゆくのかという問題提起をおこなった。
 第1章では、サード・セクター論が、いかなる展開を経て現在に至るのか、その学術的な研究動向を振り返り、それらを社会学的課題として整理し直し、本論文の位置づけについて明らかにした。社会的企業論を含めたサード・セクター論の動向を、「組織と社会」に着目した「組織領域における社会変動」という社会学的テーマからの出発点に基づいて、1)「組織形態の変動」に関する研究と2)「組織の布置連関の変動」とに分類し、本研究を組織形態の変動に主眼を置いた研究として位置づけた。
 第2章では、本研究が考察対象とする社会的企業の台頭時期について、マクロな観点から考察をおこない、その日本的文脈について確認した。組織領域における社会変動として考えた場合、1)18世紀~19世紀後半の福祉国家の幕開け前の自由主義の時代、2)19世紀後半~20世紀初頭頃の福祉国家の誕生と展開の時代、3)20世紀後半(1970年代)以降の新自由主義の台頭以降の時代、こうした三つの時期区分の整理ができる。本対象は3)の時期における位置づけとなる。日本の場合には、バブルが1990年代に崩壊し、2000年代前後から新たな自立支援施策が始まっていく時期が、こうした3)の時期に該当すると論じた。こうした時期以降における、新しいサード・セクター組織である社会的企業の台頭(Emergence of Social Enterprise)現象について論じることにした。
第3章では、社会的排除論を用いることで認識可能になる二つの排除(①社会的制度からの排除②自分自身からの排除)に対抗するという分析目的を加え、それらをサード・セクターの組織化の論理として読み直す理論的作業をおこなった。すなわち、社会関係資本と親密圏という社会学理論を用いて、二種類の社会関係についての考察をおこない、①社会制度から転落し困窮する恐れのある当事者と社会的制度を結びつけて必要な資源にアクセスできるような関係性と②当事者が参加可能な居場所となる関係性の構築が必要となることを析出した。それによって、サード・セクター組織のあり方を支える「二重の協同性」という分析枠組みを構築する必要性について論じた。
 第4章では、「中間支援組織調査」の成果を参考にしながら、労働統合型社会的企業(WISE)を日本の文脈でカテゴリー化していくための作業を進めた。サード・セクター全体から、社会的排除問題に取り組むサード・セクターの事例を個々ばらばらに切り出していくのではなく、明確な概念的定義に基づいたサブ・カテゴリーとして対象を理解していく方法論的探究を行った。その結果、①ホームレス支援、②若者支援、③障害者支援、④労働者協同組合運動という形で日本のWISEがサブ・カテゴリー化されることがわかった。サード・セクターの中間支援組織の研究及び調査方法に貢献するようなWISE研究が日本においてあまりなかった状況を鑑みてみれば、中間支援組織調査を用いた調査法には一定の意義があった。
 第5章では、労働者協同組合の中でもワーカーズ・コレクティブという系譜に焦点を置いた上で、そういったサード・セクター組織群が、1990年代以降の日本社会の中でいかなる動向を示しつつあるのかを明らかにした。社会的企業研究会の資料の考察などを通じて、現在の貧困や社会的排除問題に「新たに」向き合うことで、旧来からあるサード・セクターの「再起動」を触発する社会運動組織としてのWISEという見方が徐々に可能になっていった。また、これまで展開してきた対象限定方法としての中間支援組織調査の考え方を用いて、ワーカーズ・コレクティブの系譜にある組織群の歴史性と現在の特異な動向を明らかにした。その上で、本稿の問題関心から、WISEに類することができる団体を再グルーピングしていった。
 調査の過程から、外部団体を巻き込みながら、内部で当事者への伴走的ケアを行い、かつ既存のサード・セクター組織の「再起動」を促すWISEという観点からみた時、そうしたアクター性を最もよく示す特徴をもつNPO法人コンチェルティーノという存在が浮き彫りになった。そこで、次章以降から、この団体を中心的な考察対象に据え、そうした組織(WISE)を成り立たせていくためには何が必要だったのかを解明していくことにした。
 第6章~第8章では、これまで論じてきた見方を念頭に置いたうえで、選定された対象であるNPO法人コンチェルティーノという労働統合型社会的企業(WISE)を成り立たせるためには何が必要であったのかを検討した。
 第6章では、労働統合型社会的企業(WISE)がいかなる「社会的」事業と資金構造を備えているのかを明らかにした。具体的には、こうした社会的企業の社会性とは何なのかを質的に探究しながら、他方では、その事業性がどのようになっているのかを主に貨幣的アプローチから明らかにした。しかし、事業の社会的意義とバランスシートの考察だけでは、未解明の部分を残したままである。すなわち、社会的意義のある事業とそこから得られた貨幣的資源のみに焦点を当てるだけでは、そうした事業や諸々の活動を支えている外部の諸アクターの存在をうまく析出できない。
 第7章では、従来のこうした限界を突破するため、組織の基盤構築に資する社会関係資本の側面から、WISEのようなサード・セクター組織の事業成立を支えているものには何があったのかを明らかにした。同章では、特色ある社会的事業を構築することに貢献したアクター全員をほぼ網羅的に調べた上で、組織の創業者たる起業家がそうしたアクターといかなる経緯を経て協力関係を結ぶようになったのかを明らかにする質的研究を展開した。こうした研究は、創業時における「つながり」の作り方に関するネットワーク拡大の経緯分析についての研究と呼べる。また、こうした研究の結果、創業者である起業家が所有していたつながり、すなわち「埋め込まれた絆」の活用が背景にあることが分かった。加えて、起業のプロセスを支えた「つながり」に着目してみると、強い紐帯(strong ties)と弱い紐帯(weak ties)の両者への依存現象があった。このことから、強い紐帯から弱い紐帯にまでアクセス可能なネットワークが埋め込まれていた紐帯、いわば「市民的紐帯(civic ties)」とでも呼べるような紐帯の活用がポイントになることが明らかとなった。
 第8章では、当事者と伴走者の取り組みに着目し、ケアの伴走行為を担っているアクターが誰で、どのようなやりとりがあるのかを可視化することで、社会的排除問題に取り組むサード・セクター組織であるWISEがどのように成り立っているのかを明らかにした。社会的排除問題に取り組むサード・セクター組織の存立を語るためには、社会的制度のすき間に置かれた当事者に便益をもたらす事業ネットワークに加えて、様々な事情を抱えた人々でも参加できる居場所を生み出すための要件にも考察の目を向ける必要がある。調べた結果、当事者同士の相互扶助、より対象者に「近い」伴走者、伴走者を支える「遠い」伴走者というケアの三層構成によって、労働統合型社会的企業(WISE)が成り立っていることが分かった。
 ケアの三層構成で明らかになったことは、親密になったがゆえに、二者のプライベートな「家族」内だけのケアとされ、外部からの介入を阻止してしまう親密圏とは異なり、WISEは外部からの第三者の関係性を織り交ぜることで、こういったケアの課題を乗り越えていた(対処していた)ということであった。こうした第三層というのは、社会的制度からの排除のパートで明らかにした地域における支援者の存在の重要性を示唆していた。したがって、社会的排除問題に取り組むサード・セクター組織を成り立たせるためには、親密圏と社会関係資本の入れ子構造のような二重の協同性という条件が必要だった。
 終章では、これまでの考察の要約と本論文の知見を再度確認した上で、サード・セクター組織の存立基盤に迫るコミュニティ再構築のアプローチの有効性に関する本論文の到達点と今後の課題が示された。

5. 本論文の成果と課題
 本論文では、WISEに代表される社会的排除問題に取り組むサード・セクター組織の現象に迫るため、社会的排除(包摂)の議論を加味した、サード・セクターへの「コミュニティ再構築のアプローチ」という接近方法を提起し、具体的な分析の例証も展開した。
 一連の議論から、社会的排除という問題に取り組むためには、当事者との情緒的な関係形成や体験共有が重要である一方、他方では、当事者への効用や様々な資源動員の観点から当事者と地域アクターを媒介していく活動設計が重要であることを明らかにした。
コミュニティ再構築のアプローチは、サード・セクターを媒介項にした地域における社会的ネットワーク作りと当事者の参加を促すケアを行う伴走支援という観点から、社会的排除問題に取り組む考え方を提示する。こうした議論は、人々の住んでいる社会的世界が寸断されつつある現在の日本社会において、いま必要な市民による集合性をあらためて考える必要性を示唆している。
 とはいえ、本論文では、研究対象をWISEに絞っていたため、マクロな視点からの研究は十分ではない。今後の研究課題として、行政や地域社会サービスからの社会的排除問題の取り組みについて調べる必要がある。ある地域の中に、諸々のサード・セクター組織も含めた地域社会サービスがどのように全体として構築され、いかなる課題を抱えているのかを明らかにする研究があってもよかっただろう。

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