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博士論文要旨

論文題目:自己決定の尊重に基づく公私協働の地域組織化に関する考察
著者:鈴木 美貴 (SUZUKI, Miki)
博士号取得年月日:2020年2月12日

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【章立て】
序章
 第1節 問題意識
 第2節 自己決定の尊重に基づく地域組織化への着目
 第3節 研究課題と方法
 第4節 本論の構成

第1章 生活主体の組織化論への着目とその問題点
 第1節 先行研究における「生活主体の組織化」の位置づけ
 第2節 生活主体の組織化論の構成
 第3節 生活主体の組織化論以降の先行研究
 第4節 先行研究から見出された研究課題の確認

第2章 地域福祉における住民主体性の変遷
 第1節 政策・実践の変遷:住民の位置付けに着目して
 第2節 地域包括ケアシステムと対象事例の重なり

第3章 公私協働によるネットワークの展開
 第1節 対象事例の活動
 第2節 地域ネットワーク組織の活動原理

第4章 地域福祉の推進主体の出現と活動の展開
 第1節「共同学習」論との重なり
 第2節 推進主体の形成過程
 第3節 住民主体の活動の始まり
 第4節 ケアマネジメントの実践
 第5節 地域組織化を展望するまで
 第6節 本章のまとめ

第5章 いかにして自己決定をめぐる支援が展開されるのか
 第1節 本論における自己決定の対象と捉え方
 第2節 ケース検討
 第3節 住民活動における自己決定をめぐる支援メカニズム
 第4節 自己決定の支援のポイント
 第5節 本章のまとめ

終章 本論で得られた結論と知見、今後の課題
 第1節 本研究で論じたこと
 第2節 本論の意義の整理
 第3節 福祉コミュニティ・地域組織化と自己決定を一体的に論じた意義
 第4節 今後の課題

【論文要旨】
1.研究の目的
 本研究の目的は、住民主体の地域福祉活動において、どのように活動の推進主体があらわれ、いかにして自己決定をめぐる支援を展開し、公私協働の体制を築いていくのかを明らかにすることである。
 福祉の問題を抱える可能性は誰もが持っている。多くの人は自分だけで生活してゆくことが困難になっても、住み慣れた地域で住み続けたいと考えている。地域の人びとの間に支援的な交流があり、尊厳を大切にされながら地域社会の一員として受け入れられている実感を得られる生活を送ることが、地域に住み続けることの意味であろう。そして尊厳の尊重のためにはその人のより良い生活を大切に考えること、すなわち自己決定の尊重が不可欠である。
 しかしながら孤立などその人を取り巻く状況によって問題が複雑化するケースが多いことが報告されている。近年政府が推進している地域包括ケアシステムが構想された背景には、公的サービスだけで高齢者を支え切れるものではないという危機感があり、多様な問題に対応するために地域の様々な資源を統合した体制の構築の必要性が提示されている。
 自分にとってより良い生活は何かということに向き合うことなく必ずしも納得のいかない自己決定に至っている人は少なくない。このような人たちにどのような支援が求められるのだろうか。

2.自己決定の尊重に基づく地域組織化への着目
 上の問題意識に向き合うために、本論では生活主体の組織化論の実現が求められると考える。住民相互の共同的関係を通して被支援者の自己決定を援助すること、その実現のために住民主体の公私協働によって地域組織を形成してゆくことの重要性を唱えた岡村重夫から右田紀久恵の理論展開を、本論では生活主体の組織化論と呼び出発点としている。
 しかしながら生活主体の組織化論では行き先は示されているが道筋が明かにされていない。具体的には地域福祉の推進主体の形成過程が明確ではない。さらに形成過程において推進主体にどのようなものが内面化されてきたのかが明確ではない。一方自己決定の支援は、支援者と被支援者の間でどのように展開されるのか、示されてはいない。

3.研究課題と方法
 生活主体の組織化論はその後、A.福祉コミュニティ・地域組織化に関する研究とB.自己決定に関する研究の二つの系譜に分かれて研究が進められていった。本論ではAとBの問題点を以下のように捉えた。
 A.福祉コミュニティ・地域組織化に関する研究については、福祉コミュニティ・地域組織化までのプロセスが示されていない。さらにプロセスにおいて誰がどのような役割をもち行為するか、そしてどういった場面や機会で人間関係が繰り広げられるかという、人と人とのつながりのあり方が捉えられていない。また住民活動には活動を支える理念があり、理念の実現には知識・技術が求められると思われるが、それらについても議論されていない。
 B.自己決定に関する研究については、日常の自己決定─人生の決断のような大げさなものではなく、日々の生活の中で自分の求める生活を決めるための日常的な自己決定─に焦点があてられていない。自己決定のための力が欠如しているわけでもなく、パターナリズムの問題を抱えているわけでもないものの、日常の自己決定に困難を抱えるひとは少なくない。本論では、日常の自己決定を対象とする支援において、被支援者が支援者と対話しつつ自己決定してゆくような<被支援者・支援者、双方にとって受容しうる自己決定>(「<受容しうる自己決定>」)を目指した支援が重要であり、そこに住民同士の支援的な関係の取り結びが寄与しうるのではないかと仮説設定した。
 さらに生活主体の組織化論の実現のためにはA、Bのいずれかに焦点をあてるのでは十分ではなく両者のつながりを探ることが重要であるが、両者を関連づけた議論は見られない。
 以上のことから本論では次のように課題を設定した。

 1. 地域福祉活動の推進主体としての住民リーダーがどのように公的機関と協働し地域組織を構築してゆくのか
 2. 地域福祉活動の推進主体としての住民リーダーがどのように出現し地域福祉の推進主体となっていったのか。そして推進者にどのような理念や知識・技術が内在化されてきたのか
 3. 支援者と被支援者がどのように関わり自己決定をめぐる支援が展開されるのか

 これらの課題に答えるために、生活主体の組織化論を実現していると思われる福祉ボランティア団体、そしてその団体が中心となって運営される公私協働の地域ネットワーク組織を対象とした事例研究を行った。

4.各章の概要
 序章では本論の問題意識を指摘したうえで生活主体の組織化論に着目することを述べた。生活主体の組織化論以降は、福祉コミュニティ・地域組織化に関する研究と自己決定に関する研究として個別に着目されていったことを確認し本論の研究課題を提示した。
 第1章では、生活主体の組織化論の画期性と課題を整理したうえで、福祉コミュニティ・地域組織化と自己決定に関する先行研究の検討を通して生活主体の組織化論が未だ実現されていないことを確認した。
 第2章では、住民の主体性に基づく活動の変遷を確認するために福祉関連領域における住民活動・運動を概観し、公私協働には至ってない状況であること、地域包括ケアと生活主体の組織化論に一定の重なりがあること、本論が対象とするネットワーク組織が地域包括ケアを具現化していること、そのために分析の対象とすることを述べた。
 第3章では、1の課題に対応し、住民リーダーがどのように公的機関と協働し地域組織を構築してゆくのかを分析した。住民アクター(ボランティア等)同士、公的アクター(行政職員等)同士には、活動内容等において非対称性が存在する。さらに公私のアクター間には、専門性や立場性において非対称性が存在する。非対称性が存在すると公私協働の継続性と安定性は維持されにくい。さらに公私協働の体制の特徴を見出し、三つの効用によって公私協働の体制の継続性と安定性が維持されていること、これらの効用によって各アクター間にフラットな関係が維持されていることを明らかにした。
 第4章では、2の課題に対応し、住民リーダーがどのように出現し地域福祉の推進主体となっていったのか。そして推進者にどのような理念や知識・技術が内在化されてきたのかを分析した。主体形成の過程においては住民同士の共同性、そして住民の主体性を後押しする公的機関の専門職の役割りの重要性を示した。そして推進主体に内面化されたものとして、自己決定の尊重、共感(<感情的共感><理解的共感>)、<支援者でありながら被支援者になりうるという認識>、<主観的対等感と心理的交流に基づく関係>をキー概念として提示した。
 第5章では、3の課題に対応し、支援者と被支援者がどのように関わり自己決定をめぐる支援が展開されるのかを分析した。支援者が、第4章で示された認識を、共感を通して被支援者に伝えることによって、<受容しうる自己決定>が可能になる状況を整える、そのような支援の有効性が見出された。加えて専門職による支援との対比において、住民による支援が自己決定の尊重に、より寄与しうること示した。
 終章では、第3章から第5章の議論を総括したうえで、5.結論で詳しく述べる通り、福祉コミュニティ・地域組織化に関する研究、自己決定に関する研究に対する本論の貢献を示したうえで、生活主体の組織化論を前進させた本論の意義を示した。

5.結論
 福祉コミュニティ・地域組織化に関する研究については、公私協働の体制の特徴が<多様性を備えるつながり>であること、さらにその体制を安定的に維持するための三つの効用を見出した。また推進主体が形成されるプロセスに着目し、支援者が被支援者とつながりを構築する際に求められるキー概念を提示した。
 自己決定に関する研究については、支援者・被支援者ともに住民であることが、<主観的対等性と心理的交流に基づく関係>の構築に寄与しうること、そして支援者が<支援者でありながら被支援者にもなりうるという認識>を内面化していること、この認識を具現化するために共感を通した働きかけが重要であることを明らかにした。さらに日常の自己決定の視点を提起することによって、能力などに関わらずおよそ誰にでも自己決定に関わる困難は生じうるという自己決定をめぐる問題の普遍性を提示した。
 最後に、福祉コミュニティ・地域組織化に関する研究と自己決定に関する研究を一体的に論じた結果、生活主体の組織化の実現に求められるポイントを提示した。
 一つに、被支援者の自己決定のためには、住民同士であっても存在する非対称性を乗り越えるために、支援者が被支援者との間に<主観的対等感と心理的交流に基づく関係>を取り結ぶ努力が求められる。主観的対等感をもたらすものが、<支援者でありながら被支援者にもなりうるという認識>であり、共感を通して被支援者に伝えられる。支援者が被支援者と<主観的対等感と心理的交流に基づく関係>を構築することを通して、被支援者は自己決定のための「力」を回復・獲得し、<受容しうる自己決定>の実現が可能となる
 二つに、住民による支援の独自性は、被支援者が自己決定のための「力」を回復・獲得するような関係を構築する可能性を、専門職による支援に比してより有している点にある。支援者は非対称性を少なくするために、被支援者と<主観的対等感と心理的交流に基づく関係>を構築しようとする。主観的対等感の源が<支援者でありながら被支援者にもなりうるという認識>である。専門職による支援関係と比べるとこの認識が現実味を帯びて被支援者に伝わりやすいのである。
 三つに、住民による支援活動の展開のために公私協働の体制が求められる。被支援者の自己決定の尊重のために公的サービスの提供が役立つと思われるとき、公私協働が求められる。さらには資質のある推進者を見出し、住民活動を後押しするためにも公的機関の専門職との協働が必要である。
 四つに、公私協働の体制を維持することの困難と可能性を踏まえることである。本論では、①公私のアクターにとって、公私協働の体制が、自らの活動意義を確認する機会となっていること、②公私のアクターにとって、公私協働の体制において共有される報告や話し合いなどの経験の蓄積が、自らの力量向上の機会となっていること、③公的アクターにとって、公私協働の体制が住民アクターならではの力量を認識する機会となっていること、の三つの効用によって公私協働の体制の継続性と安定性が維持されていることを明らかにした。
 今後の課題としては、先進事例ではない事例や海外の事例に適用することで今回の分析枠組みのさらなる普遍化を目指すこと、公的アクターの役割りに焦点をあて政策的にどのような方向性が展望されるのかを解明することが求められる。

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