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博士論文要旨

論文題目:2000年代における製造業派遣・請負労働の労使関係―雇用類型と紛争の様態に着目して―
著者:今野 晴貴 (KONNO,Haruki)
博士号取得年月日:2019年3月18日

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1 章構成
序章 問題意識及び課題
第1節 問題意識
第2節 本研究の対象
第Ⅰ部 理論編:資本主義社会における労使関係形成の四つの指標
第1章 資本主義社会における「制度」と労使関係
第1節 労使関係における「制度」 
第2節 レギュラシオン理論
第3節 フォーディズム
第4節 構造化理論
第5節 制度の生成を分析する四つの指標
第6節 資本主義社会における制度
第7節 資本主義社会における行為の可能性の三つの類型
第8節 テイラー主義をめぐる制度問題
第9節 小括
第2章 熟練の解体と労使関係の再帰的形成
第1節 労働組合運動の基本原理
第2節 熟練の解体と労使関係の三つのモデル
第3節 日本的雇用システムの機能
第4節 日本型雇用の生成
第5節 非正規雇用の機能と労使関係
第6節 小括

第Ⅱ部 実証編:雇用類型及び労使紛争の過程
第3章 製造業派遣・請負労働の機能及び雇用類型
第1節 先行研究及び調査
第2節 製造業派遣・請負の機能:労働移動の実態及びプロセス
第3節 製造業派遣・請負労働者の資源
第4節 製造業派遣・請負労働の労働条件
第5節 製造業派遣・請負者の属性
第6節 製造業派遣・請負における労働法
第7節 製造業派遣・請負の雇用類型の特性
第8節 小括
第4章 製造業派遣・請負労働者による労使紛争過程
第1節 先行研究及び調査
第2節 労働組合の組織化における「二つの路線」と紛争の分類
第3節 企業内組合による組織化
第4節 産業別労働組合による組織化
第5節 コミュニティ・ユニオンによる組織化
第6節 「派遣切り」の発生と労働法
第7節 小括
第5章 結論
第1節 製造業派遣・請負労働の雇用類型と規則の読み替え
第2節 本研究の示唆と今後の課題

2 問題意識及び課題
(1)問題意識
 1990年代、非正規雇用労働者数は増大し、製造業においても「請負」と呼称される間接雇用の労働形態が電機産業・自動車産業を中心に広がった。2006年に入ると製造業請負は「偽装請負」状態にあることが次々と報道された。そして、2008年9月のリーマンブラザーズの破綻に端を発するいわゆる「リーマンショック」を契機として、製造業派遣・請負労働者は一斉かつ大量に解雇された。派遣労働者の一斉解雇は「派遣切り」と呼称され、大きな社会問題となった。
 一方で、2005年から2009年にかけては相次いで製造業派遣・請負労働者を組織する労働組合やその支援団体が結成され、労使交渉や裁判闘争が繰り広げられた。ところが、今日、製造業派遣・請負労働者を代表する有力な交渉主体は存在せず、彼らの労働条件が社会的に決定されるプロセスも不在である。製造業派遣・請負労働者たちは、大きな社会的注目を集めさまざまに労使紛争を展開しながらも、なぜ継続的な労使関係を形成することができなかったのだろうか。
 今日も非正規雇用は多様化し、増加し続けている。これからの日本の労使関係のありようを考えるためにも、2000年代最大の非正規雇用問題である製造業派遣・請負労働の雇用類型としての特性を明らかにし、その労使関係を検討することは必要不可欠の作業であると考える。
(2)本研究の課題
 上記の問題意識から、本研究においては2000年代における製造業派遣・請負労働を研究対象とし、その労使関係の生成について検討する。この目的のためには、2000年代を振り返り、製造業派遣・請負労働の雇用類型としての特性を明らかにし、これとの連関で彼らがいかに労使関係に参与し、またしえなかったのかを論理的に明らかにする必要がある。また、そのような分析を十全に行うためには、労使関係の形成を行為主体との関係で理論的に位置づけることも必要である。
 そこで、本研究の課題は、第一に、資本主義社会における労使関係制度の形成を理論的に検討し、労働者が労使関係を形成する主体的行為の過程及び可能性を分析する枠組みを提示することである。本研究が資本主義社会における労使関係形成の分析という理論的射程にまで踏み込むのは、資本主義社会の発展と共に低技能・流動的な労働(具体的には非正規雇用労働)が増加し、労働組合の組織化が困難になるという一般的テーゼを再検証するためである(第1章、第2章)。
 第二に、本研究においては製造業派遣・請負労働を対象とした労働者、派遣会社社員に対する調査を行い、製造業派遣・請負労働の労働市場における機能と労働者の雇用類型の特性を明らかにする(第3章)。
 第三に、労働組合への調査を通じ、製造業派遣・請負労働の労使関係形成の主体的過程及び可能性を、本稿の理論編で提示する分析枠組み及び製造業派遣・請負労働の雇用類型の特性に基づいて検討する(第4章)。

3 各章の要約
(1)第1章:資本主義社会における「制度」と労使関係
 第1章では、これまでの労使関係研究が制度の分析を中心としてきたことを踏まえ、主にレギュラシオン理論、アンソニー・ギデンズの構造化理論、そしてヨアヒム・ヒルシュの形態分析の理論に依拠し、資本主義社会における制度の生成の論理を理論的に検討し、労使関係制度を生成する下記の四つの指標(行為の条件=資源・規則)を特定した。
①資源:技能・労働能力(労働する意思)
②経済的制度(規則):技能と労働能力に基づく労働力取引の規則
③象徴秩序/言説様式(規則):労働者間の連帯
④法制度:労働法
 さらに、資本主義社会における制度生成の論理を特定することで、労使関係制度が労働力の商品化を媒介するための必然性を有しており、資本主義社会の発展により熟練の解体が進められるにもかかわらず、上記の四つの条件に基づいて労働者は労使関係を再帰的に生成することができることが明らかにされた。
(2)第2章 熟練の解体と労使関係の再帰的形成
 第2章では、労使関係制度生成の四つの指標を労働組合運動の理論および歴史的実例を参照することで裏付けた。また、19世紀末の熟練の解体以後に現れた、「国家及び法律の活用」、「市場横断的な労働協約の締結」、「企業内的労使関係の形成」の三つの労使関係制度のモデルを提示し、熟練の解体以後に労働者によって資源・規則がどのように活用されてきたのかを、本研究の分析枠組みである四つの指標に基づいて示した。
 さらに、これら三つのモデルを参照することで、日本的雇用システムの特殊性を市場横断的規則はほとんど存在せず、もっぱら企業内的に労使関係が形成されたていること、また、「労働力取引の規則」は職務に基礎を置かず、属人的な職能資格によって形成され、それゆえ、非正規雇用との属人的差別が可能な制度形態となっていることを示した。そして、非正規雇用は日本的雇用システムのサブシステムとして編成され、「リスク回避とコスト節減の二つの側面」の機能を有しており、労働法も非正規雇用差別を含む日本的雇用システムの機能を補完していることが明らかになった。
 このような日本的雇用システムは企業特殊的熟練の資源に依拠して形成された「労働力取引の規則」であり、企業内の「労働者間の連帯」に支えられている。そして今日でも企業特殊的熟練を基礎として形成された属人的処遇制度は、職能資格制度として保持されている。
一方、期間工やパート労働者など、これまでの非正規雇用による労働運動は、既存の日本的雇用システムを形成した資源や規則(企業内的熟練、職能資格制度)に依拠して日本的雇用システムにおける「サブシステムの改革」を進めたのだが、それは、選抜的な登用制度や職能資格制度の要素を一部非正規雇用にも適用する(均衡処遇)などの「改革」にとどまっており、結果として現在も非正規雇用は日本的雇用システムの周縁部に再帰的に組み込まれていることが明らかになった。
(3)第3章:製造業派遣・請負労働の機能及び雇用類型
 第3章では製造業派遣・請負労働の機能と雇用類型を検討した。これによって、製造業派遣・請負における「労働力取引の規則」を把握すると同時に、労働者が活用し得る「技能・労働能力」、「労働者間の連帯」、「労働法」が明らかになった。
 製造業派遣・請負会社は労働者の全国的移動を通じ、あたかも柔軟な移動を行う日本型正社員のように、労働力を確実に生産ラインに配置できる機能を有している。このような機能を持つ製造業派遣・請負労働は、日本的雇用システムのサブシステムとして形成されている。また、全国的な移動による雇用調整によって、製造業派遣・請負労働は「断片的な雇用を一続きにする」機能をも有しており、労働者の一定程度の雇用の保障を実現している。
 一方で、全国的移動を行う労働者の技能の水準は低く、企業内・企業横断的に「低位多能工」的な熟練を形成していることがわかった。また、全国的移動を伴う労働の担い手は、独立して世帯を形成する「家計自立型」の労働者であった。労働者の前職は正社員経験者が多く、新規学卒後間もない若者も多かった。製造業派遣・請負労働はパートやアルバイトとは異なり、一定程度「自立」可能な雇用類型であり、それゆえ、労働者は自立を維持するために全国的移動に参入するのである。ただし、その雇用は著しく不安定であり、全国的移動や多能的労働を引き受けるにもかかわらず、その賃金もまた正社員に比べて著しく低い。
これを「労働者間の連帯」の観点から見た場合、既存の正社員と同様の「家計自立型」の労働者であるにもかかわらず、日本型雇用の正社員とは分断をされている状況にあるということになる。
 さらに、労働法の観点からみると、労働者派遣法は派遣労働者の保護法としての性質は薄く、日本的雇用システムを保護する法律としての性格を有している。労働者にとって活用できる規則は乏しく、直接雇用の申し込み義務に関連する権利がほぼ唯一の利用可能な規則となっている。
(4)第4章:製造業派遣・請負労働者による労使紛争過程
 第4章では、2000年代に引き起こされた製造業派遣・請負労働者による労使紛争について分類し、組織化の主体となった労働組合の「組織形態」(企業内、産業別、コミュニティ・ユニオン)と紛争が生じた「時期」(リーマンショック期以前と以後)に着目して分析を行った。紛争の分類と労働組合の組織形態の連関を考察することで、労働者の資源・規則の活用に関する「組織化の二つの路線」の存在や、資源・規則の活用の在り方を検討した。尚、「組織化の二つの路線」とは、熟練の解体後に現れた三つの労使関係制度のうち、「市場横断的な労働協約の締結」、「企業内的労使関係の形成」の二つの路線を指している。
リーマンショック期以前においては、企業内組合および産業別組合は、労働者の企業特殊的熟練の資源を活用し、製造業派遣・請負労働者を派遣先・請負元の正社員とすることに成功した。これは、日本的雇用システムの資源・規則を活用し、「労働力取引の規則」を読み替える行為である。ただし、正社員化に成功するケースでは、労働者側に企業特殊的な技能があり、企業内労組に「家計自立型」としての労働者の共通の属性を活用し、「労働者間の連帯」を形成するほどに強い職場労組が必要であることがわかった。
 一方、産業別労組に関しては、職場に基礎を置く場合には企業内組合とほぼ同様に、職場での一部の労働者の正社員化に成功していた。その一方で、産業別労働組合を母体とした個人加盟方式の労働組合では、全国的、全社(派遣・請負会社)的、派遣先企業横断的な交渉を行った。彼らの運動戦略は、企業内の日本的労使関係の改革ではなく、日本的雇用システムに対置される「新しい規則」の形成を志向したものであった。しかしその際に、「労働力取引の規則」の読み替えを実現させるだけの「技能・労働能力」による交渉力は乏しいものであった。企業特殊的熟練を要する労働過程とは異なり、全国移動によって不熟練労働力を簡単に補充できる一般の派遣・請負労働では、一部の労働者がストライキなどを行ったとしても効果が乏しいためである。ただし、より長期的に組織化が進んだ場合には、逼迫したサプライチェーンの重要な部分においてストライキを行うことでより高い交渉力を獲得できた可能性を潜在的に有しいていた。
 ただし、市場横断的な労使関係形成を志向した労組においても、個別企業に対しては法制度(偽装請負)を利用した直接雇用化の交渉を行っていた。これは、日本的雇用システムのサブシステムとしての規則の活用であり、「新しい規則」の形成とは逆行する。また、派遣・請負会社との交渉は、市民社会・メディアへの訴えかけが主要な資源となっていた。このような市民活動による交渉力は、後の裁判の敗訴と共に退潮していく。
 さらに、コミュニティ・ユニオンにおいては、個別労働者の意向に沿った組織化活動を行っていたが、立地地域(都市部)の制約から製造業派遣・請負者の組織化には至っていなかった。
 このような状況は、リーマンショック期以後になると一変した。派遣・請負労働者の一斉解雇という状況に直面し、市場横断的な労使関係の形成は「断片的な雇用を一続きにする機能」の不全ために、困難になった。この時点では労働法の規則の他に労働者が活用できる行為の条件はなくなっていく。そして、紛争の焦点はすべての組織形態の労働組合において、直接雇用・金銭解決・住居の維持に移行し、闘争の形態も裁判闘争や市民的な法律改正運動へと収斂していった。この時期に活躍したのが、それまでは関与が乏しかったコミュニティ・ユニオンであった。
 しかしながら、裁判闘争と市民運動的な法律改正運動は、裁判闘争の長期化や裁判所における敗訴によって組織している労働者自身が離職し、職場に戻る見込みもなくなっていくことで、当初の「労働力取引の規則」の形成を目指す労働運動との連関が希薄になっていった。
(5)第5章:結論
 以上の検討から、本研究の主題である製造業派遣・請負労働の労使関係が残存していない要因は、第一に、「組織化の二つの路線」の一方である、日本的雇用システムの規則を活用した労使関係形成が、企業内の労使関係への包摂を意味しており、派遣・請負労働者を代表する運動が形成されなかったことにある。第二に、第一と関連し、「二つの路線」のもう一方である市場横断的な労働運動が、これを実現する資源に乏しかったために、持続的な労使関係が形成できなかったことにある。第三に、市場横断的な労使交渉は、組織化の進展の中でサプライチェーンを対象とした労働能力資源を用いたストライキの実施などによって新たな「労働力取引の規則」を形成し得る可能性があったが、リーマンショックによってそのような可能性は閉ざされてしまった。第四に、コミュニティ・ユニオンを含む労働運動団体による「市民としての権利」の活用が、リーマンショック期以後は「労働力取引の規則」の形成と切り離されることで次第に政治運動化(派遣法改正運動)していき、新しい労使関係の形成に至ることはなかった。
 本研究からの示唆は、非正規雇用の労使関係の形成において、資源・規則の活用の方法に「二つの路線」があり得るということであり、既存の企業内的労使関係の形成に連関する資源・規則の活用は、労使交渉の内容を「二つの路線」の一方である「サブシステムの改革」へと水路づけるということである。また、非正規雇用の労使関係の形成には雇用保障の要素がもっとも重要であるということも示された。
 本研究の今後の課題は、今回の分析枠組みを非正規雇用や限定正社員などより広い雇用類型に応用することや、2010年代における労働契約法及び派遣法の改正という新しい条件下における資源・規則の在り方を再検討することである。

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