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博士論文要旨

論文題目:移動する職人・労働者と社会変動-産業リストラクチャリング下の日米建設労働者をめぐる比較社会学的分析
著者:惠羅 さとみ (ERA, Satomi)
博士号取得年月日:2018年2月14日

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1.本論文の問題関心
 かつて日本は「土建国家」と称されるほど、その経済社会的な安定を建設業への公共民間投資に依存してきた。建設業は、高度経済成長期においては国土開発、そして不況期においては他産業からの失業者の受け皿の創出という雇用政策の役割を担い、日本の建設市場および建設労働市場は1990 年代半ばまで拡大し続けてきたのである。1990 年代後半の「構造改革」は、戦後から続くこの流れを大きく転換させるものであった。財政政策によって公共投資額は一気に半減し、入札制度改革によって一般競争入札が拡大し、建設市場は安定的市場から一転して、競争市場となった。そして現在の自民党第二次安倍政権の下では、かつての民主党政権下のマニュフェストで叫ばれた「コンクリートから人へ」というスローガンは姿を消し、震災復興・防災需要に呼応する国土強靭化計画や五輪誘致など、建設への巨大投資を一つの牽引策とする成長戦略が掲げられるようになっている。このような流れは一見すると、国家政策のナショナルな文脈への回帰とも捉えられるが、産業の高齢化の内実を見れば、2025 年までに団塊世代を中心とした100 万人を超える大量離職時代を迎え、深刻な建設労働力不足の危機に直面しているのである。既に、国交省は、2014 年4 月の閣僚会議において時限的な「外国人建設就労者受入事業」を新設し、2015 年4 月より産業独自の実質的な外国人労働者受け入れプログラムを開始している。このように日本政府が、本格的な外国人労働者受け入れ拡大に向けての実質的な制度構築を進める中で、かつて高度成長期および構造調整期に農村からの出稼ぎ労働者に大きく依存した日本の流動的建設労働市場も、東アジア圏をターゲットとした国際的建設労働市場の構築に向けて、政策的にも大きく舵を切ろうとしている。
 このような国内における産業転換期を目の前にして、本論文は建設産業リストラクチャリングの論理が技能を基盤として空間的に移動する職人・労働者の社会的地位のあり方に及ぼす影響を明らかにするために、日本のみならずアメリカ合衆国における他者としてのマイノリティおよび移民労働者の包摂のあり方を取り上げ、比較社会学的分析を行ったものである。日本とアメリカ合衆国の二国を事例とする意義は、その歴史的・制度的な対照性と今日に共通した問題性にある。建設業は、日本においては出稼ぎ労働者に依存してきた周辺的労働市場の典型として捉えられることが多いが、アメリカ合衆国においては集団的労使交渉に基づくブルーカラーの高技能職として保護された労働市場のシステムを確立してきた。本論文では、これまで、日本およびアメリカ合衆国の建設部門において長期に渡る熟練技能形成が実現してきたのは、建設労働者の社会的位置は大きく異なるとはいえ、国家あるいは産業レベルにおける一定の保護規制政策あるいは慣行が存在してきたからだと捉え、その上で、今日的な動態を明らかにするために、以下の問いと課題に取り組むこととした。第一に、これまで両国におけるナショナルな建設産業秩序はいかなる社会関係によって基盤づけられていたのかを明らかにすること、第二に、既存の秩序や社会関係を揺らがしている、両者を貫く産業再編成の論理はいかなるもので、個々の文脈にどのような変容をもたらしているのかを実態的に把握すること、第三に、そのような揺らぎに対して、労働運動はどのように取り組もうとしているのかについて、既存の社会関係が直面している枠組みの限界や運動の革新性から比較対照することである。

2.本論文の構成と概要
本論文の章立ては以下の通りである。
第Ⅰ部 問題背景
序章 問題関心のありか
 建設業をめぐる構造的矛盾の諸相
 新自由主義的経済社会における建設労働のあり方―二国間比較における問い
 現代における労働と技能再生産をめぐる問題―労働研究における問い
 本稿の構成と日米比較の枠組み
 調査の概要
第1章 問題の理論的背景と現況
第1節 労働と技能をめぐる考察
 1.労働過程論再考
 2.労働市場論と移動論
 3.建設労働に対する視角
第2節 建設労働と技能をめぐる考察―研究対象の意義
 1.建設業の産業特性
 2.労働過程論における建設労働
 3.フレキシビリティ論における建設労働
第3節 建設産業再編成の進展と曖昧化する労働
 1.国家類型と産業再編成の論理
 2.インフォーマル経済の拡大
 3.曖昧な労働―undeclared work, employee misclassification, 一人親方化
第4節 社会的結合と境界の再設定―マイノリティ・移民労働者をめぐる問題
 1.移民研究における移動と労働
 2.インフォーマル経済の拡大と移民労働者の位置づけ
 3.建設業における移民労働者
第Ⅱ部 アメリカ合衆国の事例分析
第2章 アメリカ建設業の再編成―クラフト労働からオープン・ショップへ
第1節 労使関係枠組みとしての職能別労働市場の形成と労働組合運動の発展過程
    ―アメリカの経済社会状況と技術革新、管轄権、メンバーシップのあり方
 1.アメリカ労働運動の確立期における大工職
 2.産業創設期における技術革新と職種別労働組合の発展
 3.第一次大戦期とそれ以後の職種別労組による管轄権とメンバーシップの閉鎖性
 4.大恐慌とニューディール期の組合活動と労使関係枠組みの整備
 5.第二次大戦期後とアンチユニオンの攻勢―労働慣行の維持
第2節 労働者供給システムの論理と強固な組織化―労働組合による主導権
 1.見習い制度の確立と基本原理―産業における労働力需要供給調整
 2.見習い制度と労働者供給システムが持つ機能―個人と集団による自律性の獲得と維持
 3.好戦的ビジネスユニオニズム(Militant Business Unionism)
    ―1960 年代後半における労働力供給コントロールと労働者コントロール
第3節 1970 年代以降の規制緩和とオープン・ショップ拡大の論理―産業側の攻勢
 1.産業資本側の新たな戦略とビジネス・ラウンドテーブル
 2.オープン・ショップにおける労働者供給システムの特徴
 3.マイノリティ労働者をめぐる方策
第4節 1970 年代以降の生産システムの変容
 1.施工組織の変容
 2.民間市場の変容
 3.企業・雇用者団体の変容
 4.派遣業者による雇用
第5節 近年における労働法制の切り崩しと地域格差
 1.公契約法(デイヴィス・ベーコン法)の目的と内容
 2.拡張と撤廃をめぐる立法上の対立
 3.一時停止や撤廃をめぐる動きとその影響
 4.州レベルでの労働法制に対する攻撃
 小括 ヘゲモニー転換の構図―クラフト労働からオープン・ショップへの転換の含意
第3章アメリカ建設業における今日的な移民労働者の拡大と組織化
 ―移民日雇い労働市場と労働者センターの活動を事例に
第1節 移民労働者拡大の構造的背景
 1.1980 年代以降のヒスパニック系労働者の拡大
 2.住宅産業の特徴と市場変動
第2節 1990 年代以降の移民組織化の先行事例
 1.ロサンジェルス―ボトム・アップの組織化
 2.ラスベガス―トップ・ダウンの組織化
 3.マイアミ―ローカル支部による取り組み
第3節 インフォーマル労働市場の拡大と排除される労働者
 ―今日的な日雇い労働市場と移民労働者
 1.移民労働者とインフォーマル・エコノミー
 2.日雇い労働市場の起源
 3.今日の移民日雇い労働市場の特徴
 4.社会的排除およびさまざまな規制との関係
 5.コミュニティにおける保護・組織化―「労働者センターworker center」の役割
第4節 コミュニティにおける移民日雇い労働者の組織化の実態―フィールド調査から
 1.日雇い労働者センターday labor worker center」の活動内容と役割
 (1)調査対象組織の概要
 (2)基本的な活動―労働条件設定、雇用契約明確化、法律サービス等
 (3)近隣コミュニティとの関係
2.地域的な運動の進展・広がりとネットワーク化
 (1)行政支援による保護活動からコミュニティベースの運動へ―ロサンジェルス市
 (2)保守的コミュニティにおける運動の進展―ニューヨーク州郊外
 (3)国境都市における保護活動―サンディエゴ
 (4)東南部都市における労働者センターの新設―マイアミ
第5節 労働者センターと労働組合の連携
 1.労働とコミュニティのアライアンス
 2.全国レベルでのパートナーシップ合意
 3.ローカルレベルでの取り組み・運動の進展―フィールド調査から
 (1)サンフランシスコ
 (2)ロサンジェルス
小括 インフォーマル領域の拡大と多様性の包摂をめぐる構図―コミュニティを基盤として
第4章 アメリカの建設労働組合運動の革新と課題
第1節 アメリカにおける労働組合運動の転換と建設職種別労働組合
 1.「社会運動ユニオニズム」の背景と特徴
 2.建設労働組合運動をいかに位置づけるか ―産業特性と労働者文化のロジック
第2節 アメリカ建設労働組合運動の構図
 1.組織化への関心の高まり
 2.建設業における新たな組織化戦略の一形態―COMET を事例に
 3.産別労働運動への課題と構造的ミスマッチ―アメリカ建設職種別労働組合の組織体系
第3節 大工組合UBC の革新と組織化戦略―フィールド調査から
 1.大工組合における1990 年代以降の組織改革
 2.訓練プログラムの強化による産業との連携強化
 (1)インターナショナル・トレーニングセンター(ネヴァダ州ラスベガス)
 (2)地域評議会における労使関係の強化(セントルイス広域評議会)
 (3)地域評議会における見習い制度と雇用システム(セントルイス広域評議会)
 4.地域評議会における複合戦略(ニューイングランド地域評議会)
 (1)オルグ戦略
 (2)メンバーシップの拡大と参入経路の多様化
 (3)複合戦略を結びつけるロジック
 (4)政治力構築のあり方
小括 ユニオン領域におけるメンバーシップ拡大の論理と構図
第Ⅲ部 日本の事例分析
第5章 日本の建設業の再編成―外部化と責任施工体制から個人請負労働の拡大へ
第1 節 労使関係の基本的枠組み
 1.建設職人―日本における建設技能労働者の在り方と親方請負制
 2.日本の建設労働組合運動の歴史と特徴
 3.日本の建設労働市場―流動的労働市場、出稼ぎと不安定雇用、都市下層、外国人労働者
 4.日本における建設労使関係としての重層下請制の変容―「労務下請制」から「責任施工体制」へ
第2 節 野丁場における個人請負労働の拡大―2005 年実態調査から
 1.調査の背景―統計的概観
 2.調査の概要
 3.主要職種における専門工事業者、労働者の実態
 4.専門工事業者における職長の役割と自律性をめぐる問題
 5.「基幹技能者」制度をめぐる動向
第3 節 町場・新丁場における個人請負労働者の拡大―2006 年・2008 年実態調査から
 1.調査の背景
 2.調査の概要
 3.主要職種における専門工事業者、現場従事者の実態
 4.大工職人の手間請け化と働き方の変化
 5.特別加入労災と組合員意識
小括 個人請負労働における自律性と地位
第6章日本の建設業における技能育成制度と深刻化する後継者問題
第1 節 建設就業者の高齢化と産業の危機感
 1.建設労働市場の年齢構成と入職者の減少
 2.国の政策と業界の動向
第2 節 フォーマルな訓練制度―職業訓練校の現状
 1.認定職業訓練校の法制度的背景
 2.建設関連における職業訓練校の現状―聞き取り調査から
第3 節 国・業界が主導する新たなしくみづくり
 1.国交省の取り組み
 2.富士教育訓練センターの取り組みと課題
第4 節 外国人技能実習生制度の政策的拡大
 1.日本における出入国管理政策と技能実習制度の活用
 2.建設分野における技能実習制度の拡大策
 3.2000~2010 年代における受け入れ事業主、監理団体の現状
 (1)2000 年代前半までの建設技能実習生の特徴―α社のケース(鉄筋)
 (2)2000 年代に受け入れを開始した建設関連における監理団体から
 (3)2010 年代の新規受け入れ事業主から見る特徴―β社のケース(戸建)
小括 技能育成システムの限界と過渡的な外国人技能実習生の活用の含意
第7章 日本の建設労働組合運動の革新と課題
第1節 日本の建設労働組合運動の特徴―全建総連を事例に
 1.建設労働組合の組織的性格
 2.建設労働組合運動の特徴
 (1)社会保障拡充(制度闘争)
 (2)協定賃金運動(組織内合意)
 (3)企業交渉(交渉機構づくり)
 (4)組織拡大と組織構成(組織基盤強化)
第2 節 1990 年代以降の新たな組織化戦略―首都圏4組合を事例に
 1.設立の経緯と組織拡大
 2.組織における位置づけ
 3.運動上の位置づけ
 (1)職長の役割
 (2)企業交渉への参加とその効果
 (3)運動の課題
第3 節 2000 年代以降の新たな労働者供給事業の取り組みと課題
 1.労働者供給事業とは
 2.事業開始の経緯と組織体制
 (1)組合内討議と基本戦略
 (2)実務体制の整備と組合員登録
 3.供給先との契約・労働協約
 4.労使間の立場の相違と技能・雇用をめぐる論点
 (1)組合員の意識・技能・評価
 (2)企業が求めている請負労働者像と経営戦略
 (3)長期的課題
第4 節 労使関係構築の課題
 1.国・行政の施策と建設労働組合
 (1)社会保険未加入業者問題
 (2)公契約条例制定をめぐる運動
 2.業者団体と建設労働組合
 (1)ゼネコン団体
 (2)専門工事業団体
3.立法・議会をめぐる動き
 (1)「担い手3法」―品確法、入契法、建設業法
 (2)要請行動・議員連盟
小括 日本の建設労働組合運動の特質
終章 産業再編成と移動する職人・労働者
日米比較から見る建設産業再編成の特徴
日本における移民労働者の将来的拡大と越境的建設労働市場―2010 年代以降の動向
公正で維持可能な産業社会にむけた制度政策形成には―不可視化を超えて
 今後の課題
 文献リスト

 図表一覧
 初出一覧
 謝辞

各部・各章の概要は以下の通りである。
第Ⅰ部 問題背景
 序章「問題関心のありか」では、二国間の制度的な対照性を超えて指摘できる困難について、新自由主義的経済社会における建設労働のあり方を端的に指摘した。これらを、労働研究における現代における労働と技能再生産をめぐる問題として労働過程論における本質的な概念としての「技能」に立ち戻って問うならば、労働者が流動化し多様性が拡大する中で、かつての労働過程論が問題とした労働者の技能と社会的地位の関係は、特定の地理的空間の中でどのように再構成されつつあるのかと問うことになる。地位をめぐる技能の多元的な危機は、労働力の外部化・即戦力化の下での職務構造の変容、労働者の多様性・異質性の拡大がもたらす国民国家の下で制度的に規定されてきた技能の再生産の諸様式をめぐる新たな社会統合問題、運動領域における代表性および正当性の再獲得など、複数の領域において様々な矛盾を内包するものであることを指摘した。
 第1 章「問題の理論的背景と現況」では、労働研究と移動研究を架橋するための理論的整理を行った。まず労働過程論の再考において、技術革新と管理をめぐる問題をレビューした上で、これまで労働研究の視座は職場における技術革新と労働の関係に軸を置きながらも、次第に社会変容をめぐる重層的な社会関係を内包する視野への拡張を促されてきたことを確認し、本論文を貫く分析枠組みとしてブラヴォイが指摘する労働が置かれる三つの次元(経済的次元、政治的次元、イデオロギー的次元)、また労働研究の基本的概念としての技能の諸側面(技術としての技能、自律性としての技能、地位としての技能)および、地位としての技能を規定する制度的要因としての職務構造と柔軟性の追求によるその変容について概観した。次に、以上の分析をナショナルな文脈と捉え、グローバル化の下での新国際分業の進展と労働市場の変容の連動性と移民労働者をめぐる新たな編入様式を概観した上で、建設労働をナショナルな需要と個人の身体に属する技能に依存した特有の部門と位置付けた。続く建設労働と技能をめぐる考察においては、研究対象の意義を産業特性から明らかにした。また、移動研究における移民労働者の編入・統合様式をめぐる議論を概観し、グローバルな経済再編成とトランスナショナルな移動の規制・拡大の下で、その多元化と越境化は既存の制度的枠組みを超えた社会的・政治的な再編成を伴い進展しつつあることが指摘されているものの、建設業における移民労働者の先行研究は今日的な変容を十分に捉えられるほど蓄積されておらず、労働運動への包摂という新たな側面を含めて更なる研究が求められていることを指摘した。
第Ⅱ部 アメリカ合衆国の事例分析
第Ⅱ部では、アメリカ建設業の再編成についての三側面―産業再編成プロセスの下での産業構造の変容、労働市場における流動化・多様性の拡大、労働運動の変容―を分析した。
 第2 章「アメリカ建設業の再編成―クラフト労働からオープン・ショップへ」では、アメリカ建設業の産業再編成プロセスを歴史的に概観した。アメリカの事例の特徴は、閉鎖性を特徴とするクラフト労働からオープンな労働市場への移行である。大きな転換期は、1970 年代の共和党主導の規制緩和政策を契機としており、マイノリティ労働者の排除・包摂の論理は、かつての労働組合に強固に保護された労働市場の閉鎖性と、その後の制度溶解プロセスと結びついたものであることを指摘した。また、1970 年代以降における生産システムの変容、働法制の切り崩しに伴う論争点や地域格差についても概観した。
 第3 章「アメリカ建設業における今日的な移民労働者の拡大と組織化―移民日雇い労働市場と労働者センターの活動を事例に」では、1980 年代以降のアメリカ労働市場に目を向け、新規移民労働者の編入のあり方について考察した。そこでの多様性拡大のあり方は、オープン・ショップの末端労働市場と重なるインフォーマル領域における「非合法」を含む新規移民労働者の顕在化によって特徴づけられており、その包摂のあり方について、コミュニティにおける権利擁護・組織化運動の進展プロセスと課題を整理した。その際、複数都市におけるフィールド調査に基づく日雇い労働者センターの運動のネットワーク化に着目し、全国的に運動が広がるなかで、保守的コミュニティにおいても低賃金移民労働者の保護・組織化の取り組みが見られ、特定地域においては労働組合運動との連携が試みられていることを指摘した。
 第4 章「アメリカの建設労働組合運動の革新と課題」では、再度、労働組合運動に目を向け、その取り組みについて考察した。まず、アメリカの労働運動の新たなモデルとされる「社会運動ユニオニズム」の特徴を確認し、全体の運動の趨勢における建設職種別労働組合の位置を確認した。その上で、既成の労働組合運動に目を向け、保守的と言われながらも改革を迫られる建設職種別労働組合が直面する課題と先進的な取り組みについて大工組合UBC を事例に取り上げ、産別としての移民マイノリティ組織化と労働運動自体の変容について考察した。その中で、新旧の組織化論理をいかに架橋するかという点に着目した。
第Ⅲ部 日本の事例分析
第Ⅱ部では、日本の建設業の再編成についての三側面―産業再編成プロセスの下での産業構造の変容、労働市場における流動化・多様性の拡大、労働運動の変容―を分析した。
 第5 章「日本の建設業の再編成―責任施工体制から個人請負労働の拡大へ」においては、日本の産業再編成プロセスを概観した。まず、先行研究から歴史的労使関係の特徴を整理した上で、2000年代に実施した国内調査のデータを用いて、産業再編成の特徴についてセクターごと(野丁場、町場)の分析を行った。日本の事例の特徴は、アメリカの事例においては当初の組織化の背景となった近代化・都市化・技術革新の時代において、アメリカとは逆に、職人的労働市場から不安定労働市場へ移行したこと、またその流れを基底とした、戦後の重層下請制の発展と変容であった。日本では、戦前・戦後からの連続性が限界点に至る1990 年代後半以降の「構造改革」期を産業転換点と捉え、重層下請制の変質の下で、その帰結として技能の再生産基盤が成り立たなくなっていることを実証的に明らかにした。
 第6 章「日本の建設業における技能育成制度と深刻化する後継者問題」では、既存システムにおける技能の再生産基盤の限界について制度政策面を中心に整理するともに、将来的な外国人労働者受け入れ拡大の文脈について考察した。建設就業者に関する統計的推移と既存政策を概観した上で、職業訓練校の現状、国・業界主導の政策の特徴と限界、また、外国人技能実習制度の政策的拡大の含意について論じ、インフォーマルな育成制度は、既に機能しうる基盤を失い、産業政策上にも新たな取り組みが見られにもかかわらず、新たなシステム構築は様々な困難を抱えていることを明らかにした。
 第7 章「日本の建設労働組合運動の革新と課題」では、全建総連とその傘下組合を事例として、建設労働組合運動の到達点と課題について整理しながら、日本の建設労働組合運動が直面する矛盾を明らかにした。産業再編成の下で既存の産業秩序が動揺しますます末端の労働条件が圧迫される中、労使交渉機能を持たない日本の建設労働組合運動はその労働組合としての存在意義をめぐり岐路に立たされている。その危機感から、中核的な建設労働組合は近年、ようやく現場技能者の組織化と労働市場統制力をめぐる新たな課題に取り組みだすようになっており、転換期にある日本の建設労働組合運動の複雑な構図を明らかにした。
3.結論
 終章では、本論文の結論として、二つのナショナルな事例をあらためて比較の観点からまとめながら、日米の差異とそこに通底している論理的傾向について以下のように論じた。
日米の建設業は何よりも保護された労働市場と流動的労働市場という歴史的・制度的な対照性によって特徴づけられている。本論文において明らかになったのは、その従来的な基盤となっていた技能をめぐる以下のような社会関係の差異である。つまり、アメリカ合衆国の事例においては、かつての建設労働者の安定的な社会的地位は、需要の変動の下で、クローズドな労働市場の統制による技能の稀少化と、技能の再生産機能を媒介とした労使間の強い結合により生み出されるものであった。それに対して、日本の事例においては、建設労働者に対する安定的需要を政府の拡大投資策が生み出す中で、技能者は流動的労働市場から安価に調達されうるものと位置付けられ、また技能の再生産機能は、垂直的な企業系列化の下で末端の個別企業が担うものとされてきたのである。よって、アメリカ合衆国における長期的な技能の再生産が、中核的労働者層の特権的位置づけによって世代間継承されてきたのに対し、日本におけるそれは、大きな利益配分へのアクセスがインフォーマルな熟練化に基づく請負化によって担保されているという点こそが常に新規参入者を誘引する要因となってきた。
 このような異なる論理を前提としているゆえに、産業再編成をめぐる三つの側面―産業再編成プロセスの下での産業構造の変容、労働市場における流動性・多様性の拡大、労働運動の変容―においても異なる構図が存在していた。しかし、そのナショナル・リージョナルな文脈に沿った具体的進展プロセスの下でも、産業再編成のもつ機能的あるいは数的にも柔軟性を追求する論理は、それぞれの技能の再生産基盤に困難な状況をもたらしつつあることが明らかとなった。
 まず、アメリカ合衆国の事例分析から概観すると、以下の通りである。第一の側面の産業再編成のあり方について見ると、アメリカでは1960 年代後半から1970 年代を境に、労使のヘゲモニーが転換したが、それを主導したのが大手発注者とノンユニオン企業による参入障壁の撤廃圧力に牽引された政府の産業政策転換であった。そこでの政府の役割は、マイノリティ労働者に対する雇用機会平等を組み込んだ、積極的な規制緩和策による自由主義的市場の促進であった。マイノリティ労働者の包摂の持つ機能的な意味は、既得権益層の強い結合に対する抵抗原理としての、機会拡大という正当性の下での技能再生産機能の効率化とオープン化であったといえる。この合理化圧力に対峙する職種別労働組合は、労働者文化に基礎づけられた強い結合と社会関係により既存の慣行・制度を維持しようとしたために、オープン・ショップの拡大は、地理的にも分野的にも一律ではなく、集団的な既存慣行と個別化に基づくオルタナティブな慣行を併存させながら混在していくこととなる。この段階においては、労働組合は積極的にメンバーシップを拡大することはなく、既に自明ではない既得権益層の持つ技能の稀少化を前提とした限られたユニオン領域における生産性向上に取り組んだため、結果としてオープンな労働市場の拡大に抗う論理を生み出すことができず、建設需要の拡大の中でもユニオンシェアを維持することができなくなり、伝統的な職種別労働組合が統制していた独占的で保護された労働市場が切り崩されていった。
 第二の側面の労働市場における流動性・多様性の拡大は、上記の産業再編成プロセスを経た新たな段階として、1990 年代に至って新自由主義的な規制緩和攻勢が強まる中で急速に進展していった。それは、オープン・ショップを土壌とした急速な二極化の進展と新規移民労働者の参入という形を取っている。オープン・ショップが大都市部を中心としたインフラ建設に必要な熟練技能の技能再生産および労働力配置の効率化を指向したものであれば、その末端市場とも繋がるインフォーマル領域における移民労働者の拡大は、空間的に拡張しつづける郊外住宅部門における半熟練・非熟練技能をめぐる柔軟な労働力利用の追求に対応したものであった。そこでは1980 年代以降に拡大した移民の「非合法性」がもつ脆弱性を利用した、より一層の市場原理主義の貫徹が見られるようになっている。既に政治力と市場シェアが弱体化した保守的な既存労組は、このインフォーマル領域に影響力を及ぼすことがなく、より安価で柔軟な労働力の配置と技能再生産は、フォーマルな労使関係によって規制されない社会関係の下で、個人化とインフォーマルなネットワークによってエスニックの紐帯を媒介になされるようになっている。本論文で取り上げた移民日雇労働者の組織化の事例で見た、コミュニティ組織による社会運動・移民運動としての移民労働者の包摂のあり方は、労働問題を超えたより広範な枠組みにおける自由・人権などの基本的理念と社会経済的公正を保護するものであり、移民労働者の家族を含め世代を超えた運動主体としてのアイデンティティ構築を伴うものであったが、労使関係という側面から見た際には、開放的なメンバーシップを前提としたうえで、インフォーマル領域に付随するルールの逸脱をいかに是正していくかという基準設定をめぐる運動にとどまらざるをえないものであった。この取り組みは、既存の社会関係に基礎づけられた既存制度とは容易に連結されるものではないが、排除と規制の論理が強まるアメリカの移民政策レジームがもたらす社会的矛盾の拡大と社会運動の広がりの中で、既存の労働組合運動にも影響を与え、外から保守的組織の意識革新を促すというアメリカ的な社会動態が見られる。
 第三の側面の労働運動の変容については、建設職種別労働組合が組織改革に取り組みだしたのはようやく1990 年代以降である。既に、アメリカの労働組合運動は新たな移民労働者の組織化なしでは立ち行かないことは明らかであり、その認識は、労働組合運動の明確な転換点として政策的に打ち出されたものであった。本論文で取り上げたUBC の事例でも、外部からの新たなメンバーシップ拡大という明確な目標が提示され、内部からの抵抗論理である強固な保守的慣行を乗り越えるために、この間、徹底した意識改革が実践的に試みられてきたのである。そこで課題となっていたのは、参入経路の多様化や、見習い制度を含めた参入制限の緩和による外部からの熟練技能の囲い込みを、既存の技能再生産および労働力配置の論理といかに節合するかという問題であった。  
 2000年代になるとオープン・ショップにおける技能再生産機能の不備と生産性の低さが明らかとなるなかで、改めて労使による連携の強化が重要視されるようになり、技能訓練強化による生産性の拡大を梃として組合シェアの拡大が目指された。そこでの移民労働者の包摂の持つ機能的な意味は、インフォーマル領域への攻勢であると同時に、生産性の向上という論理の下でシニオリティを否定した新たな選別・淘汰メカニズムを導入するプロセスともパラレルなものでもあったといえる。そこでは集団的な優位性を獲得・維持するために保護される労働市場の絶え間ない境界設定が行われ、メンバーシップの拡大の下で組織内部における論理の整合性・正当性がますます問われるようになっている。また、オープン・ショップとインフォーマルな領域の連続性ゆえに、メンバーシップの拡大は既存のマイノリティ労働者と新規の移民労働者の双方を対象としており、マイノリティ労働者の積極的な組合役職への配置は、新規の移民労働者の組織化における役割を想定したものであった。そして新規移民労働者の滞在資格をめぐる論点は現時点での運動の限界を示すものであり、熟練技能と高い生産性に基づく公正な職配分の足枷となっていると同時に、新規移民労働者を見習いとして包摂せずに熟練に至るまで外部のインフォーマルな技能再生産に依存するという構造的な機会格差を是認するものとしても捉えられる。今後、革新的な建設労働組合運動が、草の根のコミュニティにおける政治活動および移民政策を含む政治的な闘争領域において、いかにより広範な移民運動・社会運動と節合し、重層的なインフォーマル性の是正と向き合っていくかが、継続的な労働組合運動の活性化と維持可能な産業構造の創出にむけて一層問われていくことは避けられないだろう。
 次に、対照的な日本の事例においても、技能の再生産基盤は困難に直面している。第一の側面の産業再編成のあり方について見ると、日本では、戦後から1990 年代後半に至るまで、国家政策の下での建設産業秩序の大きな動揺は見られず、ヘゲモニーのあり方は重層的下請構造における系列的・片務的な元下関係として、参入障壁は低いままに一貫して維持され続けてきた。そこでの労働力利用のあり方は、業種ごと・企業ごとに専門分化された技能を雇用主が囲い込み、請負による責任施工というしくみの下で柔軟な労働者の配置と一定の利益確保の下での熟練化および生産性拡大が達成されていたといえる。つまり、責任施工体制の段階で、既に請負に基づく競合原理が正当化されており、個々の企業は生産性向上圧力にさらされており、そこでの労働者の地位は、市場価格に基づく請負単価による処遇が決定していた。1990 年代後半以降の国家投資政策の転換は、一転して、過剰供給構造における淘汰の論理を正当化し、元下関係の系列的な結合のみならず、末端に至るまでの社会関係―請負関係―を不安定化させるものであったといえる。その帰結が、これまで最終的に技能を囲い込んでいた末端の雇用主による労働者の外部化、ひいては技能再生産機能の放棄であった。
 第二の側面の日本における労働市場における更なる流動性・多様性の拡大は、このような技能の個別の囲い込みから外部化への移行によって引き起こされてきたものであるが、アメリカの事例と比べて変化が見えにくい領域である。なぜなら日本では、建設労働市場は、歴史的に出稼ぎや末端労働市場と繋がる流動的労働市場として位置づけられてきたために、請負契約の下で企業に囲い込まれることは保護された労働市場に包摂されることとは同一ではなく、かつて雇用から独立化への流れは、熟練化による経済的自立を意味していたからである。現在、加速する競争市場における請負価格のダンピングにより、その論理は成り立たなくなっている。また外国人労働者の包摂という意味では、1980 年代後半以降、建設分野でも「非正規」滞在者の末端労働市場への参入が指摘されてきたものの、出入国管理政策の厳格化の下で継続的な規模の拡大は見られず、その編入様式は建設労働者のもつ従来の周辺性と類似したものとして捉えられてきた。むしろ、調査時点の段階においては、産業再編成下における建設就業構造は、市場縮小と淘汰の下での目に見えない再生産機能の停止と、急速な高齢化によって特徴づけられているといえる。現在の今日の日本の建設労働市場は参入障壁がないにもかかわらず、国内からの入職者に乏しく、また定着率が極めて低いため、包摂論理よりも自ら排出していく論理が優勢となっている。まさに維持可能な産業構造が危機に陥っているといえる。
 第三の側面の、労働運動の変容については、日本の建設労働組合運動はようやく1990 年代以降になってアメリカの事例で中核的な論理と位置付けられてきた労働市場統制や集団的労使交渉機構、そしてそれに基づく保護された労働市場の形成というテーマに本格的に目を向けるようになった段階にある。とはいえ、日本では、労働組合が主導権を握る形での技能再生産および労働力配置機能、つまり産別あるいは職種別として労働者の入職から生涯キャリア構築までを描くオルタナティブなシステムは未成熟なままであり、むしろ歴史的な運動戦略上の雇用関係の擬制の容認の下で、より曖昧で脆弱な個人請負労働者の拡大が逆説的に労働組合組織の拡大に繋がっているのが実態である。産業の危機という共通認識の下で、2010 年代以降にはようやく運動の中心に賃金労働問題が据えられ、労使関係にも部分的な接近が見られるようになっているが、重層下請構造の中で発展してきた複合的な組織化論理は互いに整合性を必ずしも持つものではなく、集団的アイデンティティの構築が未確立であるなかで、労働者としての権利獲得への道筋も明示されていない。労働市場統制をめざす新たな取り組みが直面しているのは、いかなる論理と整合性によって運動を構築するかという問題である。新自由主義の下での短期的な選別と淘汰の論理に対して、アメリカの事例において新たな社会的結合の強化に有効性を持っていた生産性向上というキーワードは、日本においては職人としての自己認識に刻印された競合の下での自己責任と結び付けられ対抗的な論理にはなりえないどころか、試行的取り組みにおいて運動の進展を阻む対抗原理ともなるものである。
また、これまで集団的労使関係構築が回避されてきたゆえに、対峙する雇用者団体も確立せず、労働条件向上への道筋は交渉という形ではなく、むしろフラットフォーム構築の模索の中で協議を通じた元請や政府行政発注者に対する共同要請という形において進展している。このような流れは、日本における建設産業秩序のあり方が、歴史的に国家主導によって形づけられてきたことと無縁ではないだろう。現在、労働力不足の危機感から、将来的な建設移民労働者の政策的拡大も見込まれているが、現状においては外国人労働者の包摂は、外国人技能実習制度という既存の枠組みの拡充を通じて、制度政策的な誘引という形で促進されていく構図にあり、その包摂の実践は短期滞在を前提とした極めて制限された権利の下での管理強化という側面が強い。そこでは、技能再生産の基盤の再構築としての新たな社会関係の模索は考慮されないまま、なし崩し的な受入の拡充と既成事実化が基底路線となっていくことが懸念される。
 以上に概観したように、本論文においては、建設という労働・産業部門、また類似した歴史的政治経済構造の変動の下での産業再編成過程を対象としているにもかかわらず、日米比較における社会動態は、変動期の社会的結合や労使闘争という観点において異なる構図に置かれていることが明らかにされ、しかし同時に、資本による短期的な労働力利用の追求という一貫した論理が既存制度慣行に依拠する技能再生産の基盤を揺らがしていることが明らかにされた。そして、このような柔軟性、ひいては流動性の拡大の中では、多様性の包摂や外部領域との節合は、一方向的な包摂ではなく双方向的な変容との中で問われるようになっていることを強調した。
 以上を本論文の結論とした上で、2010 年代以降の日本における移民労働者の将来的拡大と越境的建設労働市場について補足し、政策形成と運動に対して不可視化を超えた公正で維持可能な産業社会にむけた制度政策形成の必要性を提示するとともに、著者の今後の課題を挙げて本論文のまとめとした。

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