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博士論文要旨

論文題目:なぜ貧しい人ほど寄付をするのか―金銭的欠乏感の影響に着目した検討―
著者:竹部 成崇 (TAKEBE, Masataka)
博士号取得年月日:2018年3月20日

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第Ⅰ部 問題


序章
0-1 はじめに
0-2 本論文の構成

第1章 なぜ貧しい人ほど寄付をするのか
1-1 貧しさと寄付のパラドクス
1-1-1  貧しい人の方が寄付をする
1-1-2  より詳細な関係
1-1-3  寄付金控除の影響
1-2 宗教性・年齢・寄付額の相場という観点からの説明
1-2-1  宗教性という観点からの説明
1-2-2  年齢という観点からの説明
1-2-3  寄付額の相場という観点からの説明
1-3 利他性という観点からの説明
1-3-1  社会経済的地位と社会的認知傾向
1-3-2  社会経済的地位と利他性
1-3-3  利他性という観点からの説明
1-4 残されている謎

第2章 なぜ貧しい人はわざわざ自身に不足しているお金を差し出すのか
2-1 欠乏感とその影響
2-1-1  欠乏感とは
2-1-2  欠乏感の影響:トンネリング
2-1-3  欠乏は人の心を占拠する
2-2 金銭的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属に及ぼす影響
2-2-1  欠乏感研究の知見から
2-2-2  社会的推論研究の知見から
2-3 金銭的欠乏感が寄付意図に及ぼす影響
2-3-1  対立する予測
2-3-2  利他的動機づけの調整効果
 2-3-3  貧しさと寄付のパラドクスの再考

第3章 実験の概要-金銭的欠乏感の因果的影響を実験により明らかにする-
3-1 実験の目的
3-2 実験の流れと仮説
3-3 方法の概要
3-3-1  独立変数の操作
3-3-2  従属変数の測定
 3-3-3  調整変数の測定


第Ⅱ部 実証的検討


第4章 金銭的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属に及ぼす影響
4-1 実験1-大学生の旅行キャンセルに対する原因帰属-
 4-1-1  問題
 4-1-2  方法
 4-1-3  結果
 4-1-4  考察
4-2 実験2-児童養護施設の運営難に対する原因帰属-
 4-2-1  問題
 4-2-2  方法
 4-2-3  結果
 4-2-4  考察
4-3 全体考察

第5章 金銭的欠乏感が寄付意図に及ぼす影響
5-1 実験3-食費計画による欠乏感操作-
 5-1-1  問題
 5-1-2  方法
 5-1-3  結果
 5-1-4  考察
5-2 実験4-旅行計画による欠乏感操作-
 5-2-1  問題
 5-2-2  方法
 5-2-3  結果
 5-2-4  考察
5-3 実験5-寄付意図の測定方法を変更して-
 5-3-1  問題
 5-3-2  方法
 5-3-3  結果
 5-3-4  考察
5-4 全体考察

第6章 時間的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属とボランティア意図に及ぼす影響
6-1 実験6-旅行計画による欠乏感操作-
 6-1-1  問題
 6-1-2  方法
 6-1-3  結果
 6-1-4  考察


第Ⅲ部 総合考察


第7章 総合考察
7-1 知見のまとめ
 7-1-1  金銭的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属に及ぼす影響
 7-1-2  金銭的欠乏感が寄付意図に及ぼす影響
 7-1-3  時間的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属とボランティア意図に及ぼす影響
7-2 本研究の意義と限界
 7-2-1  意義-貧しさと寄付のパラドクスについて残る謎の解明-
 7-2-2  限界―モデルのより詳細な検討の必要性-
7-3 今後の展望
7-4 結論


引用文献


謝辞

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 「第Ⅰ部:問題」では、本論文の目的について述べている。
「序章」では、本論文の目的について簡単に説明し、本論文全体の構成について説明を行う。
 「第1章:なぜ貧しい人ほど寄付をするのか」では、本論文で扱う問題について述べる。社会調査ではしばしば、貧しい人の方が豊かな人より寄付をすることが示されている。なぜ、このような直感に反する現象が生じるのであろうか。これまでの研究は、この現象に、宗教性・年齢・寄付額の相場が関連していることを示唆してきた。しかし、貧しい人の方が寄付をする傾向は、宗教関連でない寄付においても認められ、年齢の効果を統制しても確認された。また、寄付額に相場があるとしても、お金がなく生活が苦しければ、相場より少ない金額を寄付するのが自然であろう。そのため、宗教性・年齢・寄付額の相場という観点では、この逆説的現象を十分に説明できない。近年の心理学研究は、この現象に、貧しい人の利他性の高さが関連していることを示唆している。具体的には、貧しい人は主観的社会経済的地位が低く、慢性的に外的な力を知覚しているため、他者に注意を払いやすく、その結果、苦境にいる他者に対する利他的動機づけが高まりやすいことが示されている。それゆえ、貧しい人の方が他者を援助することは十分に予測できる。この際、合理的な観点から考えれば、金銭的援助でなく、その他の援助(e.g., 時間的援助としてのボランティア)を行うべきであろう。しかし、彼らは寄付以外の援助をあまり行わない。そのため、利他性という観点からの説明では、「なぜ貧しい人はわざわざ自身に不足しているお金を差し出すのか」という謎が残る。
 「第2章:なぜ貧しい人はわざわざ自身に不足しているお金を差し出すのか」では、第1章で明らかにされた謎を解明するための本論文の視点について述べる。本論文では、この謎を解明するため、「欠乏感」に着目する。欠乏とは、自分の持っている量が必要と感じる量より少ないことを指す。欠乏感に関するこれまでの研究では、欠乏を感じると、当該欠乏が関わることに対する集中は高まる一方で、無関連なことを処理する能力は低下することが示されている。こうした欠乏の影響は、比喩的に「トンネリング」と呼ばれている。トンネルの中に入ると、中のことはよく見えるようになる一方、トンネルの外のことは見えなくなってしまうためである。トンネリングが生じるのは、欠乏が人の心を占拠し、欠乏している資源のことをよく考えるようにさせたり、それに注意を払うようにさせたりするためであると考えられている。このことを考慮すると、欠乏感は寄付に関連する認知にも影響を及ぼすことが考えられる。具体的には、金銭的欠乏感が高まると、お金が足りない状況のことをよく考えたり、そうした状況により注意を払ったりするようになり、結果として、他者の苦境の原因も金銭の少なさにあると認知しやすくなることが予測される。加えて、利他的動機づけが高まるとコストを払ってでも他者を助けるという知見を考慮すると、金銭的欠乏を感じて金銭保持欲求が高まったとしても、利他的動機づけが高い場合には、金銭的欠乏感は寄付意図を高めると予測される。もしこれらの予測が正しいのであれば、これと、貧しさに伴う別の感覚である「主観的社会経済的地位の低さ」が利他的動機づけを高めやすいことを考え合わせると、貧しい人が他者を助ける際にわざわざ自身に不足しているお金を差し出すのは、彼らが金銭的欠乏を感じており、他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属しやすいためであると解釈することができる。
 「第3章:実験の概要-金銭的欠乏感の因果的影響を実験により明らかにする-」では、第1章と第2章の内容を簡潔にまとめ、本研究の検討課題、実験の流れ、および本研究で検証する仮説について整理し、実験における独立変数の操作方法、従属変数と調整変数の測定方法について、簡単に説明する。本研究では、「貧しい人の方が寄付をする」という現象について残る「なぜ貧しい人はわざわざ自身に不足しているお金を差し出すのか」という謎を解明するために、金銭的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属と寄付意図に及ぼす影響について、実験を通じて検討する。加えて、こうした予測が金銭以外の資源、具体的には時間という資源についても当てはまるかどうかについても検討する。実験1,2では、金銭的欠乏感が他者の苦境を金銭の少なさに帰属する傾向を強めるだろうという仮説を検証する。実験3~5では、利他的動機づけが高い場合には金銭的欠乏感が寄付意図を高めるだろうという仮説を検証する。実験6では、時間的欠乏感が他者の苦境を時間の少なさに帰属する傾向を強めるだろう、また、利他的動機づけが高い場合には時間的欠乏感が時間的援助意図を高めるだろうという仮説を検証する。

 「第Ⅱ部:実証的検討」では、仮説を検討するために行った6つの実験研究について、具体的に説明していく。そして、どのような結果が得られ、その結果はどのように解釈できるのかについて、考察していく。
 「第4章:金銭的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属に及ぼす影響」では、金銭的欠乏感が他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属する傾向を高める、という仮説を検証するために行った2つの実験研究について説明する。実験1では、まず、1,000円あるいは10,000円で3日間の食費計画を立ててもらうことで、金銭的欠乏感が強く喚起する条件と、それほど喚起しない条件を作り出した。その後、友人と旅行に行くことを約束していたが、それが難しくなったため、約束をなしにしてもらおうとしている大学生についての記述を読んでもらい、その原因について推論してもらった。その結果、金銭的欠乏感が高められた条件の参加者の方が、高められなかった条件の参加者より、旅行に行くことが難しい主要な理由として、「忙しい」より「お金がない」を選択する割合が有意に高いことが示された。また、金銭的欠乏感が高められた条件の参加者の方が、「お金がない」ことが原因として重大である程度を、有意に高く評定することが示された。実験2では、実験1と同様に、食費計画を立ててもらうことで金銭的欠乏感を操作した後、運営が厳しくなってきている、とある児童養護施設についての記述を読んでもらい、その原因について推論してもらった。その結果、金銭的欠乏感が高められた条件の参加者の方が、高められなかった条件の参加者より、「資金不足」が児童養護施設の運営が厳しい原因として重大である程度を、有意に高く評定することが示された。有意ではなかったものの、主要な理由として「資金不足」を選択する割合についても、金銭的欠乏感を高められた条件の参加者の方が高かった。これらの結果は、概ね仮説を支持するものであり、金銭的欠乏感が他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属する傾向を強めることを示すものであった。
 「第5章:金銭的欠乏感が寄付意図に及ぼす影響」では、利他的動機づけが高い場合には金銭的欠乏感が寄付意図を高める、という仮説を検証するために行った3つの実験研究について説明する。実験3では、実験2の手続きに加え、児童養護施設に対する寄付意図、ボランティア意図、および利他的動機づけについても尋ねた。その結果、男性においては、概ね仮説を支持する結果が得られた。すなわち、利他的動機づけが高い場合には、金銭的欠乏感を高められた条件の参加者の方が高められなかった条件の参加者より、寄付する確率が高いというパターンが見られ、寄付金額は有意に高かった。また、仮説の前提となっていた「金銭的欠乏感は他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属する傾向を強める」という現象も、一部の指標においてではあるものの、確認された。他方、女性においては仮説を支持する結果は得られず、仮説の前提が成り立っていたことを示唆する結果も得られなかった。実験4では、8,000円あるいは40,000円で、友人と2人での1泊2日の旅行計画を立ててもらうことで、金銭的欠乏感を操作した。その結果、またしても男性においてのみ、概ね仮説を支持する結果が得られた。すなわち、利他的動機づけが高い場合には、金銭的欠乏感を高められた条件の参加者の方が高められなかった条件の参加者より、寄付する確率が高い傾向が見られ、寄付金額は高いというパターンが見られた。他方、女性においては仮説を支持する結果は得られなかった。しかし今回は、仮説の前提となる「金銭的欠乏感が他者の苦境を金銭の少なさに帰属する傾向を強める」という現象は、性別に関わらず確認された。女性において仮説を支持する結果が得られなかった原因が寄付意図の測定方法にあると考え、実験5では、寄付意図の測定方法を変更した。その結果、今度は男女を合わせた全参加者において、仮説を支持する結果が得られた。すなわち、利他的動機づけが高い場合には、金銭的欠乏感を高められた条件の参加者の方が高められなかった条件の参加者より寄付する確率が有意に高く、寄付金額も有意に高かった。有意までは届かない部分や、寄付意図の測定方法によっては「男性においてのみ」という限定条件がつく場合があったものの、これらの結果は概ね本研究の仮説を支持するものであり、利他的動機づけが高い場合には、金銭的欠乏感が寄付意図を上昇させることを示すものであった。なお、こうした傾向は、ボランティアする確率やボランティア時間といったボランティア意図の指標においては確認されず、寄付意図に特有の結果であった。
 「第6章:時間的欠乏感が他者の苦境に対する原因帰属とボランティア意図に及ぼす影響」では、第4章と第5章で検証した仮説が時間という資源における欠乏感においても当てはまるかどうかを検証するために行った1つの実験研究について説明する。実験6では、実験4,5で用いた旅行計画による金銭的欠乏感の操作を改変して時間的欠乏感を操作した。
その結果、時間的欠乏感が高められた条件の参加者の方が、高められなかった条件の参加者より、「ボランティア・スタッフの時間不足」が児童養護施設の運営が厳しい原因となっている程度を、有意に高く評定することが示された。加えて、利他的動機づけが高い場合には、時間的欠乏感を高められた条件の参加者の方が高められなかった条件の参加者よりボランティアする確率が有意に高く、ボランティア時間も有意に高かった。なお、こうした傾向は、寄付する確率や寄付金額といった寄付意図の指標においては確認されず、ボランティア意図に特有の結果であった。これらの結果は概ね仮説を支持するものであり、第4章および第5章で示された知見が、時間的欠乏感についても適用可能であることを示唆するものであった。また、利他的動機づけが高い場合に時間的欠乏感がボランティア時間を高める効果の一部は、他者の苦境の原因を時間の少なさに帰属する傾向を介したものであることも示された。
 
「第Ⅲ部:総合考察」の「第7章:総合考察」では、第Ⅰ部、第Ⅱ部を総括して議論を行っている。「貧しい人ほど寄付をする」という現象について、多くの研究が積み重ねられてきたものの、「なぜ、貧しい人は他者を助ける際に、わざわざ自身に不足しているお金を差し出すのか」という、人の非合理性に関わる、より本質的な謎は解明されていなかった。この問いに答えるため、本論文では、「金銭的欠乏感」が及ぼす認知的影響に着目した検討を行った。そして、金銭的欠乏感が他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属する傾向を強めること、また、利他的動機づけが高い場合には寄付意図を高めることを明らかにした。これと、貧しさに伴う別の感覚である「主観的社会経済的地位の低さ」が利他的動機づけを高めることを考え合わせると、貧しい人が他者を助ける際にわざわざ自身に不足しているお金を差し出すのは、彼らが他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属しやすいためであると結論づけることができる。このように、「なぜ貧しい人は他者を助ける際にわざわざ自身に不足しているお金を差し出すのか」という、人の非合理性を問う、より本質的な謎を解明する本研究は、合理性だけでは説明できない複雑な働きをする人の心に対する理解を進めるものである。ただし、他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属する傾向と寄付意図の間の因果関係、「寄付意図」ではなく「寄付行動」を扱った場合でも同様の知見が得られるかどうか、といったことについて本論文は必ずしも十分な証拠を提供していないため、今後より詳細に検討していくことが望まれる。また、本論文の知見は、欠乏感が個人の課題遂行だけでなく、対人・社会的な認知にも影響を及ぼすこと、さらに、こうした欠乏感による認知的影響が、別の要因により喚起した動機づけと相まって、対人・社会的行動にまで影響を及ぼすことも示している。欠乏はお金や時間だけでなく「他者との繋がり」といった資源についても生じうること、動機づけには利他的動機づけ以外にも様々なものがあることを考慮すると、この知見は、人の社会的行動を説明・予測する際の新たな視点を提供しうる。今後の研究では、こうした視点から導かれる仮説を検証することで、多様な文脈における人の行動に対する理解が深まることが期待される。加えて、本論文の知見とは反対に、金銭的欠乏感が他者の苦境の原因を金銭の少なさに帰属する傾向を弱める可能性などについても考慮し、本論文の知見の適用範囲を明らかにしていくことも望まれる。

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