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博士論文要旨

論文題目:転換期における日本の高齢者対策に関する研究:高齢者雇用と公的年金を中心に
著者:鄭 基龍 (CHUNG, Ki Ryong)
博士号取得年月日:2000年5月17日

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 この論文は、本格的な高齢社会を迎えることになる日本を素材として、戦後日本の高齢者対策に、歴史的・社会的な分析を加えることで、より効率的な高齢者生活保障システムの政策論を高齢者雇用と公的年金を中心に提示することを課題としている。

 本論文では、まず、戦後日本の高齢者対策の歴史的な経緯を考察し、新しい高齢者対策を示すために高齢者の所得保障対策として高齢者雇用を分析する。また、高齢者を仕事能力を持つ個人生活者として捉え、高齢者対策が雇用制度の変化とどのような関係があるのかを探ってみる。今後日本の雇用制度は、環境の変化に伴って様々な領域において変化せざるを得ないだろう。これにより発生する問題は国家の経済政策、雇用政策といったマクロ的な問題だけではなく、企業と労働者の労使関係における高齢者の所得問題といったミクロ的な問題を含んでいる。そこで本論文では、高齢労働者の仕事能力に応じた、フレキシブルな労使相互選択的な雇用制度を提案する。

 次に、老後生活の経済的基盤を保障するものとして高齢者の就業を軸にし、年金制度を加え高齢者の所得保障の再編成を試みる。年金については高齢者の所得保障に結びつけて年金改革の方向性を展望する。日本では、高齢社会危機論により、1999年の財政再計算の際に行われる年金制度改革をはじめ、社会保障制度の抜本的な改革を求める動きが起こっている。これら一連の改革は、バブル経済崩壊後の構造的な経済低迷や少子・高齢化の急進展によって社会保障制度のあり方を根底から見直さざるを得ない状況に追い込まれているからこそ要請されるものであろう。したがって、制度の見直しを怠れば、世代間の負担格差が拡大し、社会の公正、公平が損なわれ、公的システムに対する信頼感が大きく低下するということが危惧される。しかし、公的年金制度の見直しや年金改革は高齢者の生活に重大な影響を及ぼす問題でもあり、高齢者の雇用をも念頭に入れた明確な座標軸により改革を行わなければならない。これこそが時代の要求に応じた新たな高齢者対策であると考え、本論文では、公的年金制度のあり方を理念面で整理し、公的年金制度の見直しの方向性を展望することにした。

 さらに、21世紀の初頭を人口構成の急激な変化が定常状態に達するまでの転換期と捉え、その時期に相応しい高齢者の所得保障を高齢者雇用と公的年金を組み合わせた高齢者の「選択的所得保障モデル」として提案した。このように本論文では、高齢者問題を所得保障を中心とした生活保障対策に限定し、歴史的な分析をベースに、必要に応じて統計分析を行うことによって、より効果的な結果を得られるよう政策論的な視点から高齢者対策を研究することとした。

 以下に、このような課題設定に基づいてたてられた本論文の構成と各章の要約、そして結論と残された課題を記しておく。

 まえがき
 第1章 序論
  第1節 研究の目的と課題
  第2節 研究の方法と範囲
  第3節 本論文の構成
 第2章 戦後日本の高齢者対策の軌跡
  第1節 日本の高齢者対策の背景
  第2節 高齢者雇用政策の展開
  第3節 日本の雇用慣行と労働力人口の変化
    1.日本の雇用慣行の変化
    2.労働力人口の変化
  第4節 高齢社会における現役高齢者
 第3章 高齢者生活保障対策の新たな展開
  第1節 高齢者の生活と意識の変化
    1.家族生活と家族観の変化
    2.高齢者の雇用環境と経済生活の変化
    3.高齢者の社会参加
  第2節 高齢者生活保障供給源の多様化
    1.高齢者の公的生活保障
    2.高齢者の協同的生活保障
    3.高齢者の私的生活保障
    4.高齢者生活保障供給源の多様化と総合化
 第4章 日本型高齢者対策の再構築
  第1節 日本型高齢者保障の方向
    1.高齢者保障視点の転換
    2.高齢者保障の基本原則
    3.個人差に基づく高齢者対策
  第2節 高齢者の生活における雇用と年金
    1.高齢者労働力活用の構想
    2.公的年金制度の現状と改革方向
    3.公的年金制度と高齢者の雇用
  第3節 高齢者対策の政策提案
    1.高齢者対策の他政策との整合性
    2.高齢者雇用拡大のための政策提案
    3.高齢者の所得保障モデル提案
 第5章 結び
 参考文献

 以上のような構成に則して各章の概要を示す。

 第1章においては、高齢者対策、その中でも高齢者の所得保障をどう構築するかという研究課題と目的、研究方法、研究範囲を明らかにする。続いて第2章では、戦後日本の高齢者対策の軌跡を歴史的な観点から分析し、高齢者雇用政策や企業の雇用慣行など高齢者対策の展開を考察する。第3章では、高齢者の意識や家族形態の変化および生活保障の供給主体の多様化を分析し、高齢者の生活保障を維持するための公的、協同的、私的生活供給源の総合と調整を試みる。第4章では、前章で考察した内容を基に、日本型高齢者生活保障対策を構築するため、高齢者の所得保障の側面、すなわち高齢者雇用と公的年金制度の両面から今後の高齢者対策の方向を論ずる。具体的には、高齢者雇用政策、企業の高齢化対策、さらに高齢労働者個人の労働に対する価値観の変化を踏まえた労・使の選択的な高齢者労働力活用構想により、高齢者生活保障対策の構築を試みる。また公的年金の現状に基づいた年金改革の方向性を展望し、高齢者雇用拡大のための「現役高齢者就労シナリオ」を政策提案する。最後に、労働意欲を持っている高齢者の所得保障を高齢者の雇用を軸とし、公的年金と連携した「選択的ソフトランディング型高齢者所得モデル」を今後の高齢者対策の一つとして政策提案する。第5章では、第4章までの内容に基づいて今後日本の高齢社会への展望と残された課題を確認し、結論として締めくくる。

第1章 序論

 現在、世界の国々は21世紀を目前に控え、「国際化」、「情報化」、「高齢化」など近未来に予想される新しい状況に適応するために、国の進むべき方向性について活発な議論を展開している。本論文の目的は、そうした議論の現状を踏まえ、高齢社会にテーマを絞り、社会政策的な視点から21世紀への提言を行うことにある。

 社会環境の変化に伴う高齢者対策は、どのような過程を経て、どのように動いていくのか。そしてこれからはどのように対応しなければならないのかを明らかにすることが筆者の研究課題である。その中でも特に高齢者の所得保障をどのように構築していくべきかが本論文の主な課題である。高齢者の生活保障のためには一定の生活水準維持が必要不可欠なものであり、高齢期における所得保障の基としては、雇用と年金が中心になるだろう。それらの点を背景に本論文では研究範囲を「国民生活」の延長線上で見る所得保障を中心とした高齢者雇用と公的年金に限定し、高齢者対策の新しい研究課題の一つとして取り上げることにした。

 したがって、本論文の高齢者対策に関する一連の政策提案の目指すことは、第一、21世紀初頭の日本の高齢社会のあるべき姿について、選択の方向を明らかにすること、第二、団塊の世代が引退期を迎える今後10年程度にわたって政府が行うべき高齢者対策の基本方向や課題を定めること、第三、高齢者個人の所得保障の中心となる高齢者雇用と年金のガイドラインを示し、高齢者の所得保障対策と諸政策手段を明らかにすることである。

第2章 日本の社会政策と高齢化対策

 最近、急激に増加しており、将来更なる増加の予想される高齢者集団が重要な社会問題の対象になりつつあり、かつての労働者問題に相当する今日の社会問題は高齢者問題であると言える。

 高齢社会対策基本法にも見られるように高齢社会対策の基盤になるのは高齢者の所得保障である。その中でも中心テ-マになっているのが経済生活の保障に関する基底問題である高齢者の就業と所得であるといえるだろう。日本において政府レベルで中高齢者の雇用問題に目が向けられ始めたのは、1950年代半ばのことであり、また職業安定法の改正により、中高年齢者の雇用対策が初めて法制化されるに到ったのが、1963年である。これをきっかけに、中高年齢者の雇用対策は開花期を迎える。1970年代から1980年代にかけての雇用対策基本計画の下で、高年齢者の雇用対策として、60歳定年の一般化、60歳台前半層の雇用就業対策、高年齢者の再就職の促進などが実施されることになった。その後、高齢者雇用推進のための施策・法制化は更に前進し、高齢者雇用政策は、労働力人口の構成が21世紀に向けて高齢化するのに対応し、勤労者が高齢期までその能力を有効に発揮できるように雇用・就業環境の整備を続け、高年齢者の雇用安定と雇用促進のため展開されてきた。

 急速な高齢化の進展の下で、日本が経済社会の活力を維持するためには、アクティブ・エージング(活力ある高齢化)の観点に立ち、できるだけ多くの高齢者が働く意欲と仕事能力がある限り年齢に関わりなく働き続けることができる社会を実現することが必要である。このため、「高年齢者などの雇用の安定などに関する法律(1971年法律第68号)」及び「高年齢者等の職業安定対策基本方針(1995年労働省告示第48号)」に基づき、(1)65歳現役社会の実現に向けた施策の展開、(2)多様な形態による雇用・就業の促進、(3)在職者を対象とした高齢期に備えた雇用・就業の支援に重点をおいて総合的な高齢者雇用・就業対策を推進することになっており、活力ある高齢化の観点に基づいた高齢者雇用支援の具体策を示唆している。これらの措置は若年層が豊富な雇用システムから高齢層を前提とした雇用システムへの転換を示唆するものであり、人生80年型雇用システムを構築する基盤であろう。

 一方、日本の雇用慣行である終身雇用と年功序列的な賃金は、労働力の供給が豊富であることを前提しており、相対的に高齢化した時には変化せざるをえないだろうし、また、国際化、情報化、技術革新、そして経済のソフト化といった近年の環境変化も手伝って、実際急速に変化しつつある。つまり、各企業は、雇用の確保のために、定年延長、再雇用、継続勤務などを採り上げ、それと関連して賃金、昇進、退職金問題といった人事管理の改正、それに職務再編成に至るまで各々の企業事情に合わせた対策を実施してきたのである。

 このような雇用慣行の変化や雇用政策、さらに活力ある高齢社会に対応できるような高齢者労働力活用の構想として、企業と高齢労働者双方が各々の事情によって弾力的に選択可能な「選択的な屈折賃金曲線」をもって第4章で高齢者労働力の活用を模索する。

第3章 高齢者生活保障対策の新たな展開

 現代産業社会における個人生活者の生活保障は、大きく社会保障・企業保障・個人保障という三つのサブシステムによって構成されている。日本では、急激な高齢化・少子化傾向のため、社会保障の拡充には限界があり、いわゆる「高福祉・高負担」の西欧型財政構造への移行は困難とされており、「中福祉・中負担」を目指しているように見える。中規模の公的生活保障においては、それを補完するための企業保障・個人保障の役割が今後ますます重要にならざるを得ず、このことは、また「自立、互助、民間の活力を基本」とする活力ある福祉国家という方向性に沿うものであろう。

 しかし、こうした生活保障システムに国民が依存せざるをえないとすれば、その前提として政府は国民が自立できるような環境づくりを当然推進すべきである。しかも、社会保障のみならず、企業保障や個人保障にもそれぞれ限界があるとすれば、生活保障システム全体の効率性、有効性、妥当性、公平性を高めるために、各保障形態の役割分担を今後の社会的・経済的変化に適応した形で明確なシステムを構築しなければならない。そして、これこそ政府がリーダーシップを発揮すべき課題であろう。

 その方向性において日本の高齢者生活保障体系は、<私的><協調的><公的>のある一面に偏る代替的な観点ではなく、その重点がどこかに置かれることとは別に、供給サイドの多元的な視点で相互補完する総合的な日本型福祉社会になるだろう。

第4章 日本型高齢者生活保障対策の再構築

 これから日本が「自立、互助、民間の活力を基本」とする「中福祉・中負担」の福祉国家を指向し、こうした生活保障システムに国民が依存せざるを得ないとすれば、その前提としては、まず、国民が自立できるような環境づくりが当然推進されるべきである。特に高齢者は体力等の制約条件が、個人によって異なるため、一律的なものではなく、選択できるような自立支援体制を作り上げなければならない。そのような自立支援体制の下に生きる「生活者としての高齢者」は、国や企業、地域社会さらに家族にただ単に依存を求めるだけではなく、高齢者個人が自己のライフステージで蓄積してきた経験を活かし、人生の完成のために協力を求める自立指向の人であるだろう。

 日本の高齢社会は、今21世紀に向けて社会的「連帯」と「自立」を可能にする新たな生活保障システムをどう構築できるかということが問われているが、この高齢者生活保障の基本原則たる自立と連帯というのは、決して難しいことではない。日本では産業社会から福祉社会に至る過程で、馬場啓之助教授の指摘のように自立と連帯を経験してきたのである。

1)自立:社会の構成員は、「機会の平等」の原則の下で、公正な競争ルールにしたがって業績主義を目指して行動し、その結果については、普遍主義に即して公正に評 価され、たとえ結果の不平等が生じてもこれを自己責任として受け入れる。問題は、高齢者が自立できるような仕組みを整えることであり、具体的には、働きたい高齢者に「働く機会の提供」ができるかどうか、そして、業績主義にしたがって形成されてきた年功型の賃金体系や企業の業績主義に慣れてきた高齢者個人の発想転換が必要である。

2)連帯:結果の不平等があっても社会の構成員の全てが「共通の生活」が送れるよう、これに調整を加えていくのが福祉社会であり、この調整を支える原理は連帯主義に他ならない。連帯は、健康保険制度や公的年金制度等、社会保障制度にも基本的には組み込まれているので、その枠組を一層広げれば、高齢者を巡る社会的連帯は構築できる。

 ただし、個人の自立した高齢社会を構築するといっても、高齢者は一人一人心身の健康状態・職業能力・経済的状況などにより個人差があり、それによって対策は自ずと異なってくる。そこで筆者は1)前期の働きたい高齢者、2)前期の引退希望高齢者、3)後期高齢者に三分類して、それぞれの類型の高齢者対策を具体的に考察した。

 高齢者雇用問題は、不況による雇用状況の悪化という循環的問題と人口構造の急激な変動に伴う構造的問題が絡み合って複雑な様相を呈しているが、後者の問題がより深刻であり、このような観点からすると、高齢者の雇用問題は高齢者のみに限定された問題ではなく、広く労働者全体の雇用環境にまでその論点は及ぶものである。日本は、労働・雇用を重視してきたワークフェア国家の側面を持っており、「終身雇用制度」「年功序列制度」「企業別労働組合」を特徴とする日本的雇用システムは、日本の経済成長の一要因であると評価されてきた。バブル経済崩壊後の長引く不景気の下で、「終身雇用制度」や「年功序列制度」が崩れつつあるとの見方もあるが、私は、日本的雇用システムを循環的な景気の善し悪しの観点からではなく、経済社会の構造的な安定に有効なシステムとしてこれを見直しながら維持していくべきだと考える。すなわち、少子化による労働力不足の状況を想定すれば、それに対応するためには高齢者の労働力をも活かした仕組みを整えていかなければならない。特に、労働市場における需給均衡を達成するために政府・企業双方の積極的な働きかけは、労働の現場における主体である労働者のニーズを十分考慮した上で行わなくてはならない。

 一方、高齢期の生活の基盤になっている公的年金制度は、社会保障の重要な柱として、社会連帯意識を強化して社会の安定を維持する役割を担っている。しかし最近、公的年金をめぐる環境は著しく変化しており、特に予想を超える急速な高齢化の進行により、年金制度の将来の負担は大きく上昇することが見込まれ、経済の低成長とあいまって、将来の現役世代の負担を過重にしないよう給付と負担のバランスを図るという観点から必要な改革が求められている。今後、公的年金制度については、高齢化の進行、経済基調の変化、雇用や賃金を巡る慣行の見直しなど幅広い環境の変化を踏まえ、長期的に安定した制度に再構築していくことが求められている。高齢者生活保障の観点からすると、年金制度の在り方は、高齢者の雇用状況と各企業における雇用制度・賃金制度の在り方と連動する仕組みが求められており、高齢者の所得源として相互に不可分であるから、こうした各側面を総合的に検討する視点が是非とも必要である。

 高齢者の生活保障対策の構築にあたって公的年金の見直しの方向は、年金給付の切り下げで年金収支の均衡を合わせるような安易な試算ではないとしても、健全な年金財政の維持や世代間の不公平をできるだけ避けるため、受給年齢の引き上げをはじめとした見直しが余儀なくされており、高齢者生活源としての年金の比重は縮小の方向を辿ることが予想される。しかし年金制度の改正は高齢者の生活に重大な影響を及ぼす問題でもあり、高齢者雇用とも併せて何らかの明確な座標軸を据えて行わなければならない。

 以上のような高齢者雇用と年金制度を巡る課題に対して、筆者は二つの発想転換を柱とした政策提案を示した。一つは、日本的雇用システムから発想を転換し、「現役高齢者就労シナリオ」に取り組むことである。それには第一に、以前の若年層が豊富であった雇用システムから高齢化・少子化による労働力不足を仮定して、高齢者雇用を前提とした雇用システムへと人事管理の枠組を変えなければならない。第二に、年功的な賃金構造を「選択的な屈折型雇用賃金構造」<本論文図4ー1参照>のように調整したり、高齢者人材の有効活用が可能な労務管理体制を備える必要があろう。第三に、高齢者の仕事と余暇を考慮した柔軟な雇用システムが構築できるような環境作りなどがあげられる。次に、人生80年時代の雇用システム構築のためには、長年身に付いた高齢者の仕事能力の活用機会の確保、高齢者の能力開発システムの確立、高齢者の仕事能力に応じた雇用形態と賃金体制の確保、高齢者雇用を支援する総合・持続的な高齢者雇用政策の推進が前提要素となる。

 もう一つの発想転換は、「選択的ソフトランディング型高齢者所得保障モデル」<本論文図4-4参照>に示したように、年金保険料の拠出期間を学歴の違いや雇用所得との組み合わせを考慮して柔軟に調整することである。

 このように高齢者雇用についての発想転換と生活保障の多様な構成要素に基づいた人生80年時代にふさわしい「現役高齢者就労シナリオ」への政府・企業・労働者の取り組みが積極的に行われ、更に高齢者雇用との相関や総合的な高齢者生活保障の在り方を考慮した年金改革が実行に移されれば、元気で仕事能力のある高齢者の雇用は十分拡大するであろうし、高齢期の経済生活に対する不安を払拭することができるであろう。

第5章 結び

 21世紀を目前にした今日、日本は少子・超高齢化社会を迎えつつある。こうした中で、高齢化社会危機論や低成長経済を背景とした財政再建の必要性を基に、社会保障制度をはじめとする経済社会システムの転換が叫ばれている。それは、政府の役割の縮小、市場の活用を基調としたものであり、これまでの生活保障システムの転換期であることを示唆している。現在、生活保障システムは、公的社会保障、企業保障、個人保障のいずれをとってみても厳しい状況下にあり、将来の見通しは明るいとは言えない。

 しかし、筆者は、公的、協同的、私的生活保障のいずれにも偏ることがなく、三者が相互補完的に作用して高齢者個人の生活を支えることが、問題解決の一つの糸口だと考えた。また、近年の循環的な景気後退の影響による雇用不振という状況下で、現在、各方面で、高齢者の問題、特に高齢者の雇用問題に対する対応には消極的な態度は拭えないが、筆者は、21世紀の少子・超高齢化による労働力供給制約を抱えた人口構成の問題、つまり構造的問題の方が、より深刻で重要であると考える。したがって高齢者の雇用に、経済的・財政的な面からも将来の日本経済・社会にとっての積極的な意義を認めて、人生80年時代にふさわしい雇用システムを構築すべく高齢者労働力活用の問題に取り組んだ。

 以上のような、社会政策・福祉国家を巡る状況・問題についての歴史的かつ構造的な分析を基に、日本型高齢者生活保障の目指すべき方向として、社会的連帯と自立を可能にする総合・調整体系を提案し、この構想の骨格を可能な限り具体的に示すよう努めた。特に、高齢者所得保障の構築にあたって、高齢者の雇用を高齢者の社会参加や年金制度の改正を考慮した視点として加えることはその理論的な観点からも、また実際的な対策を考究する点からも重要なことであると考えられる。しかし、本論文では理想的な方向性を提案するに止まり、個人の価値観やライフスタイルが多様化した現代日本社会において、人々が選択できる価値や規範をどのように区分して構築するかという点には十分な分析が行えなかったので、今後の課題としたい。

 このように、高齢者生活保障対策は、単に高齢者の生活における労働力の需給問題や公的年金問題だけではなく、個人生活者の社会福祉にも大きくかかわる問題であり、今後更なる研究が必要な分野であると、私は考えている。

 最後に、この研究は、筆者の今後の研究-すなわち、今後日本と同様に高齢化を迎えることになる韓国と日本との高齢者対策の比較研究-の序説にあたることを記しておきたい。

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