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博士論文要旨

論文題目:民主主義の基盤としての政治的会話―政治的会話の測定、特性および社会的帰結―
著者:横山 智哉 (YOKOYAMA, Tomoya)
博士号取得年月日:2017年3月21日

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1章 序論:なぜ「政治的会話」なのか
 1-1. 研究の背景
  1-1-1. 民主主義と政治的会話
 1-2. 本稿の問いと目的
 1-3. 本稿の特徴と独自性
  1-3-1. 本稿の特徴
  1-3-2. 本稿の独自性
 1-4. 本稿の社会的意義
2章 本稿の分析枠組み
 2-1. 政治的会話とは何か
  2-1-1. 政治的会話の定義
  2-1-2. 政治的会話の測定
  2-1-3. 政治的会話の特性としての抵抗感
 2-2. 政治的会話が政治参加を促進するメカニズム
 2-3. 政治的会話が政治的寛容性を醸成するメカニズム
 2-4. 研究の全体像と用いたデータの説明
3章 実証編:政治的会話の構造
 3-1. 政治的会話の構造と測定
 3-2. トピックモデルを用いる利点
 3-3.【研究1】調査概要
 3-4.【研究1】測定項目と尺度構成
 3-5.【研究1】トピックモデルの結果
 3-6. 考察
4章 実証編:政治的会話の抵抗感
 4-1. 政治的会話の抵抗感に関する先行研究のレビュー
 4-2. 政治的会話の抵抗感を低減する要因
 4-3.【研究2】調査概要
 4-4.【研究2】測定項目と尺度構成
 4-5.【研究2】記述統計
 4-6.【研究2】RQの検証
 4-7.【研究2】仮説の検証
 4-8. 考察
5章 実証編:政治的会話が政治参加に与える認知レベルの効果
 5-1. 政治的会話と政治知識
 5-2. 政治的会話と政治知識との因果関係
 5-3. 政治的会話と政治知識ギャップ
 5-4.【研究3】調査概要
 5-5.【研究3】測定項目と尺度構成
 5-6.【研究3】仮説の検証
 5-7. 考察
6章 実証編:政治的会話の情報共有過程が政治参加に与える認知レベルの効果
 6-1. 政治的会話が政治知識に及ぼす効果
 6-2. 理論的問題:なぜ政治的会話が政治知識を高めるのか
 6-3. 二者間の政治的会話を通じた情報共有過程
 6-4. 方法論的問題:政治知識の構造
 6-5.【研究4】調査概要
 6-6.【研究4】測定項目と尺度構成
 6-7.【研究4】仮説の検証
 6-8. 考察
7章 実証編:政治的会話が政治参加に与える態度レベルの効果
 7-1. 政治的会話と民主主義との関連
 7-2. 方法論的問題:政治的会話の測定法に関する問題点
 7-3. 理論的問題:政治的会話が政治参加を促進するメカニズム
 7-4. 熟慮理論と政治的会話
 7-5. 媒介変数としての政治に対する主観的な心理的距離感
 7-6.【研究5】調査概要
 7-7.【研究5】測定項目と尺度構成
 7-8.【研究5】仮説の検証
 7-9.【研究5】媒介過程の検証
 7-10. 考察
8章 実証編:政治的会話が政治的寛容性を醸成するメカニズム
 8-1. 政治的会話が政治的寛容性を醸成するメカニズム
 8-2. 政治的会話に含まれる異質な意見への接触機会に関する議論
 8-3. 理論的問題:政治態度と政治的意見の同質性・異質性の区別
 8-4.【研究6】調査概要
 8-6.【研究6】測定項目と尺度構成
 8-7.【研究6】仮説の検証
 8-8.【研究6】媒介過程の検証
 8-9.考察
9章 総合考察
 9-1. 政治的会話の構造
 9-2. 政治的会話の特性としての抵抗感
 9-3. 政治的会話が政治参加を促進するメカニズム
  9-3-1. 政治知識を媒介とした政治参加の促進メカニズム
  9-3-2. 政治に対する心理的距離感を媒介とした政治参加の促進メカニズム
 9-4. 政治的会話が政治的寛容性を醸成するメカニズム
 9-5. 本稿の今後の課題
  9-5-1. 政治的会話の測定方法
  9-5-2. 政治的会話が促進する政治参加の指向性
  9-5-3. 政府の応答性までを含めた広範なモデルの構築
 9-6. 終わりに
参考文献
謝辞

各章毎の要約

1章:序論:なぜ「政治的会話」なのか
1章では、市民が交わす政治に関する会話(以下、政治的会話)が民主主義において果たす役割を問う意義と目的について説明した。これまでアリストテレスの時代から現在にかけて、市民間の政治的会話は民主主義に対して有益であると想定されてきた。しかし、現実の市民社会では、政治的会話は政治参加を促進することで民主主義を支える基盤となる一方で、政治参加の抑制を通じて民主主義の安定的な維持を脅かす危険性も孕んでいる。つまり、政治的会話が民主主義の円滑な運営に貢献するかどうかは一意に予測できない。従って、もし「政治的会話は民主主義に貢献しうるか」という抽象的かつ極めて重要な問いに答えを与えることを目的とするならば、思弁的な議論ではなくデータに基づいた実証分析が必要不可欠となる。以上の問題意識に基づき、民主主義を支える基盤として両輪の役割を果たす政治参加および政治的寛容性に対して、政治的会話が及ぼす影響のメカニズムを実証的な観点から検討する必要性を論じた。

2章:本稿の分析枠組み
2章では、前章で示した理論的および方法論的問いに関連する先行研究を概観した上で、本稿の分析枠組みを提示した。まず、先行研究における政治的会話の定義について検討した上で、新たな政治的会話の測定方法について論じた。次に、本稿が政治的会話を一貫して独立変数として扱う上で重要な前提となる、政治的会話の抵抗感について論じた。その後、民主主義を支える基盤として両輪の役割を果たす政治参加および政治的寛容性に与える政治的会話の影響過程について論じた。より具体的には、前者の政治参加に関して、有権者の「認知」としての政治知識、「態度」としての政治に対する心理的距離感といった二つの異なるレベルの媒介変数に注目した促進メカニズムを解明する必要性を論じた。また後者の政治的寛容性に関しては、寛容性の主たる規定要因である異質な情報への接触機会に着目した醸成メカニズムについて論じた。

3章:実証編:政治的会話の構造
既存の研究は、習慣的に「あなたは日頃、政治について会話しますか」という質問項目を用いて政治的会話を測定してきた。このような質問項目では、回答者がどのような話題を「政治」として想起したのかが不明瞭であるため、結果として深刻な測定誤差を招く恐れがあった。従って、実証的な観点を伴う政治的会話研究の発展のためにも、高い妥当性を備えた政治的会話を測定する指標を構築することが喫緊の課題となる。
そこで、3章は潜在ディリクレ配分モデル(Latent Dirichlet Allocation; LDA)を用いることで、政治的会話の構造を解明した。分析の結果、回答者が想起する政治的会話の内容は、「時事問題」「経済」「選挙」「政策」「政党」という5つの潜在トピックから構成されていることが明らかとなった。この結果は、近年Kimを始めとする、政治的会話の測定指標を新たに構築しようとする先行研究の知見と類似したものである。ただし、上記の先行研究は、研究者側が選定した話題の中から政治的な意味合いが伴うものを抽出したものであり、あくまでも回答者が自由に想起した会話内容から政治的な内容を析出した本稿とは決定的に異なる。しかし結果として、日米の異なる政治的文脈から政治的会話の構造に関する類似した知見を得たことは、Kimをはじめとする先行研究の測定指標の妥当性を保証したことに繋がるだろう。従って、従来の指標で得られてきた知見との整合性や比較検討可能性を念頭に置きつつも、本章はLDAを用いることによって、新たな政治的会話を測定する方法論的基盤を生み出すことに成功したといえるだろう。

4章:実証編:政治的会話の抵抗感
「政治的会話は民主主義に貢献しうるか」という問いを検討する際には、政治的会話の抵抗感を検討することが重要となる。なぜならば、政治的会話を交わすことに抵抗感が伴う場合、そのような会話が私的生活空間において稀な行為になるためである。
分析の結果、日常生活において一般的な話題の中では、「娯楽に関する話題」よりも、政治的な意味合いを伴う「国や政府」「経済」「地方自治体」「事件や犯罪」といった話題を話すことに抵抗を感じていることが示された。ただし、その抵抗感の内実は、「娯楽」に関する話題を話すことに抵抗がある回答者は13.3%(M = 1.66, SD = .78;「ほとんど感じない」から「かなり感じる」の4件法)だった一方で、「国や政府」に関する話題に抵抗感がある回答者は18.7%(M = 1.86, SD = .81;「ほとんど感じない」から「かなり感じる」の4件法)であった。すなわち、80%以上の回答者が、政治的な意味合いを伴う話題を含めた全ての話題を話すことに抵抗をほとんど、あるいはあまり感じていないことが明らかとなった。
このような知見は、Schudson(1997)をはじめとする規範的な研究とは異なる視点を提起している。既存の研究は、政治的会話は人間関係に感情的摩擦を生起させるため、話すことに強い抵抗感を伴うという前提を広く共有してきた(e.g., Eliasoph, 1998; Schudson, 1997)。一方で、本稿はそのような前提とは異なり、市民が私的生活空間において政治的な話題を自由にかわしている姿を明らかにした。従って、「政治と宗教の話はするな」といった言葉に表現されるように、会話の社会的文脈を捨象した議論に基づく過度なタブー視に対して反証を与えた点において、本章は重要な貢献を果たしたと考える。

5章:実証編:政治的会話が政治参加に与える認知レベルの効果
政治的会話研究は、主に政治理論研究における規範的な議論に依拠することで発展しつつある研究領域である。このような研究の潮流が存在するため、既存の研究は、政治的会話には民主主義的な価値が伴うという議論を所与のものとして扱うことで、「そもそも、なぜ政治的会話は民主主義に貢献するのか」というメカニズムを検討してこなかった。ただし、社会科学において変数間の影響メカニズムを検討することは重要な観点となる(Imai, Keele, Tingley, & Yamamoto, 2011)。政治的会話研究が政治理論の領域における知見を援用していることを鑑みれば、政治的会話研究は「なぜ」というブラックボックスを実証的に解明しない限り、その効果に関する議論は思弁的なものになる恐れが高い。
そこで本章は、民主主義の基盤となる政治参加に着目し、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムを検討した。具体的には、有権者の「認知」としての政治知識を媒介変数として着目することで、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムを検討した。その際には、政治的会話を通じて「誰が」政治知識を増やしているのかという点を念頭に置いて分析を行った。分析の結果、特に政治関心が低い有権者にとって政治的会話は政治情報源として機能することが明らかとなった。政治知識は政治参加の主たる既定要因であるという知見は頑健(e.g., Delli Carpini & Ketter, 1996)であるため、政治的会話が特に政治関心が低い有権者の政治知識を増大させることが明らかになるならば、彼らの政治参加を間接的に促進すると結論付けることが可能になるだろう。

6章:実証編:政治的会話の情報共有過程が政治参加に与える認知レベルの効果
前章は、政治的会話は特に政治関心が低い有権者に対する情報源として機能することで、政治関心が高い有権者と低い有権者が保有する政治知識量の格差を縮小する可能性を明らかにした。ただし、前章で用いたデータは代表性が高い一方で、会話の送り手および受け手の政治態度や会話を通じた情報の流れといった、対人的相互作用としての政治的会話を捉える際に重要な要素を考慮に入れていない。そこで本章は、回答者が政治的会話の送り手(受け手)となり、政治情報を教える(教わる)という行為を通じた情報共有過程が政治知識に及ぼす影響を実証する。このような分析を通じて、政治的会話が政治知識を媒介とすることで政治参加を促進するという認知レベルのメカニズムを詳細に解明する。
分析の結果、政治的会話は向社会的行動としての役割を担っている可能性があり、他者の政治知識量が少ないと認知するほど、自身が政治的会話の送り手となり政治情報を教える頻度が高まることが示された。そのような会話過程に伴う情報の想起が、当該情報を長期記憶に保持させる確率を高めるため、最終的に送り手の政治知識を高めることが明らかとなった。同様に、そのような政治的会話の受け手となる他者は、受け手が保有していないと認知するような新規情報を送り手から教わることで、最終的に政治知識が増えることが示唆された。
このように、政治的会話の送り手および受け手の政治態度や、会話を通じた情報共有過程における情報の流れという社会的文脈を考慮に入れたことで、政治的会話が向社会的行動としての側面を備えている可能性を示唆することが可能となった。従って、私的生活空間において市民が交わす政治的会話の向社会性や、そのような特徴を備えた会話は、最終的に政治知識の増大をもたらすという知見を明らかにした点において、本章は一つ大きな貢献をしたと考えられる。

7章:実証編:政治的会話が政治参加に与える態度レベルの効果
次に、有権者の「態度」としての政治に対する心理的距離感を媒介変数として着目し、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムを検討した。分析の結果、政治的会話は、市民と政治システムとの心理的距離感を縮める、言い換えれば「政治とは身近な存在だ」と感じるようになることで、最終的に政治参加が促進されることが明らかとなった。この知見で重要なことは、私的生活空間における会話が、どこか遠い存在である政治の世界との連続性を認知させ、私的空間と政治世界とを橋渡しする効果を有することを実証した点である。
上記の知見は、既存の政治的会話研究における視座の転換を提起している。従来の政治的会話研究は、政治的会話には熟慮特性が内在化しているという仮定を置くことで、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムを説明してきた。しかし日常の会話状況では、会話が「熟慮」を伴う条件を満たすことは困難である。すなわち、既存の研究は私的生活空間における政治的会話の効果を説明する際に、日常の会話状況には適さない概念を当てはめて説明してきたことになる。従って、政治的会話それ自体が民主主義的価値を体現していると理想化するあまり、実際に市民がどのような会話を交わし、それが最終的にどのような社会的帰結を実際にもたらすのかという視点が大きく欠けている。そのため、市民が普段過ごしている生活空間にて交わす政治的会話の「日常性」に注目した研究を行うことが肝要であろう。
本稿が一貫して示したように、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムを解明したということは、私的生活空間における会話の中に民主主義への貢献可能性が内包されていることを明らかにしたことを意味する。つまり、ミニ・パブリックスのような人工的に創設された場において他者と交わす討議だけでなく、日常生活において市民が自然に交わす会話の中にも民主主義に有益な帰結をもたらす契機や可能性が含まれていることを明らかにした知見こそ、本稿の最も重要な貢献として挙げられるだろう。

8章:実証編:政治的会話が政治的寛容性を醸成するメカニズム
これまで、「なぜ政治的会話は政治参加を促進するのか」というメカニズムを解明する際に、「市民はどのくらい政治的会話を交わしているのか」という会話の「量」的側面に着目した研究を行ってきた。ただし、政治的会話を通じて同質な意見への接触が過度に促進されるならば、異質な他者に対する政治的寛容性を醸成する機会の喪失に結びつく。このような状況は、政治参加は促進される一方で、寛容性は逓減するといった望ましくない帰結をもたらす恐れがある。本章は、このような問題を解決するためにも、「市民はどのような内容を伴った政治的会話を交わしているのか」という会話の「質」的側面を考慮に入れた分析を行う。このような分析を行うことで、政治的会話は自身と異なる意見への接触機会がどのくらい含んでおり、それが最終的に政治的寛容性を醸成する可能性を有するかを検証した。
分析の結果、私的生活空間において交わす政治的会話には異質な情報への接触機会が多く含まれていることを明らかにした。そして、そのような情報への接触が、異質な立場の論拠に対する正統性の認識を高めることで、政治的寛容性が醸成されるというメカニズムが実証的に解明された。言い換えれば、市民が政治的話題を自由に、また会話を交わすことそれ自体を楽しむという自己消費的動機に基づく会話を行うことが、民主主義にとって有益な政治的寛容性を醸成する結果に結びつくことを明らかにした。

9章:総合考察
本稿は「政治的会話は、民主主義を支える基盤として両輪の役割を果たす政治参加および政治的寛容性に対してどのような影響をもたらすのか」というメカニズムを実証的に明らかにしてきた。そこで本章は、各研究で得られた知見を総合的に検討しながら本稿の貢献について述べた。まず、政治的会話の構造および、政治的会話の特性としての抵抗感について得た知見をまとめた。次に、有権者の「認知」としての政治知識、「態度」としての政治に対する心理的距離感といった二つの異なるレベルの媒介効果に着目することで明らかとなった、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムに関する知見を整理した。そして、政治的会話の質的側面に着目することで、政治的会話に含まれる自身と異なる情報や意見への接触が政治的寛容性を醸成するメカニズムに関して得た知見を要約した。そして最後に、上記の知見を踏まえた上で、今後に残された研究課題について論じた。

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