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博士論文要旨

論文題目:現代モンゴル語の長母音発達に関する一考察
著者:フレルバートル (Hurilebateer)
博士号取得年月日:2000年3月28日

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論文の構成:

 第一章  現代モンゴル語の長母音研究
  1 モンゴル諸語及び諸方言の概説  (1)
  2 日本におけるモンゴル語研究の概観 (9)
  3 モンゴル語の長母音研究 (13)
 第二章  古代モンゴル語の*g、*kとその発展について
  1 モンゴル文語のVCV構造と現代モンゴル語長母音の対応関係 (22)
  2 古代モンゴル語の*gについて (26)
   2-1 モンゴル語の*gに関する従来の研究 (27)
   2-2 モンゴル語の文献資料におけるgとk (28)
   2-3 モンゴル系の諸言語、方言におけるgとk (31)
   2-4 古代モンゴル語の*gと*kの相関関係および筆者の仮説 (33)
 第三章  現代モンゴル語の長母音発生について
  1 現代モンゴル語の長母音形成問題 (37)
   1-1 脱落した子音後の母音と現代モンゴル語の長母音との関係 (37)
   1-2 脱落した子音前後の母音と現代モンゴル語の長母音との関係 (38)
   1-3 二つの短母音が一つの長母音に発展したという説の根拠 (41)
  2 現代モンゴル語の長母音発生過程の諸相 (47)
   2-1 V・CV・における短母音V・、V・と長母音の関係 (47)
   2-2 現代モンゴル語の長母音発生上の四つのパターン (51)
   2-3 『モンゴル秘史』のデータによる分析 (54)
 第四章  現代モンゴル語の語尾及び接尾辞における長母音
  1 文法的接尾辞、派生語尾における長母音について (59)
   1-1 名詞の格語尾、再帰所属語尾における長母音 (59)
   1-2 動詞語尾における長母音 (62)
   1-3 派生語尾における*gの脱落と長母音形成 (63)
  2 長母音発生と使役語尾ーlga/-lgeの成立の関係について (66)
   2-1 モンゴル語の使役語尾-lga/-lgeの出現 (66)
   2-2 動詞語幹の音声構造と-lga/-lgeとの関係 (67)
   2-3 動詞語幹の長母音と使役語尾-lga/-lgeの関係 (69)
   2-4 現代モンゴル語の使役語尾-uul/-uulと-lga/-lgeの発展図 (72)
 第五章   モンゴル系の諸言語における長母音の研究
  1 モンゴル語族諸言語における長母音の対応関係 (75)
  2 現代モンゴル語の長母音と他の言語の二重母音の対応 (76)
  3 長母音の衰退に伴って現れた長母音の短化 (78)
  4 現代モンゴル語の弱化母音の出現と長母音の短化現象 (79)
 第六章  日本におけるモンゴル研究の今後の課題
  1 モンゴル研究全般における問題 (82)
   1-1 モンゴル研究の範囲およびその内容 (82)
   1-2 モンゴル研究におけるモンゴル語及びモンゴル語の資料の重要性(84)
   1-3 日本のモンゴル研究と中国におけるモンゴル研究の関係 (85)
  2 日本におけるモンゴル語学研究について (86)
   2-1 アルタイ語研究とモンゴル語研究の関係 (86)
   2-2 モンゴル語学研究における方法について (87)
 注 (92)
 参考文献 (99)
 付録(1) (102)
 付録(2) (111)
 あとがき (140)

* * *

 長母音研究は、モンゴル語研究において重要な位置を占め、モンゴル語研究の中心的な課題となってきた。多くのモンゴル語専門家たちが自分の著作や論文の中で、モンゴル語の長母音について研究し、この問題の解決に向けてさまざまな見解や考えを示してきた。日本では服部四郎、野村正良などの言語学者がモンゴル語の長母音問題に注目し、研究を行なった。モンゴル語の長母音研究は、モンゴル語の母音研究および音韻史研究の中でも重要な位置を占めている。しかし、未だに意見が一致しない点も多く、一つの大きな課題となっている。モンゴル語の長母音研究は、モンゴル語史にとって重要であるばかりでなく、モンゴル語学習など実用的にもその成果を生かせるという意味で価値のあるものだと言える。

 以下は、論文の各部及び各章の内容について紹介する。

 第一章では主にモンゴル語の長母音研究について概説した。

 1ではモンゴル諸語や方言について簡単に紹介した。

 2では日本におけるモンゴル語研究の状況について概説し、その中で長母音研究がどのような位置を占め、どれほど研究されたかを確認した。

 3ではモンゴル語長母音に関する従来の研究を簡単に紹介し、未だに解決されていない問題を取り上げた。

 第二章では古代モンゴル語の軟口蓋音*g、*kの関係及びその発展について検討し、筆者の考えを述べた。

 1モンゴル文語のVγVないしVgVの子音が現代モンゴル語において消えるケースと保存されるケースがある。前者の場合、子音前後の短母音がさらに融合し、長母音が形成されたが、後者の場合、長母音発生も起こらなかった。例:

            aγula(山)>uul
          baγ-a(小さい)>bag

 2モンゴル語の脱落した子音*gと脱落していないgは元来同じものであるように考えられてきたが、筆者はモンゴル語および他のモンゴル諸語の資料を比較して異なる子音であった可能性が大きいという考えを明らかにした。

 まず、モンゴル文語のγ/gが現代モンゴル語の多くの方言で消える場合と消えない場合があることに注目した。そして、子音が消えた場合、長母音が発生したと考える。例:

   モンゴル文語   現代モンゴル語  意味
    qaγa-       xaa-    閉める
    qaγa        xag    グサッと
    baγu-       buu-    降りる
    baγ-a       bag     小さい

 同じ子音であるなら(同じ字で書かれていることが主な根拠となっている)、なぜ、消えたり、消えなかったりするのだろうか。もちろん、この問題は早くからモンゴル語研究者に注目され、子音脱落の原因については、アクセントの違いによるものだという説(ロシアの学者ウラディミールツォフの説)と母音の長さによるものだという説(Poppe、服部四郎らによって提出された)などがある。前者によれば、母音にアクセントがあった場合は先行する子音が消え、逆の場合には保存されたという。後者によれば、問題の子音後の母音が長かった場合に後続する子音が弱化、消失し、長母音が形成されたという。

 しかし、問題の子音後の母音にアクセントがあったことも、その母音が最初から長かったことも実証できたわけではない。

 筆者は、脱落した*gと脱落していないgが、もともと異なる子音であったという説を支持するが、その理由は以下の通りである。

 (一)現代モンゴル語のg(>*k)と古代モンゴル語の*gを同じ子音と見なす唯一の根拠は、現代モンゴル文字では同じ字で書かれていることである。しかし、モンゴル語の古い文献資料を調べれば、こうした区別はまったくなかった。14世紀に漢字で音訳された『モンゴル秘史』のモンゴル語および13世紀につくられたパスパ文字のモンゴル語の資料などによれば、脱落した*gと脱落しないgはもともと異なる子音であった可能性が大きい。

 (二)13、14世紀のモンゴル語の実際の発音をよく表したと評価されている漢字音訳の諸資料やパスパ字で書かれたモンゴル語の資料では現代モンゴル語のgがk(男性語の場合qと発音され、女性語の場合kと発音される)の一部と対応することが分かる。つまり、中世モンゴル語ではkとして発音されていた子音の一部が現代モンゴル語でgとなり、一部がxとなったのである。例:

 『モンゴル秘史』  パスパ文字  現代モンゴル語  意味
   jarliq      jarliq     jarlag    命令
   balaqad     balaqad    balgas    都市
   qabur      qabur     xabar     春
   qorin      qorin      x〓r      二十

 ところが、現代モンゴル語で消えた*gが上記の中世モンゴル語の資料においても、すでにその姿を消していたことに注目したい。例:

 『モンゴル秘史』  パスパ文字  現代モンゴル語  意味
   qa(*g)an     qa.an     xaan     皇帝
   sa(*g)u-     sa.u-     suu-     座る
   ya(*g)u      ya.u     yuu      何
   ba(*g)u-     ba.u-     buu-     降りる

 (三)脱落した*gと脱落しないgがもともと異なる子音であったことは、モンゴル系のほかの言語資料によってさらに裏付けられる。古代モンゴル語の*gはモンゴル系のバオアン語、ドゥンシャン語、モングォール語などでは同じく脱落したが、古代モンゴル語および中世モンゴル語のkはこれらの諸言語において脱落せずに、g、x、q、kなどの子音に変わった。特に、古代モンゴル語のkは中世モンゴル語の諸資料によって実証されるだけでなく、モンゴル語のオイラト方言およびドゥンシャン語にも保存されていることは注目すべきである。つまり、古代モンゴル語のkは現代モンゴル諸語や方言ではg、xに変わったものが多いが、kとしての古い形で保存されたものもみられる。古代モンゴル語では口蓋音*gと*kがあったと思われるが、その相関関係および史的変化について筆者は以下のような仮説を立てている。

 (1)古代モンゴル語には有気破裂音*kと無気破裂音*gがあったと考えられる。前者はモンゴル語の資料によって実証できる、後者はそれが不可能である。モンゴル語の子音体系およびモンゴル諸語および方言にx(k)とgの対立があることなどからすれば、古代モンゴル語には一つの*kがあったとは考えにくい。

 (2)古代モンゴル語の*kは現代モンゴル語の諸方言においては脱落せずに、無気音gと摩擦音xに分かれた。

 (3)子音k、gの発音上の特徴や違い(すなわち、有気音であるか無気音であるか)によって、一つが消失したが、一つが消失しなかった。

 (4)古代モンゴル語の無気破裂音*gが消失したため、一時、有気破裂音kが孤立した状況にあった。その後、モンゴル語には口蓋音が再組織されることになり、有気破裂音kが分化しはじめた。その結果、現代モンゴル語のg(無気閉鎖音)、x(摩擦音)の対立が生じたと考えられる。

 (5)古代モンゴル語には*gと*kの対立はあったものの、古いモンゴル文字でこれをはっきり書き表すことはできなかった。しかし、19世紀頃kの分化がほとんど完成したため、人々はgとxをそれぞれの文字で区別するようになった。当時、古代モンゴル語の*gと現代モンゴル語のg(<k)は一つの文字で表記され、それが今まで伝わっている。

 第三章では主に現代モンゴル語の長母音発生問題について検討した。

 1ではモンゴル語の資料を用い、現代モンゴル語の長母音は脱落した子音後の母音によるものではなく、子音前後の短母音の融合によるという自説を実証しようと試みた。

 モンゴル文語のVCVに対応する現代モンゴル語の長母音の成立に関しては、脱落した子音後の一つの母音に由来するという説と子音前後の二つの母音が融合して形成されたという説がある。筆者は第二の説を支持するが、その理由は以下の通りである。

 (1)確かに、現代モンゴル語の長母音は脱落した子音後の短母音と質的に同じ長母音になることが多い。しかし、脱落した子音前の母音と同じ長母音になった例も決して少なくない。モンゴル文語のVCVに対応する現代モンゴル語の長母音の中には、脱落した子音に後続する母音に由来するという説では説明できないものがある。例えば、モンゴル文語のtoγa(数)、toge(指尺)などの単語が現代モンゴル口語ではtoo、tooとなった。もし、問題の子音が脱落した後、それに後続する母音が残り、子音前の母音が消えたとすれば、その母音がなぜ長母音aa、eeにならずに、oo、ooになったのか説明できないわけである。

 (2)中世モンゴル語のau、euの母音a、eは後続する母音u、uに同化し現代モンゴル語の長母音uu、uuが形成されたと考えられる。二重母音au、euから長母音uu、uuに変わる中間の変化を示すものとしてモゴール語や17世紀頃の漢字音訳資料にみられるou、ouが何よりも注目される。au、euが合流して現代モンゴル語の長母音uu、uuが発生する際、非円唇母音a、eが後続する円唇母音に同化したと考えられる。すなわち、a、eが後続する円唇母音に融合するためには、まず円唇母音o、oに変わり、次に、u、uに融合したとみられる。

 (3)モンゴル文語のayi、oyiは現代モンゴル語のハルハ方言では二重母音ai、oiとなっているが、内モンゴルのホルチン方言ではεε、〓〓となっている。後者の場合、二つの短母音が融合し一つの長母音となったのは明らかである。このように、ホルチン方言のこの長母音はそれぞれ二重母音ai、oiの同化の結果生じたものであり、それを子音yに後続する一つの短母音に由来するとは考えにくい。

 (4)モンゴル文語のjiluγa(手綱)、iruγal(底)、ciluge(暇)、irugel(祝福)などの単語が現代モンゴル語ではそれぞれ〓oloo、jorool、〓oloo、joroolとして現れる。これらの単語の場合、子音*gの脱落後、音素連続ua、ueが融合して現代モンゴル語の長母音oo、ooが形成された。その後、第一音節のiが後続する長母音に逆行同化し、それと同じ母音になったとみられる。

 2では現代モンゴル語の長母音発生過程における諸相などについて述べた。現代モンゴル語の長母音は脱落した子音前後の短母音の融合により形成されたと考えられるが、それらの長母音には子音後の母音と同じ母音になることもあれば、子音前の母音と同じ母音になるケースもある。それはいったいどのような状況によるものだろうか。

 2-1現代モンゴル語の長母音と脱落した子音前後の母音との関係。

 脱落した子音前後の母音が同じ母音であれば、子音前後の母音と同じ長母音が発生する。 例:

            saγa-→saa-(乳を搾る)
            cegeji→〓ee〓(胸)など。

しかし、脱落した子音前後の母音が異なるものであれば、一方が他方に融合する形をとることが多い。二つの短母音のうち、一つが円唇母音であれば、その長母音も円唇母音と質的に同じ母音になる。例:

            saγu-→suu-(座る)
            egul→uul(雲)
            toγa→too(数)
            koge-→xoo-(追い出す)

 現代モンゴル語の長母音は二つの短母音が融合した結果生じたと考えられるが、こうした場合、一般的に一方が他方に同化することが多い。特に二つの短母音のうち、一つが円唇母音であり、もう一つが非円唇母音である場合、後者が前者に同化する。円唇母音と非円唇母音の区別は唇を丸めるか否かにある。唇を丸めながら発した円唇母音は非円唇母音より筋肉の緊張度が高くなる。その結果、安定性が増し簡単に崩れない。円唇母音のこうした特徴が現代モンゴル語の長母音形成に決定的な影響を与えてきたことは間違いないと思われる。

 2-2現代モンゴル語の長母音発生上の四つのパターン

 (1)子音前後の母音と同じ母音の形成。脱落した子音前後の母音が同じであれば、その母音と同じ長母音が形成される。qaγa-→xaa-(閉める)など。

 (2)脱落した子音後の母音と同じ長母音の形成。子音前の母音が非円唇母音であり、子音後の母音が円唇母音である場合、子音後の母音と同じ長母音が発生する。daγu→duu(声、音)など。

 (3)脱落した子音前の母音と同じ長母音の形成。子音前の母音が円唇母音であり、子音後の母音が非円唇母音である場合、子音前の母音と同じ長母音が発生する。toγa→too(数、数字)など。

 (4)脱落した子音前後の短母音のどちらとも異なる長母音の形成。モンゴル文語のayi、oyiが現代モンゴル語の一部の地域では長母音εε、〓〓になる。

 2-3『モンゴル秘史』の資料による分析

 現代モンゴル語の長母音には脱落した子音後の母音と同じ母音になっているものが多い。しかし、だからといって現代モンゴル語の長母音は子音後の母音と密接な関係をもっていたと考えるのは不正確である。古代モンゴル語のVCVの構造が現代モンゴル語で長母音となった単語を調べて見ると、その多くは子音後に円唇母音をもっていたことが分かる。『モンゴル秘史』におけるモンゴル語を調べてみたら、子音後に円唇母音をもつ単語が146もあるのに対し、子音前に円唇母音をもつ単語が22しか見当たらない。前者の場合は、子音後の母音と同じ長母音に変化したが、後者の場合は、子音前の母音と同じ長母音が形成された。現代モンゴル語の長母音のうち、子音後の母音と同じ母音になることが多いのは、こうした理由によって説明できる。

 第四章では長母音発生問題と現代モンゴル語の語尾や接尾の関係について検討した。従来のモンゴル語の長母音研究はほとんど語根に限られ、語尾における長母音の研究は少なかった。モンゴル語の長母音は語根においてのみならず、語尾の成立や変化にもいろいろ影響を与えてきた。古代モンゴル語および中世モンゴル語では短母音でのみ現れる語尾が現代モンゴル語では長母音で現れるものもある。

 1では名詞の格語尾や派生語尾などにおける長母音を研究した。

 1-1 名詞の格語尾や再帰所属語尾における長母音

 現代モンゴル語には長母音をもつものとして、属格語尾-iin、造格語尾-aar/-eer、奪格語尾-aas/-ees、共同格語尾-tεε/ーtee、再帰所属語尾-aan/-een/-oon/-oonなどがある。

 1-2 動詞語尾における長母音

 現代モンゴル語の動詞語尾のうち、分離副動詞語尾-aad/-eed/-ood/-ood、命令形語尾 -aarai/-eerei、-aasai/-eeseiなどがすべて長母音化している。

 1-3 派生語尾における長母音

 現代モンゴル語の派生語尾の中にも語尾の子音が脱落し、語根と語尾の母音が融合してできたものがある。語頭に古代モンゴル語の*gを持つすべての派生語尾が現代モンゴル語では子音脱落および母音融合を経て、長母音化した語尾として現れるようになった。これらの語尾には以下のようなものがある。

 動詞から名詞をつくる語尾*-ga/*-ge(あるいは*-ya/*-ye)
 動詞から名詞をつくる語尾*-gur/*-gur
 動詞から形容詞をつくる語尾*-ga/*-ge.
 概数詞語尾*-gad/*-ged
 集合数詞語尾*-gula/*-gule

 2ではモンゴル語の長母音発生と使役語尾-lga/-lgeの成立問題の関係について検討した。

 2-1 モンゴル語の使役語尾-lga/-lgeの出現

 使役語尾-lga/-lgeがモンゴル語の文献資料に姿を現すようになったのは、14世紀初期である。当時、脱落した子音前後の短母音の同化および融合が進み、長母音の進行が進んでいた。使役語尾-lga/-lgeが現代モンゴル語ではだいたい長母音化した動詞語幹に接尾されていることから、この語尾の成立はモンゴル語の長母音発生によるものだと考える学者もいる。確かに、子音*gの脱落および母音間の融合によって形成されたと考えられる動詞語幹buu-、suu-などには必ず使役語尾-lga/-lgeが付く。しかし、同時に一部の二重母音を有する語幹にもこの語尾が使われることがある。使役語尾-lga/-lgeは使役語尾-ul/-ul(<-gul/-gul)と-ga/-geから成り立ったものだと考えられるが、それは語末の母音と語尾の母音の同化、融合など複雑な変化を経て成立したと思われる。 2-2 動詞語幹の音声構造と-lga/-lgeの関係

 13、14世紀のモンゴル語では-gul/-gulの先頭の子音*gが脱落し、語尾の母音が語幹の母音を吸収し新しい語尾が形成されるか、それとも、それに吸収されるかのどちらかであった。この二通りの変化のどちらも動詞語幹の音声構造によって規制されいた。動詞語幹がoro-(入る)、ire-(来る)などのように古代モンゴル語の*gを有するものでなければ、それらの動詞語幹の末母音が使役語尾-ul/-ulの母音に融合し、現代モンゴル語の使役語尾-uul/-uulが形成された。逆に、それらの動詞語幹は*gなど脱落する子音を有する(例えば:saa-「乳を搾る」、bau-「降りる」など)ものであった場合、語幹の母音が語尾の母音に同化することはあり得ないため、語尾の母音が徐々に語幹の母音に合流し消失した。その後、再び使役語尾-ga/-geを接続したと考えられる。

 2-3 動詞語幹の長母音と使役語尾-lga/-lgeの関係

 すでに指摘した通り、動詞語幹の長母音と使役語尾-lga/-lgeの成立は因果関係にあったと考えにくい。すでに長母音化した動詞語幹のうち、-lga/-lgeを付けずに、ーuul/-uulを付けるものもある。例えば、daar-(寒くなる)、xoor-(喜ぶ)などの動詞の使役形はdaar-uul、xoor-uulとなる。モンゴル語のnii-(鼻をかむ)とniil-(合流する)は両方とも長母音を有するが、前者の場合は、使役語尾を-lga/-lge付け、後者の場合、ーuul/-uulを付ける。つまり、同じ長母音を有する動詞語幹でありながら、-lga/-lgeを使わないこともありうる。長母音を有する動詞語幹であっても、語末に何らかの子音をもっていれば、ーuul/-uulを使うという規則がある。動詞語幹nii-の母音がそれに付くーul/-ulの母音に融合すれば、動詞の音声構造まで影響を及ぼすことになりかねない。しかし、niile-の短母音eがーul/-ulの母音に融合しても、動詞語幹の音声構造に及ぼす影響はそれほどなかったと思われる。

 このように、語尾の音声構造(多くの語尾は短音節であった)を守るために、語尾の母音が語幹の母音に融合し、現代モンゴル語の使役語尾ーuul/-uulが成立した。だが語尾の母音同化によって、一部の動詞の場合、本来の音声構造が破壊される恐れさえあった。これらの単語では語尾の母音が動詞語幹の母音に融合する形をとった。現代モンゴル語の使役語尾-lga/-lgeはこのように形成されたと思われる。

 2-4 モンゴル語の使役語尾-uul/-uulと-lga/-lgeの発展図

 -uul/-uulの場合:
      *mede-gul→ mede-ul→ medo-ul→ med-uul
      *sana-gul→ sana-ul→ sano-ul→ san-uul
      *bari-gul→ baro-ul→ baro-ul→ bar-uul

 -lga/-lgeの場合:
      *saga-gul→ saa-ul→ saa-l(ga)→ saa-lga
      *ugu-gul→ uu-ul→ uu-l(ga)→ uu-lga
      *sagu-gul→ sau-ul→ sau-l(ga)→ suu-lga
      *bagu-gul→ bau-ul→ bau-l(ga)→ buu-lga

 第五章では他のモンゴル系諸言語における長母音について検討した。

 1 モンゴル諸語における長母音の対応関係について

 他のモンゴル系の諸言語のうち、ドゥンシャン語は完全に長母音を失ったが、ほかの言語の場合、長母音の維持度が言語毎に多少異なる。言語によって、モンゴル語の長母音に対し、長母音で現れるようになったケースもあれば、短母音で現れるようになったケースもある。

 2 現代モンゴル語の長母音に対応する他の言語の二重母音について

  古代モンゴル語の*gはモンゴル語のみならず、他の言語においてもすでに姿を消したが、子音消失後の母音の状況は各言語においてさまざまである。現代モンゴル語、東部ユグル語ではあらゆる場合に、子音前後の母音間の融合が進み、長母音が発生した。しかし、ダゴール語、モングォール語、モゴール語の場合、長母音になったものもあれば、二重母音の形で維持されたものもある。例えば:古代モンゴル語の*agu、*eguはダゴール語、モングォール語ではau、euの形で維持され、モゴール語ではouの形で維持さている。前者の場合、前期中世モンゴル語のau、euと一致し、後者の場合、後期中世モンゴル語のou、ouと一致している。すなわち、これらの言語の状況は古代モンゴル語の*agu、*eguから現代モンゴル語のuu、uuに変わる中間的な状態を反映するものと考えられる。

 漢語(中国語)の強い影響を受けてきたドゥンシャン語、バオアン語、ユグル語などでは多くの二重母音や三重母音が発生した。

 3 長母音衰退に伴う長母音の短母音化

 長母音はドゥンシャン語では完全に絶滅し、バオアン語、モングォール語などでも大きく衰退しその数も著しく減ってきた。しかも、それらの長母音の多くは短母音あるいは二重母音に置き換えられている。こうした長母音衰退の裏には、これらの言語に対する漢語の強烈な影響があった。長母音を有しない漢語の影響が強まるなかで、ドゥンシャン語、バオアン語の長母音はだんだん本来の機能を失い、その多くは短母音に合流したと考えられる。モンゴル系のすべての言語は、子音の脱落、母音の融合および長母音の発生などの変化を被っている。しかし、言語それぞれの状況により、母音縮合が完成していない言語もあれば、すでに発生した長母音を失った言語もある。このように、共通モンゴル語の分裂後、脱落した子音前後の母音の変化のあり方はそれぞれの言語において多様である。

 4 現代モンゴル語における弱化母音の出現と長母音の短化現象

 現代モンゴル語の長母音の長さは決して同じものではなく、単語中の位置などによって、常に変わる。一般的に言えば、第一音節以外の長母音は第一音節の長母音より短く発音される。現代モンゴル語の第二音節以降の長母音が短く発音されるようになったのは、第一音節以外の音節における弱化母音の出現と深い関係があると考えられる。

 現代モンゴル語では、古代モンゴル語あるいは中世モンゴル語の段階ではっきり発音されていた短母音は第一音節を除いてすべて弱化母音となった。普通の短母音と対立していた長母音も弱化母音の出現によって以前より短く発音されるようになった。

 長母音の短化はモンゴル系のすべての言語において進行している。しかし、そこでは質的にまったく異なる言語現象を観察することができる。ドゥンシャン語、モングォール語、バオアン語、ユグル語では長母音と短母音の対立が消失することによって長母音の短化が起こっている。これを長母音の衰退と考えることもできる。しかし、モンゴル語の場合、それは非第一音節における短母音の弱化と関係があるため、それを長母音の機能的衰えと見なすことはできない。

 第六章では日本におけるモンゴル研究の今後の課題とは何かについて論じた。まず、日本のモンゴル研究全般におけるいろいろな問題について筆者の考え方を述べた。モンゴル研究の範囲およびその内容、モンゴル語の資料の重要性、モンゴル研究における国際的交流などについて検討した。次に、日本におけるモンゴル語学研究に言及し、アルタイ言語学とモンゴル語学の関係やモンゴル語学研究の方法などについて簡単に述べた。

 以下に、本論に書かれている筆者の主な意見や考えを簡単にまとめよう。

 (1)古代モンゴル語の口蓋音*gと*kの対立が、*gの弱化および脱落によって失われた。現代モンゴル語では、古代モンゴル語の*gが消失しただけでなく、*kもgとxに分かれた。現代モンゴル文字では脱落しなかったgと脱落した*gが同じ字で書かれているだけでなく、多くの人々がこの二つの子音は最初から同じものであったと考えている。実は、現代モンゴル語で脱落したgは古代モンゴル語の*gに由来するが、脱落しなかったgは、古代モンゴル語の*kに由来する。

 (2)現代モンゴル語の長母音は、V・CV・のCが脱落した後のV・に由来するものではなく、これら子音を挟んでいた二つの短母音が融合した結果生じたものである。

 (3)現代モンゴル語の長母音発生においては、以下のような特徴がみられる。その一、V・CV・のCが脱落した後のV・またはV・の性質によって、新しく発生した長母音の質は大きく左右されていたことが分かる。子音が脱落した後の母音が両方とも非円唇母音であれば、だいたい狭母音が広母音に融合して長母音が発生した。子音が脱落した後の母音のうち、一方が円唇母音であれば、その非円唇母音が円唇母音に融合することによって、長母音が発生した。その二、このように、現代モンゴル語の長母音には、脱落した子音後の母音(V・)あるいは子音前の母音(V・)と質的に同じものがある一方、それらの母音とまったく異なる新しい長母音が発生したものもある。

 (4)現代モンゴル語の使役語尾-lga/-lgeの成立は、動詞語幹の長母音発生と直接的な関係はない。動詞語幹が古代モンゴル語の*g、*yなどを有するものであった場合、これらの動詞に付けた使役語尾-ul/-ulの母音が動詞語幹の母音に融合し消えたのである。その後、再び、使役語尾-ga/-geを付けることで-lga/-lgeが形成されたと思われる。

 (5)モンゴル諸語では長母音の短母音化が進行している。漢語の影響下にあるいくつかの言語では長母音が大きく衰退し、それを失った言語さえある。モンゴル語の場合は、第一音節以降における短母音の弱化や消失に伴って長母音の短母音化がおこっている。

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