博士論文一覧

博士論文要旨

論文題目:日本のジェンダー平等政策と国際労働基準―間接差別禁止をめざす女性NGO活動を事例として―
著者:上田 裕子 (UEDA, Hiroko)
博士号取得年月日:2015年3月20日

→審査要旨へ

1.問題設定
経済のグローバル化による労働環境の変化は何をもたらしたか。日本の女性労働者はすでに 男女雇用機会均等法、男女共同参画基本法等が施行されて、法的には均等・公正な条件のもと で働いているかのようである。しかし第 1 章であきらかにするたように、働く女性の過半数は 非正規雇用のもとで働き、不安定かつ低賃金労働という実態は過酷である。一方、安定雇用と みられている女性正規労働者も、長時間かつ過密な労働を求められている男性労働者と同様に 過酷な労働条件のもとにあり、かつ賃金差別のなかで働いている。 このような状況の改善は労働運動によって主体的に取り組まれるべきであろうが、そうなっ てはいない。この状況から、女性 NGO は労働組合の枠組を超えて雇用におけるジェンダー平 等の実現を目指し、国内外で独自に活動をすすめている。このような実態を踏まえて、以下の 研究課題を設定した。 本研究の課題は、日本経済のグローバル化が進行するなかで、雇用におけるジェンダー平等 の実現をめざし、国際労働基準の確立をもとめて実践活動をしている女性 NGO の実践活動を取 り上げ、国内法整備と女性政策の形成過程に与えたインパクトと同時に、女性 NGO の限界をも 検証することである。 国際労働基準のなかでも人権にかかわる8基本条約のひとつである ILO100 号「同一価値の労 働に対する男女労働者の同一報酬に関する」条約の完全適用をめざす女性 NGO の国内外におけ る活動を事例として取り上げる。「 間接差別法理」と「同一価値労働同一賃金原則」は、ILO100 号条約を国内に適用する際の基礎となる 2 本の柱である。この 2 本の柱に沿うかたちで女性 NGO 活動の分析をすすめ、女性 NGO が果たした役割と政策形成へのインパクトを検証する。この検 証を通して間接差別法理の確立の道筋を探り、労働分野におけるジェンダー平等政策推進の見 出すことを目的としている。
2.本研究の問題意識
1951 年に国連で成立した ILO100 号条約を日本は半世紀以上もまえの 1967 年に批准してい る。それにもかかわらず、2 本柱の 1 つである間接差別概念はいまだ定着せず、労働基準法に 明文化されていない。2 つ目の柱の同一価値労働同一賃金原則については、労働運動内部にお いて、また研究者間においても評価が一致していない。このような状況のもとでは、従来型 の方法にしたがって活動しているかぎり ILO100 号条約の完全適用は望むべくもないのである。 そこで、この閉塞状況を克服するために、第1ステップとして小さなリソースしか保有して いないが、固定観念にとらわれず国内外で実践活動をおこなっている女性 NGO を取り上げる こととした。これまでに研究対象として取り上げられることのなかった弱小ではあるが活発に

2
活動を展開している女性 NGO を分析対象に採用することは、間接差別法理の確立と同一価値 労働同一賃金原則の評価統一へ向けて隘路を拓くことが可能となると考えているからである。 また、グローバリゼーションによって労働の分野では流動化、二極化、階層化が進んでいる 現実がある一方で、竹中恵美子(2009)、伊豫谷登士翁(2001)、堀江孝司(2005)らが指摘する ように、労働の分野においてグローバリゼーションは、かならずしもネガティブな側面ばかり ではないことを具体的に検証するという問題意識である。 1999 年に制定された男女共同参画社会基本法は、「国際的な動きと軌を一にし、多くの女性 たちの活動に支えられながら、男女共同参画社会の実現にむけて」1制定されたものである。男 女共同参画社会基本法に基づき 2010 年には第 3 次男女共同参画基本計画が策定されているが、 この基本計画を女性政策の進展として日本政府は国連女性差別撤廃委員会へ報告し、一定の評 価を得ている事実がある。また遡れば、1985 年に男女雇用機会均等法を制定するに至ったこと も、国連女性差別撤廃条約を批准するための国内法の整備の一環であった。男女雇用機会均等 法が制定される際には、行政、労働運動、女性 NGO が三位一体となって運動を展開したという 実績がある。しかし 1990 年代以降、なぜこのような行政、労働運動、女性 NGO の連繋した運動 の展開がみられないのであろうか。その原因を追究することによっても本研究課題に接近でき るという問題意識がある。
3.分析視角
3.1 女性政策研究からのアプローチ 労働分野のジェンダー平等政策の推進という観点から国際条約・国際機関からの勧告をめぐ る政策分析が多く蓄積されてきた。たとえば、ILO に関しては木村愛子(2011)、女性差別撤 廃条約については山下泰子(2010)が国際動向を一貫して追求してきた。両者ともに自らも実 践の場にありながら、女性 NGO の実践活動そのものについては研究の対象外となっている。 一方、国内でのジェンダー平等政策の推進という観点から、女性政策という領域横断的な政 策分野を設定して国内でのジェンダー平等推進をめぐる政策過程を分析する研究が 2000 年代 に入り、蓄積されるようになった。従来は特定の時期の特定の分野における事例研究という形 が大勢を占めていたが、横山文野(2002)と神崎智子(2009)は戦後から 1990 年代まで複数 の政策領域を視野に入れて、女性政策全体を捉えようとした。しかし女性政策の研究領域に見 られる動向として政策推進のアクターとしての女性NGOへの着目は全体に手薄なものとなって いる。 間接差別法理の国内適用における女性 NGO の役割は決して小さいものではない。たとえば、 浅倉むつ子[1999、2000、2010]は改正均等法を中心にした女性労働者の権利について、また ILO や女性差別撤廃委員会などの国際機関の勧告について触れているが、著書自身が「あとがき」 (浅倉 2010)で述べているように「ジェンダー平等をもとめる社会運動の中心的アクターであ る女性 NGO の実践を取り上げ、労働政策の形成過程へ及ぼした影響をみることは政策過程分析 においての最大の課題」なのである。本研究はこの最大の課題に、解を見出そうとするもので ある。 では、国際労働基準と国内の女性政策との連動、ならびにその両者の相互関係に基づく政策 形成過程に、草の根の女性 NGO の実践活動はいかに関与しうるのか。政策形成過程に介入し、 アドボケートする主体的アクターとしての女性 NGO の位置づけは、まだ明確にはなされていな い。その点で参考になるのが、堀江孝司(2005)によるジェンダー平等をめぐる政策において
1 内閣府男女共同参画局『第 3 次男女共同参画基本計画』、2010 年、p.1。

3
「国際基準型」ともいうべきパターンの析出であろう。堀江は 1980 年代の男女雇用機会均等 法の制定過程を分析し、全体の経緯を規定した要因として「外圧からのインパクト」を指摘し、 ジェンダー平等をめぐる政策において「国際基準型」ともいうべきパターンがあると指摘した。 すなわち本研究に引き付けるならば、政策主体としての女性 NGO は、この「外圧からのインパ クト」をどのように動員し、ILO100 号条約をはじめとする国際労働基準を日本におけるジェン ダー平等政策の実現に結び付けようとしたのか。この分析視角から国際基準型パターンを 1990 代以降の女性 NGO の実践活動を通して、ILO100 号条約を中心とする国際労働基準からの政策形 成へのインパクトを検証する。
3.2 研究・理論と実践の接合 日本の女性 NGO は、研究者による英米の間接差別法理の研究、同一価値労働同一賃金原則の 研究から大きな影響を受けてきた。これは 1990 年代当時の日本には間接差別概念の浸透、同 一価値労同一賃金原則の法整備はいうまでもなく、運動論としても本格的に導入されていなか ったからである。これらの研究成果を女性 NGO は、国際労働基準という活動の枠組みに転じ、 国内外でのアドボカシー活動を強めてきた。 また、潜在する間接差別を可視化するために有効なツールなのか否かの評価は別として、同 一価値労働同一原則の活用についてホーン川嶋瑶子(1987)が早くも 1980 年代の米国における 雇用における男女平等実現の運動を日本に紹介している。1990 年代には、この米国の実践をま とめた Linda Blum(1991=1996 森ます美・居城舜子共訳)の著作が全訳されて、コンパラブル・ ワースとして日本に紹介された。川嶋ならびに Linda Blum の著作は同一価値労働同一賃金原 則を活用した実践の紹介であり、初期のものとして労働運動ならびに女性 NGO の活動に大きな 影響を与えた。 これらの研究は、NGO および労働運動に影響を与え活性化をもたらしたと同時に、混乱も惹 起した。この混乱に関する整理が小越洋之助(2006)により試みられている。小越の研究は有 意義なものであるが、1990 年代中葉までという時間的制約があるため、小越の研究に依拠しつ つ、その後の同一価値労働同一賃金原則に関する論争の進捗を踏まえて論点整理を進めた。こ の論争は労働運動および女性NGOの実践活動にすくなからず影響を及ぼしてきたことに鑑みて、 論点の整理をすることは必要と考える。 本研究の課題であるジェンダー平等をもとめる NGO の実践活動の成果を分析する上で、これ らの間接差別概念と同一価値労働同一賃金原則という 2 つの理論が NGO の実践のなかでどのよ うに活用されてきたか、あるいは今後の活用の可能性、有効性さらには限界について検討する ことは不可欠な作業である。
3-3 ジェンダー平等政策と女性 NGO ジェンダー平等政策の形成過程における主体的アクターとして女性 NGO を位置づけ、その実 践活動の意義と成果を検証するにあたって国内と海外にわけて実践事例をとりあげた。 国内事例として総合商社・兼松株式会社の男女賃金差別裁判(兼松裁判)を取り上げる。兼 松裁判とは、兼松で働く女性6人が賃金差別の是正を訴え、間接差別の有無を法廷であらそっ た事例である。兼松裁判は研究者と女性 NGO、商社で働く女性労働者と原告が連携し、間接差 別ならびに同一価値労働同一賃金原則に基づく証拠資料、裁判資料の作成にあたった希有な事 例である。兼松裁判では、原告の要請にもとづき職務評価に関する鑑定を行なったが、鑑定に あたり兼松男女賃金差別事件職務評価委員会が組成され、商社労働の経験者として女性 NGO・

4
WWN 代表の越堂静子および筆者が鑑定委員2として参画し、鑑定作業をおこない鑑定意見書を東 京高裁に提出した。原告たちは鑑定意見書も含めて、どのような手法を採用し、勝利判決を獲 得することができたのかを探る。そのために本研究は東京高裁の判決文を判定要素ごとに読み 解き、間接差別の存在を判定するに至ったプロセスの分析を行ない、兼松裁判からの教訓を導 出し、それを普遍化することを課題とした。 一方、海外活動のブーメラン戦略として幾つかの事例をみる。女性 NGO の海外活動およびア ドボカシー活動に関してブーメラン効果を分析視角として検証した。はじめに女性 NGO が海外 へ向かった初期、1990 年代に活動を開始した住友グループ 3 社の裁判をとりあげた。裁判の支 援を目的に組成された WWN は ILO、CEDAW に働きかける活動のパイオニアの役割を果たしてい る。日本政府への提言・勧告として、女性 NGO の要求が国際機関よりフィードバックされたと いう事実は女性労働者に海外へ向かう可能性を示した。あわせて単位労働組合(昭和シェル石 油労組・野村證券労組)のブーメラン戦略の効果を検証する。
4 本研究の構成
構成は3つの枠組をもつ。まず第1に男女差別が不可視化されている日本の実態を顕在化さ せること、第 2 に国際機関からの間接差別是正にかかわる勧告に対する日本政府の対応を分析 し、政策形成過程を検討すること、第 3 には女性 NGO の国内活動としての裁判、海外活動とし ての国際機関へのアプローチを通して女性 NGO の実践活動の戦略と成果を検証することの 3 つ の枠組である。 第 1 章は、第 1 の枠組みにはいるが、日本の実態の顕在化を課題としている。ここではグロ ーバル経済下の日本における女性労働者の状況を統計資料等を使用して把握した。これはジェ ンダー平等をもとめる女性 NGO の実践活動の土台となる現状把握であり、同時に分析視角とし て取り上げる間接差別にかかわる労働形態および賃金実態をあきらかにすることである。これ によって本研究の基礎を提示することを目的としている。 また現実の労働者の実態として商社労働者を取り上げた。商社労働者をとりあげた理由はつ ぎの3点である。 ①総合商社は地球規模でビジネスを展開し、海外支店、海外関連子会社を多数保有している。 また業容の点からも人材活用の観点からも国際基準がつねに求められ、国際労働基準につ いては敏感に対応しなければならない企業である。 ②間接差別の温床といわれているコース(職掌)別雇用管理制度を全国に先駆けて導入した 総合商社で働いている女性たちが、コース別制度は労働基準法 4 条に違反するとして提訴 し勝利判決を獲得した。本研究にて事例として取り上げる兼松裁判である。 ③総合商社で働く女性労働者が、コース別制度は実質的な男女差賃金制度であることを証明 するために、ペイ・エクイティ原則をつかって職務分析を行ない 1997 年に『商社におけ る職務の分析とペイ・エクイティ』として社会に問うた。これはペイ・エクイティ手法を活 用して職務分析を行なった日本における最初の試行3であった。
2 鑑定委員会は 6 名からなり、森ます美(昭和女子大学教授)、木下武男(昭和女子大学教授)、 居城舜子(常葉学園大学教授)、塩田長英(明海大学教授)、越堂静子(KS 企画代表取締役社長)、上田裕子 (一橋大学大学院)の 6 名が委員で、森ます美が代表をつとめた。 3 遠藤公嗣によれば、日本では、欧米社会での発展を受けて、これまで 2 回の研究開発が行なわれ た。第 1 回は、大学教員の研究者と商社に働く女性正規労働者が共同で企画して試行実施した。その成果は 1997 年に発表されたとしている(遠藤 2013:11)。

5
第 2 章は、日本にいまだ定着していない間接差別概念を取り上げ、第 2 の枠組みである国際 機関からの是正勧告に対する日本政府の対応を分析し、政策形成過程を検討する。間接差別の 禁止はILO100号条約の中核的概念の1つであり、女性NGOがその実現にもっとも注力している。 はじめに間接差別概念の誕生から間接差別法理の成立までの国際的な経緯を把握する。ついで 国際機関から日本政府宛に出される要請・勧告の内容を検討したうえで、それ対する日本政府 の対応を分析することによって、日本の現状・到達点を把握した。 男女雇用機会均等法の第 1 次改定(1997 年)および第 2 次改定(2006 年)においても間接差 別禁止を明文化することはできなかった。辛うじて第 2 次改定において省令で間接差別にあた る 3 事例を限定列挙するにとどまった。なぜ明文化できなかったのか。経済のグローバル化が すすむもとで雇用の流動化・不安定化がすすみ、非正規労働者の増加を背景としている。明文 化できなかった主因は 2 つあると考えられる。ひとつは組織率の低下がとまらない労働運動の 力の弱体化である。ふたつ目は審議会議事録などで明らかになるが、人件費の総枠管理を図る ためには経営側にとって間接差別を導入することは一歩も譲れないという強硬な姿勢である。 非正規労働者をバッファー機能として利用し、経営の「合理化」を図っている経営にとって、 間接差別法理を受け入れることはできない。しかし、それを打破する力が労働側にも女性 NGO にも欠如しているのも事実である。また、その力関係を反映して行政内部にある国際労働基準 を入れようとする積極的なアクターとの連携も見いだせない結果となったのである。 しかし地方自治体に目を転じれば、男女共同参画社会基本法の制定により、これに準拠して 各地4で男女共同参画社会条例がつくられた。地方自治体においては行政と女性 NGO の連携によ り、地域によっては議員も加わって制定されている。これはポジティブな側面として、また今 後の展望として明記されるべきであろう。
第 3 章は、前章で検討した 1L0 第 100 号条約の実質的適用を求める実践のケース・スタディ として兼松裁判を取り上げた。女性 NGO の間接差別法理確立へ向けた実践活動の国内版である。 兼松の人事制度が労働基準法 4 条に違反するか否かを問うものであり、争点は男女の業務の同 質性である。この証明に同一価値労働同一賃金原則を活用した職務鑑定書が提出されている。 東京高裁の判決文を読み解き、間接差別が認定される過程を分析し、同一価値労働同一賃金 原則の有効性を検証した。また判決文をいくつかの判定要素によって間接差別の判定の経過を 分析した。その結果、雇用管理区分が異なっていても職務の同質性を認めた判決の根拠を示し、 同時に裁判における同一価値労働同一賃金原則の有効性を明らかにした。兼松裁判の原告たち は男性労働者とは異なったコース(職掌)に属して働いていたが、男性労働者と同質の業務を 担当しており、原告らが受け取っていた賃金は労働基準法第 4 条違反であると高裁は判定した。 換言すれば、外形上は性による差別には見えないが、実質的には男女差別、すなわち間接差別 であることが明確になった。 以上のように判決文を判定要素によって分析することで、間接差別を顕在化し、差別是正に むかう第一歩となることを示した。 兼松裁判の総体としての論評はあるが、判決文の分析から兼松裁判の独自性と普遍性を析出 した研究は管見の限りでは存在しない。
第 4 章の課題は、ILO100 号条約のもう 1 つの中核的概念である同一価値労働同一賃金原則を 取り上げ、その有効性と限界を検証することである。均等法の施行以降、不透明になった男女 間賃金格差の実態を可視化し、間接差別であることを顕在化するツールとして同原則が有効で
4 埼玉県を除いてすべての都道府県で条例をもっている。

6
あるとされている。同原則を活用することによって勝訴した例5があり、また同原則の法制化を もとめている女性 NGO の実践活動を重視するがゆえに本章で取り上げることとした。 はじめに本原則にかかわる論争点の整理を試みた。この論争は現時点では運動の停滞の原因 のひとつと考えられるからである。とくに研究者間での見解の不一致が運動側へ大きな影響を あたえている実態があり、今後の論争の発展と収斂の方向をさぐることが、ジェンダー平等を 求める労働運動および女性 NGO の発展にとって不可欠であると考えている。 つぎに検討対象を分野別に検討した。本原則に依拠して運動を展開する女性 NGO/時々の政 策立案時に導入しようとするが力不足の行政/国際条約には拘束されないとする姿勢は残存す るものの僅かながらも変化を見せている司法/同一価値労働を同一(付加)価値労働に置き換 えて利用しようとする財界の 4 分野を検討したあとに、いまだに意見の相違がある労働運動の 動向を検討した。結論的には同一価値労働同一賃金原則に関する評価を労働運動および研究者 間で統一することは短期的には困難であるが、そこへ向かう方途として「間接差別法理の成立」 を共通課題として運動をすすめるなかで、収斂させていくべきだと考えるに至った。 最後に同原則を実行するにあたり必要とされている職務分析・職務評価の手法について検討 した。中立的で納得性の高い職務評価手法の確立が求められているが、職務評価に内包する差 別性を担保できるかという課題を提起しつつ、本原則を活用して勝訴した事例から本研究で析 出した成果を活かすことの重要性を指摘した。
第 5 章は、リソースの小さな女性 NGO および単位労働組合が、海外発信によるアドボカシー 活動に関して、ブーメラン効果を分析視角として検証した。女性 NGO が海外へ向かった初期、 1990 年代に活動を開始した住友グループ 3 社で働く女性たちの裁判を取り上げた。その裁判の 支援を目的に組成された WWN の活動は、1990 年代後半は ILO、CEDAW に働きかけるパイオニア の役割を果たしている。日本政府への提言・勧告として、女性 NGO の要求が国際機関などから フィードバックされるという事実は、女性NGOが海外へ向かう戦略の有効性と可能性を示した。 また、昭和シェル石油裁判においては勝利判決という形で、また野村證券労組は ILO の報告が GES 投資顧問会社経由でブーメラン効果を発揮し、野村證券の人事制度改革を実行させた事例 を提示した。これらの成果は女性 NGO あるいは単位労働組合のリソースに比してたいへん大き なものである。しかし、アドボカシー活動としての検証過程において女性 NGO と行政との協働 の可能性が若干は見えたものの、女性 NGO のみの活動に限界があることも明らかになり、今後 の課題として提起することとした。最終的にはナショナル・センターが統一的に運動を展開で きる状況が生まれたときに、アドボカシー活動の大きな成果がもたらされるであろうが、その 結節点に女性 NGO の存在がある。
終章では、本研究では、ここまでに検討してきた国際労働基準の実質適用、具体的には ILO100 号条約が規定している間接差別法理の成立と同一価値労働同一賃金の導入を目指した女性 NGO の実践活動を検証するなかで見出した課題を、研究の課題と運動の課題に分けてそれぞれ 2 課 題を提起した。 研究の課題の第 1 は、ジェンダー中立の職務評価の確立とそれに随伴する課題をどう解決す るかであり、第 2 は労働組合組織論の再構築である。運動上の課題の第 1 は、人権条約の批准 で、なかでも急がれるものをしてILO第111号と女性差別撤廃条約選択議定書の批准を挙げた。 第 2 は、間接差別法理の確立を中心に据えての実践活動である。そこでは 1980 年代の均等法制 定時の教訓から学ぶこととともに、女性 NGO の真のグローバル化の課題を挙げた。
5 京ガス裁判(京都地裁判決、2001 年 9 月 20 日)、兼松裁判(東京高裁判決、2008 年 1 月 31 日)

7
5.本研究における知見
ILO 第 100 号条約の完全適用には、間接差別法理の成立と同一価値労働同一賃金原則の導入 が 2 本の柱となっている。それぞれを検証した結果、同一価値労働同一賃金原則の評価が分か れている問題を運動のなかでは一時的に棚上げすべきだと判断するに至った。理由は、研究者 間での評価の不一致に影響を受けて女性 NGO および労働運動の一部に混乱が生じていること、 および同原則に随伴する職務評価の手法が確立していないことにある。職務評価手法が未確立 のままで同原則の導入を急ぐことのリスクが明らかになった。 したがって、同原則の評価の統一については長期的な課題として、当面は裁判闘争や自主的 に取り組む力量のある労働組合での実験など限定的な活用にとどめ、その成果の蓄積を行なう 必要がある。理論と実践をむすびつけるなかで課題の解決を図るべきである。 つぎに、評価の一致している間接差別法理の成立をめざすことを最優先する共通課題として 設定し、その実現にむけて理論と運動の両側面からすすめていくべきである。そのなかで同一 価値労働同一賃金原則の評価を定めるべきである。 第 3 に、いままで研究対象として取り上げられてこなかった女性 NGO 活動のブーメラン戦略 は、女性政策の形成過程で一定の効果を発揮したことがあきらかになった。間接差別法理の成 立を進めるうえでは、労働運動側は女性 NGO の実践活動の成果を正確に評価し、労働行政と労 働運動の接合点に女性 NGO を位置づけることが重要である。しかしながら女性 NGO のみでは間 接差別法理の成立に至らない限界もあきらかになった。この点について終章にて提言としてま とめた。 以上、雇用における差別を排除し真のジェンダー平等を実現する第 1 ステップとして、間接 差別の禁止を求める女性NGOの実践活動の研究から導出した研究上の課題および運動上の課題 を述べた。筆者自身も今後の研究のなかで取り組み、解明を続け、研究を通じて運動上の課題 解決への道筋の一端を担うことを希求して本論を終えることとした。

このページの一番上へ