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博士論文要旨

論文題目:在日ブラジル人の移動形態および移住コミュニティが家族構成 変容に与える影響についての考察 -分散型居住地と集住型居住地の比較研究-
著者:ヤマグチ アナ エリーザ (YAMAGUCHI ANA ELISA)
博士号取得年月日:2014年2月12日

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本論文の問題関心と方法論
 本論文は日本在住の移民家族に関する調査結果である。さらに、都市部の経済および社会構造に属する労働者層の特性と移動という行為が一つの資本主義社会においてその原動力を生み出しながら、どの時点で家族構成の変容が起こっているのかを明らかにした。また、本研究の問題関心については、移動に伴って家族構成がどのように変容したのか、その変容自体がどのように家族と地域社会に影響を与えたのかといった疑問があり、そのプロセスや要因を解明することを主題としている。
 上記の問題関心を踏まえて、時系列的に実態調査を実施した。本論文で使用した主なデータは2003年に行った以下の地域での調査に基づくものである。すなわち、愛知県T市(集住型居住地域)と滋賀県N市(分散型居住地域)における調査では、1056部の調査票を回収し、580世帯からの回答を得た。そのうちN市で回収した調査票は532部(330世帯)であった。一方、T市は524部(250世帯)であった。訪問した戸数の総数は、N市が329戸であり、T市が250戸となっている。本調査の実施の際に、「夫婦」である男女が共に調査票に回答した場合が、N市は330世帯中133組であり、T市は250世帯中170組となっている。「夫婦」である男女を合わせたデータは両市で合計606人、303組となっている。

(1) 「家族構成の変容」
 本稿の主な目的は以下の3点につき明らかにすることである。第一に、近代家族の形成は大きな変容(家族形成・再統合・解体・再構築)を遂げているが、各段階への移行にはそれぞれどのような要因が存在するのか。第二に、家族構成の強化および弱体化の要因とその過程にはどのようなメカニズムが働いているのか。第三に、家族構成の変容の一つには、「家族解体」があり、それは時間の経過と共に変化するものなのかどうか。家族が抱えている問題は、その構成員の個人的な問題から始まり、家族構成のエスニシティの多様化、世帯構成員の複雑化、日本の労働条件および生活環境、両国の婚姻制度の差などといった問題が重なることによって、家族が機能不全に陥り、家族構成に変容が生じると考える。
 移動形態および移住コミュニティが、家族構成の変容に影響を与えている。そのような点を踏まえた上で、越境家族の形成・移動先での再統合・解体・再構築という家族構成の変容プロセスを分析する必要がある。つまり、家族の形成過程の第1段階では、独身・単身の男女が来日前後に「夫婦」となる「家族の形成」期にあたる 。続く日本での「再統合」は、ブラジルで婚姻関係を結んでいる男女がバラバラに移動し、日本で家族が再び結合することを示す。そして、「家族解体(disorganization, destruction)」とは、家族という組織が崩れ、機能不全に陥り、相互に支え合う機能を失い、完全に分解して容易には元に戻れなくなった状態を意味する。次いで、「再構築」とは、(再)形成および再統合した夫婦において、夫婦関係が解体した後、既婚者の男女が別の男女と一緒になり、新たな「夫婦」を再構築することを示す。

(2) 「移動形態」
 在日ブラジル人家族の移動形態はダイナミックに変容しており、移動形態の一つである「リピーター型」が今後、どのような家族形態を作り出すのかについては、移動先の労働供給システムおよびコミュニティ形態のあり方に左右される。移住先コミュニティが大規模で、かつ、エスニック・インフラストラクチャーが整備されていれば、そこへの流入はさらに進むであろう。これは、同時に日本国内のブラジル人コミュニティの隔離傾向に拍車をかける。他方、ブラジル人コミュニティが分散していれば、日本社会との接点が増え、ブラジル人家族についての考え方にも影響してくると推定される。したがって、ブラジル人家族の置かれているコミュニティの特徴の差を十分に考慮した上で、その家族構成の変容と「リピーター型」移動について議論をする必要がある。
 ブラジル人家族を取り巻く「客観的状況」、すなわち、かれらの日々の行動や生活様式等は「定住及び永住」に近い状態にあるにもかかわらず、「主観的世界」では、かれらは強い帰国思考及び願望を持っている。ブラジル人家族の「客観的状況」と「主観的世界」に大きな乖離及び矛盾が存在する結果、かれらは現実を直視できなくなっている。つまり、このような状況が移民家族の不安を募らせ、構成員間でのライフスタイルや目標が異なっていくことが、家族のあり方がますます変容していく大きな要因となっていると考える。

(3) 「移住コミュニティ」
 本研究の調査対象地域は、集住型居住地域(以下、集住地)の一つである愛知県T市と、分散型居住地(以下、分散地)の一つである滋賀県N市である。地域の産業構造の違いや、外国人が居住している地方自治体の受け入れ対策、あるいは地域住民の受け入れ姿勢、居住地域の外国人居住者の規模や密度によって、日本人住民との関わりも異なり、それによって生活パターンが各々異なる家族の形成過程やあり方が影響されるため、特徴の異なった地域の比較研究には意義があると考える。家族構成の変容を分析するにあたり、地域間の比較およびその差異・共通点を対照することは重要である。
 移住コミュニティの密度および規模に関係なく、ブラジル人家族は直接日本社会と接するのではなく、エスニック・コミュニティの一部として接触するのである。その場合、移住プロセスの段階ごとに起こるエスニック・コミュニティの形成の程度によって、それが家族に与える影響にも差が出てくるであろう。
 本研究の調査対象地域であるN市は、移住の初期段階である「ゲートウェー地域」に該当する。多くのブラジル人は、入国当初こうした地域に居住するが、滞在が長期化すればするほど、生活インフラが整備されている集住地に移動する傾向があると考える。
 一方、長期滞在および定住化といった移住過程に置かれているコミュニティは、労働面と生活面が切り離されている地域である。

総括
 本研究ではブラジル人移民社会を「家族構成の変容(形成、再統合、解体、再構築)」、「移動形態(客観的状況と主観的世界)」、そして、「移住コミュニティ(N市とT市)」という3つの変動の要因ついて、これら三者の相互関係を議論してきた。
 「家族構成変容」の一つのプロセスである解体は、決してブラジル人特有の問題とはいえず、多くの社会的マイノリティーや周辺的な労働者家庭においても起こり得る状況がそこにはある。それを生み出す要因としては、かれらの置かれている労働環境のあり方と母国との距離、複雑な法制度、宗教による拘束力、入管法上の特殊な法的地位といった要因が、在日ブラジル人特有の家族形態を生み出しているものと考える。つまり、国や教会を中心とするこうした「フォーマルな文化」が、今度は、「インフォーマルあるいはインティメイト」な家族の内部関係に複雑に回帰する結果を引き起こしている。
 まず、「移動形態」についてはブラジル人家族を取り巻く「客観的状況」、すなわち、かれらの日々の行動や生活様式等は「定住及び永住」に近い状態にあるにもかかわらず、「主観的世界」では、かれらは強い帰国思考及び願望を持っている。ブラジル人家族の「客観的状況」と「主観的世界」に大きな乖離及び矛盾が存在する結果、かれらは現実を直視できなくなっている。つまり、このような状況が移民家族の不安を募らせ、構成員間でのライフスタイルや目標が異なっていくことが、家族のあり方がますます変容していく大きな要因となっていると考える。
 さらに、「家族構成の変容」と「移動形態」の関係をみてみると、そこでは多様な移動形態が発生し、そしてかれら家族構成員の間に「集団的錯覚(移民自身・受入国・送出国)」を成立させていることがわかった。つまり、移民が抱える二つの世界、すなわち「主観的世界(帰国願望)」と「客観的状況(日々の生活様式)」が乖離し、またその矛盾が増大する構造が生まれるのだが、それを維持させているものこそが、「集団的錯覚」であることが明らかになった。
 そして「家族構成の変容」と「移住コミュニティ」の観点からみた場合、かれらが甘受せざるを得ない独特の居住形態によって、「多様化世帯」が出現していることが明らかになった。ここにみる「多様化世帯」が、それはブラジル人家族にとってはある種の「生き残り戦略」であるともいえるのだが、皮肉にも、それが家族を機能不全に陥らせる結果につながっているのである。
 最後に、「移動形態」と「移住コミュニティ」の関係をみてみると、居住空間の構築をしているのが、「業務請負業者及び斡旋業者」という特有の媒体である。そこでは、日本の労働市場の論理が優先され、独特の「移住コミュニティ(居住空間)」が形成され、そのことが複雑な移動形態を生み出していることであると考える。

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