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博士論文要旨

論文題目:国際援助システムの展開とアフリカ援助行政の実態: ポスト冷戦期における「貧困削減レジーム」を中心に
著者:古川 光明 (FURUKAWA, Mitsuaki)
博士号取得年月日:2014年3月24日

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1. 論文の課題設定
貧困問題は、今日の国際社会にとって共通の課題である。その共通の課題に対して国際社会は、2000年9月に貧困削減を援助の最高ゴールとする「ミレニアム開発目標 (MDGs)」を国連で採択した。そして、その実現に向けて、援助効果を向上させるための「援助効果向上にかかるパリ宣言」を2005年3月にDACハイレベルフォーラムで採択し、「貧困削減レジーム」が形成された。その取り組みの進捗は地域により異なっており、サブサハラ・アフリカや南アジアの貧困削減は遅く、地域によっては、国際社会が期待したどおりの進捗を示していない状況にある。それは、「貧困削減レジーム」自体の問題であるのか、それとも、「貧困削減レジーム」が徹底されていないためなのかといった問題の所在が明確になっていない。そのことを解明することは、今後の援助の在り方を考えるうえで重要な示唆を与えると考える。
また、開発援助は、途上国政府とドナーのインターフェイスを通じて実施される。そのインターフェィスは、ドナーが提供する開発援助資源を巡って、開発戦略や援助アプローチを含めた双方の望む「開発」の交渉の場であり、その交渉が当該国の「開発」を規定することになる。つまり、ドナーが想定したシナリオ通りに開発が実践されるかを左右することになる。この観点から、いまや古典的な研究として扱われているファーガソン (1994) の研究がある。ファーガソンは、南部アフリカのレソト王国の開発に関する研究の中で、カナダの援助によるプロジェクトは、その明示された目的達成には失敗したが、その一方で、国家はもう一つ別の区域に足がかりを得て、その権力をさらに拡大したことが示された。ファーガソンの研究で示唆されることは、ドナーが想定する開発援助のシナリオとは別に途上国の援助受益者が異なった合理性により彼らが望む「開発」を実践する可能性がある (近藤 2007) ことであり、プロジェクトというインターフェイスを通じて、ドナーの想定する開発効果が途上国の受益者により変えられてしまう可能性があるということである。しかしながら、ファーガソンの研究では、個別プロジェクトを扱っており、「貧困削減レジーム」を射程として解明するには限界がある。そこで、国際的に広く受け入れられていると考えられてきたポスト冷戦期の「貧困削減レジーム」を中心に、国際援助システムの変容に伴った途上国政府とドナーにより展開される援助行政の実態を分析することで、「貧困削減レジーム」下での開発援助が抱える課題を明らかにしていくこととする。そのことで、開発援助と開発効果との知的欠落を少しでも埋め合わせることが本論文の狙いである。

2. 研究方法
本研究では、定性的及び定量的な研究方法が混在する混合メソッドを用いる。データを用いて客観的に検証が可能な場合には、実証分析を行い、実証分析で検証することが不適切な場合には、定性的な分析を行い、それぞれの短所を補う形での論証を試みることにより、より説得性を高めた議論を試みる。
3. 論文の論点と結論
第1章から第4章では、ポスト冷戦期における「貧困削減レジーム」を中心に国際援助システムの展開を包括的に分析し、また、冷戦終結後の開発援助の在り方を規定することになった「プロジェクトの氾濫」および一般財政支援(General Budget Support: GBS)に着目した分析をマクロレベルの視点で行い、「貧困削減レジーム」の問題の所在を明らかにすることを試みた。
まず、「貧困削減レジーム」の実態を解明すべく、主に次の三つの問いについての分析を行った。一つ目は、「貧困削減レジーム」の最高目標である「貧困削減」とそれを具現化するための行動基準である「援助効果向上のための取り組み」がいかに形成されたのか、二つ目は、「援助効果向上のための取り組み」においては、「プロジェクトの氾濫」というアフリカを中心とする地域限定的な現象がポスト冷戦という時代背景のなかで「援助効果向上」を阻む元凶とされているが、「プロジェクトの氾濫」という地域限定的な現象が国際機構やドナー会合等のなかで議論され、途上国全体を包摂する開発戦略となったのか、そして、三つ目として、従来の国際開発援助体制がそのなかでどのように変化し、また、その変化により、途上国との交渉の場の在り方がどのような影響を受けることになったのかに注目した。
分析の結果、「政策レベル」では、第二次世界大戦後の「国際開発規範」は、各時代の世界情勢やその要求とともに、成長規範と貧困削減規範とが周期的に交代してきており、冷戦終結後は、それまでの成長から貧困削減への移行が始まり、90年代後半からは再度「貧困削減」が登場しMDGsの採択に至った。一方、「オペレーショナルレベル」においても、東西対立終結後の援助の役割への疑問や特に欧州ドナーにおける「援助疲れ」、また、IMF・世界銀行の構造調整政策への批判等がなされるなか、開発援助の効率性が強く求められていた。そのような状況のなかで、それまでも「プロジェクトの氾濫」についての警鐘が鳴らされていたものの、初めてアフリカを重点地域とする北欧諸国プラス (北欧諸国、英国、オランダ、アイルランド) やアフリカの貸付の拡大を目指す世界銀行により、主にアフリカでの「プロジェクトの氾濫」という地域限定的な現象について問題視され始めた。そして、「プロジェクトの氾濫」が国際開発援助コミュニティやドナー組織のなかで議論され、制度化され、国際会議等で合意を獲得することを通じて、地域限定的な現象から、途上国全体を視野に入れた包括的な開発戦略となり、パリ宣言に結実したことが明らかとなった。この過程を通じて、国際社会は、「プロジェクトの氾濫」、すなわち、「開発途上国において実施されている断片的で調整されない多数のドナーのプロジェクトがドナーの定めた異なる実施手続によって行われていることにより、取引費用が大きくなっている状態」があたかも途上国全体で起こっているように広く認識したのである。また、「プロジェクトの氾濫」は、途上国の開発計画の脆弱性を高め、組織、実施体制への悪影響を生み、途上国政府の取引費用を増加させ、本来の行政の執行を妨げるとともに、経常経費の負担を増やし、経常経費の予算化や開発計画全体への予算の立案をも困難なものとし、かつ、プロジェクトの効果も限定的なものとし、さらに、場合によっては開発そのものを損ねるものであるとの認識が広まっていることも浮き彫りになった。そして、その「プロジェクトの氾濫」を克服するために、北欧諸国プラスと世界銀行を中心に構築されたセクター・ワイド・アプローチ (Sector-wide Approach: SWAp) が1990年代中盤以降本格的に導入され、さらに、1990年末のIMF・世界銀行によるPRSP (貧困削減戦略書) の導入に伴い、セクターを越えた包括的なアプローチとしてPRS (Poverty Reduction Strategy) が導入された。このように、2015年までに世界の絶対貧困数を半減することを最高目標とする具体的な数値目標を設定したうえで、それを具現化するための開発戦略として、PRSP、MTEF (中期支出枠組)、SWApの導入、そして、それを具現化するルール (行動基準) として、「援助効果向上にかかるパリ宣言」の具体的な取り組みと数値目標が設定され、望ましい援助形態としてGBSが推奨された。「貧困削減レジーム」の形成による新たな「国際援助システム」は、これまでのプロジェクトによる「単独型援助」から「協調型援助」への移行をもたらした。このシステムの変容は、「政策レベル」と「オペレーショナルレベル」の両方において、途上国とのインターフェイスの在り方を一変させるものであった。つまり、「貧困削減レジーム」以前の「政策レベル」におけるドナーの途上国とのインターフェイスは、IMF・世界銀行においては政策枠組書を通じた政策レベルでの交渉がなされ、二国間ドナーに関しては、各ドナーが国別の援助戦略書を策定し、途上国との協議を行い、プロジェクト援助を中心として、プロジェクトに関連した省庁との間で事業を実施していくのが一般的であった。しかし、「貧困削減レジーム」においては、途上国のオーナーシップ及び当該国と支援ドナーとのパートナーシップに基づき、開発全般/セクター全般を網羅する政策/戦略、中期的なセクター開発計画の枠組み、国家予算と整合した財政/支援計画、行動計画、実施手続きを策定し、当該国とドナーにより実施していくこととなったのである。
このように、「貧困削減レジーム」の形成プロセスとそれに伴う国際援助ステムの変容が明らかになったことから、さらに分析を進め、「プロジェクトの氾濫」に伴う援助の有効性についての実証分析を行った。ただし、貧困削減を表すデータが十分に整備されていないことから、MDGsのなかでも特に重要な指標として挙げられている乳幼児死亡率と初等教育修了率への影響、および貧困削減のための最大の牽引力である経済成長への影響に分析を限定した。その結果、例えば、「貧困削減レジーム」の実効性が高い、貧困諸国で援助依存度が高いような国では、経済成長率を改善するための「プロジェクトの氾濫」の最適点があり、過度の援助の集中はかえってその効果を減じてしまうことがわかった。乳幼児死亡率については、これら援助依存度が高い貧困諸国では、プロジェクト援助を集中させることが効果を高めるうえで重要であることが確認された。他方、初等教育修了率については、援助依存度の高い貧困諸国では、過度にプロジェクト援助を集中させない範囲で援助を集中させた方が改善することがわかった。
次に、「援助効果向上のための取り組み」のために導入された「貧困削減レジーム」の象徴的な援助形態であるGBSに分析の焦点をあて、その効果と限界に迫る分析を行った。分析にあたっては、対象を保健セクターとし、二段階のアプローチにより、その解明を試みた。
第一段階として、GBSが政府保健支出にどれだけ効果があるのかについて、税収と比較しながら分析を行った。その結果、後発途上国・低所得国では、PRSCとその他GBSの両方において、フライペーパー効果がみられるのに対して、中進国を含んだ途上国全般では、PRSCのみにおいてフライペーパー効果がみられた。このことは、より所得の低い国においては、GBSが政府の保健予算に対して自主財源よりも影響が大きいことを示唆しており、政策対話の効果を示唆する結果となった。一方、中進国を含む途上国全般では、PRSCにフライペーパー効果があることが示され、世界銀行の政策対話の大きさを示唆する結果となった。また、対政府向け保健ODAについては、途上国全般及び後発途上国・低所得国に対してファンジビリティがみられたことであった。
第二段階として、GBSを伴う政府保健支出の保健指標へのインパクトについて実証分析を行った結果、GBSは、成果に対しては影響を与えていることは証明できなかった。そして、それぞれの保健指標により、政府保健支出、対政府向け保健ODAおよびGBSの効果の発現が異なる結果を得た。BCGと妊産婦死亡率に関しては、対政府保健向けODAが指標の改善に貢献している一方で、麻疹と乳幼児死亡率については、有意な結果を得ることができず、その因果関係を検証できなかった。また、麻疹と乳幼児死亡率については、政府保健支出、対政府向け保健ODAおよびGBSのいずれの効果についても発現を検証できなかった。乳幼児死亡率については、5歳までの死亡率を計測するものであり、複雑に要因が絡んでいることが想定された。その一方で、即効性が期待されるBCGおよび妊産婦死亡率については、対政府向け保健ODAが効果を発揮していることがわかった。
このように、GBSは低所得国である貧困諸国に対しては、予算への影響を示しており、政策対話の効果を示唆しているものの、成果に対しては影響を与える結果とはならなかった。この結果は、これまでの先行研究の結果と整合的なものとなった。つまり、GBSの効果は、政策対話の強化、アライメントの促進 (開発計画の整合性の向上)、調和化の促進、また、途上国政府のオーナーシップ、計画策定、予算編成能力の向上、公共財政管理能力の向上 (財政規律、効率的な資源配分、能率的な公共サービスと運営) であり、中央政府の行財政能力の強化に対してのものであることがわかった。一方で、使途を限定した政府保健向けODAがBCGと妊産婦死亡率という即効性が期待される指標に貢献しており、使途を限定しないで予算化されるGBSの同指標に対しての効果がみられなかった。
上記の結果からは、実際の事業実施・サービスデリバリー能力との間には、大きなギャップが存在することが明らかとなった。このことは、GBSとともに行われる政策対話プロセスを通じて、計画や予算編成がなされ、事業が実施されるが、計画と実施の過程でドナーの想定と、途上国政府の対応との間でなんらかのギャップが生じていることを示唆するものであった。
それでは、なぜ、サブサハラ・アフリカを中心とした貧困諸国では、期待した効果を上げ得ていないのかを問うべく、第5章から第7章で、「貧困削減レジーム」の実効性が特に高いと思われるタンザニアにおいてケース・スタディを行った。その結果、タンザニアでは、「貧困削減レジーム」が形成され、タンザニア政府内では財務省を、ドナーグループ内ではGBSドナーを頂点とする政府・ドナーの精緻な政策対話体制が構築されていることがわかった。その対話を通じて、政府・ドナー共通の戦略書としてのPRSPやセクター開発計画の策定と予算編成がなされていることが明らかとなった。さらに、取引費用の削減に向けさまざまな取り組みが積極的に行われていることもわかった。
上記状況にあるにもかかわらず、タンザニアは、MDGsの達成状況は、ドナーが期待したほどには、達成されていないことから、その要因を追及すべく、GBSドナーとタンザニア政府が「貧困削減レジーム」に沿った行動をとっているかを確認した。その結果、GBSドナー間において、その行動に大きなギャップが存在することが明らかとなった。タンザニアの「貧困削減レジーム」の中心的な役割を果たしているGBSドナーの多くは、一見「援助効果向上のための取り組み」を積極的にしていると見えても実はそのようには行動していないことが分かった。一方、タンザニアの中央政府は計画に沿った資金移転を地方自治体に対して行っておらず、特に開発予算については年度後半により多くの資金を移転している状況にあることがわかった。また、経常予算の移転についても、年度によっては計画に沿った資金移転をしておらず、タンザニア財務省は「貧困削減レジーム」での想定されるものとは異なる行動をしていることが示唆された。さらに、タンザニア政府とドナーにより精緻に構築された「貧困削減レジーム」による政策対話体制は、結果として、中央政府官僚とドナーという限定されたインターフェイスのなかで開発政策の中核となる開発計画と予算編成がなされ、進捗状況と結果報告を受けることで管理・評価するといった「援助の政治」と、ドナーの関与を排除した国内政治で行われる実際の事業実施・サービスデリバリーでの「実施の政治」の二つの政治に分離した体制に導くこととなったことがわかった。このように、GBSドナーとタンザニア財務省のどちらもが「貧困削減レジーム」が想定しているような行動を実際にはとっていないことや、「援助の政治」と「実施の政治」に分離されたことなどが地方政府の事業実施・サービスデリバリーに負の影響を及ぼしていることがわかった。
そこで、「貧困削減レジーム」下において、タンザニア政府がドナーとの合意に反してまでも追求しようとしているものは何なのかをタンザニア政府が新たな開発援助資源の獲得の可能性に直面したときの対応を見ることにより、その検証を試みた。新たな開発援助資源の対象として、近年注目されている中国援助を取り上げた。
その結果は、中国は、タンザニアで形成された「貧困削減レジーム」とは全く整合性のない援助を展開しているにも関わらず、タンザニア政府は、中国の対タンザニア援助を歓迎するとともに、むしろ「援助効果向上のための取り組み」に逆行するような要望も受け入れており、伝統ドナーに対して面従腹背的な行動を取っていることを示唆するものであった。
次に、タンザニア政府と伝統ドナーとで開発戦略について意見が異なるのかについて確認した結果、タンザニア政府と伝統ドナーの開発戦略は、基本的には同じものだが、タンザニア政府が望む「開発」を達成するためには、伝統ドナーの社会セクターに傾斜した「開発」だけでは、タンザニア政府が望む「開発」を達成することができず、そのために、タンザニア政府自身が独自のイニシアティブにより、伝統ドナーとの共通戦略書であるPRSPとは別に、『タンザニア5か年開発計画』を策定し、これまで伝統ドナーが疎外していた戦略的領域に新たな資源である中国支援を取り込んでいることが判明した。そして、これまでタンザニア政府がどのように開発援助をマネジメントしてきたのかを、開発計画委員会の変遷を整理することを通じて分析した結果、タンザニアの開発にとって影響力があり、また、不可欠な開発援助という資源を、タンザニア政府は組織改編することにより一元的にコントロールできるようなシステムを巧みに構築してきたことがわかった。
このように、タンザニア政府はドナーの開発戦略や援助アプローチに合わせながら、時には、ドナーに対して、面従腹背的な行動をとりながら、自らの望む「開発」が達成されるように行動していることを明らかにした。さらに、新たな資源の獲得の機会に合わせるように、したたかに能動的かつ柔軟に国家計画作成組織の改編を通じて、計画枠組みや開発援助の受け皿の構築を行ってきたことを示した。しかも、ドナーとの密接な政策対話を通じて、ドナーの考え方や期待する要求内容を学習し、そこから得た教訓を生かして、より効率的に新たな資源確保と望む「開発」のための受け皿を構築してきていたことを浮き彫りにした。
このように本論文は、第1章から第4章でのマクロレベルでの分析において、「貧困削減レジーム」下における開発援助がドナーの期待した開発成果を上げていない要因に、計画と実施の過程でドナーの想定と、途上国政府の対応との間でなんらかのギャップが生じていることを示した。まさに、それは、途上国政府とドナーのインターフェイスにおいて、問題の所在があることを示すものであった。そして、その要因を追及すべく、第5章から、第7章でタンザニアを事例として分析したところ、「貧困削減レジーム」で想定される行動をドナーもタンザニア政府もとっていないことがわかった。また、「貧困削減レジーム」における開発戦略や援助アプローチをタンザニア政府が共有しつつも、タンザニア政府が望む「開発」は、伝統ドナーの実施する「開発」では、達成できないものであることが判明した。そもそも、これまでも開発戦略と援助アプローチを伴う国際援助システムは、ドナードリブンで形成されてきたものであり、タンザニア政府は、自らの望む「開発」を最大限達成するために可能な限り柔軟にしたたかに受け入れてきたのである。そこに、タンザニア政府がドナーの期待するものとは別の行動をとり、その結果、計画と実施の間でのギャップを生じさせていたことを示唆するものであった。そして、途上国政府が望む開発と途上国の国民が真に必要としている開発に向けて、ドナーのロジックのみを追求するのではなく、途上国のロジックを踏まえた国際援助システムの構築を目指すことでより一層の開発効果につながることが期待される。

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