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博士論文要旨

論文題目:資源管理政策が引き起こす資源の破壊 -ラオスの土地・森林管理政策が焼畑民の土地利用に与えた影響-
著者:東 智美 (HIGASHI, Satomi)
博士号取得年月日:2014年3月24日

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1. 本論文の目的
 森林保全を目的として実施される森林政策が、ときとして破壊的な森林利用を引き起こすことがある。本論文で取り上げるラオス北部の事例では、土地・森林の持続的な管理や農業の生産性の向上を目的とする「土地・森林分配事業(Land Forest Allocation)」が実施されたことで、焼畑を生業とする地域住民の土地利用に混乱が生じた。農地不足が深刻となり、地域住民は食糧不足や近隣の村から借地するための経済的負担の増加といった問題を抱えるようになった。さらに、必要な農地を確保できない地域住民は、水源林で「違法な」焼畑を行うようになったため、かえって森林管理をめぐる無秩序な状態が創り出された。
 本研究の目的は、土地・森林分配事業がラオス北部の焼畑民の土地利用に与えた影響を事例に、資源管理政策が、その政策上の目的に反して、破壊的な資源利用や地域住民の貧困化を引き起こすメカニズムを解明するとともに、地域住民の暮らしに適した資源管理を実現するための要件を提案することである。さらに、土地・森林分配事業によって生じた土地利用をめぐる混乱を解決し、制度を改善していくうえで、土地・森林資源をめぐる直接的な利害から一定の距離を置くNGOがどのような役割を果たせるのかに注目する。

2. 各章の概要 
第1章 資源の破壊を引き起こす資源管理政策
 第1章では、まず資源管理政策の「失敗」のメカニズムをめぐる先行研究の整理・批判を通じて、本研究の主題を提示した。さらに、持続的な資源管理に向けた外部アクターとしてのNGOの役割を、社会関係資本について論じた先行研究から考察した。
 何を政策の「失敗」と捉えるかは、それぞれの研究者の立場によって異なるが、本論文では、政府が掲げる政策上の目的(森林の保全や土地・森林資源の活用による地域住民の貧困削減など)が達成されないことを、資源管理政策の「失敗」と位置づける。
 政府の政策によって資源が非効率に消費される原因は、必ずしも政府の能力不足にあるわけではなく、政府の役人が経済的、政治的な目的を達成するために、意図的に政策の「失敗」が導かれている場合がある。しかし、その場合においても、政策を実施する政府の役人にとっても望ましくない結果が引き起こされることがある。資源管理政策の失敗のメカニズムを解明するには、資源政策に関わるアクターの重層性に注目する必要があるだろう。
 本来、森林資源を利用してきた地域住民にとって、森林が持つ価値は多様なものであるにも関わらず、資源管理政策を進める政府は、森林の経済的な価値にのみ注目し、森林の植生をシンプリフィケーションに向わせてしまうような政策を実施してきた。植生の過度な画一化を伴う森林政策によって、地域住民はそれまで森林資源から受けていた様々な恩恵を奪われることになった。ローカル・コミュニティが直面している土地・森林利用の混乱を解決するためには、シンプリフィケーションがローカル・コミュニティに何をもたらすのかという機能に着目する必要がある。
 資源管理の回復に向けて、外部アクターとしてのNGOが一定の貢献をし得る場合がある。特に、NGOの介入によって、地域住民と行政官といったアクター間の「縦の」社会関係資本の醸成のきっかけを作り得ることが先行研究の中で提案されてきた。本論文で取り上げるパクベン郡の水源林管理事業の事例では、NGOが中央政府の行政官と地方行政官をつなぎ、中央で議論されている土地・森林分配事業の課題に関する情報を地方行政官にインプットすることで、地方でタブー視されている土地・森林分配事業の問題点に関する議論が可能であることを示すことができた。一方、村人と行政官が共同で実際の土地・森林利用によって生じている問題を調査し、これまでの土地・森林分配事業の成果と課題を一緒に振り返る場を作ることで、異なるアクターが「問題」に関する共通の認識を作るきっかけを提供した。こうしたアドボカシー活動を通じて、村人と地方行政官の間の「縦の」社会関係資本の醸成を達成した。

第2章 ラオスの土地・森林分配事業(Land Forest Allocation Progamme: LFA)
 第2章では、ラオスの森林セクターの課題を概観したうえで、同国の土地・森林分配事業の概要と、同事業に関する先行研究を振り返り、ラオスの土地・資源管理のあり方を考えるための新しい視点を提示した。
 東南アジアの内陸国ラオスは、アジアにおいて最も豊かな森林が残り、生物多様性の豊かな国の一つであるが、近年、急速な森林率の減少、森林劣化が起きている。ラオスの森林破壊の原因は、第2次インドシナ戦争中の空爆、米の自給政策、国内避難民による農地開拓、地方政府の財政確保のための伐採など、時代と共に変化してきた。近年の森林減少の主な要因としては、換金作物栽培の浸透による用地の転換、インフラ建設のための開発伐採が挙げられる。こうした様々な森林破壊の原因があるのにも関わらず、ラオス政府は、焼畑農業を森林破壊の主な原因として、焼畑撲滅政策を掲げてきた。
 1990年代半ばからラオスで全国的に導入された土地・森林分配事業は、自然環境の保全、国民の生活の向上、焼畑の抑制、食糧増産、換金作物栽培の推進という多様な目的を持つ。土地・森林分配事業が本来の目的である森林保全や農業生産性の向上に貢献することもあるが、同事業によって作られた土地・森林利用計画が形骸化し、効果を発揮しなかったり、かえって林産物資源の枯渇を招いたりする事例が全国的にも報告されている。特に、焼畑耕作が地域住民の生業の中心である北部地域では、土地・森林分配事業が土地利用の混乱を招き、貧困を助長しているという指摘がなされてきた。
 同事業をめぐっては、多くの調査研究が行われてきたが、地域住民の土地・森林利用の実態を踏まえたうえで、制度と現場で生じている問題のギャップを解明しつつ、制度の改善に結びつくような具体的な提言を行っているものは少ない。実質的な問題改善のためには、地域住民の土地利用の実態に基づいた現実的な政策提言が必要となる。

第3章 「農地」と「森」が分けられるとき―土地・森林分配事業が焼畑民の土地利用に与えた影響―
 第3章では、ラオスの焼畑民の土地利用の実態と、土地・森林分配事業が地域住民の暮らしに与えた影響、その影響に対する地域住民の反応をフィールド調査から明らかにした。そのうえで、同事業が政策上の目的に反して、破壊的な森林利用や地域住民の貧困化を引き起こした要因を分析した。
森を切り拓き、耕作を行い、収穫を終えると植生が回復するまで放置し、再び農地として選ばれる、という循環のなかで焼畑を行ってきた人びとにとって、本来「森」と「農地」は線引きできないものだった。
 パクベン郡で土地・森林分配事業が実施された際、画一的なやり方で土地・森林区分が決められた。その結果、食糧確保のために必要な焼畑地が確保できなくなり、生活の困窮や焼畑サイクルの短縮化による森林の劣化が引き起こされた。
 パクベン郡で土地・森林分配事業が政策上の目的に反して森林の破壊的な利用や地域住民の貧困化を引き起こした要因として、(1)村人の土地利用のあり方を無視した画一的な資源管理政策が押し付けられたこと、(2)資源管理政策を実施する行政官にとって、しばしば「数値化」が目的化してしまうこと、(3)中央政府と地方政府の間に政策の解釈をめぐる認識の違いがあったこと、(4)資源管理政策を実施する地方政府が、政策の実施を通じて、国家政策上の目的とは別の目的を追求しようとしたことが挙げられる。さらに、資源管理政策が「失敗」を生み出しながらも、継続されてきた要因としては、国際機関やNGOが政策を支援し続けてきたことが指摘できる。資源管理政策に関わる様々なアクターが、それぞれの目的を持って関わることで、森林の劣化や住民の貧困化などを引き起こしながらも、政策が継続されてきた。 

第4章 「農地」と「森」は誰のものか?
―個別世帯への土地利用権交付をめぐって―
 第4章では、ラオスで進められている土地利用権登録の状況を概観したうえで、フィールド調査から成果と課題について考察した。さらに、パクベン郡で地方政府によって個別世帯への土地利用権の交付が検討されている村を事例に、土地利用権登録の成否の要件を検討した。
 ラオスでは、土地・森林分配事業を通じて、土地利用権登録が進められており、国際援助機関も土地利用権登録を支援し、土地に対する権利の保証を強める動きを後押ししてきた。近年、共有地登録の制度作りも行われている。
 フィールド調査の対象村のうち2村では、個別世帯の土地利用権登録が行われたことが、農業生産性や現金収入の向上につながった。この2村に共通する条件として、水田開拓や換金作物栽培に適した平地が多く、換金作物の市場へのアクセスが容易で、焼畑農業からの完全な、または部分的な生計手段の転換が可能であったことが挙げられる。
 逆に、個別世帯への土地利用権交付による成果がほとんど見られなかった2村に共通している点として、循環型焼畑耕作を主要な生計手段としていることが挙げられる。両村とも水田や野菜畑を作るのに適した平地の少ない山がちな地形で、換金作物の市場からのアクセスも悪いため、焼畑耕作に替わる生計手段の獲得が難しい状況にある。循環型焼畑耕作は、広い農地を必要とし、複数世帯の共同作業で行われるため、個々の世帯の土地利用に関する決定権は限定的なものになる。両村ともに、持続的な生産量を確保するのに必要な面積が各世帯に分配されていないことも問題ではあるが、仮に十分な農地が分配されていたとしても、自分の世帯が土地利用権を持っている範囲内で焼畑サイクルを回すのは現実的ではない。また、一般的に焼畑農業は農地に対する資本投下が水田耕作や換金作物栽培に比べて低く、毎年の耕作地が移動するため、土地利用権を確定するインセンティブは生まれにくい。
 こうした条件をパクベン郡で個人の土地利用権交付が検討されている対象村の状況に照らし合わせると、同村は平地がほとんどない山岳部にあり、市場へのアクセスが限られているため、個別世帯への土地利用権交付が生産性の向上や森林保全につながる可能性は極めて低いという予測が導き出される。
 一方で、焼畑地の共有地登録の可能性についても、筆者は慎重な立場を取る。パクベン郡の焼畑民の土地利用を観察すると、焼畑地は完全な「共有地」ではなく、そのなかで各世帯が有する権利は必ずしも平等ではない。また、将来的には、永年作物の栽培が行われる可能性を完全に否定することはできない。村の農地が共有地登録されていた場合、「共有地」内での土地の「私的」利用が可能であるのか、また可能な場合、どのような規則や手続きが必要となるのか、ラオス国内ではまだ十分な議論が行われていない。焼畑地の共有地登録の要件が明らかなっていない現時点では、焼畑耕作を主要な生計手段とする地域では、適正な焼畑サイクルを維持できる土地を農地として区分したうえで、そのなかでの村の慣習的な土地利用を維持することが望ましい。将来的に換金作物栽培等の他の生計手段導入の可能性がある場合には、陸稲栽培に段階的に加えていく、もしくは置き換えていくべきであろう。

第5章 新たな土地・森林管理を目指すNGOの試み
―ホアイカセン川水源林管理事業の経験から―
 第5章では、ラオスで国際機関やNGOによる地域住民の土地に対する権利の向上に向けた取り組みを紹介したうえで、筆者がNGOのスタッフとして関わってきたラオス北部ウドムサイ県パクベン郡における水源林保全事業を事例に、資源管理におけるNGOの役割について考察した。
 ラオス北部の事例では、焼畑民の土地・森林利用にそぐわない土地・森林管理政策が押し付けられたことで、無秩序な土地・森林利用、地域住民の食糧不足や貧困化が引き起こされてきた。一方で、現在のラオスの土地・森林をめぐる急速な変化のなかで、外部の企業や開発プロジェクトから村人の権利を守り、村人による森林管理を実現するためには、村の境を確定し、村人による農地・森林利用の権利が法的な根拠に支えられる必要があると考える。
 ラオスではこれまでNGO等によって、開発事業や投資事業から村人の権利を守ることを目指した活動が実施されてきた。そのなかで、現在、多くの国際機関やNGOが試みているのは、土地・森林分配事業自体に異を唱えるのではなく、村人の土地利用のあり方を尊重しながら、土地・森林分配事業のやり方を改善しようとするアプローチだ。
 現在、ラオスにおける法制度を考えた場合、村人の農地・森林利用の権利を法的に強化する方法としては、(1)個別世帯の土地利用権登録、(2)共有地登録、(3)村の領地内に「農業利用地域」を設定し、ローカル・コミュニティの土地利用を担保すること、という三つが考えられる。このうち、筆者が関わってきたNGOの水源林管理事業のなかで試みられたのは三つ目のアプローチである。
土地・森林分配事業を通じて、村の境を確定することで、外から入ってくる投資や開発に対して、村の権利を法的に保証することがある程度可能になった。焼畑休閑地を含め、適切な焼畑サイクルの維持に必要な土地を村の「農業利用地域」として区分することで、そこでの焼畑を合法化し、村人が利用できるようにする。その上で、「農地」の使い方は村に委ねられる。毎年、合議制で焼畑地の選定を行い、各世帯に農地を分配するという慣習的な土地利用のシステムを、土地管理制度のなかに取り込んだのである。
 パクベン郡の水源管理林事業では、水源林管理委員会の設置と土地・森林区分の見直しによって、それまで禁止されていた水源林内での焼畑が公式に許可され、地域住民の土地利用の権利が認められた。それを可能にしたのは、郡行政官と地域住民、中央政府と地方政府のコミュニケーションのギャップを埋める外部アクターとしてのNGOが果たせる調整機能が有効に作用したことだと考える。

終章 まとめと展望
 終章では、森林保全や地域住民の生活の向上を政策上の目的として掲げる資源管理政策が、かえって破壊的な資源利用や住民の貧困化を引き起こしてきたメカニズムについての議論を総括し、地域住民の暮らしに適した資源管理のあり方とそれに向けたNGOの役割に関する政策的インプリケーションを提示し、本論文の独自性と意義を述べた。
 焼畑が生計手段の中心となっているラオス北部において、地域住民の暮らしに適した土地・森林管理を実現する一つの方法は、焼畑民の従来の土地利用を公的な土地・森林管理制度に内包することである。筆者が関わってきた森林保全プロジェクトでは、土地・森林の再区分を通じて、適切な焼畑サイクルの維持に必要な土地を「農地」として登録することで、そこでの焼畑農業を含む土地利用を合法化し、地域住民の暮らしに合った土地・森林管理制度の実現を目指した。一方で、こうしたアプローチを可能にするには、村の人口に対して、焼畑サイクルを維持するのに十分な土地が存在していること、個々の世帯による土地の私有化が進んでいないことが条件として挙げられる。
 逆に、従来の焼畑農業を維持するのに十分な土地がなく、また換金作物栽培や産業植林の機会が多く、土地の市場価値が上がることで、土地の私有化が進んでいる地域では、生計基盤の転換が図られる必要が出てくる。こうした場合、各世帯の土地利用権を法的に認めつつも、土地・森林資源を用いた生産活動に地域住民が主体的に関わることで、経済的利益が地域住民に配分されるようにするアプローチが考えられる。しかし、こうしたアプローチを適用するには、農地の新規開拓の余地があること、市場へのアクセスが確保されていることなど、地域住民を取り巻く社会・環境条件に考慮する必要がある。また、土地の私有化による、富裕層への土地の集中や、各世帯による無計画な土地利用、モノカルチャーの拡大による土壌劣化などの新たな問題への対応が必要となる。
 こうした土地利用計画の策定過程において、資源をめぐる直接的な利害から距離を置く外部アクターとしてのNGOは、(1)各アクターのコミュニケーションの食い違いを埋め、(2)各アクターの政治力のバランスを調整することで、政策が導く資源破壊を回避する役割を担い得る。特に、ラオスのように、言論の自由が制限され、地域住民が声を上げにくい政治状況下では、各アクターの間を行き来し、それらをつなげて力関係を調整するNGOや国際機関の役割は特に大きいと考えられる。
 その反面、介入する外部アクターが外から持ち込んだやり方を押し付けることになれば、それは長続きしないばかりか、さらなる土地利用をめぐる混乱を生み出す可能性もある。介入のやり方を誤れば、行政官と村人または村の中の力関係のアンバランスをさらに拡大してしまうことにもなりかねない。
 また、NGOや国際機関が資源管理政策の改善に介入する際には、援助資金が持ち込まれることで受け入れ側には本来の目的とは別の思惑が生まれる可能性がある。加えて、活動のなかで事業の継続そのものが目的にすり替わる危険性を自らも抱えていること、さらに、その関わり方によっては力関係や情報の偏りを強め、問題を固定化してしまう危険性があることも認識しておかなければならない。

3. 本研究の独自性と意義
 本研究は以下のような独自性と意義を持つ。
 第一に、ラオス北部の焼畑民の土地・森林利用の実態を明らかにしたうえで、地域住民が同事業の実施によって受けた影響とそれに対する地域住民の反応を跡付け、地域住民の土地・森林利用の実態と実施された土地・森林分配事業との齟齬を浮き彫りにした。
 第二に、土地・森林分配事業の導入から現場での実践までの過程において、中央政府、地方政府、国際機関、NGO、企業といったアクターがどのような目的を持って同事業に関わってきたかを描いたうえで、同事業が森林保全や地域住民の生活向上を目的として掲げながら、それを果たせなかった要因を明らかにした。
 第三に、フィールド調査から、ラオスで進められている個別世帯への土地利用権交付の成果と課題を明らかにし、成否の要因を提示した。さらに、導入されたばかりの共有地登録制度を適用するうえでの課題を地域住民の土地利用の観点から提案した。
 第四に、地域住民の暮らしに適した土地・森林管理のあり方について、具体的な提言を行った。焼畑耕作が生計の中心である地域において、地域住民の慣習的土地利用の権利を、公的な土地・森林管理制度のなかに取り込むことで、地域住民の暮らしに適した土地利用と森林保全を両立できる可能性を、現場での実践の経験から示した。
 第五に、地域住民の暮らしに適した資源管理を実現するうえで、資源管理に関わる各アクターのコミュニケーションの食い違いを埋め、政治力のバランスを調整し得る外部アクターとしてのNGOの役割と課題を示した。
 最後に、地域住民の資源利用の実態を身近で観察し、現場で資源管理制度の改善に実践的に関わるNGOと、資源管理政策を分析し、その導入と実践過程における政治的な背景を探ろうとする研究者の視点の融合を試みた。資源管理政策の具体的な改善を実現するには、「環境問題」の上流と下流に目を向けた研究の蓄積が必要である。

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