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博士論文要旨

論文題目:薬剤と健康保険の人類学:ガーナ南部の農村地帯における生物医療的な布置についての民族誌
著者:浜田 明範 (HAMADA, Akinori)
博士号取得年月日:2012年1月11日

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 今日、ガーナ南部の農村地帯で暮らす人々は、薬剤・ヘルスセンター・看護師・健康保険といったモノや人、制度と日常的に触れ合っている。人々は毎日のように町の薬屋で抗生物質や鎮痛剤を買い求め、町中を歩く看護師と会話する。健康保険の加入を勧める宣伝は、看板や横断幕、ラジオ、テレビといったメディアを通して頻繁に行われている。これらの通常「生物医療」の一部と見なされるような要素がどのように人々の生活や社会を構築しているのかを記述することにより、医療人類学における「生物医療」概念を再検討し、新しい分析と記述の手法を打ち出すことが本論の目的である。
 サブサハラ・アフリカを対象とする医療人類学の先行研究では、構造機能主義的なシステム論に依拠したシステムとしての「生物医療」が支配的なパラダイムとして採用されてきた。システムとしての「生物医療」という発想では、医療行為とそれを支える知識・モノ・制度・人は、緊密に結び付けられた1つの総体として存在していると想定される。そのため、サブサハラ・アフリカにおいては、システムとしての「生物医療」を構成する薬剤や病院といった生物医療的な要素の存在はシステムとしての「生物医療」の存在と即座に同一視される傾向が強い。同時に、システムとしての「生物医療」と現地社会の相互作用を分析するという形で、「生物医療」を構成する要素は現地社会の外部に寄り集まって存在しているというイメージが繰り返し生産されてきている。
 しかし、サブサハラ・アフリカにおける薬剤の存在はシステムとしての「生物医療」の存在とどの程度同一視できるのだろうか。あるいは、「生物医療」を構成する要素は、いつまで現地社会の外部にあると想定できるのだろうか。サブサハラ・アフリカを対象地域とする医療人類学の先行研究ではこれらの問いに主題的に取り組まれることはなかった。
 このような従来の「生物医療」概念の前提を問い直すため、本論では、フーコーやアガンベンの発想に由来する「布置」(dispositif)という概念を採用する。つまり、「現地社会と相互作用する外在的な領域」であるシステムとしての「生物医療」ではなく、「現地社会の内部にあって社会そのものの構成や範囲を組み換えていく内在的な要素の分散的な複合」である<生物医療的な布置>を記述と分析の対象に据える。
 システムとしての「生物医療」という発想に基づく研究は3つの傾向を持っている。すなわち、「生物医療」を現地社会の外部にあると想定する、「生物医療」を構成する要素の間に固定的で緊密な関係を想定する、人々の行為や選択を方向づける力能の所在をアプリオリに想定されたシステムとしての「生物医療」に認める、の3つである。
 それに対し本論では、生物医療的な布置という発想を用いて、(1)生物医療的な布置が現地社会に内在していること、(2)生物医療的な要素間の関係が動態的であること、(3)モノや制度、人といった個別的な要素が人々の行為を一定の方向に導いていることを主張していく。同時に本論では、フーコーやアガンベンによる「布置」の分析が人々を1つの方向に導いていくことを強調することで目的論的な傾向を帯びることを批判し、(4)ガーナ南部の生物医療的な布置が複数の方向に同時に人々を導いていることを明らかにしていく。
 この4点について説得的に論じるために、本論ではガーナ南部の農村地帯における薬剤と健康保険の普及と利用状況に焦点を当てる。別々の時期に当該地域に導入された生物医療的な要素がどのように人々の生活の前提になっているのかを記述することは、生物医療的な布置という考え方の有効性を明らかにするための最良の方法と考えるからである。
 以上のような理論的な見取り図を序論において示し、対象地域の概要について2章で述べた上で、第3章「薬剤の流通をめぐるポリティクス」では、薬剤の普及がどのように可能なっているのかという観点から、当該地域の生物医療的な布置について記述する。
 ガーナ南部では、サブサハラ・アフリカのその他の地域と同様に、薬剤はよく普及しており、かつ、部分的に生物医学と切り離されて流通している。このような薬剤のあり様に決定的な役割を果たしているのが、ケミカルセラーというガーナ特有の薬剤供給者の存在である。ケミカルセラーは他の薬剤供給者よりも圧倒的に多く、また、ヘルスセンターよりも多くの顧客に薬剤を供給している。しかし、彼らは生物医学についての体系的な教育を受けていない。
 ケミカルセラーの販売できる薬剤の種類が法的に制限されていることで、流通している薬剤が生物医学とは異なる論理に従って使用される可能性は覆い隠されているものの、ケミカルセラーの状況依存的な性格に基づく規制の無効化とそれを取り締まることの不可能性は厳然と存在している。にもかかわらず、ケミカルセラーの重要性が維持されている背景には、国際的な生物医療従事者市場や構造調整に基づく薬剤有料化政策といった要因がある。
 ここから見えてくるのは、生物医療従事者の資格化、生物医療従事者、薬剤という3者の動態的な関係である。生物医療従事者の資格化は彼らの国外移住を容易にするため、ガーナ国内における生物医療従事者数の増大を妨げる可能性を内包している。生物医療従事者の不足を補う形で、ケミカルセラーは薬剤の普及に重要な役割を果たしている。結果、生物医療従事者による薬剤の独占が保障されなくなっている。このことは、ケミカルセラーが薬剤流通に重要な役割を果たすというガーナ特有の状況が、薬剤と生物医学の関係性の変容とともに、薬剤と生物医療従事者の関係性の変容も導いていることを意味している。
 同時に、ガーナ特有の薬剤商人であるケミカルセラーには、病気についての生物医学的知識を普及するという、単なる商人以上の役割も期待されている。ここから、生物医療的な要素間の関係にズレや断絶が存在する一方で、薬局評議会の活動を通じて生物医療的な要素間の結び付きが現実化され続けていることが分かる。
 システムとしての「生物医療」という枠組みを用いるならば、このような状況を「ガーナにおける『生物医療』が現地社会と相互作用することでいかに土着化しているか」という形で理解できるかもしれない。しかし、ガーナ南部に特有の生物医療的な要素間の関係は、多くの場合、ガーナの農村社会の特徴によってというよりは、むしろ、生物医療的な要素そのものの特徴に起因している。生物医療従事者の世界的な標準化にしても、薬剤が生物医学と乖離して流通しやすいことも、それ自体はガーナの特徴とは言えない。しかし、それらの生物医療的な要素の持っている特徴は、ガーナ特有の薬剤流通に極めて大きな影響を与えている。
 あるいは、システムとしての「生物医療」を前提とするならば、ガーナでは「本来結び付いているはず」の生物医療的な要素が分断されている、つまり、「システムとしての『生物医療』が断片化している」というふうに説明できるかもしれない。しかし、薬局評議会によるケミカルセラーへの働きかけを見るならば、むしろ、バラバラに存在している生物医療的な要素間の関係を結び付け続けようという様々な対策がなされていることが分かる。個々の要素が緊密に結びついているシステムとしての「生物医療」の存在をアプリオリに前提としていると、それを部分的にでも現実化させようと試みる様々な企図の存在を見逃してしまうことになりかねない。個々の生物医療的な要素のあり様とその関係性を追うことでしか、「生物医療」と呼び倣わされてきた対象について明らかにできないと本論が主張する理由の1つはここにある。
 続く、4章「行為とモノの布置と医療に関する知識」では、当該地域で薬剤がどのように使用されているのかに注目することにより、生物医療的な布置がどのように人々の認識や態度を同時に複数の方向に導いているのかを明らかにする。
 ガーナ南部で一般的に使用されている病名であるフラエ(hurae)は、英語のマラリアに翻訳可能とされる一方で、マラリアとは違う特徴を持つものとして説明されることもある。このようなフラエという言葉の意味の曖昧さと複数性は、フラエという言葉が具体的なモノと行為を伴って想起される場面の複数性と対応している。フラエは、公衆衛生教育プログラムではマラリアの訳語として扱われ、ケミカルセラーでは風邪薬で治すものとされる。ヘルスセンターではマラリアと上気道感染を包含する用語であり、抗マラリア薬や抗生物質で治るものとされている。このような複数の特徴を持つものとして複数の場面で人々の行為を誘発し続けていることが、「フラエとは何か?」という質問に対する回答の多様性を生み出していたのである。
 同時に明らかになるのは、それぞれの場所でそれぞれの様式でフラエが取り扱われる背景には、個々の場面に特有の行為とモノの布置があるということである。ヘルスセンターでフラエという診断がなされる際には、薬剤や顕微鏡、大量の書類が重要な役割を果たしている。公衆衛生教育において、フラエ=マラリアという図式が維持されるためには、教科書や専門書のコピーが必要であり、その図式が具体的な行為を誘発するための対象としての空き缶や水、蚊帳が必要である。ケミカルセラーにおけるフラエの取り扱われ方と関連しているのは風邪薬のみであるが、ケミカルセラーそのものは様々なモノと制度によって支えられている。
 4章で議論する状況は、まさにシステムとしての「生物医療」と現地社会の相互作用の結果として理解されがちである。フラエという概念は、「生物医療」と現地社会のハイブリッドとして存在しているというのである。確かに、フラエという概念の複数性が生物医療的な要素とそうでない要素の双方によって支えられているということは、システムとしての「生物医療」と現地社会の相互作用の結果として整理することも可能かもしれない。ただし、そのような整理は、4章で明らかにする重要な事実のいくつかを見逃すことに繋がってしまう。
 まず、ハイブリッドを主要な分析概念として採用することは、世界の各地においてハイブリッドの存在を見出すことで、研究者に一定の満足を提供することに繋がる。しかし、ハイブリッドを発見することで満足していたならば、ヘルスセンターに顕微鏡が導入される以前のフラエと顕微鏡が導入された後のフラエの差異に気づけなかっただろう。私達は、より微細な差異を汲み取ることのできる分析枠組みを必要としている。
 次に、本論との関係でより重要なことは、ハイブリッドという概念が前提とするシステムとしての「生物医療」という1つのまとまりを維持することの困難さである。顕微鏡を通じて明らかにするように、外部から持ち込まれたモノは直ちに布置の内部に位置づけなおされ、新たな様式でフラエの存在様式を方向づけていく。薬剤との関連で取り扱われていたフラエは、顕微鏡という新しく導入されたモノによって別様のものとして扱われるようになり、当該地域におけるフラエ概念は重層化されていく。
 ならば、研究の開始時において仮に設定した「生物医療」とガーナの農村社会のそれぞれを区切られた総体として扱う理由はないだろう。「特定の要素が『生物医療』に属する」とか、「比較的新しい」というようなアプリオリな判断は、ある要素を印づけるのには有効である。しかし、そのような印に基づいて、要素間に存在論的な差異を設定する必要はない。むしろ、4章で具体的な事例を用いて実演するように、現地社会と「生物医療」の垣根を取り払い、それぞれに属するとされてきた要素が同じ資格で結び付くことによって作り出される行為やモノの布置との関係の中で現実化する病気の複数性を汲み取ろうとするべきではないだろうか。本論が、システムとしての「生物医療」ではなく、生物医療的な要素とその布置を対象に据えるのはこのためである。
 5章「医療費を支払う2つの方法」では、国民健康保険という新しい生物医療的な要素の導入が、当該地域の生物医療的な布置をどのように組み換えていったのかを記述する。その上で、国民健康保険の導入という新しい医療費を支払う方法の導入に人々が対応していく様に注目することにより、それが医療費負担における相互扶助のあり方をどのように変容させたのかを明らかにしていく。
 保険を対象とする社会学では、保険はそれまでに存在していた対面的な相互扶助の存在意義を切り崩すことで責任を個別化させるとされてきた。しかし、ガーナ南部の健康保険については、このことは必ずしも妥当しない。むしろ、健康保険制度の細則と人々の生活のあり方の布置の中で、人々は新しい形態の対面的な相互扶助を編みだしている。
 健康保険の細則や人々が加入費を支払う方法を仔細に検討していくと、確かに、健康保険の導入はそれまで支配的であった対面的な相互扶助を弱体化させ、「医療費は個々人や世帯の責任において支払うべき」という認識を強化しているように見える。その一方で、人々は、できるだけ多くの子供を健康保険に加入させるために対面的な相互扶助を利用している。ここで立ち現れる新しい様式の対面的な相互扶助は、「世帯」や「世帯主」という概念をルーズに定義しながら「世帯」単位で健康保険に加入することを義務付けるというガーナの健康保険制度そのものによって、準備されている。
 このような状況は、やはり、システムとしての「生物医療」と現地社会の相互作用の結果として理解できるかもしれない。「本来」、システムとしての「生物医療」の一部を構成している健康保険は、責任の個別化というシステムとしての「生物医療」全体が持っているとこれまで指摘されてきた効果を発揮するはずだった。しかし、現地社会と相互作用した結果、健康保険は、責任の個別化だけでなく、新しい相互扶助の形態を生みだしている、という理解である。しかし、私達はここでもシステムとしての「生物医療」という発想を維持し続けることの困難に突き当たっている。
 まず、2004年に導入された健康保険は、極めて短期間のうちに、人々の選択や判断、経験に影響を与えている。ならば、システムとしての「生物医療」という発想が前提とするように、健康保険が現地社会の外部にあると考えることや、当該地域にだいぶ以前から存在していた薬剤やヘルスセンターと新しく導入されたばかりの健康保険や顕微鏡を一括して1つのまとまりと考えることは困難であろう。
 次に、5章で明らかにするのは、単に「健康保険が現地社会にもともとあった対面的な相互扶助の枠組みに沿って理解されている」ということではない。ここで強調すべきは、ガーナの健康保険が、責任の個別化と対面的な相互扶助意識という、矛盾するような2つの態度を「同時に」醸成しているという点である。このことは、健康保険が何か1つの全体的な目的や流れのために奉仕するための歯車になってはいないことを意味している。つまり、健康保険がシステムとしての「生物医療」の一部であり、システムとしての「生物医療」は、それ自体、何か物事を1つの方向に導いているというような目的論的な理解はここでは妥当しない。むしろ、ヘルスセンターなどの当該地域に存在する生物医療的な要素や、病者に対する扶助意識の強さといった非生物医療的な要素と絡まり合うことによって、複数の効果を同時に発揮していると理解できる。
 ここまで主張してきたことを改めて確認するならば、<生物医療的な要素の布置は現地社会の内部にあって、そこで暮らす人々の認識や態度を同時に複数の方向に導いている>ということである。先行研究との比較で述べるならば、この主張には3つの大きなポイントが含まれている。(1)生物医療的な布置の現地社会への内在性、(2)生物医療的な布置の動態性、(3)生物医療的な布置が同時に複数の効果をもつこと、の3つである。
 本論を通じて明らかにしていくように、生物医療的な要素はすでに人々の生活を構成する重要な要素の1つとなっている。成人の人口の8%にあたる人間が毎日ケミカルセラーで薬剤を購入し、薬剤は子供の誕生祝いとして贈られる。健康保険は、導入後すぐに普及し、ヘルスセンターの患者数を増加させている。もはや、これらの生物医療的な要素のまったく存在しない「純粋な」現地社会や人々の生活を想定することは不可能であり、「先行研究でシステムとしての『生物医療』を構成するとされてきた」という理由に基づいて、それらの要素が現地社会の外部にあると想定することはできない。
 同時に、ガーナ南部における生物医療的な要素は必ずしも欧米や日本とまったく同じ様に存在している訳でもないことも、本論では主張する。国際的な生物医療従事者市場の中で医師や看護師の輩出国となっているガーナには、生物医療従事者不足に陥っている。この不足を補うための薬剤供給者としてケミカルセラーは重要な役割を担っているが、このことは生物医療従事者による薬剤の独占と、生物医学と強固に結びついた形での薬剤の使用を不可能にしている。生物医療的な要素間の関係性はいつでもどこでも同じではない。
 また、生物医療的な要素の様態は、生物医療的な要素間の関係性の変化によってだけではなく、非生物医療的な要素によっても変化しうる。農業との掛け持ちと店番というありきたりの商売のやり方が薬剤供給者としてのケミカルセラーの性質に重大な影響を及ぼしていること、制度が想定する家族観とは異なる家族観の中で健康保険が対面的な相互扶助とも密接に関連するような相貌を見せていること。これらの事実は、生物医療的な要素が、宙に浮いた形で存在しているわけではなく、雑多に存在する非生物医療的な要素の中で、それらの要素と結び付きながらその性質を変化させ続けていることを明確に示している。
 最後に、ガーナの生物医療的な要素とその布置は、医療や健康、病気についての人々の認識や態度を同時に複数の方向に導いている。先述のように、生物医療的な要素は、すでに現地社会の内部にあって、人々の行為や認識、判断の前提になっている。このことは、生物医療的な要素がまったく存在しない状況と比べて、人々の行為・認識・判断が別の方向に導かれていることを意味している。
 ただし、生物医療的な要素は必ずしも人々の行為や認識を1つの方向に導いている訳ではない。<一定の方向に導く>ということは、<その方向が1つである>ことを意味するわけではない。公衆衛生教育、ケミカルセラー、診断室、顕微鏡といった要素は生物医療的な要素と言いうるが、それぞれによって現実化されるフラエの意味は決して1つではない。また、健康保険の導入は、責任の個別化を方向づけると同時に、対面的な相互扶助の新領域を作り出してもいる。このように、生物医療的な要素とその布置は、人々を1つの方向に導いていくというよりは、同時に複数の方向に導く効果を発揮している。
 このような、生物医療的な布置が人々を複数の方向に同時に導いていくという考え方は、欧米を対象とする先行研究でも、システムとしての「生物医療」に基づいた先行研究でも、これまでに明確に打ち出されてこなかった重要なポイントである。「人間と事物からなる布置」を見出していく際には、対象とする効果から出発してどのような布置が存在するのかを見出していくやり方と、対象とする要素がどのような効果を生みだすのかを分析していく方法の2つがありうる。
 この際、効果から出発して見出した布置が1つの効果しか持ち得ないのは当然である。しかし、その場合には、フーコーに代表されるように、既存のカテゴリーを横断する形で1つの効果に寄与する要素が発見されるはずである。一方で、医療人類学者が生物医療的な諸要素から出発して研究を行うならば、それらの要素は必ずしも特定の1つの方向に人々を導くわけではない。にもかかわらず、先行研究では、生物医療的な要素が一体的に人々を唯一の方向に導いていくというイメージを過剰に強調して生産してきたように思える。
 ガーナの農村社会におけるケミカルセラーや健康保険といった生物医療的な要素を分析することで明らかになったのは、生物医療的な要素は必ずしも一体的に振舞っているのではなく、非生物医療的な要素とも結びつくことで、相矛盾するような方向に人々を同時に導いていっているという事実である。このような生物医療的な布置の特性、複数の方向に同時に人々を導くという特性は、ガーナ南部の農村地帯だけではなく欧米や日本にも妥当するのかもしれない。本論の記述からだけではそのことを主張することはできないが、この点については今後の課題としたい。

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