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博士論文要旨

論文題目:ロバアト・オウエンの社会編成原理における隣人愛とコミュニティ
著者:金子 晃之 (KANEKO, Teruyuki)
博士号取得年月日:1999年7月27日

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 本論の課題は、ロバアト・オウエン(Robert Owen,1771-1858)の社会編成原理の問題を、彼の「隣人愛」(Charity)と「コミュニティ」とを軸にして解明することにある。

 序論では、まずオウエンの研究史を概観し、研究史の特徴が主に経済思想史的ないし経済論的な視角であったことを指摘し、人間相互の横のつながりという点での社会編成原理の問題、つまり性格形成原理の本質的な課題が社会編成原理である隣人愛の創出であること、その隣人愛を育成する場であるコミュニティの問題が、従来の研究史では詳細に検討されないで来たことを指摘した。

 研究史においてG・D・H・コールは、1820年より後のオウエンをそれまでの理論の繰り返しだとした。その後コールの解釈は都築忠七によって修正されるが、コールの解釈の根底にあったのは、1813年の『新社会観』から1820年の『ラナーク州への報告』に至るまでの理論展開を、オウエンの思想の骨格として把握することであった。その時期のオウエンの理論展開についての解釈は、その後の研究史にも共有された。五島茂の五段階区分、永井義雄の「オーエン=ブルジョワ説」、G・クレイズの四段階区分には、1810年代から1820年にかけてのオウエンとそれ以後のオウエンを如何に解釈するかという問題があった。そしてその解釈の主な視角は経済思想史的ないし経済論的なそれであった。

 その典型である永井の解釈は、オウエンの性格形成原理が資本家の立場からする労働者の馴致論だとした。

 また永井の解釈と「オーエン=プロレタリア説」との論争において問題となったのは、経済論からする階級的立場である。そこではJ・F・C・ハリスンが提起したような、オウエンが実現しようと意図した人間の「幸福」の問題、構想したコミュニティ社会の中でどのような人間の生活の状態ないしは人間の「合理的」な状態が立ち現れてくるのかといった問題が拾われないでいた。

 さらに経済思想史的視角の研究は、オウエンが『新社会観』から晩年に至るまで、生涯一貫してこだわり続けた社会編成原理の創出の問題を覆いきれないでいた。例えば永井の馴致論という解釈では、資本家から労働者へという上から下への管理についての説明にはなるが、労働者相互あるいは人間相互という横と横との人のつながりの在り方を説明できない。この社会編成原理の問題は、実は永井が馴致論とした性格形成原理を再検討し、それの課題である隣人愛の創出の問題を検討しなければ解明できないのである。またこの隣人愛を詳細に検討するには、隣人愛を創出する学校教育ばかりでなく、経済思想史的視角の研究が拾い上げないで来た、隣人愛を育成し強化する場であるコミュニティ社会についても検討しなければならない。

 隣人愛の問題は藤沢光治が考察し、都築によって「チャリティは、いわゆる慈善ではない。ゴドウィンを含むコモン・センス哲学の仁愛─共感の理論のオウエン的表現、人間愛の宗教とみるべきであろう」というようにその重要性が問題提起された。

 コミュニティの問題は、永井が1817年以降の「一致と相互協同」のコミュニティを「資本主義的階級社会、ただし、雇用を保証し、それのみならず階級的上昇を一定限度において可能にする社会であって、『慈善』あるいは博愛主義的視角から生み出されたものであったことを、示している」とし、コミュニティについての構想の動機と「慈善」とを単なる博愛主義的視角から生み出されたものとして扱った。また永井は「社交主義」(Socialism)をコミュニティでの「個人主義に基づく分業概念の対立物」としての「共同労働(協力・協同)」を中心にして現れるものとして位置づけた。またそうしたオウエンの思想が抑圧的な革命を越えるものであると解釈した。永井はオウエンが「隣人愛」に託したものを博愛主義ないしは「慈善」として扱い、経済の側面を中心にして「社交性」を検討することで、経済以外の領域において人と人とがどのように関わるのか、その場としてのコミュニティの役割、隣人愛の役割、コミュニティと隣人愛との関係といった問題の詳細な検討を課題として残している。

 ハリスンはオウエンのコミュニティについて「成功したコミュニティを設立するのに教育を不可欠なものとみなすようになった」点と「教育過程を統合するコミュニティという概念に到達した」点を問題提起した。前者の点は研究史において採られて来た点であるが、後者の点は人の発達に介入するものを学校ばかりでなくコミュニティという場全体で行ったことを示唆する重要な視点である。というのは従来の研究は、人の発達に介入する問題を学校での授業や講堂での講話と位置づける平面的な解釈となり、社会編成原理の創出と育成、個と全体との結合において、人の発達に関わるものをコミュニティ社会の中に埋め込んだ重要な点を拾い上げなかったからである。

 クレイズは1820年代のオウエンを経済思想の頂点とし、1830年代後半の時点でオウエンの社会制度論が成熟したとした。しかしオウエンのコミュニティ構想は、1849年のタウンシップの構想において、オウエンの思想と実践の本質的な問題である社会編成原理の創出という点で、成熟した姿をみせるのである。

 以上の点から本論は都築とハリスンの問題提起を捉え、クレイズの解釈を再検討し、経済思想史的視角の典型である永井の解釈では十分に拾い上げられないで来た社会編成原理の創出の問題を、隣人愛とコミュニティを軸に検討することにある。

 またこの作業は結果的にオウエンの思想の特性及び「一致と相互協同」の世界の内容について再検討をすることになる。

 以下は本論で考察した内容である。

 第1章では、オウエンの思想の基本的構造について検討した。オウエンの思想は、人間の性格が環境に規定されるという性格形成原理に基づく思想である。

 1節では性格形成原理の理論と課題について、性格形成原理の中の命題である個と全体との幸福の結合、悪徳を許容する隣人愛、隣人愛を創る空間としての学校、発達への計画的介入の徹底化、宗教への批判、オウエンによる社会分析と歴史観等から検討した。

 2節ではオウエンの社会改革論の展開について、1810年代後半からの社会分析の拡大、経済的自由競争と工業化社会への批判、実現しようとた「人間労働」と機械との共存の問題、構想したコミュニティ社会が市場と競争する際に生じる問題、そうしたコミュニティ社会の骨子等から検討した。

 第2章では、社会編成原理である隣人愛について検討した。

 1節では隣人愛と宗教との関連について、オウエンの言う「宗教的自由の権利」、オウエンが行った既存宗教の否定、1817年9月に打ち出したコミュニティ構想における宗派と党派と隣人愛の扱い等から検討した。

 2節では隣人愛一般がもつ意味、理性を介して創出されるオウエンの「隣人愛」について検討し、さらにオウエンの隣人愛を同時代の隣人愛や共感と対比させ、オウエンの隣人愛の特殊性とその役割について検討した。

 第3章ではニュー・ラナークで実際に行われていた学校教育における隣人愛の創出過程について検討した。

 1節では教育目標が個と全体との幸福であることを検討した。

 2節では教科の内容と教育実践の過程について検討した。

 3節では「古代・現代史」及び「地理」の授業が、性格形成原理を内面化して隣人愛を創出するのに不可欠な科目であったことを検討した。

 第4章では学校教育において創出された隣人愛が、コミュニティ社会の中で育成され強化される点について検討した。

 1節ではオウエンの個々のコミュニティ構想について検討した。対象としたのはニュー・ラナークの統治、1817年の二つのコミュニティ構想、1820年のコミュニティ構想、1826-27年のコミュニティ構想、1849年のコミュニティ構想(タウンシップ構想)である。ここではこれらのコミュニティ構想を、設定した項目に沿って整理し検討した。

 2節ではオウエンが描いた人間の「合理的」な状態について、結婚と離婚の問題、牧師批判、既存の家族への批判、私的所有批判等の問題、オウエンが「悪の三位一体」と呼ぶものを通して検討した。

 3節では1849年のコミュニティ構想であるタウンシップと隣人愛との関係について、タウンシップ憲法と法典、隣人愛を育成する場としてのコミュニティ、隣人愛と「社交性」から生じるコミュニティでの幸福の問題等を通して検討した。

 第5章では、理論を実践した際に現れた問題、またオウエンの理論と実践に対する同時代人による評価について検討した。

 1節ではニュー・ラナークとニュー・ハーモニーの実践の経過と結果について検討した。 2節では19世紀前半の同時代人による評価について、リーズ市代表団から見たニュー・ラナーク、ウィリアム・ラヴェットから見たオウエン、ニュー・ハーモニー・コミュニティの参加者から見たニュー・ハーモニーの問題等を通して検討した。また補論として、同時代の世俗の教育論の特徴を通して、オウエンの性格形成原理による教育論の特殊性について検討した。

 3節では、コミュニティ構想、全国労働組合大連合と万国全階級協会、運動と革命、全国社会科学推進協会を通して、オウエンから見た自己の理論と他者に対する態度について検討した。

 4節ではオウエンの理論から現れる新社会について、オウエンが描いた人間像である能動的でない合理的人間像、非革命の社会改革の構造、コミュニティ社会に現れる家族像、日常的な変革としての特性をもつ「隣人愛とコミュニティ」の問題、オウエンの社会改革の特殊性、オウエンの「一致と相互協同」の世界の問題等を通して検討した。

 以上のような第1章から第5章までの考察により本論は、従来の主流であった経済思想史的視角からみたオウエン像では覆いきれない、社会編成原理の創出の問題を解明した。 まず本論は、従来見落とされていた、あるいはブルジョワによる博愛主義として扱われて来たチャリティを、性格形成原理によって創出される社会編成原理としての隣人愛であることとその創出過程を解明した。

 次に本論は、経済効率や福利厚生の場として位置づけられたオウエンのコミュニティが、社会編成の為の隣人愛の創出と育成の場であり、社会編成の為の装置を内包したものであり、人の生涯にわたりコミュニティ社会の成員としての各年齢段階の発達を統合する装置を内包したものであること、オウエン的世界観を承認して生きる場等の多角的側面をもっていたことを解明した。

 ここで改めて隣人愛とコミュニティについての研究史における位置づけを整理すると、隣人愛については都築による問題提起、コミュニティについてはハリスンによる問題提起、クレイズによる解釈があった。また性格形成原理を始とするオウエンの全体像については永井による解釈があった。

 だがこれらは問題提起の枠にあったり、再検討の余地を残しており、隣人愛とコミュニティとの検討は研究史上の課題となっている。

 そうした先行研究に対する本論の到達点は、以下の通りである。

 まず都築の問題提起に対して本論は、オウエンの隣人愛がコモン・センスのオウエン的表現であるかどうかについての解明を直接の課題とはしなかったが、オウエンの隣人愛が「単なる慈善ではない」(都築)ものであり、都築が言わんとする社会編成原理であることを解明し、またオウエンの隣人愛における、自己が他者と関わる際の特殊性を明かにした。

 次にハリスンの問題提起に対して本論は、「教育過程を統合するコミュニティ」という表現にふさわしい、コミュニティ社会での各部局のそれぞれが生涯にわたり人の発達に関わりながら、隣人愛を育成強化して行くというシステムが1849年のタウンシップ構想において存在したという解釈を打ち出している。

 次にクレイズの解釈に対して本論は、オウエンのコミュニティ構想が、オウエンにとって本質的な問題である社会編成原理を創出し育成する場であり、それが1849年のタウンシップ構想において成熟した姿を見せたという解釈を打ち出している。

 次に永井の解釈(オウエンの思想が抑圧的な革命を越えるものであるという点、共同労働を中心として現れる「社交主義」という点、性格形成原理が馴致論である点)に対して本論は、次の解釈を打ち出している。

 第一にオウエンの世界は、最終的にはオウエン的世界観しか許さない理論構造になっており、抑圧的な革命を越えるもののようでありながらも、抑圧的なものに転化して行く要素を持っていた点、そうした意味での「一致と相互協同」の世界であった点である。

 この点については、協同組合研究に見られる、オウエンの「協同」を協同組合運動の出発点として評価する解釈(オウエンの位置づけ)に対して、オウエンの「一致と相互協同」の世界がかなり特殊な世界であったことを本論は示唆することになる。

 第二にコミュニティ社会での共同労働は、「社交性」を生む中心ではなく要素の一つであり、オウエンの世界の中の「社交性」とは、経済(共同労働)以外の側面とともに総合的に生じるものであるという点である。

 第三に性格形成原理は、馴致論の側面だけではなく、社会編成原理を創出する側面を持っていた点である。

 これらの点で本論は、オウエン研究の主流であった経済思想史的ないしは経済論的視角からでは覆いきれないでいた、また教育学研究の視角からも拾い上げられないでいたコミュニティ(学校教育ばかりでなくコミュニティも、人の発達に計画的に介入する場であったこと)と隣人愛とを軸にして社会編成原理の問題を解明し、オウエンの世界の特殊性について示唆した。

 以上の作業により本論は、一つの新たな「オウエン像」を提起したい。それは、生涯にわたって社会編成原理の創出と育成にこだわり続けたオウエンの姿であり、隣人愛という社会編成原理による「社交性」を軸とした世界を持つと同時に、オウエン的世界を絶対としそれを相対化することを許さない世界を持つオウエンという二つの側面である。

 オウエンの世界とは、二つの側面を抱えている。

 一つは、怒りや不愉快さを生む他人の悪徳を、罰ではなく憐れみの対象としたところに、オウエンの隣人愛の積極的な意義があり、これが人と人とを結び付ける社会編成原理になるわけであるが、もう一つの側面として、隣人愛を抱いた人々が収まる世界が、性格形成原理を形而上の真理とし、これを批判したり相対化することを認めない世界であった点である。これは、オウエンの思想が性格形成原理を絶対普遍の真理だとする理論構造から生じるものなのである。

 オウエンの性格形成原理とは、他者の悪徳の内容を検討し、それを多元的な価値として認めてしまうものなのではなく、多元的なものが生じるのは全て環境の違いに原因があるとして他者を憐れむものなのである。では他者を憐れんでその先どうなるのかと言えば、他者の幸福のために働きかけること、それが自己の幸福にもつながるという、人と人との在り方を原理原則とする、性格形成原理に基づく法の社会=コミュニティ社会の中で生きることになるのである。

 結局オウエンの世界において多元的なものは認められず、多元的なものを生じさせる環境の力の理解と、性格形成原理に基づいて生きることが求められるのである。だからオウエンの中で、オウエンの世界を絶対とする側面と隣人愛による「社交性」の側面とは、性格形成原理から生じる二つの側面であり、オウエンの思想の理論構造からすれば、矛盾ではなく、表裏のものなのである。

 オウエンは、こうした表裏のものを抱えているからこそ、混沌とした我々人類に対して、希望の指標としてではまとめきれない、示唆に富む多くのメッセージを投げかけているのである。

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