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博士論文要旨

論文題目:親密性の社会学:縮小する家族のゆくえ
著者:筒井 淳也 (TSUTSUI, Junya)
博士号取得年月日:2008年5月14日

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 本論文は、いわゆる「親密な関係intimate relationship」を社会学的に探求した理論的・経験的研究である。まずは各章の要約を行い、最後に全体の要旨を記す。各章の要旨は本論文の「はじめに」の部分で書いたものをもとに加筆したものである。
 第1章(「親密性研究の問題構成」)では、親密な関係の概念上の整理および理論的な定義と、それに関する問題提起を行う。親密な関係を実質的に構成するのは相互行為の積み重ねであること、親密な関係は制度的な社会関係に「埋め込まれている」こと、親密な関係がもたらす効用はメンタル・サポートから得られるものであること、などを確認した。
 第2章(「社会関係資本としての親密性」)では、社会関係資本論および社会的ネットワーク理論と親密な関係との関連性を説明することにより、多様な社会関係(特に組織)の中に親密な関係がどのように位置づけられているかを詳しく論証した。現代社会においては親密な関係は多くの場合「組織に属することの副次的な結果」であるが、にもかかわらずそれが公的な資源・利益分配に影響することは公平性の観点から望ましくないとされる、という親密な関係の重要な特性について確認し、同時にいわゆる「公私の分離」を説明するための理論的な準備を行った。
 第3章(「親密な関係のモデル」)では、続く章のために親密な関係についてのモデル構築の試みを行った。親密な関係が経済学的な意味での「ホールドアップ問題」を生じさせやすいこと、さらに親密な関係においては交換の公平な基準についての合意が得られにくいことから、「純粋関係」論に反して外的基準を参照するインセンティブが働くこと、について論証を行った。
 第4章(「親密な関係の市場」)では、前章でのモデルを援用しながら、親密な関係においてどういった問題が存在し、それがどのように解決されるのかについて主に理論的な考察を行った。親密な関係、特に結婚の最大の問題はホールドアップ問題にあり、これは関係が市場原理的な「純粋関係」に近似するか、あるいは恋愛規範に準拠するかによって問題のタイプが異なってくることを示した。
 第5章(「出会いとコミットメント」)では、結婚・出産に関する実際のデータを分析することを通じて、出会いとその後のコミットメントが結婚生活の質に与える影響について論じた。計量的な分析の結果、早婚よりも晩婚の方がその後の結婚の質が高く、またよい配偶者をサーチすることよりも出産前の「二人だけの時間」を持つことでコミットメントを強化した夫婦の方が結婚の質を高めているということが示された。
 第6章(「縮小する家族」)では、最初に少子化の問題をとりあげ、少子化がしばしば注目されるマクロな影響(社会保障維持の困難)に加えて、親族サポートの減退というミクロな帰結を持つことを示した。次に家族が縮小することで資源調達先として期待される社会的ネットワークについて、その機能は主にメンタルな満足の提供にあること、そして現状ではそういった機能は婚姻地位によって大きく影響されるということに触れた。社会全体の資源配分構造が変化する方向によっては、しばしば主張されるような「個人化」のプロセスは単純には進展しない、ということを論じた。
 第7章(「家族の未来」)では、より広い文脈(社会構造)の中に家族を位置づける作業を行った。公私の分離は効率性の原理のもとで生じたものであり、私的領域として残された家族はしたがって親密財の供給源として合理的な存在であるが、他方で家族と親密な関係は公平性の面で大きな問題を抱えていること、こういったことを主に理論的に考察した。
 第8章(「親密性の調査と測定の問題」)では、親密な関係や家族についての経験的な研究、主に計量的な研究を計画するにあたっての実際上の問題点について、実際の分析結果を踏まえつつ整理した。
 以上が各章の要約である。
 本書の前半(第1章から第4章)部分では理論的考察に重点を置いているが、第5章と第6章ではサーベイ・データを利用した実証を行い、第7章ではそれらをふまえて再び理論的な考察を行っている。第8章は親密な関係を経験的に研究することに伴う問題についてのいわばメタ的な考察となっている。このように本書の主眼は、データをところどころで援用してはいるが、基本的に理論的考察に置かれている。前半の理論的考察は親密な関係についての経験的研究を行う前提としての概念整理という位置づけである。その趣旨はまず「親密な関係は組織に埋め込まれていること・組織における社会関係の副次的結果である」というものである。さらに、親密な関係には選択の負荷(現在の関係が最良の選択であると思うことが原理的に不可能であるという問題)、コミットメント継続(その都度の満足に従っている限り、より大きな満足をもたらすであろう長期的関係を発展させることができない)、ホールドアップ問題(関係の中で共有資産を増やしていくと、少なくとも片方が機会主義的行動をとって他方の満足を下げてしまう可能性がある、という問題)という問題があり、そういった問題に対処するには純粋関係戦略(実質的な満足がある限り関係を継続する戦略)と恋愛規範戦略(「好きだから好き」とう理由で実質的な満足を考慮しないという戦略)がある、ということを示し、それぞれの戦略がカバーできる問題とできない問題を理論的に明示した。こういった理論を仮説として直接検証することは難しいが、仮に早婚を恋愛規範戦略、晩婚を純粋関係戦略として捉えた場合、明確ではないが親密な関係(夫婦関係)を満足させるのは後者である可能性があることを経験的に示した。
 続く二つの章は親密な関係の将来的な姿について、より広い社会の文脈で考察したものである。家族が将来どういったかたちになるにせよ、個々人は経済的・感情的生活において必要な財をどこからか調達しなければならない。本書では主な財の調達先を家族、社会的ネットワーク、市場、政府に分けた上で、親密な関係から効率的に調達される財はメンタル・サポート等の「親密財」であり、親密財が市場や政府から調達される配分構造をつくることは難しい、ということ、そのため不公平な形ながら親密な関係は存続せざるを得ない(親密な関係から得られるサービスは脱埋め込みされにくい)ということを論じた。
 本書で提起される理論の多くは仮説であり、後の実証的研究において検証されることを念頭においたものである。しかし親密な関係についての実証は、計測の問題もあって多くの困難が伴う。このような文脈から、効率のよい親密な関係の実証のための条件を考察したのが最終章である。

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