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博士論文要旨

論文題目:定時制高校の授業実践の特質に関する基礎的研究 ― B. バーンスティンの教育理論を手がかりに ―
著者:水野 進 (MIZUNO, Susumu)
博士号取得年月日:2008年3月21日

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 本研究の目的は、定時制高校の授業実践の特質に関する仮説的なモデルを構築することである。そのためにまず、大都市圏にあるA~Cの3校の定時制高校でのフィールドワークから得られた素材をもとに、B・バーンスティンの教育理論を手がかりとしてそれらの授業実践の特質を究明した。具体的にはそれは、つぎのようにおこなわれた。第1章では、B高校の定時制初体験の教師S先生の理科の観察授業を通して、教科の知識の構築過程において教師の抱えるジレンマを析出した。ついで第2章では、そのジレンマの背景をなす教科の知識の存立構造を授業外指導と授業内指導との関連に注目して、教育コードの視点から分析した。さらに3章では、その分析を「逸脱文化」との関連に留意して非日常空間にまで広げた。4章では、以上の結果にもとづいて授業実践が生徒にもつ意味や機能を探り、続く5章では、各高校の授業実践の構造と社会的機能のもつ特徴間の関連性を究明した。ここで構造とは、社会における権力配分や統制原理のメッセージを含み込み、相互作用のあり方をある程度定型化するものをさす。また、社会的機能とは、授業実践における教科の知識が生徒を社会化することを通じて一定の性格をもった主体に成型することをさす。
 これらの結果を各高校の授業実践の構造や社会的機能間の連関という観点から理論的に整序し、定時制高校の授業実践の特質として定式化するとつぎのようになった。
定時制高校の授業実践の特質としては、つぎの7点が指摘できる。 
 第1に、定時制高校の授業実践はその置かれた社会的文脈に強く規定されていること、その結果その影響をうけて、教師に生徒の進級、卒業のための教育評価の原資として、教科の内容よりも教師の指示した手続きの方をを重視させたり(その多くは、進級、卒業のための生徒によるアリバイづくりとして機能している)、また、評価のためのアリバイづくりをさせたりする構造=「見なしの構造」が成立していることである。
 第2に、その構造にもとづいて、各校の教師の集団パースペクティブの授業実践の部分、ついで各教師の教育評価のあり方が成立することになる。
 第3に、それゆえ、大局的には個々の教師の教育評価も「見なしの構造」の枠内でおこなわれ、生徒の進級、卒業が確保され、ひいては、それによって各学校の存立も確保されているといえる。
 第4に、その結果、教育評価の際には、授業実践における枠づけが強まるほど、その教科の単位認定のために有利な材料を集めるために、さまざまな可視化装置が動員され、それが弱まるほど、生徒の学力や行動の実態を不可視化する装置が動員されて、さまざまな生徒救済策が講じられることで単位が認定されることになる。
 第5に、大局的には、この教育評価による教育コードの値により、授業実践の類型が決まる。その際注意しなければならないことが2つある。1つは道徳言説たる規制言説に対する枠づけの値が、この類型決定に当たって大きな規定力をもつ点である。今1つは、いずれの定時制高校でも授業内外の空間(日常)、さらにはそれと非日常空間での実践における教育コードの値が連動しやすいということである。これらには各高校の指導理念を中核とする、教師の集団パースペクティブが大きく関与している。したがって、そのことは、その教育コードの値とは異なる値で授業実践を展開しようとする教師は単位認定法等で教師集団との軋轢を生じる可能性のあることをも示している。
 第6に、上述の授業実践の類型とは分類と枠づけの値が強い順に、①「儀礼としての授業実践」、②「生徒によるアリバイづくりとしての授業実践」、③「教師によるアリバイづくりとしての授業実践」の3つである。この類型ごとに伝達する知識の主要な形態も異なる。それらは、順に「手続き的な知識」、「手続き的な知識」+単純書写作業、単純書写作業である。また、その類型ごとに成立する生徒の主体のあり方も異なる。つまり、①では数学と一部の教科にみられる、問題を自力で解けるところから生じる自己有能感をともなった操作的な主体が、②では能動的な作業主体が、③では受動的な作業主体が成立することになる。
 第7に、上述の操作的な主体は、上記①の儀礼的な構造の枠内で儀礼に参加する主体でもある。ここで儀礼とは、主体がさまざまな装置を媒介として、「手続き的な知識」という固定化な知識と「手続き」という固定的な行為の執行によって自己有能感を獲得する一連の過程を意味する。したがって、そのような主体は、儀礼的な構造を再生産する機能を果たすと同時に、その構造の枠内でのみ自己有能感を感じる主体でもある。
 以上の結果をまとめ、論文中では「定時制高校の授業実践の特質に関する仮説的モデル」として表のかたちで示した。なお、このモデルは、本研究で扱った3校の定時制高校の分析研究から抽象されたものである。それゆえ、このモデルの各指標の中間形態ないしは混合形態をとる他の定時制高校が、当然ありうると考えられる。しかし、その際にもこのモデルは、その授業実践の特質を構造や社会的機能から特定するための尺度を提供するものと考えられる。

 最後に、本研究の意義について述べておこう。
 本研究の意義としては、大別して4つのことがいえる。
 第1は、従来、わが国の教育社会学の分野では学校知識の問題は、主に学校ランクごとの知識配分として考究されてきた。しかし、本研究ではそれを学校知識の主要部分たる教科の知識が構築される授業実践の場から捉え直し、その視点からその知識を生み出す背後の構造やその機能をあきらかにした。
 第2に、B・バーンスティンの教育コード論を手がかりに、教育コードの値により定時制高校の授業実践の類型、それに応じた教科の知識形態、並びにそこでの生徒の主体のあり方の類型を特定した。
 第3に、従来の研究では教育困難校での生徒たちは、学業外の空間に自己有能感を見いだすとされてきた。しかし、本研究では数学と一部の教科において、パターン化された問題を「手続き的な知識」を使って自力で解くことで自己有能感を獲得した、操作的な主体としての生徒のあり方を発掘した。
 第4に、定時制高校の教育実践のあり方を規定する教育評価のメタ構造やその際の操作技法をあきらかにした。具体的には、個別の高校の教育評価を統括する構造としての、「これで教科の知識を伝達したと見なそう」という評価性をもった「見なしの構造」やそのための原資を提供するためのさまざまな(不)可視化装置を特定した。以上である。

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