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博士論文要旨

論文題目:ソーシャル・サポート過程における「自己」の働き ―ソシオメーター理論の観点から―
著者:源氏田 憲一 (GENJIDA, Kenichi)
博士号取得年月日:2008年3月21日

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 各種の政府統計などから、人々の充実感やストレスなどの原因として、日常の対人関係が深く関与していることがうかがえる。このような幸福感や精神的健康、より広くは心身の健康に対する対人関係の働きの研究であるソーシャル・サポート研究に対しては、こうした例からも明らかなように社会的なニーズがあると言える。これまでの研究で対人関係が心身の健康に効果があるということが明らかになったことを受け、どのような人に対してサポートが有効で、どのような人には効果が少ないのかという、受け手のパーソナリティや属性に応じて異なる効果の予測をする緻密な研究も行なわれるようになってきた。いわゆる「第2世代のサポート研究」(Uchino, 2004)である。
 本論文はこうした「第2世代のサポート研究」として、受け手のパーソナリティ、特に「自己」に関わる個人差に応じた、サポートの効果の大きさの違いを予測することを第1の目的としている(目的1)。そしてその際、自己過程と対人過程とを結ぶ理論として近年注目されてきている「ソシオメーター理論」(Leary & Baumeister, 2000)を応用することによって、新たなサポートの効果のメカニズムを提唱することを第2の目的としている(目的2)。

 まず、目的2に関して、これまでのサポート研究でのサポートの捉え方、サポートの効果のメカニズムに関する先行研究から以下の2点のことが明らかとなった。第1に、サポートの捉え方に関しては、それを社会的紐帯やネットワークなどの抽象的な対人関係の「構造」として捉えるか、ストレスなどの問題に対処することの助けとなる対人関係の「機能」として捉えるか、のいずれかであることがほとんどであった。第2に、サポートの(精神的)健康への効果のメカニズムに関しては、対人関係の「構造」がポジティブな心理状態を作り出すという「直接効果」と、対人関係の「機能」によってストレスなどの問題に対処してその悪影響を防ぐという「緩衝効果」がほぼ定説となっていた。
 これに対し、本論文はこれまでのソーシャル・サポート研究で見逃されてきた、あるいは十分に検討されてこなかった次のような視点を打ち出した。まず、サポートの捉え方に関しては、これまでの研究のようにソーシャル・サポートを「問題に対処するための資源」や実体のない「抽象的な『関係性』(社会学的視点)や『サポート期待』(心理学的視点)」としては捉えず、個人間で具体的にやりとりされる「情報」として捉えることとした。特に、Cobb(1976)による古典的なサポートの定義に立ち返り、従来「ストレス対処」の文脈で語られることが多かったそれを、「他者からの受容」という文脈で新たに再解釈することを提唱した。Cobb(1976)によるサポートの定義とは、「ソーシャル・サポートとは、(1)自分が気遣われ、愛されていると信じさせる情報、(2)自分が尊重され、価値を認められていると信じさせるような情報、(3)自分が相互に責任のあるネットワークに属していると信じさせるような情報、のいずれか1つ、またはそれ以上にあてはまる情報である」というものである。つまり、サポート行為は表面的な「支え」ということと同時に、他者が自分のことをどう思っているのか、言い換えれば他者が自分のことを「受容」しているのかどうかに関する情報価を持っているのであり、本論文ではこれまでのサポート研究であまり注目されてこなかった、そうした「受容」に関する「情報」としての側面を中心にサポートを捉える視点を打ち出した。ここで「受容」とは、ソシオメーター理論の考えでは「他者が自分との関係を価値がある、重要、あるいは親密などと考えている程度」のことであり、サポートを得ることでこうした他者の「受容」のレベルに関する主観的な見積もりである「受容感」(あるいは「受容の認知」)が生じることがサポート過程の重要な要素であることが考察された。この観点から、ソーシャル・サポート過程はサポートという社会的手がかりをもとに、他者の「心の中」での「受容」の程度を推論する、一種の「mind reading」の過程でもあることを強調した。
 次に、サポートの効果のメカニズムに関して、上記のような「情報としてのソーシャル・サポート」あるいは「mind readingとしてのサポート過程」という議論を受け、サポートを受け取ることで推論された他者の「受容」の程度が感情を生じさせ、そうした感情が積み重なるなどしてインパクトを持つことによって精神的健康へとつながるモデルが提唱された。つまり、他者から受け取ったサポートが「受容の認知」に媒介されて精神的健康へと効果を持つ、とするモデルである(以下、「媒介モデル」と略記)。このモデルの根拠として、ソシオメーター理論の次のような議論を援用した。進化論的に考えて、人間は協調的な集団の中で暮らすことで生存・繁栄してきたのであり、自然淘汰により、他者と共にいようとし、他者から受容やサポートを引き出す個体が優位となった。つまり、社会的受容が文字通り「死活問題」だった。そのため、人間には対人関係への動機づけである「所属欲求」(Baumeister & Leary, 1995)が生得的に備わっており、同時に、他者からの受容/拒絶をモニターし、そうした手がかりに反応する「ソシオメーター」システムを発達させていった。この「ソシオメーター」は社会的環境から受容を検出するとポジティブ感情を、拒絶を検出するとネガティブ感情を出力し、個体を対人関係へと動機づけるとされている(Leary & Baumeister, 2000)。従って、サポートにより他者の「受容」を推論(検出)すると、ポジティブ感情が生じ、これが積み重なるなどしてインパクトを持つと精神的健康にも影響すると考えられる。これが本論文で新たに提唱するサポートの健康への効果のメカニズムである、「媒介モデル」である。他方、対人関係の肯定的な側面の総称であるソーシャル・サポートの対概念で、対人関係のネガティブな側面である「否定的相互作用」に関しても、この議論を拡張することで、その精神的健康への影響をサポートと統合的に理解できることが議論された。つまり、サポートから「受容」を推論するように、他者との否定的相互作用から他者の「拒絶」(=「受容」の反対の極)を推論(検出)し、ソシオメーターの働きによってネガティブな感情が出力され、それがインパクトを持つことで精神的健康が悪化することが想定された。このように、サポート/否定的相互作用が「受容/拒絶の認知」によって精神的健康に効果を持つとする「媒介モデル」が提唱され、このモデルを検証することとした(冒頭の「目的2」に対応)。

 次に、冒頭で述べた「目的1」に関する議論に移る。「目的1」ではサポートの効果の大きさが「自己」に関わる個人差によって異なるということを示すことを目指しているが、先に議論した「媒介モデル」に基づき、「受容/拒絶の認知」に関わる要因として「自己」を導入することで、「目的1」に関する統合的な理論的視座を提出した。つまりサポートの受け手の「自己」のあり方が「受容/拒絶の認知」に影響することで、サポート(そして否定的相互作用)の効果の大きさが「自己」に関わる個人差に応じて異なってくると予測された。それに先立ち、パーソナリティによってサポートの健康に対する効果が異なるという調整効果に関する先行研究のレビューを行なった結果、次のような問題点が浮かび上がった。すなわち、人間行動を理解・説明するために「自己」を導入することの重要性が指摘されている(Leary & Tangney, 2003)にも関わらず、パーソナリティの調整効果を検討したソーシャル・サポート研究で「自己」を導入したものはごく少数であり、理論的な後ろ盾が希薄であること、そして「自己」(特に自尊心)を扱ったものに関しても、受け手の思考過程についての論考が少ないこと、である。こうしたことから、本論文ではこれまでサポート研究で不足していた「自己」をモデルに組み入れ、理論的な後ろ盾としてソシオメーター理論を援用し、認知的なプロセスに注目することで思考過程を中心としたモデルを立てた。その際の中心的なアイデアは、ソシオメーター理論で主張されている次のような議論である(Leary, 2004)。すなわち、「自己」過程の中核的なプロセスは、「自分自身について考える」という「再帰的思考」にあり、他者からの受容を推測する際に現代人の「自己」が関わるのは、「自己」が参照点となることによってである、というものである。この参照される対象としての「自己」(「客体としての自己」)の個人差によって、「自己」を参照して行なわれる他者からの受容の推測が影響を受ける、というのが「目的1」に関する本論文のモデルの中核であり、これに基づいて3つのモデルを立てた。
 まず、「第1のモデル」では、自分自身に対する肯定的な感情・評価である「自尊心」のレベルが参照点として働く(他者に投影される)ことによって、サポート・否定的相互作用の効果が異なることを予測した。すなわち、高自尊心者は自分自身について良い感情を抱いているので、これを他者に投影して、他者も同じように自分に対して良い感情を抱いている(受容している)と考え、対人行動から拒絶を検出する「閾値」を高く設定してなかなか拒絶されたと考えない。一方、低自尊心者は自分自身に対してあまり良い感情を抱いていないので、これを他者に投影して、他者も同じように自分に対して良い感情を抱いていない(受容していない)と考え、対人行動から拒絶を検出する「閾値」を低く設定してすぐに拒絶されたと考えてしまう。従って、サポートの少なさや否定的相互作用の多さなど、潜在的な「拒絶」のサインに対し、低自尊心者がすぐにネガティブな反応をして精神的健康を下げるのに対し、高自尊心者はほとんど反応せずに安定して高い精神的健康を保てると予測された。
 次に「第2のモデル」では、自尊心の変動しやすさである、「自尊心の変動性」の個人差によって、過去経験から培われた自分自身に対する見方(「自己概念」あるいは「自己価値感」)の参照のされやすさ(係留点として働く程度)が変わり、サポート・否定的相互作用の効果が異なることを予測した。すなわち、人は他者からの受容を推測する際に、出発点として自分の自分自身に対する見方を係留点とし、そこから行動などの他者からの手がかりを用いて調整することで判断を行なうと考えられるが、自分自身に対する見方である自尊心が不安定な「自尊心の変動性」の大きな人は出発点である係留点が不明確で「あてにならない」。そのため、そうした人は後続の行動による調整の効果が大きくなる。従って、「自尊心の変動性」の大きな人は、小さい人に比べ、サポートや否定的相互作用などの他者からの行動という手がかりに大きく影響されて受容の判断が変化するので、精神的健康も大きく影響されると予測された。
 最後に「第3のモデル」では、自分自身に対する構造化された見方である「自己概念」の構造が統合されて一貫しており、明確である程度とされる「自己概念の明確性」の個人差によって、自己概念に含まれる判断基準が他者からの受容の判断の際に参照されやすくなるかどうか(判断基準の明確さ)が変わり、サポート・否定的相互作用の効果が異なることが予測された。自己概念には「(社会的受容に関する)理想の自分」という形、あるいは「『私』の理想とする関係性」という形で社会的受容に関する判断基準が含まれていると考えられるが、「自己概念の明確性」が高い人は低い人に比べてこうした判断基準が明確で、それに基づく判断も明快になると考えられる。従ってサポートや否定的相互作用という手がかりから受容を判断する際に、判断基準が明確な「自己概念の明確性」が高い人のほうが判断が明確になり、他者の受容の推測を大きく変え、それに従って精神的健康も大きく影響されると予測された。

 以上の目的2に関する一つのモデル(「媒介モデル」)及び、目的1に関する3つのモデル(「第1~3のモデル」)の合計4つのモデルに関して、調査・実験を用いた量的な実証研究によって検討を行った。以下に本論文のモデルごとに、実証研究の概要とその成果をまとめる。

「媒介モデル」に関しては、特定の一人の人物との関係について尋ねた研究4、および、「周囲の人」全体との関係について尋ねた研究7、研究8で、サポート/否定的相互作用の精神的健康への効果が「受容の認知」(受容感)によって媒介されるかを検討した。これらはいずれも大学生を対象にした調査研究だった。その結果、サポートの精神的健康への効果はいずれも受容感によって完全に媒介されていた。また、否定的相互作用の精神的健康への効果は一部、または完全に媒介されていた。従って、「媒介モデル」が成り立っていることが検証された。

 自尊心のレベルによる違いを予測した「第1のモデル」に関しては、3つの調査研究(予備調査、研究1、研究2)と1つの実験研究(研究3)で検討した。その結果、大学生を対象とした予備調査では、サポートの精神的健康への効果が自尊心によって異なっており、高自尊心者では受け取ったサポートの量の効果が小さく精神的健康は高く安定していたのに対し、低自尊心者では受け取ったサポートが多いほど精神的健康が高まるというサポートの効果が大きかった。市川市の住民を対象にしたランダム・サンプリング調査である研究1では、高自尊心者ではサポートや否定的相互作用の効果は小さく精神的健康は高く安定していたが、低自尊心者ではサポートが少ないほど、否定的相互作用が多いほど、精神的健康が低まるという対人行動の効果が大きかった。同様の結果は高齢者の全国調査のデータの2次分析である研究2でも再現された。また、研究3では、シナリオによる場面想定法で、具体的に質の良いサポートや悪いサポートを受け取ったと仮定した場合の「受容の認知」の回答者の自尊心レベルの違いを実験的に検討した。その結果、高自尊心者ではサポートの質によらず送り手の受容を高く推測していたのに対し、低自尊心者ではサポートの質が悪くなると送り手の受容を低く推測していた。以上の結果から、精神的健康に関して「第1のモデル」が成立していることが検証され(予備調査、研究1、研究2)、さらにそのメカニズムとして自尊心の違いによる「受容の認知」の違いが関わっていることが推測された(研究3)。

 自尊心の変動性による違いを予測した「第2のモデル」に関しては、高齢者の全国調査の2次分析である研究5で検討した。その結果、自尊心の変動性の大きい人では、サポートの全般的な量や一部の否定的相互作用(「苦情」)の量に応じて精神的健康が大きく異なっていたのに対し、変動性の小さい人では対人行動の量に応じた精神的健康の違いはほとんどなかった。従って「第2のモデル」は検証された。

 自己概念の明確性による違いを予測した「第3のモデル」に関しては、大学生を対象とした調査によって、特定の人との2者関係について調べた研究6、および、「周囲の人」全体との関係を調べた研究7、研究8で検討した。その結果、研究6では、サポートや否定的相互作用に関しては予測した結果は得られなかったが、相手との親密性と「受容感」との関連が、自己概念の明確性が高い人でより強いことが示された。研究7では、自己概念の明確性の高低で2群に分けた分析を行なった結果、否定的相互作用の量の、精神的健康および「受容感」への効果が、自己概念の明確性が高い群のほうが低い群よりも大きいことが明らかとなった。また、研究8では否定的相互作用の多さが精神的健康を悪化させる効果が、自己概念の明確性が高い人でより大きいことが明らかとなった。一方、サポートの効果に関しては一貫した結果は得られなかった。以上の研究から、少なくとも否定的相互作用の精神的健康に対する効果に関しては「第3のモデル」が検証された。また、こうした対人行動の効果の「自己概念の明確性」による違いの背後に、「受容の認知」が関わっている可能性が研究6および研究7から推測された。

 以上の実証研究から、本論文のモデルは概ね検証されたと考えられる。「自己」のあり方の個人差がサポートや否定的相互作用の効果に影響を及ぼす詳細なメカニズムやプロセスに関しては今後に課題を残したものの、全体として次のようなことが言えるだろう。すなわち、サポートや否定的相互作用の表面的な「機能」(快・不快や道具性など)に注目するだけでなく、それを「超えて」その背後にある他者の「心」(受容)について推論するという認知的な営み(「mind reading」)に、ソーシャル・サポート研究はより注目すべきであり、相互に補完的な「機能」と「mind reading」の両者を理解すべきである。さらに、本論文では、受容の認知という「mind reading」の過程に「自己」(再帰的思考と、それに関わるものとしての「客体としての自己」)が関わっていることを示したが、こうした「mind reading」への関連要因に関して、どのような要因が「mind reading」(受容の認知)を促進・阻害するのかということを明らかにすることが、ソーシャル・サポート研究の今後の新たな課題として要請されるだろう。他方、本論文の「自己」に関わる個人差に関する結果は、サポートや否定的相互作用の効果やインパクトが大きい人を明らかにする「第2世代のサポート研究」としての側面を持っており、「誰に対してサポートが有効なのか」という介入の基礎資料となる知見を提供することができたとも考えられる。

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