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博士論文要旨

論文題目:ハンガリー語の動詞接頭辞及びアスペクトに関する研究 −日本語アスペクトとの対照分析−
著者:大島 一 (OSHIMA, Hajime)
博士号取得年月日:2005年11月29日

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論文の構成:

第1章 はじめに (1)
第2章 ハンガリー語の動詞接頭辞 (10)
2.1. 動詞接頭辞 (10)
2.2. 動詞接頭辞の関与 (13)
2.2.1. 完了相 (13)
2.2.2. 動詞のタイプからの考察 (14)
2.3. 不完了相 (20)
2.4. 反復相 (21)
2.5. 動詞接頭辞の位置づけ (21)
2.5.1. “古い”動詞接頭辞 (22)
2.5.2. “若い”動詞接頭辞 (23)
2.5.3. 境界的な動詞接頭辞 (23)
2.5.4. 動詞前置要素との関係 (27)
2.6. 第2章のまとめ (29)
第3章 アスペクト (31)
3.0. はじめに (31)
3.1. テンスについて (31)
3.2. アスペクトについて (36)
3.2.1. アクツィオンスアルト (40)
3.3. ハンガリー語のアスペクト表現 (42)
3.3.1. ハンガリー語におけるアスペクト (42)
3.3.2. ハンガリー語におけるアクツィオンスアルト (46)
3.4. スラヴ諸語のアスペクト (49)
3.4.1. ポーランド語の動詞接頭辞について (49)
3.4.2. 意味的派生機能 (49)
3.4.3. 動詞アスペクト機能 (51)
3.5. 語彙的(意味的)アスペクトと文法的アスペクト (55)
3.5.1. 「文法的アスペクト」の基準 (57)
3.5.2. テクスト分析 (58)
3.6. 第3章のまとめ (59)
第4章 動詞接頭辞以外のアスペクト表現 (61)
4.0. 動詞接頭辞以外でのアスペクト表現 (61)
4.1. 副動詞 (62)
4.1.1. 副動詞構文 (62)
4.1.2. 動詞接頭辞を使った副動詞構文 (64)
4.1.3. モーダル的要素 (64)
4.1.4. 副動詞構文の発生条件について (65)
4.1.4.1. 先行研究における副動詞構文の形成条件 (67)
4.1.4.2. 動詞分類からの検証 (69)
4.1.4.3. 不特定の動作主 (74)
4.1.4.4. 副動詞構文形成条件についての結論 (76)
4.2. 形動詞 (76)
4.2.1. 形動詞の基本用法 (76)
4.2.2. 現在分詞と過去分詞における文法関係について (77)
4.2.3. 現在分詞と過去分詞におけるアスペクト的意味について (80)
4.3. テンスとの関係 (81)
4.3.1. 過去時制辞による完了的意味 (82)
4.3.2. 問題点及び“完了”の定義 (82)
4.3.3. T要素と動詞接頭辞megとの相関関係 (84)
4.3.4. 動詞接頭辞meg との関係 (85)
4.3.5. 相対時制と先行性 (86)
4.3.6. 過去分詞マーカーとT要素の対比及び動詞接頭辞の意味機能 (87)
4.4. 第4章のまとめ (90)
第5章 文レベルにおけるアスペクト (91)
5.0. はじめに (91)
5.1. 動詞接頭辞の有無から来る文意の異なる現象について (91)
5.1.1. 問題の所在 (91)
5.1.2. 限界性 (92)
5.1.3. 非限界的推論 (atelic entailment) (93)
5.1.4. 考察 (94)
5.2. 進行相 (96)
5.2.1. 進行相形成条件 (97)
5.2.2. 先行研究における問題点 (102)
5.2.3. 問題解決の為の方法 (103)
5.2.4. 動詞接頭辞の「積み重ね」 (103)
5.2.5. 動詞接頭辞の「反復」 (104)
5.2.6. 「積み重ね」と「反復」における動詞接頭辞の特徴 (104)
5.2.7. 例とその分析 (105)
5.3. 第5章のまとめ (108)
第6章 日本語のアスペクト (110)
6.0. はじめに (110)
6.1. 「テイル形」 (111)
6.1.1. アスペクト研究史概観 (111)
6.1.2. テイル形の意味機能 (114)
6.1.3. 動作持続と結果持続 (115)
6.1.4. 不特性性 (116)
6.1.5. 限界性 (117)
6.1.6. 動詞分類からの「テイル」分析の問題点 (118)
6.1.7. 非限界的視点からの分析 (118)
6.2. 完了的意味を表すもの (119)
6.2.1. 後項動詞「あがる・あげる」 (121)
6.2.2. 「あがる・あげる」の基本的用法 (121)
6.2.3. 問題と疑問 (122)
6.2.4. 基本的意味から派生的意味,そしてアスペクトへ (123)
6.2.5. 名詞化 (125)
6.2.6. 自動・他動ペア (126)
6.2.7. ハンガリー語の動詞接頭辞 fel- との対照分析 (127)
6.2.8. 複合動詞の後項動詞「あがる・あげる」に関するまとめ (129)
6.3. 第6章のまとめ (130)
第7章 ハンガリー語と日本語における対照分析 (131)
7.0. ハンガリー語テクストに対する日本語「テイル形」との対照 (131)
7.1. 調査1(ハンガリー語作品の日本語訳から) (131)
7.1.1. 結果とその分類 (132)
7.1.2. 具体的な例文 (133)
7.1.3. 分析 (136)
7.2. 調査2(日本語作品のハンガリー語訳から) (137)
7.2.1. 結果とその分類 (139)
7.2.2. 分析 (143)
7.2.3. 「結果持続」の表し方 (144)
7.3. 対照分析のまとめ (149)
第8章 結語 (151)
略号一覧 (159)
参考文献 (160)
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 本研究はハンガリー語の動詞接頭辞およびアスペクトに関わる表現を,実例によるデータを駆使して詳細に分析し,ハンガリー語におけるアスペクト表現を総括的に捉えることを目的とするものである.
 ハンガリー語の動詞接頭辞は「動詞に付加することにより完了的意味を動詞に与える」と先行研究では説明されてきた.ハンガリー及び日本におけるハンガリー語研究においても,ハンガリー語のアスペクトといえば,この動詞接頭辞のみが注目されてきたと言ってよい.確かにハンガリー語のアスペクト表現において,この動詞接頭辞の存在は無視できない.しかし,その反面,アスペクト形成における動詞接頭辞の関与が大きすぎるため,他の文法カテゴリーによるアスペクト表現の分析が未開拓のままであることも事実である.しかし,ハンガリー語においてもアスペクト的表現は決して動詞接頭辞という狭いカテゴリーの範囲内に限られるものではない.そこで,本研究は,これまで総括的に取り上げられることのなかったハンガリー語のアスペクト表現を,動詞接頭辞以外のカテゴリーによるアスペクト表現も含めて総括的に取り上げ,全体的説明およびそれらの有機的関連性を考慮したハンガリー語アスペクト体系の構築を目指している.

 まず,第1章では問題の所在について概要を説明した.続く第2章では研究の前提となるハンガリー語の動詞接頭辞について,その詳細な記述を試みた.ハンガリー語の動詞接頭辞はその発生起源的に見ると,場所・方向的意味をもつ副詞であった.それが動詞との意味的結束性が高まったことで,現在では動詞に前接する接頭辞のような形式となった(例,fel-megy「上る」← fel-「〜の上へ」+ megy「行く」).接頭辞とはいえ,ハンガリー語の語順規則により動詞から分離することも可能である.つまり,接頭辞として動詞を修飾する,場所・方向的意味をもった副詞とも言えよう.従って,本来的にはその場所・方向的な語彙的意味を動詞に与えることが動詞接頭辞の機能であるが,同時に,Kiefer (1994)など先行研究でも明らかにされているとおり,動詞接頭辞はハンガリー語のアスペクト形成にとっても欠かせない要素である.動詞接頭辞は動詞に完了の意味を与える機能を持っているが,接頭辞本来の語彙的意味も動詞に与えてしまう為,純粋な完了化機能をもったカテゴリーとは言いがたい.例えば,動詞接頭辞 meg- は,現在では本来の語彙的意味を失って,完了的意味を動詞に与えることだけに機能している.しかし,この最も完了化機能が高い meg- でもその動詞付加操作では動詞のタイプや目的語の介在により,起動相や結果相といった「アクツィオンスアルト」的意味を動詞に与えてしまう.本論文ではこの事実についてハンガリー語の新聞から採集した例の分析を通して明らかにした.
 第3章ではテンスやアスペクトに関する説明を主にハンガリー語の例をもとに記述し,アクツィオンスアルトについてハンガリー語の先行研究を引用し説明を与えた.典型的なアスペクト言語であるポーランド語と違って,ハンガリー語はアクツィオンスアルト的意味が強い言語であると言える.つまり,「アスペクト」について,文法的アスペクト(なんらかの文法カテゴリーの付加操作などにより作られるアスペクト対立.付加要素に語彙的意味はない)と,意味的アスペクト(動詞固有の語彙的意味,そして付加要素にも語彙的意味が残存し,それらから生まれるアスペクト的意味)という意味機能からの分類が可能である.ハンガリー語はこのふたつのうち後者の意味的アスペクトが多大な影響をもっている言語であると説明できる.従って,動詞接頭辞は文法アスペクト形成において有効な手段となりうるが,この機能はすべての動詞接頭辞に適用可能なわけではないと主張した.ハンガリー語の動詞接頭辞によるアスペクト形成では,純粋なアスペクト・ペアも論理的に存在するが,実際にはアクツィオンスアルトとして表出されることが多いと説明できる.
 第4章では動詞接頭辞以外の文法カテゴリーによるアスペクト的表現について説明した.これに該当するものとして,本論文では副動詞構文と形動詞を取り上げた.また,過去時制マーカーが完了的意味機能を持つと主張する先行研究に対して,本論では動詞接頭辞との意味機能の違いを明確にした.
 副動詞構文は,動詞の副動詞形(V-va/ve)と存在動詞vanから形成され,日本語で結果持続を表す「〜テイル」と同様の意味を表すものである.ここではまた,結果持続的意味がモーダル的意味でも使用される例も示した.ある動作の結果的意味合いは,ふつう,動詞の過去形(この場合,結果的意味を含意する必要があるため,動詞は達成,到達動詞である)で表されるところ,副動詞構文を敢えて使用するという根拠はこのモーダル的意味を表出させたいためであると思われる.そしてこのような事実は,副動詞構文がハンガリー語においてあまり馴染まない(または馴染んでいない)表現であることを予想させる.副動詞は全ての動詞から作ることができるが,それによってできた副動詞がすべて副動詞構文を形成できるわけではない.そしてこの形成には様々な条件が絡んでいる.Lengyel (2000)では対象の状態変化という観点から形成可能かどうかが説明されているが,本論ではこれを具体的に検証するため,動詞を「完成(達成)動詞」と「結果(到達)動詞」の二つに分類し,それぞれのグループごとに副動詞構文が形成可能であるかをインフォーマントに調査してみた.この二つの動詞グループに限ったのは,これらが telic(限界的)動詞だからである.状態変化をある動作による一定の局面が限界点 (terminal point) を超えて別の局面に変化することと捉えれば,これらの telic 動詞グループに分類された動詞からは全て副動詞構文が形成可能であると推測される.分析の結果,「完成(達成)動詞」からの形成はおおよそ可能であると言えるが(しかし文法許容度の低いものも存在する),「結果(到達)動詞」のグループはわずか一例を除いて殆どのものは,副動詞構文形成が非文法的であると言わざるを得ないことがわかった.先行研究が主張するように,状態変化の有無が形成条件に関与することは確かだが,その状態変化が具体的にどのようなものをさすのかは先行研究でも明らかにされていない.本研究でも「読んでしまう (el-olvas)」からの副動詞構文は許容度が低いが(?A cikk el van olvas-va「その論文は読まれてある(?)」),「解決してしまう (meg-old)」からの副動詞構文(Az meg van old-va「それは解かれてある」)は許容されるという例が観察できたが,従って,両者の動詞における状態変化の基準は曖昧であると言わざるを得ない.インフォーマントによる調査およびインターネット上での表現検索などを通して,話者により認められるものとそうでないものの差がこの副動詞構文形成の問題に大きく関わっていることが分かった.いずれにせよ,先行研究による「状態変化」という基準では副動詞構文の形成を説明できないことが本研究では明らかになった.そこで,本論独自のアプローチとして,「不特定の動作主」が副動詞構文には不可欠であるという仮説を提示し,それを証明した.
 次に形動詞では,まず先行研究によって基本的用法を紹介し,現在分詞(持続的用法)と過去分詞(完了的用法)のうち,前者が持続的意味,後者が完了的意味をもつものとして判断できることを主張した.例えば,「その角に建てている家」と「その角に建った家」という,日本語のいわゆる連体修飾節について,ハンガリー語では前者を現在分詞で,後者を過去分詞で意味対立を実現していることが分かった(ただし,この対立は主に自動詞からの派生に限られる).
 ここではまた,過去時制による完了的意味にも言及した.ハンガリー語の過去形は動詞語幹に過去時制マーカーである –t を与えることにより示される.しかし,ハンガリー語では未来におけるイベントでも過去時制マーカー (-t) を使って表すことができる.深谷 (1986)ではこの場合の過去時制マーカーは過去を示すものではなく,完了のアスペクトであると説明されている.しかしそうなると動詞に完了の意味を与える動詞接頭辞との関係が問題になってくる.本論では Reichenbach (1973) の「時間の3点構造」を利用してこの問題を分析した.その結果,過去時制マーカーの –t とは,当該イベントの主節動詞に対する先行性を意味するものであることが判明した.
 以上のとおり,ハンガリー語のアスペクトには動詞接頭辞による完了もあれば,副動詞や形動詞といった動詞接頭辞以外での表現形式も存在する.そこで第5章では文レベルにおけるアスペクトを考察した.ハンガリー語では目的語の属性(無冠詞の目的語,数詞つき目的語,定冠詞つきの目的語など)により限界的 (telic)か非限界的 (atelic)かという状況的意味特性が変化し,動詞接頭辞などに関係なく文レベルでの意味が異なってくることを説明した.
 また統語的操作による進行相語順といわれるも存在する.進行相語順とは,先行研究において,完了的意味をもった接頭辞付き動詞(「動詞接頭辞+動詞」,例:fel-megy az emeletre「階上に上る」)から,動詞接頭辞を分離・後置させることにより(「動詞 動詞接頭辞」,例,megy fel az emeletre「階上に上っている」),進行相アスペクトの意味を持つと言われるものである.この進行相語順に関して,その複雑な形成条件について先行研究における説明の問題点を指摘,本論独自のアプローチにより進行相が形成可能かどうかについて若干の検証を試みた.インフォーマントも進行相表現に関しては微妙な判断を下すことが多く,話者の主観にゆだねられている部分が大きいと推測され,本論においても明確な主張は生み出せなかった.この問題の解決は今後の課題としたい.ともかく,本研究では,進行相形式(「動詞 接頭辞」の後置語順)と完了相形式(接頭辞付き動詞)との意味機能的関連性に注目し,ハンガリー語のアスペクト体系を示した.以下にハンガリー語のアスペクト体系を簡単にまとめる.第2章および3章で指摘したとおり,ハンガリー語にも不完了と完了のアスペクト対立が(限定されてはいるが)存在する.そして,完了アスペクトは動詞接頭辞を動詞に付加することにより得られる.多種多様な動詞接頭辞により,ひとつの動詞から数多くの派生動詞を作ることが可能なわけだが,それらの派生動詞も動詞接頭辞の存在により完了的意味を持つことになる.そして,「不完了」vs.「完了」という意味的対称の要請から,完了的意味をもつ接頭辞がついた派生動詞に対応する不完了の動詞を得るために,生み出された表現形式がこの進行相語順であると言えよう.すべての動詞に「不完了」vs.「完了」のペアは存在しておらず,体系としては不完全であるが,少なくともアスペクトという意味特性の区別を表示する為に様々な形式が関与していることは明らかであろう.
 本論に独自の研究成果として,ハンガリー語と日本語の対照研究が挙げられる.ハンガリー語において完了的意味が動詞接頭辞によって表せることは既に説明した通りだが,持続的意味(不完了的,進行的)には具体的な文法操作が存在しない.一方,日本語では「テイル形」という持続的意味を表す文法要素が存在する.すなわち,日本語の「テイル」からハンガリー語をみることで,具体的な持続的意味を表す要素を持たないハンガリー語がどのように持続的表現を対応させているかが明らかになると考える.
 この目的の為,第6章ではまず日本語の「テイル形」を概観した.日本語の「テイル形」に関して,多くの研究があるが(工藤 (1995)など),本論では日本語の「テイル形」は当該イベントに対し,非限界性及び不特定性を与える形式であると指摘した.この基本的意味特性から,「テイル形」は動作持続・結果持続といった意味を実現する.そして次に日本語で完了的意味を表すと言われる複合動詞の後項動詞を取り上げた.具体的には「〜あがる・あげる」について,語彙的意味が完了的意味に変化することに注目し分析を行った.ハンガリー語の動詞接頭辞の中にも fel-「〜の上へ」という「あがる・あげる」に似た意味をもつものが存在する.従って,「あがる・あげる」の例文をインフォーマントにハンガリー語に訳してもらい,原文との対照・比較を行った.その結果,日本語の「あがる・あげる」が語彙的意味で使われている例では fel- を用い,完了的意味での「あがる・あげる」では fel 以外の動詞接頭辞を使用することが分かった.もちろん,完了的意味で fel- が使われている例も存在することは事実である (fel-fegyverez「武装する」など).従って,「あがる・あげる」と fel- の広範囲な対照データによる調査が課題として残された.
 これら双方向的分析からわかったことは,日本語では動詞に対し「テイル形」を付与することで状態持続的な不完了的意味を実現し,一方,ハンガリー語では動詞接頭辞の付加により完了的意味を獲得するという事実である.そして,日本語の動詞(基本形)が「完了」的意味をもち,そしてハンガリー語の(接頭辞なしの)動詞は「不完了」の意味特性を持っていることが推測される.
 その証明として,第7章においてハンガリー語と日本語テキストによる対照分析の結果について記述した.これは,具体的資料である両言語の文学作品において日本語の「テイル形」がハンガリー語ではどのように表現されているかを調べたものである.その結果,日本語の「テイル形」はハンガリー語では主に基動詞(動詞接頭辞がついていない動詞)によって表されていることがわかった.これは,基動詞がその語彙的意味として不完了的意味をもっているという先の予測を裏付けたものとなった(ただし,瞬間動詞などは除かれる).そして,既に本論で言及した副動詞構文,形動詞の現在分詞などが「テイル形」の対訳として利用されていることもわかった.
 また,接頭辞付き動詞によって表現されている箇所もいくつか見られた.ふつう,動詞接頭辞が付いたものは完了的意味を表すと思われるが,接頭辞付き動詞による完了的意味は,当該動作がその限界点に到達したことを意味し(つまり,telic 動詞である),その結果状態,つまり結果持続をも表せるからではないかと推測される.第4章の副動詞構文についての分析においても説明したが,インフォーマントによっては副動詞構文を使用せず,動詞の過去形で発話するという現象が存在する.このことから,日本語「テイル」の結果持続の意味はハンガリー語では接頭辞付き動詞による結果状態の含意という方法で表現できると考えられる(この接頭辞付き動詞の過去形による結果状態の含意という意味的手段は,日本語の「パーフェクト」機能と比することができると思われる).
 以上により,ハンガリー語では「結果持続」を表す方法が二つあることになる.すなわち,「接頭辞付き動詞」と「副動詞構文」である.ただし,分析の結果,ハンガリー語で「結果持続」を表すような場合,この二つの表現方法を常に恣意的に選べるとは限らないことが分かった.「結果持続」は副動詞構文の典型的な意味機能であるが,動詞によっては,副動詞構文形成が不可能となるものもある.この事実は第4章で述べた副動詞構文の形成条件を補足説明するものとなるが,例えば,meg-hal「死んでしまう」といった動詞からは副動詞構文形成は不可能である.なぜなら,「死ぬ」という動作が動作完了後も引き続き持続することはできないからである(つまり,「死ぬ」という動詞がもつ意味過程である,「[生きている]→[死んでいる]」という一連の動作が,「死んだ」後に発生することはないからである).よって,このmeg-halから作る副動詞構文,*meg van hal-va は,示した通り非文となる. 従って,副動詞構文を形成できないものが,接頭辞付き動詞で,その動作実現の含意の上で「結果持続」が表されていると判断される.

 以上,ハンガリー語のアスペクト表現に関して,その主要な要素である動詞接頭辞を中心に本論独自のアプローチにより説明した.典型的なアスペクト言語であるポーランド語などとは違って,ハンガリー語では純粋な「不完了」vs.「完了」といったアスペクト・ペアをすべての動詞に対して認定できないという事実がある.それは,アスペクト形成における主要な要素の動詞接頭辞がそのもちまえの語彙的意味を動詞に与えてしまうからである.従って,ハンガリー語では,純粋な「アスペクト」の前に,「アクツィオンスアルト」的意味が存在する.また,動詞接頭辞が関与しない方法として結果相(副動詞構文)や,連体修飾節における持続と完了の対立(形動詞の現在分詞と過去分詞の対立)などの利用も可能であり,それら表現形式においてもアスペクト的意味が確認できる.また,統語的側面では動詞接頭辞を基動詞から切り離した語順による進行相表現もある.これら一連のアスペクト的表現は,動詞接頭辞を含めてすべての環境で実現するわけではないが,こうしたアスペクト的表現の全体像を総括的に記述できたことは本論独自の成果である.また,日本語との対照分析から,ハンガリー語で「結果持続」を表す手段として,副動詞構文と接頭辞付き動詞の二つがあることが判明した.副動詞構文を形成できない語彙的特徴をもった変化動詞は接頭辞付き動詞という形式により動作実現後の結果持続を含意することができる.このような現象はハンガリー語のみの分析では見いだせないものであり,その発見は本論独自の重要な成果のひとつである.

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