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博士論文審査要旨

論文題目:対応推論における状況要因の利用についての実証的研究-動機づけの働きに着目して
著者:李 岩梅 (LI, Yanmei)
論文審査委員:村田光二、安川 一、稲葉哲郎、濱谷正晴

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1.本論文の構成
 本論文は、他者の行動観察から内面の特性を推論する過程に関する社会心理学研究の成果をまとめたものである。論文の序章で提示した著者独自の理論モデルの妥当性を、5つの実験研究を実施して実証的に検証したことが本研究の特徴である。その構成は以下のとおりである。

序章  本研究の問題意識および理論的背景
第1節 問題意識の概要
1. 他者に対する理解と適応
2. 対応推論と行動の状況要因
3. 本論文の視点
4. 動機づけと推論
5. 安全を確保した上での適応と対応推論における状況要因の利用
第2節 本研究の位置付けおよび独自性
 一 カテゴリー予期に不一致な行動に対する対応推論と状況要因の利用
1. 先行研究の知見
2. 状況要因の種類と対応推論
3. 予期への不一致と内発誘導因に対する認知
4. 予期への不一致と対応推論における内発誘導因の利用
5. 内発誘導因の再同定と対応推論の修正段階
  二 正確さが要求される対応推論と状況要因の利用
1.先行研究の知見
2.リスク回避への動機づけと状況要因の利用
  三 まとめとモデル
  四 論文の構成
第1章 カテゴリー予期の不一致と内発誘導因の認知
 問題
 実験1:予期不一致による内発誘導因の影響に対する認知
 考察
第2章 カテゴリー予期に不一致な行動の対応推論と内発誘導因の利用
問題
実験2:推論における内発誘導因の割引的な利用の限界
実験3:推論における内発誘導因の再同定的な利用
全体的考察
第3章 競争的な相互結果依存と状況要因の利用
問題
実験4:競争信念に対する推論と状況要因の利用
実験5:競争能力に対する推論と状況要因の利用
全体的考察
終章  
第1節 カテゴリー予期に不一致な行動に対する対応推論と状況要因の利用
1.カテゴリー予期に不一致な行動の内発誘導因に対する認知
2.カテゴリー予期への不一致と対応推論における内発誘導因の利用
第2節 推論の正確さが要求される場合の状況要因の利用とリスク回避への動機づけ
第3節 まとめ
第4節 今後の課題
第5節 本研究の意義
引用文献
謝辞
付録

2.本論文の概要
 序章では、まず第1節で、本研究で解明を目指している問題と、それを取り上げる著者自身の立場が論じられる。次に第2節で、これまでの研究成果に基づき、その問題を2つの条件に分けて詳細に理論的検討を行っている。
 第1節では、私たちが進化的環境に適応するために社会生活を選択したこと、社会生活を円滑に営むためには他者についてよりよく理解することが不可欠であることをまず論じている。この他者理解のプロセスが、本論文で解明を目指す問題である。理解すべき他者の内面は、直接には知ることができない。私たちが観察できることは、他者が示す広い意味での「行動」である。行動は不安定で変化に富むが、私たちはそこから安定した内面の「傾向性」を知るように動機づけられているという。それによって他者の行動を予測することが可能となり、他者を理解できるからである。著者は、変化する行動を内面の安定した特性に帰属する過程を「原因帰属」として捉えた Heider (1958) の考え方に沿って、他者理解に関する社会心理学の基本問題を説明した。
この原因帰属の過程では、行動がどのような状況で生じたのかが問題となる。状況によって拘束された行動からは、必ずしも額面通りの傾向性を推論できない。私たちは一般に、「親切さを示す行動」から、それに対応した「親切さ」という傾向性を推論する。これを対応推論と呼ぶ。しかし、状況に応じてこの推論は割引かれたり割増されたりして、推論された傾向性の水準は必ずしも表出された行動の水準とは対応しないはずである。この問題は Jones & Davis (1965) によって最初に検討され、「対応推論理論」としてまとめられた。著者は次の節で、この古典的理論から、現代の対応推論の段階モデル(Gilbert & Malone, 1995; Trope, 1986) までを、研究史に沿って簡潔に紹介した。段階モデルでは、行動の「同定」が最初に行われ、次にその行動に対応する傾向性がそのまま行為者に付与される「特徴づけ」の段階を経る。そして、状況要因の影響を考慮して、傾向性を割引くといった「修正」が最後に行われると考えられている。
しかし、対応推論過程にはさまざまなバイアスが付きものであり、実験研究の知見は、理論的モデルの予測通りには必ずしもならなかった。特に、状況要因が明示され、それを修正に使うための認知資源が十分あったとしても、私たちは額面通りの傾向性を推論しやすいことが繰り返し示され、「対応バイアス」と呼ばれてきた。著者はこれら対応バイアスが認められた実験研究を紹介した上で、それがどういう条件下で生じたり生じなかったりするのかについてはまだ統一的な説明が成り立っておらず、その解明が本論文での主要な課題であると論じる。
そして著者は、対応推論を行う際の、私たちの動機づけを考慮することによって、これまでの矛盾した研究結果が整理できると主張する。推論のプロセスには、「正確さへの動機づけ」だけではなく、「ある結論に向かう動機づけ」も介在することがあると Kunda (1990) 以来主張されているが、著者はその視点を対応推論の過程にも導入しようと試みたのである。
そして第1節5項ではまず、従来のモデルでは、システマティックな情報処理が動機づけられた場合に状況要因も考慮され、対応バイアスが抑制されると考えられてきたことを紹介した。次に、これまでの実験研究では、他者の行動が認知者の予期に反する場合と他者認知の正確さが要求される場合に、システマティックな情報処理が高められたことが紹介された。これらも対応推論の際の動機づけを考慮した研究である。しかし、認知者の予期に反する場合には、後述する「内発誘導因」に関してこれまでの研究は考慮してこなかった。また、正確さが要求される場合には、正確さへの動機づけに優先される「リスク回避の動機づけ」が考慮されてこなかったことも指摘された。そこで、これら見落とされていた要因を考慮した著者独自の理論モデルが、次の節で展開される。
第2節では、第1章と第2章で実験的検討を行う、カテゴリー予期に不一致な行動に対する対応推論と状況要因の利用(第2節の一)、および正確さが要求される対応推論と状況要因の利用(第2節の二)の問題が議論される。
第2節の一では、まず次の先行研究が紹介される。私たちは他者の所属するカテゴリーに基づき、他者がどんな行動を取りやすいのか予期することがある(「カテゴリー依存型予期」あるいは「ステレオタイプ予期」)。この予期に反する行動を観察すると、私たちは予期と行動との不一致を何らかの形で解消しようとするために、その行動の外的原因を探すなど、システマティックな情報処理を行いやすくなる。その結果、状況要因を利用して対応を割引き、対応バイアスを修正しやすくなることも知られている。
しかしこれまでの研究で扱われてきた状況要因は、行動に対応しない心理的状態を生じさせるもので、「外発誘導因」であったと著者は指摘する。行動に対応する心理的状態を生じさせることを通じて行動を引き起こす「内発誘導因」については、研究が行われてこなかったという。外発誘導因とは、例えば援助行動をする際に、上司から命令された場合に、その上司の命令のことをいう。他方、内発誘導因とは、例えば援助を受ける人の苦しんでいる状況(苦境)のことをさす。このとき行為者は、援助したいという心理的状態(意図や気持ちなど)を強めやすく、その上で援助行動をするだろう。この心理的状態は一時的なもので、日常的な「親切さ」といった行為者の安定した性質(傾向性)とは異なるはずである。
これらの概念を提出した Trope (1989) によれば、内発誘導因も外発誘導因と同様に、一定の行動を生起させやすくする状況要因として、傾向性についての対応推論の割引には利用されると考えられる。しかし、外発誘導因が行動に対応する心理的状態の割引にも利用されるのに対して、内発誘導因は心理的状態の割引には利用されないと予測できる。この内発誘導因に関する予測は、まだ実証的には検討されておらず、本論文の著者は、政治家行動の領域にこの予測を適用し、後に述べるように実験で検討したのである。
第2節の一ではさらに、 Shoda & Mischel (1993) の考え方に基づき、「傾向性」を安定した一般的「特性」(性格など)と、適用範囲が狭く、状況や対象に依存する「条件つき傾向性」(態度や特定のスキルなど)に分けることが提案される。例えば、誰に対しても親切な人の「親切さ」は特性であるが、特定の友人に対してだけ親切な人はその友人に「限定された親切さ」(条件つき傾向性)を持っていることになる。著者は、内発誘導因が存在する条件で予期に不一致な行動を観察した場合には、内発誘導因に基づいて行動が再同定・再特徴づけされると論じる。そして、この再同定の過程で条件つき傾向性を推論する場合には、すでに再同定の段階で一度使用された内発誘導因は割引には利用されないと予測した。
第2節の二では、対応推論の正確さが要求された場合が検討される。その1つとして、認知者に説明責任が求められた場合には、システマティックな情報処理が行われ、状況要因が考慮されることを示した研究が紹介される(Tetlock & Beottger, 1989)。もう1つとして、認知対象である他者の行動に認知者の結果が依存している場合にも、同様に状況要因が考慮されて対応バイアスが抑制されやすかった研究も紹介される。しかし、実験的ゲームのような競争的相互依存関係で実験を行った Vonk (1999) の先行研究では、相手の協力主義的な行動については対応バイアスが抑制されたが、個人(競争)主義的な行動についてはそうでなかったことも紹介された。
本論文の著者は、結果依存の関係にあるときに、私たちはまず自分がリスクにさらされないように動機づけられていると主張する。協力主義的行動から協力主義を推測する程度を割引いた場合には、相手の競争的行動を警戒することになってこの動機づけを満たす。しかし、個人主義的行動から個人主義を推測する程度を割引いてしまうと、相手が実は競争的であった場合に、認知者は大きな損害を被る可能性ができてしまう。リスクを回避するよう動機づけられているとすれば、この場合には割引による対応推論の修正は生じないと予測される。正確さへの動機づけは、このようにリスク回避の動機づけに制約されることを、第3章で実証的に検討することになる。
第1章では、序章で論じた以上の問題のうち、カテゴリー予期と内発誘導因の認知について実験によって検討した結果が報告されている。実験では職業カテゴリーの一つである「政治家」が用いられた。政治家に関する既存知識には「良い政治家」に関する知識と「悪い政治家」に関する知識があると考えられ、それぞれに関する大学生の知識を予備調査によって測定した。他方、それと比較対照するために、「良い医者」および「悪い医者」に関する知識についても予備調査で測定した。この予備調査に基づいて、職業カテゴリー(「政治家」または「医者」)と望ましさ(「良い」または「悪い」)で構成される4種類の職業カテゴリー知識を作成した。
実験では、「調査1」と称して、4種類の知識の1つを他の無関連な情報とともに実験参加者に与えて、それらの記憶を問う質問紙調査を実施した。これによって職業カテゴリー知識のいずれか1つを活性化した。次に「別の調査2」と称して、「ナシ国のリーダー」に関するシナリオ(「政治的おとぎ話」)を読ませて、登場するリーダーの行動等についての判断を求めた。このシナリオは現実の国際政治事件を下敷きにして、著者が創作したものである。その中では、「ナシ国のリーダー」が、「害虫」によって捉えられた自国民の人質を救出するために、「害虫」と親密な関係にあるが、武力行為によって国際的な制裁対象となっていた「ミカン国」へ、密かに「武器」と「肥料」を大量に輸出していたことが発覚したことが述べられていた。また、リーダーの人質救出行動についての内発誘導因として、人質の苦境が記述されていた。
実験の結果、「悪い政治家」を活性化した条件では、「良い政治家」を活性化した条件よりも、人質になった国民の苦境をリーダーの行動の原因として言及しやすいことが認められた。「悪い医者」と「良い医者」の条件間にはこのような差はなく、むしろ逆方向の結果であった。「人質を救う」という行動は「悪い政治家」に関する予期とは一致せず、この結果は「人質の苦境」という内発誘導因(外的原因の1つ)に帰属されやすかったことを示している。その結果、「悪い政治家」条件では傾向性の割引が生じる可能性があるが、この実験ではそこまでの結果は得られなかった。
第2章では、第1章の実験で残された問題を検討するために、序章で論じたように、傾向性の内容を区分してとらえ、従属変数を改良した2つの実験を実施した結果を報告している。実験2、3とも、実験1と同じ実験パラダイムを用いているが、政治的リーダーの傾向性について判断する項目の中に、「優しさ」という特性と、「国民を大切にする」という条件つき傾向性との2種類を含めたことが最大の改善点である。
実験2では、実験1と同じように、4種類の職業カテゴリー知識を用いて実験を実施し、「ナシ国のリーダー」の性質について判断を求めた。その結果、「悪い政治家」を活性化した条件よりも、「良い政治家」を活性化した条件で、「優しさ」の程度を高く判断し、その差は統計的に有意だった。つまり、予期に反した行動が示された条件でのみ、対応する特性の割引が生じたのである。医者を活性化した条件では、こういった差は認められなかった。他方、「国民を大切にする」程度の判断では、政治家条件間の差は認められなかった。これらは特性および条件つき傾向性に関する予測を支持する結果である。なお、実験1と同様に、「悪い政治家」条件では、「人質の命の危なさ」という内発誘導因にリーダーの行動を帰属する傾向も認められた。
実験3では、職業カテゴリーを「政治家」だけに絞り、外発誘導因のあり・なしをもう一つの要因に加えて実験を行った。実験3は実験1、2の追試であり、外発誘導因のない場合に、内発誘導因の効果が明確となることを示そうとしたものである。また、自由記述形式の従属変数の測定を行い、予期に一致しない「悪い政治家」条件では、具体的レベルの用語(動詞など)で対象人物の行動を表現する傾向を検討した。実験の主たる結果はこれらの予測を支持するものであったが、さまざまな付随的な結果が得られ、それぞれに対して考察が加えられた。最後に第2章の全体的考察として、特性推論と条件つき傾向性推論は同時には行われにくく、それぞれが行われる条件を解明することが今後の課題であると論じられた。
第3章では、現実的な相互作用場面を用いて、依存する相手を正しく認識しようと動機づけられている場合の対応推論の過程が2つの実験によって検討される。
まず実験4では、囚人のジレンマを内包した取引ゲームの場面が用いられた。このゲームで参加者は、相手に協力的に行動して共通利益を最大化することが可能である。他方で、自己利益だけを考えて個人主義的に(あるいは競争的に)振る舞うことも可能である。協力的行動であっても個人主義的行動であっても、他者からアドバイスを受けるなど状況要因が存在した場合には、その行動に対応した特性の推論を認知者は割引くと予測される。こういった相互依存状況では、相手を正確に理解することに動機づけられ、対応バイアスは生じないと考えられるのである。しかし、本論文の著者は、協力主義は認知者に脅威を与えないが、個人主義は脅威を与える傾向性であると論じる。そうすると、私たちにはリスクを回避するよう動機づけられた推論をしやすいので、脅威を与える相手の個人主義については割引かないと予測されるのである。
実験の手続きでは、4人が2室に分かれ、2人1組で実験に参加することになっていた。しかし、本当の参加者は1名だけで、隣室の2名は架空であり、同室のもう1名は実験協力者であった。参加者には隣室の2名のうちどちらか1名が後にゲームの相手になると教示され、その人物について練習試行に関する情報を与えられ、判断を行った。ゲーム相手となる人物との間には相互依存関係が存在するが、そうでない相手との間には相互依存は存在しないと考えられる。また、練習試行で相手人物は協力的あるいは個人主義的に行動したと伝えられた。さらにその情報の中には、相手が他人からアドバイスを受けて行動したかあるいは受けなかったかが書かれていた。そして、相手の協力的特性の程度について推論が行われた。
その結果、協力的行動を示した人物が、ゲーム相手であった場合には、アドバイスが有った場合には無かった場合よりも協力性の程度が低いと推論された。他方で、ゲーム相手でなかった場合にはこういった差はなく、中立的な推論がなされた。他方で、個人主義的行動を示した人物がゲーム相手であった場合には、アドバイスの有無は協力性の程度の推論に影響を及ぼさなかった。以上の結果は、ゲームの相手でない人に関しては若干予想外の点があったが、およそ予測を支持するものであった。競争相手に関しては、正確さの動機づけに基づけば状況要因によって割引くはずの個人主義の程度を、リスク回避の動機づけが働いたために割引かないことが示されたのである。
実験5では、数学課題における競争場面が設定され、実験4と概念的には同じ実験が実施された。ここでは相手の有能さが脅威となる傾向性であり、相手の能力の低さはそうではない。相手行動に関する情報はやはり練習試行に関して与えられ、相手の課題があらかじめ指定されたものであるか本人が自由に選択したものであるかによって、状況要因の有無が操作された。その結果、状況要因が有った場合には無かった場合よりも、相手の悪い成績から高い能力を推測した。これは状況要因によって対応する能力の推測を修正したことを示している。他方、相手の良い成績については、状況要因の有無にかかわらず同程度の能力を推測しており、状況要因の割引が行われないことを示唆している。これらの結果は実験4の結果を再確認するものであり、異なる課題を用いて結果の妥当性を高めていることになる。
終章では、これまでの理論的考察と実証的検討をまとめ、今後の課題と研究の意義とを論じている。著者の言葉を借りてまとめると、対応推論の際、状況要因がどのように利用されるかは、その利用によって得られた結論が安全を確保した上で環境に適応するという基礎欲求(基本的動機づけ)によって決められるのである。

3.本論文の評価
 本論文は、他者の行動観察から内面の特性を推論する過程に関する社会心理学の実験研究の成果をまとめたものである。本論文の貢献は次の3点にまとめられる。
第1に、対応推論という認知過程を動機づけの観点から論じて整理したことである。対応推論の問題は近年、ヒューリスティック処理とシステマティック処理という情報処理の二過程モデルから論じられる傾向があった。その観点の特長は生かしつつ、認知を支える動機づけから論じることによって、二過程モデルとは矛盾する実験結果も統一的に説明することが可能となった。「動機づけられた推論」という観点を、対応推論にも適用した研究として高く評価できるだろう。
第2に、これまで見落とされてきた重要な理論的構成概念を再評価したことである。その1つが「外発誘導因」と「内発誘導因」との区別である。内発誘導因の概念を対応推論に導入することによって、外的行動と内的傾向性との間に介在する可能性のある、一時的な心理的状態を検討する必要性をこの論文は指摘している。また、状況論的な性格心理学からもたらされた、「条件つき傾向性」の概念を対応推論の文脈で取り上げたことも著者の卓見である。
第3に、対応推論に関する著者独自の理論モデルを実証的に検討し、モデルを支持する因果的証拠を提出したことである。実験研究を実施するためには理論的変数に操作的定義を与え、一方で独立変数を操作し、他方で従属変数を測定する必要がある。著者は専門的能力を駆使してその作業を行い、数量化したデータを統計学的方法によって分析し、結果を導いている。その手続きは多様であり、方法は巧みである。
しかし、本論文にもまだいくつかの課題が残されている。まず、理論モデルの記述が難解であり、このままでは幅広い理解を得にくいと思われる。また、提案している心理的構成概念の定義には曖昧さが残っており、それが真に必要なのかどうか、疑問が残る点もある。さらに、提案されたそれぞれの動機づけの働きは説得的に論じられているが、その全体の関係についてまとまった考察がないため、動機づけの働きの全体像がつかみにくい。
もちろん、以上の課題は著者自身も自覚するところであり、今後の研究の発展によって1つ1つ解決されると考えられる。また、本論文が達成した成果を大きく減ずるものではない。
以上、審査委員会は、本論文が当該分野の研究の進展に貢献したことを認め、李岩梅氏に対し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断する。

最終試験の結果の要旨

2004年7月14日

 2004年6月10日、学位請求論文提出者 李岩梅 氏についての最終試験を行った。試験においては、審査委員が、提出論文『対応推論における状況要因の利用についての実証的研究-動機づけの働きに着目して』に関する疑問点について、逐一説明を求めたのに対し、李岩梅氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって審査委員会は、李岩梅氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有することを認定した。

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