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博士論文審査要旨

論文題目:介護保険制度の給付実態分析:居宅介護支援センターの調査をもとに
著者:金 善英 (KIM, Sun Young)
論文審査委員:藤田伍一、浜谷正晴、高田一夫、倉田良樹

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 〔本論文の構成〕
  本論文の構成は以下の通りである。

  序章 問題提起と研究課題
   第1節 問題提起
   第2節 研究課題及び研究方法
   第3節 論文の構成
  第1章 日本の高齢者介護をめぐる諸制度
   第1節 高齢者保健・福祉サービスに関する制度の変遷
   第2節 介護保険制度の創設と基本理念 
  第2章 日本の介護保険制度
   第1節 介護保険制度の仕組み 
    (1)拠出及び給付
    (2)受給権者と要介護度
    (3)財政構造
    (4)介護保険制度における仕組みの特徴
   第2節 介護保険制度の運営及び現状
    (1)第1期介護保険事業計画期の実績
    (2)第2期介護保険事業計画期の動向
    (3)各区市町村(保険者)の取組み
  第3章 東京都府中市における介護実態調査とその分析
   第1節 地域福祉計画と高齢者介護の実態
   第2節 居宅介護支援センターにおける要介護者の実態
    (1)要介護度及び利用サービスが固定している要介護者
    (2)6ヵ月未満のサービス利用者
    (3)要介護度の変化がある要介護者
   第3節 要介護状態に対する介護保険制度の給付決定要因
  第4章 介護保険制度の位置づけ及び高齢者介護のあり方
   第1節 介護給付サービスの利用実態から見たサービス体系
   第2節 介護保険制度の運営のあり方
   第3節 介護給付サービスの改善と体系化
  終章 結論及び課題
  参考文献

  〔本論文の内容要旨〕
 本論文はわが国の介護保険制度の創設と展開を社会保険の枠組みで捉えた研究である。2000年に創設された介護保険はわが国では5番目の社会保険であるが、介護サービスが社会保険になじむか否かは立案・立法過程からの大きな争点であった。この点で著者は社会保険理論の立場から、なじまないとして、むしろ措置制度の改善を図るべきだと主張してきた。本論文はそうした介護保険の理論的枠組みをベースに、一連の実態調査研究を通じて自説を検証し、そこから制度論的な改革を訴えている。以下、各章での論旨を見ておきたい。
 序章では、まず介護保険制度の特性について言及する。介護保険では給付をおこなうにあたって「介護にかかる手間時間」を基準にしてクラス分けをしている。すなわち6つの要介護度に分けているが、要介護度とは要介護者のニーズの大きさではなく、ニーズを充足させるに必要な介護時間を基準軸にしている。
 そこで著者は要介護度と要介護ニーズの間にあるギャップ関係について実態調査を通じて明らかにすることを課題としたのである。
 第1章では、介護保険の創設までの経緯や先行制度などを考察している。わが国の介護保険は高齢者介護を対象とするものであって、沿革的には高齢者保健サービスと高齢者福祉サービスを基盤として成立している。とくに「1989年の高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略(ゴールドプラン)」が、ホームヘルプサービス、デイサービス、ショートステイサービスを三本柱に「在宅サービス」を打ち出した点、また数値でそれらの事業規模を特定しようとした点で高い評価を下している。  
 介護保険の基本理念については、介護保険法の条文を紹介し、次のように要約する。すなわち、被保険者の選択に基づき適切なサービスが総合的かつ効率的に提供されること、そして要介護状態になった場合には、可能なかぎり居宅において日常生活ができるように配慮すべきこと、である。
 第2章では、創設された介護保険制度の仕組みを解説し、制度運営の現状について述べている。仕組みの上で注目されるのは、「保険者」が3000余ある市町村であって、保険者の規模が小さいために「不安定要素」を有している点である。また、給付は「要介護度」が確定した者だけに給付されるが、この給付サービスの枠が認定された要介護度と連動している点である。
 2000年4月から2003年3月までの第1期介護保険実施計画期間については、東京都の実績を資料に基づいて分析している。たとえば要介護者数の分布を時系列で見ると、要介護時間の少ない1や2では増加率が大きく、反対に要介護度が3以上になると出現度は低くなる傾向があるという。要介護度の低い人が増加していることは、施設サービスより在宅サービスの方が多いことと関連すると見ている。
 地域福祉計画を実施した東京都の10ヵ所の区市町村の中で注目されるのは、府中市が所管内の要介護認定者全員にアンケート調査(2003年9月現在)を実施していることである。この調査結果は第2期の介護保険計画に反映されているが、著者もこのアンケート調査結果を基に、要介護状態の実態分析に進むのである。
 第3章では、府中市の事例を取り上げ分析している。府中市は2003年4月から「第5次府中市総合計画」に基づき、「府中市福祉計画」を実施に移した。この計画を策定するために、先の要介護者認定者全員に対するアンケート調査が行われたのであるが、著者はこれによって要介護者の状態が克明に把握できたとしている。
 アンケート調査では、在宅サービス利用者と特養入所者に分けておこなっているが、両者では要介護度分布は違う傾向を見せているという。在宅サービス利用者の場合は要介護度が3未満の人が多いのに対して、特養入所者のケースでは要介護度が4や5の人が多くなるのである。
 また、著者は利用サービスと利用人数との関係を整理しているが、加えて利用サービスの種類と単位数との関係が大事であるという。それは単位数がサービス提供時間ベースで測定されているため、利用回数総計とは異なるからである。この点で著者は介護サービスの利用頻度はサービスの必要度を表すと見ている。
 府中市では、中学校区に1つの割合で設置する「在宅支援センター」が6ヵ所置かれている。著者は、その中で「P居宅介護支援センター(以下、Pセンターと略称)」における活動記録(2003年1月~6月)を重要なデータとして活用している。そこでの要介護者は「定期的」かつ一定期間「連続」してサービスを受けているケースが80%を占めるという。その場合には、要介護状態に変化のない人が多くリスクは安定していると見ることができる。他方、断続的にサービスを利用する人は病院・施設への入所を繰り返しており、しかも在宅復帰とともにサービス利用量が増えている。要介護度に変化があるケースでは主に病気によって介護ニーズが増加していることが分かった。そこから著者は介護状態に関係する要因として「病気」と「世帯構成」を挙げることができるとしている。
 第4章では、現行の介護保険制度で要介護者に支給されている介護サービスの利用状態と介護サービスのニーズの関係を考察して総括的な分析をおこなっている。どの要介護度においても、その限度額を超えない給付がおこなわれていて、限度額が低い要介護度クラスでは人数が多く、限度額が高い要介護度クラスでは人数が少ない傾向がでている。他方で、要介護度別の総利用単位は要介護度1から5までの全クラスでほぼ同じである。しかし、利用サービス種類の増加や利用サービス単位が要介護度クラス別の限度額とは関係ないことが分かったとしている。すなわち、現行の要介護度と介護ニーズは必ずしも一致しないということである。同一の要介護度クラスにあっても、各要介護者のニーズによって利用する量とサービス種類は大きく異なるわけである。
 終章では、本論文の結論と課題が提示されている。大筋では3点にまとめることができよう。第1に、現行の要介護度の区分原理が介護に要する時間を基準にしており、これは要介護者の介護ニーズとは必ずしも一致しないので、ニーズに沿った改革が必要であることを主張している。第2に、現行の介護保険制度は介護に要する時間に基づいて要介護状態を6つのクラスに区分したのであるが、著者はこの方式にニーズ分析を加えることで3クラスに再編できるとしている。そして第3には、介護ニーズには病気の有無や種類、それに家族構成などが密接に関連すると分析している。とくに病気の点に関しては病後に介護サービスのニーズが高まっていることから、医療サービスとの連携視点が必要であるとしている。

  〔本論文の評価と課題〕
 本論文は、わが国において第5番目の社会保険として成立した「介護保険」の理論的矛盾点、すなわちサービス給付という現物給付を、本来、現金給付のための組織である社会保険でおこなうことの問題点をどのように理解するか、またどのような仕組みで解消するか、を念頭において分析しまとめられたものである。
 理論面では、定性的なサービス給付を「何処かで」定量的な現金給付に「読み換え」なければならないが、介護保険ではその「読み換え」機能を「要介護度」が果たしているわけである。つまり要介護度は二重の意味で定量的性格を与えられている。第1に、ニーズの大きさを介護を要する時間に読み換えている。第2に、その手間時間に応じて給付額の枠組みを設けているのである。この読み換えの時点でニーズと給付のギャップが生じるのであるが、著者はそのギャップを理論的に説明し、加えてその解消を提案している。高く評価できる点である。
 また実態調査の面では、P居宅介護支援センターの給付実績資料を入手してそのデータを丹念に精査し分析をおこなっている。この資料は著者が同センターでの長期にわたる参与観察を通じて入手・活用可能になったものであって、本論文ではこれらの実態調査結果を活用して、具体的に改善すべき点を訴えている。こうした試みも高く評価できる点である。  
 さらにP居宅介護支援センターにおけるサービス受給者の家族状況、支払い能力、疾病状況に関する著者の精密な分析は、社会保険研究という観点を離れても今後のわが国の高齢化社会研究に対して示唆するところの大きい学術的貢献として捉えることができよう。
 最後に、今後の課題について若干指摘しておきたい。理論面では、受給内容の決定要因が挙げられる。給付額の1割を受給者が利用料として負担しなければならないが、この1割負担があるために、限度額まで使わないケースが多く指摘されている。同じく利用サービスの種類や量を限度額内で決定する際、ケアマネジャーの関与が大きいはずである。1割負担やケアマネジャーの関わり方は給付内容や利用パターンを決定する上で重要なファクターと見られるので、この点での今後の研究を期待したい。
 また実態調査の面では、調査結果をいろいろとパターン化しているが、まだそれに政策的意味を持たせるまでには集約されていない。またデータ処理についても十分でないところが見られる。これらも今後の研究課題となろう。
 だが、こうした課題の存在については本人も十分に自覚しており、本論文の本質的価値を損なうものではない。よって審査員一同は、本論文が当該分野の研究に大きく貢献していることを認め、金善英氏に対して、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断する。 

最終試験の結果の要旨

2004年3月10日

 平成16年2月4日、学位論文提出者金善英氏の論文について最終試験をおこなった。試験においては、提出論文「介護保険制度の給付実態分析――居宅介護支援センターの調査をもとに――」に関する疑問点について審査委員から逐一説明を求めたのに対し、金善英氏はいずれも充分な説明を与えた。以上により、審査委員一同は金善英氏が学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有することを認定した。

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