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博士論文審査要旨

論文題目:産業組織の変容と外国人労働者
著者:丹野 清人 (TANNO, Kiyoto)
論文審査委員:加藤哲郎、梶田孝道、町村敬志

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 丹野清人氏(以下著者と記す)の学位請求論文「産業組織の変容と外国人労働者」は、日本における日系外国人労働者を、産業組織のなかで詳細に調査し分析したものである。
 
一 本論文の構成
  本論文は、以下のように構成されている。
目次
序章 はじめに 産業組織の変容と外国人労働者
 1 問題設定
 2 日本の外国人労働者問題の特徴
 3 組織変容とニッチの生成
 4 本書の構成
第一章 ブローカーの社会学──ピンポイント移住と「地域労働市場」 
 1 問題設定
 2 理論の限界、実証の限界
 3 現代移民の特徴=「ピンポイント移住」
 4 ピンポイント移住の生成する歴史的経路
 5 ブローカーと「地域労働市場」
 6 組織の隙間をつなぐブローカー
 7 ニッチの自己運動と地域労働市場
 8 地域労働市場と日本の移民労働者
第二章 雇用構造の変動と外国人労働者──労働力市場と生活様式の相補性の視点から
 1 問題設定──バブル経済期の現業職場をめぐる雇用構造のゆらぎ
 2 産業社会における日系人労働力の機能──労働力のインターフェース装置
 3 定住の進展に伴う多様化・複雑化する出稼ぎ労働の構造化システム
 4 出稼ぎ日系人の複雑化・多様化の媒介者
 5 セーフティネットとコミュニティ──複雑系からアプローチする地域における外国人居住問題
 6 雇用のポートフォリオ化と日系人労働者──労働市場と生活様式の相補性
 7 資格外就労者にみるネットワークの変化と生活環境の相補性
 8 相補性がもたらす「結果としての共生」
第三章  外国人の労働市場はどうして分断されるのか──戦略的補完性の働く外国人の労働市場と組織化の論理
 1 問題設定
 2 景気低迷期にも必要とされる外国人労働者
 3 分断される外国人労働者の労働市場
 4 戦略的補完性の働く外国人労働市場
 5 戦略的補完性がもたらす階層性
 6 雇用機会が分断する外国人労働者の組織化
 7 外国人労働者(移民)への動学的アプローチ
第四章  産業組織のなかの外国人労働者──ゲーム理論からのアプローチ
 1 問題設定
 2 外国人労働者の分化・多様化をめぐるゲーム
 3 賃金ゲーム、滞在ゲーム、権利ゲーム
 4 下請企業間に形成される「命令なき秩序」
 5 「命令なき秩序」が創りだす無責任の社会構造
 6 強制されたフリーライダー
 7 移民労働者をめぐる強制の社会構造
第五章  グローバリゼーション下の産業再編と地域労働市場──自動車産業にみる周辺部労働間競争
 1 問題設定
 2 豊田市内工業の概要
 3 自動車産業の下請構造と外国人労働者の位置
 4 雇用を巡る企業間ルールの崩壊と外国人労働者
 5 下請関係のなかでの親企業への要員応援と労働市場
 6 絶対的人手不足の時代の終焉と日本人に置き換えられる外国人労働者
 7 親会社の経営戦略と下請の「後ろ向きの雇用戦略」
 8 新しい労働パラダイムか、古くからある根本問題か
 9 結語にかえて
第六章  在日ブラジル人の労働市場──業務請負業と日系ブラジル人労働者
 1 問題設定
 2 業務請負業の定義と業務請負業の経営者たち
 3 業務請負業の規模と市場
 4 産業社会のなかの業務請負業
 5 業務請負業のなかの日系ブラジル人労働者
 6 結語にかえて
第七章  日系人労働市場のミクロ分析
 1 問題設定
 2 調査対象地域と業務請負業
 3 調査対象業務請負業者の組織形態
 4 業務請負業者の一日
 5 業務請負業者における日々の仕事の内容
 6 解雇をめぐる経営者、通訳スタッフ、労働者の関係
 7 フレキシブルな労働力を利用する取引先
 8 結語にかえて
終章 墓石の社会学──なぜ私は移民を研究するのか
 二 本論文の概要
 著者は、第一章で全体的問題提起を行った上で、第二章-第四章を「理論編」、第五章-第七章を「実証編」と位置づけている。ただし、ここでの「理論編」の意味は、確かに政治学・経済学・社会学等のさまざまな理論にも言及してはいるが、第五章以下の「実証編」で詳細に示される自動車産業における外国人労働者就労についてのフィールドワーク結果から抽出される限りでの、中範囲の「理論」である。
 調査の主たる対象は、今日の外国人労働者の中核を占める、ラテンアメリカからの合法就労者である。著者はイスラム圏からの資格外就労者をも調査・観察してきたが、本論文では、データの量的解析と産業組織内分析が可能な合法就労者に照準を定めたという。ここで産業組織とは、親企業を中心に複雑な下請構造を形成して一つの商品を仕上げる個別企業の連合体で、そこから生じる社会問題が、著者の関心事となる。
 そのさい著者は、産業組織に外国人を送り込む業務請負業の存在に着目し、外国人労働者採用企業、業務請負業者、および外国人就労者の詳細なアンケート・インタビュー・参与観察を通して、日本企業における外国人就労の実態とメカニズムを微細に明らかにしていく。
 第一章では「ピンポイント移住」という耳慣れない概念が、日系外国人労働者の合法的就労ルートを解明するキーワードとして用いられ、日系外国人労働者が供給サイドから考察される。「ピンポイント移住」の用語自体は、著者のオリジナルではなく、横浜の外国人労働者救援シェルターで用いられていたもので、「長期にわたって日本に住んでいるにもかかわらず日本のことは何も知らない人々」を意味していた。日本についてよく知らないばかりでなく、早朝に仕事に出て夜遅くまで働くため、「保見団地」はわかるが「豊田市」は知らず、「湘南台」はわかるが「藤沢市」は知らないといった、自分の職場と居住アパートが、「ピンポイント」で家族のいる出身国・出身地と直接つながったかたちになる。
 著者はそれを、愛知県豊田市の外国人居住者について、ブラジルのサンパウロ州・パラナ州、ボリビア・ワルネル郡、日本の豊田市周辺で現地調査を行い、それを媒介するブラジル側のブローカーの送り出しの役割に着目する。移住の拡大には、情報交通の発展一般ではなく、1980年代の日米貿易摩擦の派生的効果──日米航空協定改定によるアメリカ経由中南米行き航路開設──が背景にあり、90年の日系人を優先する出入国管理法改正で急増したという。現地の募集広告や旅行エージェンシー調査から、著者は、ブローカーが、サスキア・サッセンのいう地域労働市場形成の鍵となっていることを見いだす。ブローカーは、現地県人会組織や日系旅行社とタイアップして求人・派遣ルートをつくり、日本の業務請負業者を介した特定の企業・工場・地域に労働者を送り出す。請負業者の重要な仕事が、送り出し労働者の住居の確保で、豊田市の例で言えば、住宅都市整備公団中部支社が、空き部屋の多い保見団地を法人企業に賃貸するようになったことが、日系ブラジル人労働者急増の要因となった。
 S・サッセンの地域労働市場論では、「移民の到来が移民先労働市場の賃金率に影響を与えないこと」がひとつの特徴とされていたが、著者によると、日本ではこの条件が大きく異なり、派遣労働・パート労働など不安定労働市場が広汎に存在し、そこに参入する外国人労働者は日本人不安定就労者と競争関係にあり、その構造全体が正社員層の賃金にも影響を与えている、と見る。そしてエスニック・ブローカー=業務請負業者は、たんに外国人労働者を募集・派遣するリクルーターであるだけでなく、地域労働市場内で外国人労働者を企業の需要にあわせて編成・手配するディストリビューターとしての機能を併せ持ち、労働市場への参入か退出しか道のない外国人労働者の生殺与奪権を握っている。
 第二章では、日本経済のいわゆる二重構造のもとで、日系人労働力がどのような位置にあるかを、需要のサイドから考察する。著者は、日本の産業社会における親企業と下請け中小企業の賃金格差は、生産性の格差によるばかりではなく、(1)親企業の労働市場が新卒者のみに開かれ、(2)取引関係のある企業間・系列内では取引先企業で勤務経験のある者の中途採用をしない、という労働市場内のルールによって維持・再生産されてきたという。80年代後半バブル期の絶対的労働力不足で、このルールは親企業の側から破られ、自動車・電機等の現業職で「直近の前職が取引先および系列企業勤務でない者」まで中途採用の条件が広がり、親企業の労働力は確保されたが、熟練労働力を引き抜かれた中小企業の側は、バブル崩壊後も続く交代制勤務の工場労働力不足を補うため、合法就労の日系外国人労働者を採用するようになった。
 ここで雇用されるのが、不法就労の資格外外国人就労者ではなく、合法就労の日系人労働者であるのは、前章で見た南米での労働者送り出しシステムが1990年代に確立し、日本企業が直接に労働力募集を行う必要がなくなったこと、日本人労働者でも正社員がスリム化し、3交代制から連続2交代制になって期間工・季節工を集めやすくなったこと、親会社が不法就労摘発によるブランド・イメージ悪化など社会的リスクを嫌うことなどによるが、同時に、今日の外国人労働市場のエスニック構造を反映している。すなわち、イラン、パキスタン、バングラデシュ人等の資格外労働者は、個人的なエスニック・ネットワークとそれを媒介するエスニック・ブローカーの存在により、日系人合法就労者とは異なるルートで様々な底辺的職種(いわゆる「3K」職場など)に入っていくが、日系人労働者は、限られた職種ではあるが、業務請負業者を介した比較的長期の安定的就労機会を持ち、むしろ、99年男女雇用機会均等法施行で深夜労働が容易になったパートの家庭主婦層や高齢求職者など日本人の不安定就労層と競合関係に入る、という。著者はこれを、日経連のマクロな雇用ポートフォリオ化政策と、国内でのエスニック・ブローカー、業務請負業調査、それに愛知県での地域コミュニティ調査などから、詳細に実証している。
 そのさい注目すべきは、日本における外国人労働者問題の実態調査が、しばしば地域コミュニティにおける文化摩擦や社会問題を切り口として行われるのに対し、著者は、あくまで個別企業の雇用・経営政策と労働市場の方からアプローチする方法を採っていることである。これは、先の「ピンポイント移住」と「エスニック・ブローカー」の分析から得られた、日系人労働者の実際の流入ルートと特殊な就労・生活様式観察の結果であり、「企業を取り巻く社会環境が変化すると、企業もまた変化する。これにあわせて労働市場に変化が起こり、そこに参入することで賃金を得る労働者の性格もまた変わっていく。こうした連続する変化の中で、外国人労働者の地域居住問題が生起するため、外国人労働者の存在は目的志向的な共生概念では捉えることはできない」と、地域社会からのアプローチによる問題把握の困難と解決策提示の限界を指摘している。
 第三章は、こうして景気低迷期の労働市場に定着した外国人就労を、労働市場における雇用形態・リクルート方法と滞在外国人労働者の集合行為によって、多数者の行為パターンに従った方が自己の目的を達成するうえでのコストを削減できる「戦略的補完性」の働く領域として考察する。愛知県豊田市の系列・下請け構造と外国人就労の実態調査から、著者は、日本人労働者の中で2倍以上の賃金格差のある1000人以上規模事業所と50人以下規模の事業所の下請け構造の中で、日系人労働者が就労できるのは中小零細規模の低賃金労働市場であるという。とはいえそれは、男子で時給1400円・女子1000円前後、月収にして男子30万・女子20万円前後で、ラテンアメリカから優秀な労働力を集めるには十分な高賃金であり、日本人期間工・季節工との差別があるわけではない。企業にとっても、厚生年金・社会保険等法定福利厚生費のかかる日本人正社員の雇用コスト一人50万円弱に比すれば、業務請負業者への外部委託による一人30万円は合理的選択となる。
 そこで、業務請負業による間接雇用という社外工供給システムが、企業によって利用されるが、業務請負業者は、企業の製造ラインの必要に応じて、長期的・短期的に複数以上の多様な取引先に異なる労働者層を送り込む。この複雑で多様な労働需要にフレキシブルに対応できるのが、日系ブラジル人を中心とした合法外国人就労者の特質で、個別企業・工場にとっては外国人を雇用したという意識は弱く、業務請負業による生産を選択した結果となる。また、不当解雇による法的係争を嫌う企業にとっては、偽造パスポートによる入国者が多い日系ペルー人や、研修生として働く場合の多い日系フィリピン人ではなく、業務請負業者が労働者を管理・調整する責任をもつブラジル人日系労働者の採用が、リスク回避になる。これらが、請負業者を核として高度な情報ネットワークを構築したブラジル人日系外国人労働力が、比較的賃金が高く、失業リスクも少ない、間接雇用労働市場に定着した理由となる。
 第四章では、滞在長期化に伴い「生活エンジョイ」型や「消費志向」型の外国人労働者が出てきたといわれる問題に、ゲームの理論を応用しながら、日系外国人労働者は、生産における「命令なき秩序」のもとで、地域社会においては「強制されたフリーライダー」となり、多くはなお「貯蓄・仕送り目的」型生活を強いられていることを示す。そのさい外国人労働者が日本で滞在するうえでの選択肢について、法制度に依存した賃金ゲーム、出稼ぎの長期化や家族の呼び寄せのなかで生活の質の向上を求める滞在ゲーム、自らの権利を主張して日本で生き延びようとする権利ゲームの3局面を想定し、選択・選好の合理性からは多様な存在形態が現れうること、しかし第一の賃金ゲームの段階から、外国人労働者は合法的で安定した賃金を望めば企業の非正規雇用を仕切る業務請負業者に依存せざるをえず、個別企業が外国人雇用の法的責任を業務請負業におしつける「命令なき秩序」に従わざるをえない。
 また、外国人が移住した地域社会にとっては、立地する企業の労働事情により外国人をかかえ込み、コミュニケーションが難しく、ゴミ処理・町内会などで「強制されたフリーライダー」を迎えることとなる。つまり、「外国人労働者の働き方ゲーム」の枠組みが、親企業の経営戦略と法制度・下請け構造・受入企業の立地条件などで「日本人労働者の働き方ゲーム」とは根本的に異なり、生産を下請けに出す親企業、責任を業務請負業に転嫁する受入企業など「見えないフリーライダー」の存在によって、枠づけられている。そこから、外国人労働者は定住生活者になるのは難しく、地域コミュニティは「異質の隣人」をかかえ込む、「強制」の構造を析出する。
 「実証編」である第五章では、愛知県豊田市の地域労働市場を綿密に分析し、世界的なグローバリゼーションの波の中で、日本の不安定労働市場に組み込まれた外国人労働者の主たる問題が、いわゆる「チープレーバー」でも、日本人労働者と置き換えられ一路増大する「雇用代替効果」でも、資格外労働者が風俗産業などに入る「不法就労」でもなく、むしろ、女性・高齢者など日本人の不安定労働者と競合し、時には職場を奪われる独自の存在になっていることを、豊田市商工会議所に加盟する1493の事業所のアンケート調査、外国人雇用経験のある47事業所へのインタビュー調査で示す。
 そこでは、豊田市の自動車工業における階層的下請け構造、業種・従業員規模別の外国人雇用と年次的推移が詳しく分析され、親企業である世界的完成車メーカーA社の「グローバル人事部」が扱う「外国人社員」とは、欧米で採用されたエンジニアや海外現地法人からの出向・研修者で地域社会とは関わらないこと、また、従業員規模の小さい零細下請けや工作機械メーカーでは外国人労働者は用いられず、外国人職場は二次下請け、中規模三次下請けで多く、しかもそこでは、外国人労働力に頼って生産を続ける事業所と、近年外国人労働者雇用をやめて女性・高齢者等の日本人非正規雇用にシフトした事業所に二極分化する傾向を析出する。この要因を、著者は、自動車産業のグローバルな再編下で、親企業の企業戦略の変化のしわよせが、A社のジャストインタイム(「かんばん方式」)では部品納入が10分遅れると1000万円のペナルティが課されるような厳しいコスト切り下げ競争、下請け企業間の受注競争に転嫁され、長期的展望をもてなくなった下請け企業の「後ろ向きの雇用戦略」により、外国人労働者を含む不安定労働者層全体の競争激化・再編がおこっているため、と分析している。
 第六章と第七章では、在日ブラジル人等日系人合法就労者の労働市場を、直接的雇用主である業務請負業と、その業者間ネットワークの詳細な調査によって、全体像を示す。第六章は、業務請負業の側からの調査で、第七章では、日系ブラジル人労働者の職場での労働生活、地域での居住生活様式が、子細に解析される。
 人材派遣業とは異なる業務請負業は、民法上の請負契約により、発注者に対して工場ラインの生産・経営・人事上の全責任を引き受ける独立性を持ち、日本では土木建設業などで長い伝統を持つが、これが、日系ブラジル人社会での出稼ぎ志向と日本企業の雇用ポートフォリオ戦略、非正規雇用依存を媒介することで、外国人労働市場を左右する存在となった。そのメカニズムは、すでに各論的に論じられたところと重なるが、著者が参与観察によって得た興味深いファインディングには、日系ブラジル人の定住ビザ獲得のために業務請負業者が目をつけた住宅問題の重要性、公営・公団住宅空き部屋の借り上げ、「ピンポイント移住」地域間をつなぐ日系ポルトガル語新聞による情報共有と賃金相場形成、日系人の職場での仕事上のコミュニケーションばかりでなく家族の居住手続きや生活相談・転職相談にもたずさわる優秀な通訳スタッフの重要性など、日本における外国人労働者問題の今日を具体的に示す、豊富な実例が含まれている。
 また著者は、終章で自分の曽祖父・祖父の海外移住と、ブラジルで調査した日系人移民家族を重ね合わせながら、21世紀日本における移民労働者問題の重要性を、歴史的視野からも示唆している。
 三 本論文の評価
 本論文は、2001年のわが国外国人登録者177万人中、韓国・朝鮮人、中国人に次ぐ第3位15パーセント、26万人を占め、なお増大傾向にあるブラジル人の就労・居住について、その典型的な集住地域の一つで、日本の自動車産業の中核である愛知県豊田市を主たるフィールドに、本格的な実態調査に取り組み、重要な学問的貢献を行ったものである。
 著者は、第一に、日本におけるブラジル人労働者を対象にして、それを送り出したブラジル・サンパウロ州周辺で現地調査し、派遣に重要な役割を果たしたブラジルの日系外国人労働者ブローカー、現地県人会、日系旅行社などからの徹底した聞き取りで、ブラジル側のプッシュ要因を分析し、愛知県豊田市、同市商工会議所、同市国際交流協会などの協力を得た就労・居住状況調査結果から、プル側の要因を抽出し、いまや日系合法就労者が、自動車産業の産業組織において重要な役割を果たすにいたっていることを実証した。これは、日本の労働市場と産業組織のなかに外国人労働者が定着し、日本社会そのものが大きく変容しつつあることを示唆するものであり、当該領域についての、わが国初めての本格的研究と評価できる。
 第二に、本論文は、日本の従来の外国人労働者研究では居住コミュニティにおける文化的摩擦や共生の方途が中心的に研究され、産業組織研究では外国人労働者の存在が軽視されてきた状況を架橋しようと試み、産業組織のなかでの労働のあり方に焦点をあてて外国人労働者を分析した開拓的業績である。日系外国人労働者の合法就労を、日本経済のいわゆる二重構造、親会社と下請け・系列企業の労働市場とその変容の中に位置づけ、業務請負業者によって系統的に導入されたその存在が、中小零細企業の下請け労働にビルトインされており、しかし、かつていわれた「3K労働」や不法な「チープレーバー」として最底辺に沈殿する存在様式としてではなく、グローバル化のもとでの日本企業の生き残り戦略の中に組み込まれていることを、説得的に示した。日系外国人労働者は、雇用のポートフォリオ化と非正規労働者増大の動向に組み込まれ、女性労働や高齢者労働と競合する不安定雇用の一類型として定着したこと、したがって日本人不安定就労層により職場を奪われることもあり、法的・社会的に不利な状況におかれていること、にもかかわらず、ブラジルからの出稼ぎは当事者にとっては相対的に高収入を得る近道であり、その地域労働市場への定着が、地域自治体・コミュニティにとっては深刻な問題を生みだしていることを、膨大なデータの解析、インタビューや参与観察によって、鋭く提示している。
 第三に、著者は、経済学・政治学・社会学などの諸理論を参照しつつ、実証研究から導かれる限りでのいくつかの理論的新知見をも、積極的に提示している。地域労働市場形成における「ピンポイント移住」と「エスニック・ブローカー」の役割、業務請負業が関与することにより日系人労働者に強いられる労働市場での「命令なき秩序」と地域社会での「強制されたフリーライダー」の役割などのファインディングは、他地域や不安定労働市場一般にも応用可能なものであり、本論文の独自の貢献として評価することができる。
 他方で、さらに議論を展開し、叙述の上で工夫してもらいたかった点も、ないわけではない。
 第一に、その体系性で、もともと調査を重ねる過程で発表された報告書や論文をもとにしているとはいえ、対象の絞り込みも論理の一貫性も保たれているのであるから、各章毎の参照文献を巻末に一括したり、内容的に重複する叙述は省略して論理的に整序したりする工夫が、必要であったろう。本論文を書物として刊行するさいには、そうした体系化を期待したい。
 第二に、愛知県豊田市周辺に調査対象を限定し、就労・居住状態まで詳しく調べあげた研究結果の重みが、日本全体の外国人労働者問題、さらには他の先進国における移民労働者問題等とどのように重なりあい、あるいは独自性を持つかは、本論文の限りでは、開かれた問題として残されている。この点も著者は、本論文では副次的にしか出てこない不法就労者の調査研究を別途進めており、今後は、より総合的な研究成果が期待できる。また、先行業績の多い外国人労働者居住地域のコミュニティ研究や、共生政策への積極的発言も期待したい。
 第三に、アダム・スミスからS・サッセンにいたる政治経済学・社会学の諸理論が各所で部分的・批判的に参照されているが、本論文自体は理論的に禁欲的であり、ミクロな実証研究から導かれる限りでの個別の理論命題の提示に留まっている。審査委員会は、著者の経験的事実を重視する実証的姿勢を高く評価しつつも、さらなる理論的一般化を期待するものであり、今後の研究では、ミクロなフィールドを堅持しながらも、メゾレベル・マクロレベルの問題提起に踏み込むことを期待したい。著者のフィールドは、グローバル経済の基軸である自動車産業における世界的最先端企業の産業組織であり、日系外国人労働者を対象とした本論文では、企業経営・人事・労務政策レベルの解析に留まるが、さらに、生産現場のライン構成や技術的・組織的分業、情報共有・伝達の流れにまで立ち入り、国際比較を加えて考察すれば、日本的産業組織の特質や日本における外国人労働の制度的問題も、よりいっそう明確になるであろう。
 以上から、審査委員一同は、主題に関する本格的研究として、本論文を学位請求論文にふさわしい学術的水準をもつものと評価し、口述試験の成績をも考慮して、申請者丹野清人氏に、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると結論する。

最終試験の結果の要旨

2003年7月9日

 2003年6月19日、学位請求論文提出者丹野清人氏の試験および学力認定を行った。
 試験において、提出論文「産業組織の変容と外国人労働者」にもとづき、審査委員が疑問点につき逐一説明を求めたのに対し、丹野氏は、いずれにも適切な説明を行った。
 専攻学術について、審査委員一同は、丹野清人氏が学位を授与されるのに十分な学力を有するものと認定した。

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