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博士論文審査要旨

論文題目:Perspective and Reality of Integrated Conservation and Development Project. Experience from Andasibe Mantadia National Park, Madagascar
著者:ズ・ラライナ・ラザフィアリソン (ZO Lalaina, Razafiarison)
論文審査委員:内藤正典、御代川貴久夫、児玉谷史朗、中嶋浩一

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1. 本論文の構成
本論文はマダガスカルの森林保全を目的として導入された統合的保全開発プロジェクト(ICDP)の実効性を、アンダシベ・マンタディア国立公園(AMNP)を例にあげて分析・評価することを目的としている。公園管理者によって導入された森林保護政策とエコツアーおよび入園料共有政策(DEAP、エコツアーによる公園の入園料収入の半額を地域開発プロジェクトに使用する)が周辺地域の住民に与えた影響とプロジェクトへの住民参加の分析を中心に議論が展開されている。本論文の構成は次のとおりである。
CHAPTER I OVERVIEW OF THE SOCIAL DYNAMICS OF DEFORESTATION IN MADAGASCAR
1-1 Introduction
1-2 Geography of Madagascar
1-3 Magnitude and Rate of Deforestation in Madagascar
1-4 Causes of Deforestation
1-5 Consequences of Deforestation
1-6 National and International Initiatives for Forest Protection in Madagascar
1-7 Review of Present Environmental Policy in Madagascar
CHAPTER II SHIFTING CULTIVATION AND LAND USE MANAGEMENT IN PERIPHERAL ZONE OF ANDASIBE MANTADIA NATIONAL PARK, MADAGSCAR
2-1 Introduction and Methodology
2-2 Overview of the Case Study
2-3 Description of Tavy (Shifting cultivation)
2-4 Why Tavy is Popular for Local Farmers?
2-5 Why Tavy is Unsustainable in Long Term?
2-6 Solution to Limit the Expansion of Tavy without Threatening the Local Community Food Self-sufficiency
CHAPTER III IMPACTS OF ECOTOURISM IN ANDASIBE MANTADIA NATIONAL PARK, MADAGASCAR
3-1 Introduction
3-2 Definition of Ecotourism
3-3 Review of Literature on Ecotourism Participation in Sustainable Development
3-4 Ecotourism in Madagascar
3-5 Tourism in Andasibe Mantadia National Park
3-6 Ecological and Economic Impacts of Ecotourism
3-7 Response of Locals to Park Entry fee Sharing Policy
3-8 Discussion and Proposals for Effective Park Management

CHAPTER IV PARTICIPATORY CONSERVATION IN INTEGRATED CONSERVATION AND DEVELOPMENT PROJECT. CASE OF ANDASIBE MANTADIA NATIONAL PARK, MADAGASCAR
4-1 Introduction
4-2 Overview on Participatory Methodologies
4-3 Participatory Approach in the context of Integrated Conservation and Development Project
4-4 Local Participation in the Conservation of Andasibe Mantadia National Park
4-5 Discussions on Local Participation
CHAPTER V: CONCLUSION
5-1 Introduction
5-2 Resolving Conflicts Between Local Inhabitants and Park
5-2 Reconsidering the Concept of Integrated Conservation and Development Project
II 本論文の概要
第1章ではマダガスカルが生息する生物種の80%以上が固有種であるという世界でも1,2を争う生物の多様性の豊かな国であることの紹介に続き、多様な生物種を支える森林の破壊の状況、原因および環境への影響を説明し、最近の森林破壊の原因が急速な人口の増加、国際市場での一次産品の価格の変動などによるものであるとの分析が示されている。次に、政府の森林保護政策が森林プログラムの拡大、管理の強化、保護地域の拡大といったことを目指しながらも効果が上がらず、1991年に世界銀行と国際NGOの援助のもとに統合的保全開発プロジェクトを組み込んだ国家環境行動計画が策定されるまでの詳しい経緯が説明されている。
第2章では土地の所有システムや農法が自然環境に与える影響について考察し、自然資源の保護と土地管理の改善についての長期的、短期的目標についての提言が行われている。AMNP地域では、ICDPプロジェクトが実施されているのにもかかわらず、森林破壊が止まらない。AMNP周辺地域では、不明瞭な土地所有システムや適切な農業政策の不在が、人口の増加に伴なう焼き畑農業から簡単な農具の使用や労働力の投入による集約型農業への移行を妨げており、焼き畑農業による森林破壊を抑制することができない理由の一つであることを指摘している。これらの考察に基づき、(i)自然資源の持続可能な管理のために必要な共有地と私有地の組み合わせの設定、(ii)土地の所有関係の明確化、および(iii)農業政策と支援サービスの拡大などを今後推進されるべき政策として提案している。
第3章ではAMNP地域で実施されたエコツアーを中心としたICDPプロジェクトを分析し、エコツアーの生態系への影響およびDEAP政策に基づく開発プロジェクトの経済的影響を評価している。AMNPを訪れる観光客数は順調に増加しており、公園内や周辺地域の生態系への悪影響が徐々に現れ始めているが、現地調査の結果からはまだ非可逆的な段階には至っていないと結論されている。また、ホテルやレストランの現金収入、ガイド料などによる収益の推定に基づくエコツアーの直接的な経済効果の分析の結果から、エコツアーの収益の大部分は地元には還元されず、経済的リーケッジが極めて大きいことも示されている。DEAPについては、資金の配分を管理するCOGES(基金の配分を決定する住民組織)メンバーの村民による選出や総会といった資金配分についての民主的な仕組みが作られているにも関わらず、実際にはCOGESを構成する地元有力者による不公平な配分が行われていることを地域住民のインタビュー調査から明らかにし、そのことがICDPプロジェクトに対する住民の不信感を助長し、ICDPプロジェクトに対する非協力的な態度を生み出していると結論付けている。このような問題点を改善するためには(i)エコツーリズムによる費用と利益の平等な負担と配分、(ii)NGOの関与によるDEAPファンドの公平な配分、および(iii)エコツアーの経済的リーケッジを最小化させるための施策の必要性が指摘されている。
第4章ではICDPにおける住民参加の意義を考察したうえで、AMNPにおける生物多様性の保護および社会・経済開発を目的にしたICDPプロジェクトへの住民参加について、誰が、何に、どのように参加したかという三つの視点から分析している。生物多様性の保護プロジェクトには、地域住民は自然保護エージェントや研究およびツアーガイド、自然保護を目的としたいくつかの地域組織のメンバーなどとして参加している。一方、開発プロジェクトへの参加は、資金管理委員会のメンバーの選挙への参加やミニプロジェクトの発案と実施などでの形で行われている。しかし、どのように参加したかについての調査結果から、住民の参加のレベルは情報の収集と共有、協議の段階にとどまっており、意思決定や評価の過程からは住民が排除されているために、住民は外部の人間が設定したプロジェクトの単なる参加者、受益者という立場から一歩も出ていないことが明らかにされている。このような状況を避けるためには(i)プロジェクトの立案や設計の段階から住民を参加させることおよび(ii)森林保護による長期的利益とプロジェクトによって住民の受ける短期的利益を可能な限りバランスさせる政策を優先させる必要があると結論付けている。
第5章は本論文の結論に当たり、現在の公園管理の方法を考察し、零細農民の活動と自然の保護を両立させる方法が議論されている。ICDPに対する批判を考察し、ICDPの原理の修正も提案されている。ICDPには地域住民と公園の間の紛争を緩和するさまざまな方法が含まれているが、現実には零細農民が公園管理に協力しているというよりはむしろ抵抗しているといった状況にある。著者はその原因を(i)公演管理者と地元民の間の相互不信および(ii)公園内部の自然資源の直接的利用の禁止による零細農民の大きな負担の2点に収束すると分析している。このような問題点を改善するためには、保護を目的としたの厳密な国立公園の資源管理から非制限的な管理手法への転換が必要であると指摘している。
III. 本論文の成果と問題点
 発展途上国においては、貧困層の多い地域住民を無視して一方的な環境保全、自然保護を行うのではなく、住民参加に基づき、地域開発と環境保全を両立さ せるべきだという議論はすでに1980年代頃から主張され、しだいに多くの国で実施に移されてきた。本論文で対象とされているICDPもこのような流れの中にある。しかし住民参加型の、地域開発を取り入れた環境保全事業が実際にどのような成果を挙げ、また限界を有しているのか、その実態を明らかにした研究は必ずしも多くはない。従って、本論文の評価すべき点としては、まず、本論文が現在マダガスカルで施行されている入園料共有政策に基づくICDPプロジェクトについての詳細な分析と包括的な評価を行った最初の研究であり、事例分析と評価法の基本的枠組みを提示した点が挙げられる。また、マダガスカルを含む多くのアフリカ諸国においては、統計資料等が未整備で、情報公開も不十分なため、政府レベルの文書や統計では実態が明らかにできないことが多いという現状では、本研究が事例研究により現地に密着して環境保全事業の実態を明らかにしたことの功績は大きい。特に、プロジェクトの真の受益者であるべき焼き畑農業を生業とする零細農民が何ら補償もされないままに、森林資源へのアクセス権が奪われ、それが森林破壊の進行を抑止できない原因であることを見出したことは重要な成果である。さらに、現在の開発政策のキーワードである「住民参加」が対象地域の社会的条件を無視し、不十分な形で実行された場合には、住民が開発プロジェクト自体、場合によってはそれを援助しているNGOに対しても反感をもち、開発プロジェクトがかえって環境破壊を助長するという事実の指摘は今後の開発行政の展開にとっては大きな意味をもっている。
 一方、マダガスカルの他の国立公園の事例についての言及がないために、得られた結論がDEAPの評価としてどの程度一般性があるのかが明確でないこと、ICDPプロジェクトの問題点を改善するためのさまざまな施策が提案されているが、それらの優先順位や実現性についての考察が十分には行われていないこと、およびマダガスカル以外の国々で実施されているICDPプロジェクトについての研究への言及が不十分で、論文全体に森林資源の持続的利用や種の多様性の保全がGlobal Issueであるという視点が欠けているといった点に不満が残る。
 しかし、このような欠点は先行研究の不足や政策を評価するために必要なデータが整備されていないことなどにも原因がある。したがって、上述の欠点は今後の更なる研究によって補なわれる性質のものであり、本論文の成果を損なうものではないと考えられる。
 以上、審査員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与すること大と認め、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断する。

最終試験の結果の要旨

2003年3月13日

 2003年2月6日、学位論文提出者ズ・ラライナ・ラザフィアリソン氏についての最終試験を行った。本試験において、審査員が提出論文 “Perspective and Reality of Integrated Conservation and Development Project. Experience from Andasibe Mantadia National Park, Madagascar” について逐一疑問点についての質問を求めたのに対し、ラザフィアリソン氏はいずれも適切な説明を与えた。
 以上により、審査員一同はズ・ラライナ・ラザフィアリソン氏が学位を授与されるのに必要な研究業績およびが学力を有することを認定し、合格と判定した。

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