博士論文一覧

博士論文審査要旨

論文題目:Integrated Water Resources Management in Developing Countries, A Case of Tanzania
著者:エスタ・ウィリアム・ドゥングマロ (DUNGUMARO, Esther William)
論文審査委員:浜本満、御代川貴久夫、児玉谷史朗、清水昭俊

→論文要旨へ

I 本論文の構成
本論文は発展途上国における水資源問題の現状把握とその解決に向けて、「統合的水資源管理」の観点からアプローチしようとしたものである。タンザニアを事例にとり、水資源問題がどのような複合的な要因によってなりたっているかを明らかにし、そこから解決のための糸口を見出そうとしている。本論文の構成は以下のとおりである。
Chapter 1 Overview of the water problems in developing countries
1.1. Introduction
1.2. Background to the problem
1.3. Outline of the study
1.4. Contents of the thesis
Chapter 2 Integrated water resources management
2.1. Introduction
2.2. Integrated water resources management: conceptual and theoretical framework
2.3. What integrated water resources management brings about
2.4. Factors contributing to success and failure of integrated water resources management
2.5. Challenges to sub-Saharan Africa
2.6. Cultural practices
2.7. Government policies
2.8. Water resources management in Tanzania
2.9. Current water availability
2.10. Concluding remarks
Chapter 3 Tanzania and the three studied areas: Kibaha, Korogwe and Dodoma rural
3.1. Introduction
3.2. Geography
3.3. Population
3.4. Description of the study areas and their characteristics
Chapter 4 Local perception on water resources management in rural Tanzania
4.1. Introduction
4.2. Procedures of data collection
4.3. Socio-economic characteristics of the respondents
4.4. Water problems, environmental conservation and water resources management
4.5. Cultural practices on water use and water resources management
Chapter 5 Role of the government on water supply and water resources management
5.1. Introduction
5.2. Governance issues
5.3. Results and discussion of the survey
5.4. Steps followed in provision of water in rural areas
5.5. Concluding remarks
5.6. Urban water supply and sewerage system
5.7. Concluding remarks
5.8. Results of a survey done in Kunitachi city
5.9. Issues in the current Draft of Tanzania's water policy
5.10. Concluding remarks
Chapter 6 Conclusions and recommendations
6.1. Introduction
6.2. Discussion
6.3. Recommendations
6.4. Proposed areas of future research
II 本論文の概要
第一章においては、今日の世界、とりわけ発展途上地域における水資源問題の現状が、公刊されている調査データや先行研究にもとづいて概観される。サハラ以南のアフリカにおいては人口増加にともない、深刻な水不足に直面する国の数は1990年の8カ国から2025年には18カ国にまで増加すると予想されている。こうした地域においては水資源問題は、単に水資源のみの問題にとどまらず、保健問題、食料問題、経済的停滞、地域間紛争などの複合した問題として現れてくる。しかし著者によるとこれはけっして不可避の事態ではない。水資源のより適切な管理によってこうした環境複合問題の下降スパイラルを逆転することができるとする Yilma & Donkor の主張を引きつつ、著者は、発展途上地域における水資源問題に、地域の人々の文化的実践と政府の役割に強調をおきつつ、水資源管理の適切性という角度からアプローチしようとする。
第二章においては近年さまざまな形で提唱されている「統合的水資源管理」の概念をめぐっての先行研究の検討がなされる。統合的水資源管理とは、一言でいうならば多様な学問分野や異なる利害関心の角度から、他の諸資源との関係において水資源管理のあり方を考えるアプローチを指すが、この概念の定義や具体的内容をめぐる多様な議論が紹介され、統合的水資源管理がもたらすと期待される成果、実施されたプロジェクトを成功あるいは失敗に導いた諸要因が分析される。章の後半では、サハラ以南のアフリカ、特にタンザニアに焦点を絞りつつ、とりわけ人口動態、住民参加、文化的実践、政府の政策の諸点に即して、どのような問題が水資源管理上の問題となっているかが概観される。
第三章は、著者が現地調査を実施した三つの村落の概要を説明したものである。調査村落の選択にあたっては、都市部からの距離、生態学的環境、生業形態の異なる三つの村落を選んでいる。
第四章においては、上記の3村落における実態調査の具体的な内容と、その結果の分析が行なわれる。トータルで2ヶ月という短期間の調査であるにもかかわらず、著者はこれら3村落の人口統計的資料に加えて、居住環境、衛生慣行、水およびエネルギーの利用慣行、水資源利用における労働負担の男女差、環境問題に関する人々の認識などについての幅広いデータを提出している。また3村落すべてにおいて、人々が水資源保全に関係がある伝統的な文化的慣行をもはや遵守していないという事実を明らかにしている。いずれの村落においても水資源問題はきわめて複合的な問題となっていることが明らかになる。
第五章においては、水資源の適切な統合的管理の角度から、水資源管理における政府の役割が、タンザニアにおける最新の給排水設備整備5か年計画(2000年開始)に即して、文献サーヴェイおよび政府関係者のインタビューなどを通して実証的に検討され、設備の計画立案と運営の双方における住民参加の重要性が浮き彫りにされる。住民の実践を左右する妖術信仰のような、開発側からは一見単なる非合理な迷信にしか見えない要素に対しても配慮を怠ることは、しばしば巨額の投資を無駄に終わらせる結果を招く。住民教育をも含め、行政と住民側の見解のすり合わせが充分になされることが農村部においてはとりわけ重要である。また著者は都市部の給水状況に言及しつつ、施設の持続的運営及び受益者の関心喚起の上で、適正な課金制度の重要性を指摘する。タンザニアの現状と将来計画とを評価する手掛かりとして、日本の都市部(国立市)の公的給水制度をサーヴェイし、それとの比較において、タンザニアのシステムがいまなお多くの改善の余地を残していること、水資源管理行政におけるさまざまな非効率性なども具体的に明らかにされている。最後に著者はタンザニア政府が作成中の水資源管理政策の改革案を検討し、さらに改善すべき点を指摘している。
第六章においては、以上の検討を総合し、タンザニアにおける水資源問題の特徴が明らかにされ、またその改善の方向が示唆されている。

III 本論文の成果と問題点
本論文の最も評価すべき点は、タンザニアを例にとり、発展途上国が抱えている水資源問題の実態が、きわめて具体的かつ実証的に描き出されている点である。単に国家レベルの統計に表われる姿だけでなく、人々の日々の暮らしや、水資源管理をめぐる行政の末端での現実に即して問題が明らかにされており、問題の根深さと複雑さが如実に提示されている。またこのことを通じて、水資源問題が単に人口と自然条件とによって一義的に決定される不可避の現実ではなく、水資源のより適切な統合的管理によって改善可能であるとする著者の希望に大きな説得力をもたせている。
その一方で「統合的」であることをうたうアプローチに避けがたいことであるが、あまりにもさまざまな事柄に等しく触れようとするあまり、個々の論点に対する論及が充分には深まらず、ともすれば表面的な議論に終わってしまっているという印象を与える箇所がある。人々の文化的実践の役割を重視しようとする意図にもかかわらず、調査対象の3地域における文化的実践が民族誌的水準で充分に描かれているとは言い難い。
著者の関心は主として政府が関与する公的・制度的な水資源管理に向いているが、調査対象地域の記述から明らかになるのは、農村部における水資源管理の多くがむしろこうした公的・制度的な水資源管理システムの外部でなされているという現実である。この両者の関係についての分析は、後者についての解明とともに今後一層深める余地がある。
また水資源管理をめぐるさまざまな問題にひろく言及しようとするあまり、議論の緊密性がときに失われ、やや散漫でまとまりがないと感じられる箇所も少なくはない。
しかしこれらの欠点は、統合的であろうとする野心の裏返しであり、今後のさらなる研究の中で容易に補われる部分であり、本論文の野心的な意図と、グローバルな問題を地域の具体的な現実において検証しようとする試みの価値を、いささかも損なうものではない。
 以上、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与すること大と認め、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断する。

最終試験の結果の要旨

2003年3月13日

 2003年2月18日、学位論文提出者エスタ・ウィリアム・ドゥングマロ氏の論文についての最終試験を行った。本試験においては、審査委員が提出論文 "Integrated Water Resources Management in Developing Countries, A Case of Tanzania" について、逐一疑問点について説明を求めたのに対して、ドゥングマロ氏はいずれにも適切な説明を与えた。
 以上により、審査委員一同はエスタ・ウィリアム・ドゥングマロ氏が学位を授与されるのに必要な研究業績及び学力を有することを認定し、合格と判定した。

このページの一番上へ