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博士論文審査要旨

論文題目:解放後の法的地位をめぐる在日朝鮮人運動
著者:金 誠明 (KIM, Songmyong)
論文審査委員:加藤 圭木、中野 聡、佐藤 仁史、石居 人也

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1.本論文の概要
 本論文は、朝鮮が解放された1945年から朝鮮戦争停戦の1953年までの時期に、在日朝鮮人が自らの法的地位をめぐって何を要求し、どのように運動を展開してきたのかを、緻密な実証分析を踏まえて考察したものである。序論・結論を除くと7章構成であり、本文・参考文献目録をあわせて、400字詰原稿用紙換算にして約1200枚に及ぶ大作である。

2.本論文の成果と問題点
 本論文の貴重な成果としては、以下の4点を認めることができる。
 第一に、在日朝鮮人の主体的な活動を分厚く叙述することに成功している点である。まず、在日本朝鮮人連盟(朝連)・在日本朝鮮民主青年同盟(民青)の強制解散への反対運動、韓国国籍強要反対運動、外国人登録令・外国人登録法への対応、強制送還反対運動などについては、従来運動団体の中央の方針や対応などを中心に概略的に論じられてきた傾向がある。本論文では、これらについて民族団体の史料の綿密な検討を踏まえ、きわめて制約された条件の下で各地において粘り強く運動が展開されたこと、そのエネルギーが非常に大きかったことが明らかにされている。このなかで、日本の行政側とたくましくネゴシエーションをしながら運動を展開する様相を浮かび上がらせている点も注目される。こうした検討を踏まえ、在日朝鮮人運動が、一方的に弾圧されたわけではなく、占領当局や日本政府・地方自治体・警察の方針と対応に強い影響を及ぼしたことを明らかにしていることも、本論文の重要な意義である。以上の議論を通じて、在日朝鮮人にとって法的地位の問題が自らの生活・生存にかかわる切実な問題であり、そうした把握を抜きにこの時期の在日朝鮮人運動史は理解できないことが明確にされている。なお、こうした朝鮮人による主体的な取り組みを明らかにしたことは、朝鮮民族の自主決定権を否認してきた日本側の姿を浮き彫りにするとともに、現在議論が進められている植民地支配責任論を深化させることにも貢献するものである。
 第二に、当時在日朝鮮人の大多数が参加していた朝連系統の運動だけではなく、それと対抗する側である大韓民国駐日代表部や在日本大韓民国居留民団(民団)などの動きを詳細に検討していることである。特に、民団が大韓民国を支持する過程や、民団・駐日代表部が推進した大韓民国国民登録の推進過程を綿密に考察したことの意義は大きいといえよう。さらに、朝連系統の運動と連携した民団協商派について掘り下げた分析をおこなったことは重要である。以上のような要素を検討したことにより、本論文は、在日朝鮮人の法的地位問題の歴史的展開の立体的な把握に成功している。
 第三に、朝鮮本国の政治情勢と日本での運動のリンクを丁寧に追うことで、ダイナミックに歴史を捉えていることである。朝連によって、朝鮮の革命と完全独立を追求する建国運動のなかに、法的地位をめぐる運動が位置づけられていたことが明確にされている。それに関連して、解放直後につくられた朝鮮人民共和国・人民委員会を「死守」しようとする朝連の一貫した活動が、1948年に建国された朝鮮民主主義人民共和国に対する支持へとつながっていったことが、説得的に論証されている。また、1949年には朝鮮で内戦が激化したが、このことに在日朝鮮人運動の側がただちに対応し、運動の方向をさだめ、それが朝鮮戦争の全面化(1950年)後の運動へと引き継がれていったことが具体的に論じられている点も貴重な成果である。
 第四に、以上の重厚な成果を生んだ基礎として、現在利用可能な史料を博捜し、高い実証水準を確保していることである。なかでも民族団体が発行した新聞等の史料を徹底して読み込み、緻密な論証を積み上げていったことは高く評価されるものである。また、各地の地方公文書館で入手した史料を丹念に分析したことも重要な成果である。
 以上のように本論文の成果はきわめて大きいが、もとより残された課題がないわけではない。
 第一に、在日朝鮮人運動内部の葛藤や路線対立、個人レベルでの動きについては、本論文である程度言及されているものの、さらに検討をおこなう余地があることである。また、民団の動きについて本格的に分析したことは上述のように大きな意義であり、本論文で設定された課題から見て十分な議論がなされているといえるが、今後さらに史料を収集しより細密な検討をおこなうことも期待できる。
 第二に、運動が展開された地域について、本論文では地方自治体の動きが論じられているが、これに加えて日本人住民の動向も組み込んで考察することである。日本人住民と在日朝鮮人の関係はいかなるものだったのか、法的地位の問題に日本人住民の側がどのように対応したのかについても今後の検討が期待される。
 しかし、以上の点は、本人も自覚しており、今後の研究において克服することが期待できる点であり、本論文の達成した成果を損なうものではない。
 以上、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究の発展に寄与する充分な成果を挙げたものと判断し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するのに相応しい業績と判定する。

最終試験の結果の要旨

2021年2月10日

 2021年1月5日、学位請求論文提出者・金誠明氏の論文についての最終試験を行なった。本試験において、審査委員が、提出論文「解放後の法的地位をめぐる在日朝鮮人運動」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、金誠明氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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