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博士論文審査要旨

論文題目:コミュニティ再構築の観点からみた社会的排除問題に取り組む労働統合型社会的企業(WISE)―サード・セクターの実践からうかびあがる二重の協同性という条件―
著者:菰田 レエ也 (KOMODA, Reeya)
論文審査委員:町村 敬志、田中 拓道、白瀬 由美香、多田 治

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1. 本論文の概要
 本論文は、1990年代以降の日本におけるサード・セクターを対象に、現代社会における「社会的排除」問題に取り組む市民社会分野の新しい潮流のなかで誕生した労働統合型社会的企業が、社会性と事業性のより包摂的な両立をめざしながら、困難を抱えた人々自身や多層的な「伴走」者を含む複合的なケアの場を構成していく過程を、団体での参与観察や大規模調査への参加に基づき、実証的に明らかにした作品である。2000年代に入り格差や貧困が改めて社会の中心的な問題として浮上するなか、市民社会を基盤としたサード・セクターの対応が重要性を増している。しかし1970年代以来の生協運動などに基盤をもつサード・セクターの動きは、その由来に基づく階層的限定性などもあり、新しい社会的排除の問題に十分対応できないという指摘があった。こうした実践的な課題を調査の中で発見した著者は、そうした限界を超える試みについて長期にわたる手厚い調査を進め、多くのすぐれた発見を成し遂げるとともに、その理論的含意を精緻な分析で明らかにした。

2.本論文の成果と問題点
 本論文の第一の貢献は、社会的排除という現代的課題に正面から取り組みながら、それを理論と実証の双方に開かれた本格的な学術研究として展開した、その試みの挑戦性と手堅さそれ自体にある。2000年代に入り格差・貧困問題が深刻化するにつれ、実践と研究はその厚みを格段に増してきたが、実際には、答えを急ぐなかで単なる時論やモデル事例提示に留まったり、著名な思想・理論の紹介に終始し現実の多様性から遊離してしまったりするケースが少なくなかった。内外にわたる理論的動向の充実した把握・検討、全国的動向についての量的調査と具体的事例への参与観察を組み合わせながら、著者は、全体として統一された密度の濃い作品として本論文を仕上げることに成功している。   
 第二に、本論文は、新しい排除問題に取り組むサード・セクターの理論的課題を明確にした上で、労働統合型社会的企業(WISE)にテーマを絞り、調査対象とした団体の組織構造、会計と経営、ケアを支える具体的プロセスについて、詳細な観察、聴き取り、資料分析をおこなうことで、多くのオリジナルな発見をもたらした。とりわけ、「社会的制度からの排除」および「自分自身からの排除」という二重の排除状況に直面する人びとを支援する態勢として、当事者の相互扶助、対象者に近いところで働く「伴走」支援者、そして外部から働きかける「遠い」伴走者からなる「三重構成のケア」の成立が有効であるという指摘は、実践的な成果としてもきわめて大きな意義をもつ。
 第三に、本論文は、新自由主義がもたらした政府・市場・市民社会のセクター間関係変動の下、サード・セクター組織がどのように変容を遂げてきたかを明らかにする組織論的研究として、社会学や社会政策、経営学などの成果を縦横に取り入れ、幅広い視点から俯瞰的な議論を展開することに成功している点でも独自の意義をもつ。市民社会論的な伝統に立つアソシエーション的組織を、包摂性という課題への取り組みをも視野にいれた新しいアクターネットワークへと再構成していく道筋を探るという取り組みは、社会学における組織論研究の世界的展開にも新しい視点を提起するものと評価することができる。
 以上のように、本論文は、社会的排除という現代的課題に正面から取り組みながら、理論と実証に関わる課題の十分な掘り下げと地道な作業を行うことで、サード・セクター研究の新しい領域を切り開く、学術的に見ても大きな成果を挙げたと認められる。しかしなおいくつかの問題点を指摘することができる。
 第一に、本論文は、新しい排除問題に取り組むサード・セクターの事例として労働統合型社会的企業(WISE)を対象に選び、詳細な分析を行っているが、なぜWISEに着目したのかの説明が論文の中では必ずしも十分になされていないようにみえる。労働は確かに社会的排除の主要な現場であるが、それ以外にもさまざまな排除の場面がある。論文が指摘したケアの構造をつくれるならば、WISEである必然性はあるのか。排除論一般から出発する本論文の初発の問題意識に立てば、こうした課題設定についてはもう少し説明が必要であった。
 第二に、本論文は、サード・セクターの「再起動」の要因として、新自由主義の下で各セクター間において「制度の隙間」が拡大したことに呼応し、その隙間を埋める形で新しい取り組みが生成されたという点を強調している。この指摘は誤りではない。しかし現実には、既存の制度を戦略的に活用する事例はまれではなく、本論文が提起した論点はもう少し大きな視点から、その位置づけが再検討される必要があるだろう。提供される就労機会が暮らしていける水準なのか。そうでない場合、他の制度とどのような形で併用が行われているか。政策への貢献という観点からみて、より丁寧な分析が求められる。
 第三に、公共性とコミュニティをめぐる社会学理論の再構築が論文のねらいとして意図されていることを踏まえるならば、たとえば、親密性や社会関係資本に関わる概念設定と分析については、事例に即してさらに丁寧に論じることが可能であった。またサード・セクターの意義についての説明という点でも、マクロな動向と本論文が取り上げたミクロな事例をつなぐ社会過程への言及およびそれを裏付ける日本に即したデータが用意されていたならば、論述がより説得的になったと考えられる。
 ただし以上の問題点や限界は、本論文の学位論文としての価値を大きく損なうものではなく、菰田レエ也氏自身もその問題点を充分に自覚しており、将来の研究において克服されていくことが充分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2020年2月12日

 2020年1月16日、学位請求論文提出者、菰田レエ也氏の論文について、最終試験を行った。本試験において、審査委員が提出論文「コミュニティ再構築の観点からみた社会的排除問題に取り組む労働統合型社会的企業(WISE)―サード・セクターの実践からうかびあがる二重の協同性という条件―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対して、菰田氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、菰田レエ也氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により、一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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