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博士論文審査要旨

論文題目:自己決定の尊重に基づく公私協働の地域組織化に関する考察
著者:鈴木 美貴 (SUZUKI, Miki)
論文審査委員:林 大樹、中田康彦、高田一夫

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1.本論文の概要
 本論文はますます大きな社会的課題となってきた地域福祉について、日本のある福祉ボランティア団体と当該団体が中心となって活動を展開する公私協働型の地域ネットワーク組織を対象として、丹念な参与観察とヒアリング調査を行い、当該団体および当該地域ネットワーク組織の活動の成り立ちと発展過程を明らかにしている。これまでわが国の地域福祉の理論研究においては、福祉サービスの対象者の自己決定を尊重するために、住民が主体的に公私協働してゆくことを目指した岡村重夫から右田紀久恵への理論展開(著者はこれを「生活主体の組織化論」と呼ぶ)を先駆とする流れが主流であった。ただし、著者はこの生活主体の組織化論が行き先としての「福祉コミュニティ」は示したものの、そこに至る道筋が示されていない、地域組織化のプロセスが明確ではないと指摘する。そこで、自己決定の尊重に基づく公私協働の地域組織化のプロセスを明らかにするために、次の三つの研究課題に焦点が当てられている。それらは「第一に、地域福祉活動の推進主体としての住民リーダーがどのように公的機関と協働し、地域組織を構築してゆくのか。第二に、地域福祉活動の推進主体としての住民リーダーはどのように出現し、地域福祉の推進主体となっていったのか。そして推進者にどのような理念や知識・技術が内在化されてきたのか。第三に、支援者と被支援者はどのように関わり、自己決定をめぐる支援が展開されるのか」である。

2.本論文の成果と問題点
 本論文の成果として大きく三点を挙げることができる。
 第一に、これまでのわが国の地域福祉研究の多くが、地域福祉の理念は示すものの、理念を実現する具体的なプロセス、方法を明らかにしない抽象的なレベルに止まるか、あるいは個別具体的な実践については記述し、分析するものの、理論とのつながりが欠如した研究であったのに対し、本論文は参与観察を基にした豊富なデータを説明する独自の概念を開発、提示しながら、理論と実証の架橋に取り組んだ画期的な研究であるといえる。
 第二に、本論文はわが国の福祉関連領域における住民・ボランティアの活動・運動の展開を振り返り、住民活動の多くが住民による自助・互助のレベルで完結していて、公私協働のレベルには至っていないことを示す。そうした状況を踏まえると、著者が調査対象とした事例は、住民主体の福祉ボランティア団体が行政、専門機関、NPOなど多数の介護サービス提供主体の連絡調整を行い、適切なケア・カンファレンスに基づく適切な介護サービス供給を行う先進的な事例である。著者はそのような貴重な事例を発見し、参与観察を続けながら、公私協働型の地域ネットワーク組織の構築プロセスを明らかにした上で、さらに当該地域ネットワーク組織において公私協働の体制が安定的に維持されている要因も明らかにしている。公私協働の意義は語られても、その関係を安定的に維持する方法が明らかにされることはまれであり、その点で本論文は地域福祉分野での行政と住民の協働の議論を前進させるものであるといえる。
 第三に、本論文は住民主体には住民本位性(対象者の自己決定)と住民主体性(活動推進者の自主性)の両面があり、住民本位性の実現のために住民主体性が要請されるという原理を抽出した上で、当該福祉ボランティア団体が自己決定の尊重という理念を実現するために〈主観的対等感と心理的交流に基づく関係〉の構築を通して行われるケアマネジメント、言い換えれば〈互助に基づくケアマネジメント〉を実行していることを明らかにした点も本論文の大きな成果である。これらは丁寧な観察やインタビューによる実証結果を理論的に裏付けた点でその意義を高く評価できるものである。
 以上のように、本論文は全体として大きな成果をあげる一方で、若干の課題も残している。
 本論文は岡村重夫らの主張を「生活主体の組織化論」と呼び、基本的にその議論の延長線上で調査対象を分析している。ところが、調査対象の団体は必ずしも岡村理論に見られるような共同体主義的な志向性が強いとは限らず、したがって、分析のために、これまでの「生活主体の組織化論」研究では用いられなかった独自の概念を新たに提示する必要が生じ、議論展開がやや複雑になっている面がある。
 ただし、以上の課題は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、著者自身も十分に自覚している。近い将来の研究において、これらの諸点が克服されていくものと十分に期待できる。

最終試験の結果の要旨

2020年2月12日

2020年1月29日
 2020年1月17日、学位請求論文提出者鈴木美貴氏の論文について、試験を実施した。なお、本試験では、一橋大学学位規則第8条第4項の規定により、外国語及び専攻学術に関する試問は免除した。試験において審査委員が、提出論文「自己決定の尊重に基づく公私協働の地域組織化に関する考察」に関する疑問点について説明を求めたのに対し、鈴木氏はいずれに対しても的確に応答し、充分な説明を与えた。
 よって、審査員一同は、本論文の筆者が一橋大学学位規則第5条第3項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を受けるに値するものと判断する。

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