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博士論文審査要旨

論文題目:『判断力批判』における「醜さの美学」―美しさの裏面にある醜さ―
著者:高木 駿 (TAKAGI, Shun)
論文審査委員:加藤泰史、久保哲司、中山 徹、平山敬二

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1.本論文の要旨
 本論文は、カントの『判断力批判』(1790年)で展開されている趣味判断の構造を分析することを通して、『判断力批判』の中に美しさだけでなく、醜さをも説明する趣味の道具立てがあることを論証した上で、従来の先行研究では醜さを崇高との関係において理解されてきたのに対して、美しさの反対概念としての醜さを、カント美学の中に位置づけようと試みた。本論文は全体で6章から構成され、前半の第1部(第1章から第3章まで)は美しさに関する趣味判断を解明し、後半の第2部(第4章から第6章)は醜さに関する趣味判断を解明しようとしているが、この目的を遂行するために、対象の美しさを言明する趣味判断との比較から醜さを言明する趣味判断の解明を進めて、醜さに関する趣味判断は、美に関する快の感情の反対概念である不快の感情にもとづいて、対象の美しさを言明する趣味判断と同様の特徴と構造を持つ判断であることを、先行研究に対する批判的な分析およびテクストの精緻な分析によって明らかにした。いわば、カントの趣味論の枠組みで「醜さの美学」とでも言うべき論点を示すことに成功した。
2.本論文の成果と問題点
 本論文の成果として次の三点を指摘することができる。
 第一には、従来のカント研究、特に日本の場合に、カント美学の中に「醜さ」という問題がほとんど主題化されておらず、主題化されたとしても、道徳との関係で主に論じられていたが、それを『判断力批判』の枠組みの中で、すなわち、趣味論の枠組みで適切に論じ得ることを示したと同時に、それが海外、特にアメリカでの論争に対する批判的で説得的な応答にもなっている点が本論文の第一の成果として評価できる。
 第二に『判断力批判』の議論の中で従来ほとんど取り上げられることのなかった「比率」の問題に着目してその重要性を指摘すると同時に、この問題を「自由な戯れ」の「調和」と「不調和」に関連づけて「美しさ」と「醜さ」の成立構造に適切に位置づけることに成功した点である。これは、例えば、シアー、ヴェンツェル、ハドソン、ガイヤー、トムソン、マクコーネルなどの現代カント美学研究の重要な諸解釈を綿密に検討した上で、これらの諸解釈の欠点を克服する論点やテクスト解釈を提示できており、この点が第二の成果として評価できる。この部分を英語論文として公表すれば、海外でも高く評価されるであろう。
 最後に、「認識一般」という重要ではあるが、分析が困難であるため従来のカント研究ではほとんど取り上げられることがなかった概念に関して、その内実を示すと同時に、この概念が『判断力批判』において、特に「美しさ」の成立に対してどのような役割を担っているのかを解明した点である。この解明は同時に、「認識判断」と「趣味判断」の両者がどのような関係にあるのかの問題の解明にも関連しており、この点に関しても一定の解決を与えることができた点が評価できる。
 以上以外にも本論文の成果として指摘できる点は少なくないが、また同時に残された課題もないわけではなく、以下に二点指摘しておきたい。
 第一は、カントの『判断力批判』の形式主義的枠組みの中で論じた「醜さ」の成立構造が、現代美学に対しても説得的な意義を持ち得るのかどうか、持ち得るとすればどのような意義であるのかという問題である。この問題はある意味では本論文の課題を超えた問いでもあり、また極めて困難な問題でもあるが、本論文では特に「序論」で若干この問題に対する自覚も示されていたので、カント美学の中で「醜さ」を論じ得たという本論文の積極的な意義を考え合わせると、一定の見解を示しておく必要があったのではないかと思われる。
 第二は、「醜さ」の問題が『判断力批判』の天才論との関係で十分に論じられていない点である。「醜さ」に関する記述は『判断力批判』の中で多くはなく、むしろ少ないと言える。本論文はそうした少ない記述を駆使しながら「醜さ」の成立構造を解明しているが、しかしこのような少ない記述の中に天才論での議論が分析の対象としてほとんど言及されていない。本来はこの議論にも関連づけて「醜さ」を論じる必要があったのではないかと思われる。そうすれば、カントの「醜さ」理解のさらに豊かな側面や論点も指摘できたのではなかったかと惜しまれる。
 これらの点は本論文の学術的な意義をさらに高め、より高い学術的評価を得るために求められるところである。ただ、これらの点は、本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、筆者自身も自覚しており、今後のさらなる研究において克服されてゆくことが十分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2019年2月13日

 2019 年 1 月 31 日、学位請求論文提出者・高木駿氏の論文についての最終試験を行った。
 本試験において、審査委員が、提出論文「『判断力批判』における「醜さの美学」―美しさの裏面にある醜さ―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、高木駿氏が一橋大学学位規則第 5 条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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