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博士論文審査要旨

論文題目:論文要旨論文題目:開発事業をめぐる女性のジェンダーニーズの捉え方―バングラデシュのマイクロファイナンス事業の分析に基づく再考―
著者:本間 まり子 (HOMMA, Mariko)
論文審査委員:児玉谷 史朗、上田 元、町村 敬志、田中 由美子

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1. 本論文の概要
 本論文は、バングラデシュの地方におけるフィールド調査に基づき、マイクロファイナンスをめぐる女性たちの世帯内交渉をジェンダーニーズの視点から分析した実証的研究である。低所得者向け小口金融サービスであるマイクロファイナンスは、その発祥の地バングラデシュでは、多くが女性を対象に融資が行われ、女性のエンパワーメントに資するとされてきた。しかし同時に、融資金が夫など世帯内の男性に渡されるという事実が広範かつ長期にわたって見られるなどジェンダー平等につながるのか議論になっている。本論文は、このような問題関心を背景に、NGOのマイクロファイナンス事業を対象に、利用者女性たち130名以上から直接聞き取り調査を行い、マイクロファイナンスをめぐる生活実践、世帯内交渉を明らかにして女性のジェンダーニーズを分析している。

2.本論文の成果と問題点
 本論文の第一の成果は、バングラデシュの地方におけるフィールド調査に基づいて、マイクロファイナンス融資金の利用に関わる女性たちの世帯内交渉を具体的かつ体系的に明らかにし、女性たちのジェンダーニーズについて独自の検討をしたことである。著者は、開発援助関係者としての実務経験を通してバングラデシュの開発事業に一定の知見を有しており、それに加えて、あらためて地方都市を含む農村部の調査地において137名の女性と25名の男性からベンガル語で聞き取り調査を行って、本研究の基礎となる実証的データを収集した。このような地道な作業をしたうえで、議論を展開していることは評価できる。
 第二の成果として、本論文が世帯内交渉を女性たちの生活実践として広くとらえ、女性たちがどのような価値観に基づいて、ジェンダー規範の制約の中で、ジェンダーニーズをどのように満たしていこうとしているのかを聞き取り、そこに戦略性や長期的意図を見出すことで、女性たちの戦略的ジェンダーニーズを読み取っていることである。著者は、「非明示的な交渉」や表面化しにくい戦略も聞き取ることで、女性たちがジェンダー規範の制約の下で、一見不平等なジェンダー関係を再生産しているようにみえる場合でも、それを乗り越えるべく多様な戦略をとり、能動的に交渉していることを明らかにしている。非明示的な交渉という概念を、実際の聞き取り調査に結びつけて提示している点は理論的にも評価できるところであり、非明示的な交渉を含めた分析は従来のエンパワーメント・アプローチによる議論では不十分だった点―具体例の提示など―を補足する可能性を示している。
 第三の成果は、本論文が女性たちの交渉や戦略の多様さを示すだけでなく、女性たちが置かれている条件と世帯内交渉や戦略の関係をパターン化して示していることである。例えば都市と農村における世帯内交渉の戦略の違いのように地域的パターンが生じたり、また明示的な交渉が見られたケースが多いカテゴリーでは女性が経済活動に従事して収入があるなどのパターンが見出されている。
 以上のように、本論文には貴重な成果が認められるが、いくつかの問題点も指摘できる。
 第一には、本論文では「男女の二項対立」図式でジェンダー問題を理解する枠組みが支配的であるなどの結果、分析が平板であったり、一面的なところが見受けられる。本研究のようなジェンダーや世帯内交渉の研究では女性だけでなく男性側の研究も必要であり、本研究においても男性に対するインタビュー調査が行われている。しかし本論文の分析、考察はほぼ女性対象もしくは女性の視点からのものに限定され、男性のニーズや交渉における男性の行為主体性は検討されていない。女性同士の交渉や女性と他の世帯構成員との関係性、女性によるジェンダー規範の圧力といった分析も併せて行っていれば、より立体的で多元的な分析が可能となったであろう。
 第二は、本研究の調査者であり、潜在的な開発援助関係者である著者の立場、立ち位置、あるいは調査者と調査対象者の関係に関する問題である。上記成果の第二点は、調査者による調査対象者の陳述の解釈の恣意性という問題と裏腹である。「交渉」、特に非明示的交渉の場合、何をもって交渉とするのかの線引き、交渉で男女どちらに主導権があるのかの判断、戦略的ジェンダーニーズが充足されるプロセスの判断、これらに関して本論文では調査者・研究者の解釈に依存する部分が大きいように見える。それだけに調査者・研究者の解釈の妥当性・正当性がどのように担保されているのかが重要であろう。本論文では「調査対象者と調査者の関係性に関する制約」の記述はあるものの、この問題を充分論じているとは言えず、さらに深められるべき今後の課題であろう。
 もちろん以上の問題点や限界は、本論文の学位論文としての価値を大きく損なうものではなく、本間まり子氏自身もその問題点を充分に自覚しており、近い将来の研究において克服されていくことが充分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2019年2月13日

 2019年1月9日、学位請求論文提出者、本間まり子氏の論文について、最終試験を行った。
 本試験において、審査委員が提出論文「開発事業をめぐる女性のジェンダーニーズの捉え方―バングラデシュにおけるマイクロファイナンス事業の分析に基づく再考―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対して、本間氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、本間まり子氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により、一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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