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博士論文審査要旨

論文題目:2000年代における製造業派遣・請負労働の労使関係―雇用類型と紛争の様態に着目して―
著者:今野 晴貴 (KONNO,Haruki)
論文審査委員:⻄野史⼦、倉⽥良樹、猪飼周平、福⽥泰雄

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1. 本論文の要旨
 本論⽂は、2000年代の製造業派遣・請負労働の労使関係についての理論的・実証的研究である。
 本論⽂は第⼀に、レギュラシオン理論、アンソニー・ギデンズの構造化理論、ヨアヒム・ヒルシュの形態分析の理論に依拠しながら、資本主義社会における労使関係制度の形成における労働者の主体的⾏為の過程について検討し、労使関係制度を⽣成する四つの指標を提⽰した(第1章)。資本主義社会の発展とともに増加する低技能・流動的な労働⼒の労使関係形成の3つのモデルについて論じた上で、⽇本的雇⽤システムがもっぱら企業内的な労使関係に依拠していることを⽰した(第2章)。
 第⼆に、製造業派遣・請負労働の労働者および派遣会社調査から、労働者の実態と派遣・請負労働の機能について、低位多能⼯かつ企業横断的に広域移動する労働⼒であることを明らかにした(第3章)。
 第三に、2000年代の製造業派遣・請負労働者による労使紛争について、組織形態、時期、資源・規則活⽤の在り⽅や帰結などによって分類し、製造業派遣・請負労働の労使関係の興隆と限界についての全体像を明らかにした(第4章)。

2. 本論文の成果と問題点
 第⼀の成果は、製造業派遣・請負労働者に対する⼤規模な聞き取り調査、および派遣会社に対する深い聞き取り調査を通じて、これまでほとんど実態が明らかにされていなかった製造業派遣・請負会社の機能、労働者の属性や参⼊動機、担当職務や技能、企業間広域移動の様態を具体的に明らかにした点である(第3章)。製造業派遣・請負会社は、労働
者を全国的に移動させることで、派遣先企業に対して「必要な⽣産ラインに必要な労働⼒を配置する」機能を持ち、労働者に対しては「断⽚的な雇⽤を⼀続きにする」機能を持っている。そしてこれらが⽇本型雇⽤システムのサブシステムとして形成されていることを本論⽂は指摘している。
 労働者への聞き取り調査を通じて明らかになったのは、1)技能⽔準は極めて低く、企業内・企業横断的な「低位多能⼯」であること、2)独⽴した世帯を形成する「家計⾃⽴型」の労働者であるという特徴である。労働者は⾃⽴を希求するために、低賃⾦正社員職や他の⾮正規職ではなく、⽐較的時給が⾼く住居もセットとなっている製造業派遣・請負
労働に参⼊するのである。しかしそれはあくまで括弧付きの「⾃⽴」であり、派遣切りのような契約解消によって請負・派遣会社との契約が切れると、途端に職と住む場所とを同時に失うという脆弱性も内包しているのである。
 第⼆の成果は、製造業派遣・請負労働者の2000年代の様々な労使紛争について網羅的な整理と分析を⾏い、その過程と限界を明らかにした点である(第4章)。新聞雑誌資料から抽出した157件の分析に加え、特徴的な6事例については関係者への聞き取り調査や参与観察も⾏い、厚みのある調査データを蓄積している。当該労働者の労使紛争についてのこれまでの研究は事例研究に限られており、本論⽂のような広さと深さを併せて持った研究は⾼い意義が認められる。
 本論⽂の指摘によれば、労使紛争は「組織形態」(企業内、産業別、コミュニティ・ユニオン)と、紛争の「時期」(リーマンショック以前と以後)に分けられ、労働者の資源・規則の活⽤に関しても「⼆つの路線」が存在した。それは派遣先・請負元の正社員に転換することによって企業内労使関係に包摂されていく路線と、派遣・請負労働者という⽴場を維持しながら企業横断的に労使関係を形成する路線である。リーマンショック以前の企業内組合および産業別組合は、第⼀の路線を取り、製造業派遣・請負労働者を派遣先・請負元の正社員にすることに成功した。そして企業横断的な労使関係を志向した労組についても、個別企業に対しては偽装請負の指摘による直接雇⽤化の交渉を⾏う⽅向となり、結果的に第⼀の路線に収斂していった。リーマンショック後は派遣・請負労働者の⼀⻫解雇を経て、紛争の焦点は直接雇⽤、⾦銭解決、住居の維持へと移⾏し、闘争の形態も裁判闘争や市⺠的な法律改正運動へと移⾏していった。
 第三の成果は、政策的な貢献である。本論⽂はあえて法制度に関する記述よりは労使関係の分析を主題とするものであったが、本論⽂によって明らかにされた製造業派遣・請負労働者の実態およびその労使関係の到達点と限界に関する分析から、法制度が当該労働者にとってどのような役割を果たすか、またどのような法制度が必要であるかが逆照射され
たとも⾔える。こうした点にも本論⽂の意義があると⾔える。
 以上のような成果が認められるものの、その⼀⽅で本論⽂にはいくつかの問題点も指摘できる。
 第⼀に、理論編と実証編の接合の点である。理論編において、労使関係制度を⽣成する四つの指標(⾏為の条件・資源・規則)として、①資源:技能・労働能⼒(労働する意思)、②経済的制度(規則):技能と労働能⼒に基づく労働⼒取引の規則、③象徴秩序/⾔説様式(規則):労働者間の連帯、④法制度:労働法、が⽰されている。しかし、ギデンズ⾃⾝の著作に照らして考えるならば、例えば、実証編において分析の焦点の⼀つになっている、労使紛争における労働者間の連帯のあり⽅については、⾏為者相互の関係性を作り出す「権威的資源」authoritative resource という概念をより有効に活⽤することも可能だっただろう。
 第⼆に、「⼆つの路線」のうちの第⼆の路線である市場横断的な⽅向の可能性についてである。古典的なモデルについては第2章で⽰されていたが、1980年代以降の世界的なフレキシビリティの⾼まりと⾮熟練労働者の増⼤以降に、どのようにしてそうした労働者による労使関係が可能かについて、他国の例などをあげた記載が欲しかった。これらが記述されていれば、第4章で分析された数々の労使紛争が、⼀つ⽬の路線ばかりを追求したことがどのような帰結をもたらしたか、他にどのような可能性があったのかを⽰すことができ、より充実した内容になった。 なお、「⼆つの路線」に関して、雇⽤類型転換路線と雇⽤類型維持路線の対⽐、企業側への包摂型と市場横断型の対⽐との⼆種類の対⽐がほぼ同⼀のものと整理されているが、論理的に考えると、雇⽤類型転換路線と企業側への包摂は必ずしも同⼀ではなく、雇⽤類型維持路線と市場横断型も同⼀ではない点も付⾔しておく。
 第三に、製造業派遣・請負労働者の「家計⾃⽴型」の側⾯についてである。本論⽂では当該労働者たちが「⾃⽴」を⽬指す「家計⾃⽴型」の労働者であることを強調しているが、逆に、他に頼るべき資源がない、社会関係資本から切り離された労働者であるとも考えられる。⼀⽅で、多少の社会関係資本があった労働者も、「⾃⽴」を⽬指して本労働市場に参⼊すると、逆に元の社会関係資本からも分断されるという側⾯もある。本論⽂には社会関係資本という観点はなかったが、今後の研究の広がりの可能性を期待したい。とはいえ、これらの諸点は本論⽂の学位論⽂としての⽔準を損なうものではなく、今野晴貴⽒⾃⾝も⼗分に⾃覚しており、近い将来の研究において補われ克服されていくことが⼗分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2019年1月29日

 2018年12⽉19⽇、学位請求論⽂提出者今野晴貴⽒の論⽂について、最終試験を実施した。
 試験において審査委員が、提出論⽂「2000年代における製造業派遣・請負労働の労使関係―雇⽤類型と紛争の様態に着⽬して―」に関する疑問点について説明を求めたのに対し、今野⽒はいずれに対しても的確に応答し、充分な説明を与えた。
 よって、審査委員⼀同は、本論⽂筆者が⼀橋⼤学学位規則第5条第1項の規定により⼀橋⼤学博⼠(社会学)の学位を受けるに値するものと判断する。

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