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博士論文審査要旨

論文題目:資本主義の政治的形態―マルクスの唯物論的国家論―
著者:隅田 聡一郎 (SUMIDA, Soichiro)
論文審査委員:大河内泰樹、菊谷和宏、平子友長、明石英人

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1、 本論文の概要
 本論文は、マルクスの唯物論的国家論を、従来のマルクス主義国家論を批判的に検討しながら再構成し、資本主義国家の分析における「形態分析アプローチ」の有効性を論証しようとするものである。その際隅田氏は、とくに一九七〇年代旧西ドイツで展開された「国家導出論争」に着目し、マルクスの「ポリティカル・エコノミー批判」に基礎をおいた、経済的形態規定と政治的形態規定の分離および結合というテーゼを主張し、経済決定論と階級国家論という従来のマルクス国家論解釈の両方を批判する視座を打ち出している。
 本論文は、第一章において「国家導出論争」を検討し、その意義と問題点を指摘したあと、これを踏まえたうえで第二章では、初期マルクスにおける国家論を検討し、マルクスが『ドイツイデオロギー』において、「政治と経済の分離および結合」の様式を把握していたことを指摘する。理論的な中心部となる第三章では、『資本論』を中心とするマルクスの「ポリティカル・エコノミー批判」における国家の形態規定の展開をたどりつつ、「資本主義の政治的形態論」を再構成し、本論文における「形態分析アプローチ」の基本的な立場を提示している。そこから、第四章では国家の制度的介入を「経済的形態規定と素材的条件との矛盾の媒介」として定式化し、第五章では、形態分析に対する歴史的分析の補完的役割を明らかにする。第六・七章及び補論では、こうした「経済的形態規定と政治的形態規定の分離と結合」を踏まえた「形態分析アプローチ」が、社会国家論〔第六章〕、資本主義世界システム〔第七章〕、ファシズム国家〔補論〕に関する諸論争をめぐって展開され、その具体的有効性が明らかにされている。
2、 本論文の成果と問題点
 本論文の内容上の成果は以下の三点にまとめることが出来る。
 第一に、本論文は、従来『経済学(ポリティカル・エコノミー)批判』(1859年)序文における、いわゆる史的唯物論の定式による、決定論的かつ機械論的唯物論理解に基づいて国家をイデオロギーと定式化してきた従来のマルクス主義に対して、マルクスの最新版全集にもとづくテキストの広汎かつ綿密な読解にしたがって、資本主義国家を、「形態分析」という方法論から捉え返し、「政治と経済の分離および結合」という視点を説得的に提示した点にある。
 第二に、こうして形態規定から理解された資本主義国家論について、公私の分離、近代国家の歴史的起源、社会国家論、世界システム論、ファシズム分析といった視点からその現代的意義を明らかにしていることも、本論文の大きな成果である。
 第三に本論文は、エンゲルス以降のマルクス主義国家論の多様かつ入り組んだ議論を大変手際よく整理し、その見取り図を示すとともに、個々の議論の長所と問題点を著者の形態分析アプローチの視点から逐一明らかにしている点においてすぐれている。これは隅田氏が、マルクスのテキストとともに、この百数十年の間展開されてきたマルクス主義国家論についての幅広く、かつ深い理解に基づいて本論文を執筆していることを示している。
 このように、本研究はたいへんすぐれた成果をともなっているものの、問題点がないわけではない。第一に、形態と素材、アソシエーション、アンシャン・レジームなど本稿の鍵となっている概念について、必ずしも概念規定が明確ではなかったという点である。第二に、隅田氏が提起する形態分析アプローチから、ジェンダーや人種問題がいかに把握されるのかという点について、たしかに隅田氏は理論的視野に入れ言及してはいるが、これが十分に展開されているとはいいがたい点である。
 しかし、以上の問題点については、隅田氏本人も自覚するものであり、今後の研究の進展によって解決されることが期待される。審査員一同は、本論文が明らかにしたことの意義を高く評価し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するのに相応しい業績と判定する。

最終試験の結果の要旨

2018年9月12日

 2018年8月28日、学位請求論文提出者の隅田聡一郎氏の論文について最終試験を行った。本試験において審査員が提出論文「資本主義の政治的形態——マルクスの唯物論的国家論——」について疑問点を質問したのに対し、氏はいずれの質問においても十分な説明を行った。
 よって審査員一同は、隅田聡一郎氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規程により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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