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博士論文審査要旨

論文題目:21世紀フランスのエリート形成における言語資本―名門グランゼコール学生・卒業生と親、準備学級教師の語りから―
著者:山崎 晶子 (YAMAZAKI, Akiko)
論文審査委員:小林 多寿子、菊谷 和宏、森 千香子、ジャン-パスカル・ダロズ、エルヴェ・グルヴァレック

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1.本論文の要旨
 本論文は、現代フランスのエリート形成過程におけるフランス語が占める位置づけに着目し、(1) 現代フランスのエリート形成過程でフランス語の卓越した言語運用能力がどれほど重視されているのか、(2) 学校教育および家庭教育や学校外活動においてエリート形成に資する言語運用能力がいかに獲得されるかという二つの問いのもとに、インタビュー調査を中心とする質的調査法によってエリート形成と言語資本の関係を解明しようとしたものである。フランス各地で実施したグランゼコールを卒業したエリートやエリートの親たち、準備学級教師へのインタビュー調査をもとに家庭教育と学校教育の双方において言語運用能力の養成がどのようになされたかについて豊富な事例を通して示した。現代フランスにおけるエリート形成における言語運用能力の重要性と世代間の相違、言語運用能力の獲得過程を言語資本論の観点から明らかにした。
2.本論文の成果と問題点
 本論文の成果としてつぎの三つの点をあげることができる。
 第一には、フランスにおけるエリート形成過程をめぐってとくにグランゼコール入学試験に注目し、その試験内容を詳細に分析して、フランス語運用能力の重要度を析出したことである。フランスを代表する3つのグランゼコールの入学試験における科目の係数を比較検討した結果、グランゼコール入学試験でのフランス語運用能力が測られる比重の大きさを明らかにした。この点をもとにしてエリート形成と卓抜した言語運用能力の獲得との関係性の解明へと調査研究を進め、言語運用能力の獲得過程の経験的研究と言語資本論を展開する成果となった。
第二に、フランスにおいて56名のエリートへのインタビュー、エリートの親たちやグランゼコール準備学級教師の語りをもとにして、エリートたちの生育環境におけるフランス語学習の実態や学校教育現場での言語習得指導のありよう等を具体的な事例に即して明らかにしたことにある。卓越したフランス語運用能力獲得の多くの具体事例は豊かな語りを活かして記述されており、エリート形成過程について多様な実際を描き出すことができた。従来の社会階層研究では数量的調査法によって社会階層の一般的把握をめざしたものが大半であったのに対して、本研究では複数の質的調査法を組み合わせることによってエリート個人に照準したエリート形成の実態、とくに今まであまり知られていなかった中層階層や移民家庭出身者の言語能力獲得の過程も描き出すことができた点は大きな成果である。
第三に、新たな言語資本論の展開可能性を示したことにある。ピエール・ブルデューの示した言語資本の概念が出自による獲得と身体化された能力、家族内における世代継承性を含んでいるのに対し、ブルデューでは論じられていなかった言語資本の非-世代継承的な側面を明らかにした。言語能力の学校教育での後天的獲得の実態を重視して、「教養的言語資本」と「技術的言語資本」という二種の言語資本で現代のエリート形成過程をとらえることを提起している。さらに「教養的言語資本」の内容が、20世紀における古典の読書による教養から21世紀においては大衆的読書や漫画などによっても獲得されたケースを明らかにし、言語資本の内実の変容、つまり20世紀における洗練や卓越の能力から、21世紀では自然さ、明晰さ、謙虚さをともなう能力に内実が変化していることも示しえたことはエリートの言語運用能力の世代間変化を明示した特筆すべき成果である。
以上の他にも本論文の成果は少なくないが、残された課題がないわけではない。以下に二つの点をあげたい。
第一は、先行研究・関連業績の幅広い吟味の問題である。ブルデューの言語資本論を基盤とし、エリート論やフランスにおけるフランス語教育問題等の関連領域の先行研究を渉猟して問題点をおさえているものの、フランス社会における階層研究全体への目配りが十分になされたとは言い難い。また本調査で扱ったエリート層を現代フランスの社会構造研究のなかに位置づけてより深く考察する必要があるだろう。
第二は、概念規定の問題である。言語資本と言語運用能力が本論での中軸となる概念であるが、この二つの概念規定が明確に作用した議論が展開されたかというと、十全な展開には至っておらず、さらなる概念規定の厳密化と精錬が求められる。また、ブルデューの言語資本論を超える議論を豊富な調査データにもとづいてめざしたことは理解されるものの、ブルデューの再生産論や文化資本論とも関連づけた論議がさらに必要であったようにおもわれる。
これらの点は、本論文でもっとも評価される豊かなインタビューの語りを存分に活かすためにもなお一層の検討が求められるところである。ただ、これらの点は、本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、筆者自身も重々自覚しており、今後のさらなる研究において克服されていくことが十分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2018年11月14日

2018年9月26日、学位請求論文提出者・山崎晶子氏の論文についての最終試験をおこなった。本試験において、審査委員が、提出論文「21世紀フランスのエリート形成における言語資本―名門グランゼコール学生・卒業生と親、準備学級教師の語りから―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。よって、審査委員一同は、山崎晶子氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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