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博士論文審査要旨

論文題目:江戸幕府の役職就任と文書管理
著者:吉川 紗里矢 (KIKKAWA, Sariya)
論文審査委員:若尾政希、渡辺尚志、石居人也、友部謙一

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1 本論文の概要
本論文は、江戸時代の大名家に伝来してきた大名家文書を研究対象にして、①江戸幕府の役人がいかにして役人になったのか、②幕府役人はどのように文書を管理したのか、について実証的に解明しようとしたものである。
六章構成で、主として①の課題について論じたのが第三章、第四章である。具体的には、第三章で、旗本が就任する役職である寺社奉行吟味物調役を事例にして、その人事決定の過程を丹念に解明している。第四章では、譜代大名が就任する役職である老中職を取り上げ、同じく人事決定の過程を検討している。
一方、②の課題について論じたのが、第一章、第二章、第五章、第六章である。奏者番(第一章、第二章)・寺社奉行(第二章)・老中(第五章)が、近世中後期において、いかに文書を管理していたのかを解明している。
2 本論文の成果と問題点
本論文で著者が分析対象としたのは、水野家文書(首都大学東京図書館所蔵)・真田家文書(真田宝物館・国文学研究資料館所蔵)・阿部家文書(広島県福山市教育委員会・東京大学史料編纂所所蔵)・松平家文書(天理大学附属天理図書館所蔵)・稲葉家文書(国立公文書館・東京大学史料編纂所所蔵)・秋元家文書(群馬県館林市立図書館秋元文庫所蔵)等の大名家文書である。著者は、それらのなかに、各大名が幕府役職に就任したときに作成された文書群が存在することに着目し、なぜ、大名家に幕府役職に関する文書群が形成されたのかという疑問から出発して、そうした文書群を丹念に分析して、上記の二つの課題(すなわち概要の①と②)にぶつかり、それを解明していった。これが本論文の第一の成果である。
著者が、大名家や旗本の家の文書中の、幕府役職に関する文書群を、「役職文書」と呼んで、江戸城や奉行所等で役人が共同で管理していた「役所文書」と明確に区別して、その形成の過程を解明するとともに、その歴史的意義について論及したことも高く評価したい。本論文の結論部分では、著者は、「役職文書」をさらに、後任に引き継ぐための「引送文書」と、それ以外の「職務文書」とに二分している。「役職文書」、「職務文書」、「引送文書」といった著者が本論文で提起した概念・用語は、今後の研究において活用されるとともに議論されていくことになるであろう。本論文の第二の成果である。
第三に、江戸幕府の人事について、その決定過程と、役職任命式までの過程を具体的に解明し、そのプロセスにおいて老中が大きな役割を果たすことを明らかにしたことも、本論文の成果である。
以上の他にも本論文の成果は少なくないが、もとより残された課題がないわけではない。
著者は本論文において、徳川綱吉期、松平定信期、水野忠邦期、幕末期における文書管理の在り方について実証的に解明しているが、本論文からその時代的なつながりを読みとることは難しい。本論文の実証を活かして通史的叙述を行うためには、なお一層の工夫が必要であろう。もちろん、こうした点は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、また著者もすでに自覚しており、近い将来の研究において克服されていくことが充分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2018年7月11日

2018 年6 月6 日、学位請求論文提出者・吉川紗里矢氏の論文についての最終試験を行なった。本試験において、審査委員が、提出論文「江戸幕府の役職就任と文書管理」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。よって、審査委員一同は、吉川紗里矢氏が一橋大学学位規則第5 条第1 項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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