博士論文一覧

博士論文審査要旨

論文題目:ジャン=ジャック・ルソーにおける〈方法〉の問題
著者:淵田 仁 (HUCHIDA, Masashi)
論文審査委員:森村敏己、加藤泰史、小関武史

→論文要旨へ

1 本論文の概要
本論文は、「方法論」という観点からルソーの著作にアプローチすることで、18世紀フランスにおいて主流であった「分析的方法」との対峙を通じて、ルソーが独自の方法論を構築していたことを解明し、その特徴を明らかにした独創的な研究である。
2 本論文の成果と問題点
本論文の成果として挙げるべきは以下の点である。
まず、方法論という観点からルソーの著作にアプローチしたことである。ルソー研究においては、いわゆる啓蒙思想の中でルソーの議論がどの程度、斬新な、あるいは異質なものであったかが問われる傾向にあった。その背景には、百科全書派と呼ばれる著名なフィロゾーフたちと袂を分かったこと、ルソー本人が絶えず自らの思想の独自性と一貫性を主張していたという事情がある。しかし、その際に問題とされたのはあくまで彼の思想内容であり、ルソーが自らの著作における方法の不在をことさら強調したこともあり、方法論という点から、ルソーが18世紀フランス思想の中で占める位置、その特質を論じる研究はなかった。この意味で本論のテーマは極めて独創的で、有意義なものだと言える。
次に、ルソーの方法論を分析するに際して、コンディヤックとの比較というアプローチを採用したことである。18世紀フランスにおいてロックの経験論的認識論が生得観念論を駆逐しながら、多くのフィロゾーフたちに受容されたことはよく知られているが、その際に、認識の源泉を感覚のみに一元化しつつロックの理論を継承し、感覚論哲学を構築したコンディヤックの功績は極めて大きなものであったし、また、コンディヤックは、分析的方法とは分解過程と統合過程を包含するものという独自の解釈に立ち、方法論という点でも大きな影響を及ぼしていた。そのコンディヤックとの比較を念頭に置き、コンディヤックとの相違点、対立点を解明していくという本論の手法は、ルソーの方法論の独自性を浮かび上がらせるうえで有効に機能している。
第三に、ルソー独自の方法論を明らかにすることで、彼の自然状態論に関して説得的な解釈を提示することが可能となった。具体的にはコンディヤックおよび多くのフィロゾーフが共有する自同性原理を基盤とした分析的方法に代えて、ルソーが内的感覚に支えられた推論という方法を取っているとする本論の議論は、自然状態と社会状態の間に亀裂が存在することの必然性を理解するうえで重要な貢献を果たした。それにより、社会状態から自然状態に思弁的に遡行するにせよ、自然状態から社会状態への移行を説明するにせよ、分析的方法は有効ではないとするルソーの方法論的立場と、社会状態からは断絶された彼の自然状態論とが不可分に結びついていることが明らかとされた。
ただし、その一方で以下の課題が残されている点も指摘しておかなければならない。
まず、成果の二点目に伴うとも言えるデメリット、つまりコンディヤックを主たる比較対象としたことの功罪の「罪」に関してである。上述のように、方法論という点で最重要なフィロゾーフであったコンディヤックを取り上げることの利点は大きいが、ビュフォンやモラリストの伝統にも目配りをしているとは言え、比較対象をコンディヤックに絞りすぎた印象は否めないし、コンディヤックとルソーとの相違点のみに着目しすぎたことも否定できない。そのため、『百科全書』における方法論との比較という興味深い論点は検討対象とならず、通常、分析とは区別される統合という推論過程を、分析的方法の一側面と見るコンディヤックの方法論もしくは用語法の特異性は十分に議論されていない。また、感覚印象を比較し、判断する主体について、コンディヤックとルソーはともに唯物論的解釈を拒否していることが示すように、両者には共通する要素もあるが、相違点に意識を集中するあまり、共通点の把握が不十分となり、唯物論、経験論といった概念をめぐって両者の議論を整理する際に曖昧さが残る結果となった。
第二に、認識論における方法論をめぐる第一部と、ルソーの叙述を具体的に分析した第二部との関係が明確さを欠く場合が見受けられる。第二部第五章は、第一部の問題提起を受けながら『不平等起源論』を分析し、本論の中でも最も読み応えのある章となっているが、それに比して第四章および第六章は、第一部との関連に曖昧さが残る。こうした問題点は、内的感覚という概念の共同性・個別性についての議論を深めておけば回避できたのではないかと思われる。
ただし、こうした課題は筆者も自覚しており、また本論文の学術的価値を損なうものではない。今後の研究の進展に期待したい。

最終試験の結果の要旨

2017年12月13日

2017年11月28 日、学位請求論文提出者、淵田仁氏の論文について最終試験を行った。試験において審査委員が、提出論文「ジャン=ジャック・ルソーにおける<方法>の問題」に関する疑問点について説明を求めたのに対し、淵田仁氏はいすれも的確に対応し、十分な説明を与えた。
よって、審査委員一同は、所定の試問の結果を合わせて考慮し、淵田仁氏が一橋大学学位規則第5条第3項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を受けるに値するものと判断する。

このページの一番上へ