博士論文一覧

博士論文審査要旨

論文題目:グローバル化するアラブ・イスラエル紛争と1970 年代アメリカ ――人道主義、平和、人権、フェミニズム
著者:佐藤 雅哉 (SATO, Masaya)
論文審査委員:中野 聡、貴堂嘉之、西崎史子

→論文要旨へ

1.本論文の概要
 本論文は、1960年代から70年代にかけて、アラブ・イスラエル紛争が国際問題としてグローバル化していくなかで、紛争をめぐってアメリカ合衆国を舞台に展開した論争・運動──アラブ・イスラエル紛争の「アメリカン・フロント」──を、とくに民間団体の役割に注目して検討することにより、アラブ・イスラエル紛争が転換期のアメリカ政治・社会に及ぼした重要な影響を考察した論考である。
2.本論文の成果と問題点
 本研究の第一の成果は、アラブ・イスラエル紛争をめぐる論争が、人道・人権・平和・女性をめぐる諸運動を展開する民間団体を横断する問題の焦点となることによって、ベトナム戦争後の世界におけるアメリカの役割をめぐる議論や人権・フェミニズムといった、1970年代アメリカの重要な諸テーマを横断しながら展開した過程を丹念に明らかにしていることに求めることができる。具体的には、クェーカー団体の「アメリカ・フレンド奉仕会」によるパレスチナ難民救済などの人道問題としての取り組み(第1章)に続いて、アラブ諸国とイスラエルとの間で二度にわたる戦争(1967年と1973年)が勃発するなかで、和平プロセスに焦点が移行していく時期について、中東平和を追求する平和運動団体の取り組み(第2章)、米議会民主党左派の対応(第3章)を検討し、さらに1970年代半ばごろから人権問題がクローズアップされるようになっていく過程をめぐって、アムネスティ・インターナショナルUSAの対応(第4章)を検討、1970年代半ばまでには国際的な人権規範がイスラエル・パレスチナ問題に関する論争の中心的な言語となったことを論じた(第5章)。さらに第6章では、第三世界フェミニズムと結びついた反シオニズムの潮流に対してアメリカのとくにユダヤ系フェミニストがいかに対応したのかという問題を、著名なフェミニストであるベラ・アブザッグに着目して分析し、フェミニズムの領域にまでアラブ・イスラエル問題が波及した過程を検討した。
 本研究の第二の成果は、アラブ・イスラエル紛争におけるナショナリズムの硬直した対立構造を乗り超えるために、中東の平和を求めるアクティヴィズムが国連決議や国際法上の人権規範など合衆国外部から獲得した資源を動員しようとしたこと、さらにこのことが保守勢力とりわけ新保守主義(ネオコン)勢力の批判を呼び寄せる結果をもたらしただけでなく、民主党左派やフェミニストの一部もまたイスラエルの防衛と自由世界の防衛を同一線上にあると認識して国連における反シオニズムの潮流を敵視する見方を共有したことを明らかにしたことに求めることができる。本研究はこのことから、アラブ・イスラエル紛争が平和団体や人権団体、あるいはフェミニズムなどをその内部で分裂させていくと同時に、中東問題が一つの試金石として機能することでアメリカの政治地図の再編を促したと言うことができ、1970年代が「アメリカの分裂」の時代であるとすれば、アラブ・イスラエル紛争はその傾向を強化・複雑化したといえるのだと指摘している。以上を通じて本研究は、民間団体をひとつの経路としてアラブ・イスラエル紛争が転換期のアメリカ政治・社会に流入し、国連・国際規範がアメリカ政治からみて外部の存在としてアメリカ政治の対立や分極化を促す動因となったことを事例研究により説得的に論証していることが全体として評価できるのである。
以上のような成果が認められるものの、その一方で本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
 第一に、全体の章立がケース・スタディとして別個に論じられているために、アラブ・イスラエル紛争とアメリカ政治社会史の相関をめぐる大きな時期区分や転換点がどこにあったかという縦軸のクロノロジーが読者にやや分かりにくいという難点があった。SNCC(学生非暴力調整委員会)のイスラエル批判(1967年)などの重要な事件が全体のなかでどのように位置づけられるのかなどの議論を補足することが望まれよう。第二に、アラブ・イスラエル紛争問題がアメリカ政治・社会運動・フェミニズムをめぐる対抗関係の構図に大きなインパクトを与えたという本研究の論旨をより説得的に論じるためには、例えば反イスラエルという問題がナショナリズムの問題を超えて第一世界フェミニズムと第三世界フェミニズムの対抗になぜ結びついていったのか、21世紀に入って党派的対抗と分極化が強まったアメリカ政治全体の構図のなかでアラブ・イスラエル紛争問題がどのような影響を与えたのかといった点についての見取図を、序論ないし結論などにおいて示すことが望まれよう。第三に、イスラエル政治の展開がアメリカの保守・リベラル派のイスラエル問題への対応に与えた影響を俯瞰する視点から、この時期についても議論を整理しておくことが望まれよう。
 もちろん、これらの諸点は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、佐藤雅哉氏自身が十分に自覚しており、近い将来の研究において補われ克服されていくことが十分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2017年11月9日

 2017年11月9日、学位請求論文提出者・佐藤雅哉氏の論文について、最終試験を行った。 本試験において、審査委員が、提出論文「The American Front of the Globalized Arab-Israeli Conflict: The Politics of Humanitarianism, Peace, Human Rights, and Feminism in the 1970s.」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、佐藤雅哉氏が一橋大学学位規則第5条第3項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

このページの一番上へ