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博士論文審査要旨

論文題目:日本スポーツ界と政治の関係に関する史的研究―1930年代および1960年代のアジアにおける国際スポーツ大会を対象として―
著者:冨田 幸祐 (TOMITA, Kosuke)
論文審査委員:坂上康博、中野聡、石居人也、尾崎正峰

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1.本論文の概要
本論文は、第9回・第10回極東大会、第4回アジア大会、GANEFO(新興国競技大会)という1930年代および60年代にアジアで開催された4つの国際競技大会を対象とし、それらの大会における国際的な政治問題の顕在化とそれに対する日本スポーツ界の対応を詳細に追跡することで、日本スポーツ界と政治の関係についての動態的かつ歴史的な考察を試みたものである。

2.本論文の成果と問題点
本論文の主要な成果として、次の3点を指摘することができる。
第1に、日本スポーツ界と政治の関係を掘り下げるために4つの事件に着目し、その詳細を丹念な史料調査によって実証的に解明したことである。4つの事件とは、1930年の第9回極東大会における英領インド代表旗問題、1934年の第10回極東大会における満洲国参加問題、1962年の第4回アジア大会における台湾・イスラエル参加問題、そしてインドネシアが主導し1963年に創設、開催されたGANEFOをめぐる問題である。これらのうち満洲国参加問題以外の3つは、これまで研究が皆無であり、また、英領インド代表旗問題以外の3つの事件は、政治的な圧力に屈せず自主性を貫いた日本スポーツ界の「伝統」(この事実の発見も本論文の成果)とされる重要な事例であるにもかかわらず検証がなされてこなかったものである。本論文は、これらの事件をローザンヌのIOC本部に付設
されているオリンピック・スタディーセンター、日本体育協会資料室、外務省外交史料館等の所蔵史料を渉猟し、また、新聞報道の網羅的な分析等によって明らかにしたパイオニア的研究である。
第2に、従来の研究が、日本スポーツ界の思想や制度、あるいは政財界との人的関係の把握といった静態的な把握にとどまっていたのに対し、本論文では、4つの競技大会において国際的な政治問題が顕在化するプロセスおよびそれに対する日本社会の反響、日本スポーツ界および日本政府の対応を追跡することにより、日本スポーツ界と政治の関係を歴史的な文脈の中で動態的に把握することに成功していることである。政府、右翼団体、世論といった多様な政治的圧力の担い手の存在、それらのパワーや性格の差異、そしてそれに対するスポーツ界の判断や行動、それらを支えた正当性論理などをダイナミックに浮かび上がらせたのは、その証左に他ならない。スポーツと政治の関係をとらえる上でのこのダイナミックな新たなアプローチは、スポーツ史およびスポーツ社会学等の分野にとって重要な貢献をなすものである。
第3に、近年の研究においては、日本スポーツ界の財政的基盤の脆弱性や政府への依存性と同時に、日本スポーツ界が一定程度の「自主性」を保持していた点についても指摘がなされているが、本論文では国際的な政治問題の影響にさらされる中での政府とスポーツ界の両者の対応を追跡することにより、それぞれの局面で露わとなった「自主性」の内実を明らかにしたことである。4つの事件すべてにおいて、政府がスポーツ界の判断に積極的に介入することはなく、スポーツ界の「自主性」を容認していたという意外な事実が本論文によって明らかにされ、その理由として本論文では、日本スポーツ界の中心に位置する大日本体育協会/日本体育協会がその創設当初よりIOC傘下のNOCとしての機能を持ち合わせていたこと、スポーツへの政治介入に否定的な世論への配慮、戦後においてはそれらに加えて「非介入」の法理の存在を仮説的に提示している。日本政府とスポーツ界の関係を独自の問題関心とアプローチによって掘り下げ、スポーツ界が保持したとされる「自主性」の内実を明らかにし、さらに考察を加えた点を高く評価したい。
本論文の成果は、上記の3点の他にも存在するが、問題点や残された課題がないわけではない。たとえば1980年のモスクワオリンピック・ボイコットの際の日本政府のスポーツ界への介入までを視野に入れた上での4つの事件の位置と意味の検討、政府から自立した形で展開された国家政策への協力に対する評価、戦後の国際政治のパワーバランスの変化が与えた影響、戦前戦後におけるアジア主義的な思想との関係などが問われるべきであり、また、4つの事件のより精緻な類型化や性格規定、政治概念の精緻化と拡大などに取り組むべきであろう。ただし、これらの諸点は、今後の研究のより一層の深化のために必要な課題に他ならず、本論文の学術的な価値そのものを損なうものではない。また、すでに筆者自身もこれらの課題について十分に自覚していることから、早急な克服が期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2018年2月14日

2017 年12 月19日、学位請求論文提出者・冨田幸祐氏の論文について最終試験を実施した。試験において審査委員が、提出論文「日本スポーツ界と政治の関係に関する史的研究――1930年代および1960年代のアジアにおける国際スポーツ大会を対象として――」に関する疑問点について説明を求めたのに対し、冨田氏はいずれの質問に対しても的確に応答し充分な説明を行なった。
 よって、審査員一同は、冨田幸祐氏が一橋大学学位規則第5 条第1 項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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