博士論文一覧

博士論文審査要旨

論文題目:なぜ貧しい人ほど寄付をするのか―金銭的欠乏感の影響に着目した検討―
著者:竹部 成崇 (TAKEBE, Masataka)
論文審査委員:村田光二、稲葉哲郎、安川一、竹内 幹

→論文要旨へ

1. 本論文の概要

社会階層の低い人たちの方が高い人たちよりも、収入額に対して高い比率の寄付をする傾向が、北米などの調査研究の結果から明らかにされている。この直感に反する現象がなぜ生じるのか、金銭的欠乏感という心理の影響に焦点を当てて、心理学実験を用いて解明したのが本論文である。
本論文の著者は、社会階層の低い人は利他的傾向が強いので、寄付等の援助行動を取りやすいという従来の仮説に疑問を呈する。ボランティア活動等の他の援助行動については、社会階層の低い人が必ずしも行いやすいわけではないからである。寄付という、自身に不足している金銭を提供する援助行動を低階層の人がなぜ行うのか、研究すべき課題が残っていると著者は論じる。著者は、行動経済学者たちの議論を借りて、低階層の人が慢性的に感じている金銭的欠乏感が、その問題への集中と他の問題の無視(トンネリング)を導くと論じる。そのため、困難な状況にある人々の苦境の原因を金銭的欠乏にあると帰属しやすいという。そして、その状況で寄付する機会が与えられると、利他的動機づけが高く、金銭的欠乏感が強い人において寄付意図が高まると予測した。本論文の実験研究では、金銭的欠乏感の高低を操作して、まず、欠乏感が高い方が他者の苦境の原因を経済的原因(資金不足)に帰属しやすかったことを実証した。次に、最初の課題で金銭的欠乏感を操作し、次に困難な状況を示すシナリオを読ませて寄付意図や利他的動機づけを回答させる実験を行った。その結果、欠乏感が高く利他的動機づけも高いときに、寄付意図も高くなることが示された。これらの結果を受けて、研究の意義、残された問題、そして今後の研究の展望を総合考察で論じて、全体をまとめている。

2. 本論文の成果と問題点

 本論文の第一の成果は、社会階層の低い人たちの方が高い人たちよりも、収入額に対して高い比率の寄付をするという社会現象を説明する、これまでにない仮説を提示して、心理学実験を通じてそれを実証したことである。社会階層の低い人たちは金銭的欠乏感を感じやすく、援助を必要な人たちの苦境の原因を資金不足に帰属しやすい。また、利他的動機づけが高いときには、より多く寄付をしようと意図しやすい。これらの仮説を複数の実験を通じて実証した。ボランティア活動への意図にはこの結果が示されず、利他性が高いことだけでどういった援助行動でも取りやすい、ということではなかったのである。これは、金銭的欠乏感が引き起こす、金銭への意識の集中と他の刺激や情報の無視(トンネリング)という心理が果たす重要な役割を知らしめる知見であるだろう。
本論文の第二の成果は、金銭的欠乏感や時間的欠乏感を操作する、新しい有用な方法を編み出したことである。本論文の実験研究では、食事計画や旅行計画を実験参加者に立てさせるときに、欠乏感の高い条件の者に対しては予算をかなり限定して行わせ、低い条件の者には余裕を持てる予算額のもとで行わせた。前者は、「お金が足りない」ことを実感する日常的な場面の一つであり、例えば「パソコン一式」など他の物品の買物計画の形にして実施することも可能である。
本論文の第三の成果は、金銭的欠乏感が寄付意図に効果を及ぼすことだけでなく、時間的欠乏感が時間を資源とするボランティア活動の意図に効果を及ぼすことも実証して、社会行動の規定因としての欠乏感の影響力の広さを明示したことである。心理学的構成概念であるにも拘わらず、欠乏感を用いた社会行動の説明は行動経済学の領域で先行していたが、本論文の成果は、心理学の領域でももっと探求されてしかるべき心理過程であることを教えてくれているだろう。
 以上のような成果が認められるものの、本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
まず、実験結果は必ずしも頑健ではなかった。男性のデータだけが仮説を支持した場合や、二要因の交互作用が有意に至らなかった場合もあった。寄付意図には結果が示されたが、本来のターゲットである寄付行動で仮説が支持されたわけではない。実験方法を洗練させて、信頼できる結果を今後得ることが望ましい。また、分析に用いている利他的動機づけは、実験の中で測定した個人差変数であり、これと相関している他の変数が結果を生み出している可能性がある。利他的動機づけも独立に操作して、仮説を検討する必要があるだろう。最後に、社会階層の低い人たちが不相応に寄付する傾向を「非合理」と論じているが、この人たちが寄付によって経済的に破綻するなど、社会的不適応が生まれているのだろうか。またこれに対して、「非合理な」寄付をどのように抑制できるのだろうか。本論文には、テーマに関わって、社会階層の低い人たちに寄り添うような議論が少なかったように思う。
もちろん、以上の問題点は本論文の成果と水準の高さを損なうものではなく、著者自身も充分に自覚しており、将来の研究において補われ克服されていくと期待されるものである。

最終試験の結果の要旨

2018年2月14日

2017 年12月25日、学位請求論文提出者の竹部成崇氏の論文について最終試験を行った。本試験において、審査委員が提出論文「なぜ貧しい人ほど寄付をするのか-金銭的欠乏感の影響に着目した検討-」に関する疑問点ついて説明を求めたのに対し、竹部氏はいずれにおいても充分な説明を行った。
よって、審査委員一同は、竹部成崇氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により、一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

このページの一番上へ