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博士論文審査要旨

論文題目:二クラス・ルーマンの社会システム理論における合理性の構想とそのメカニズム
著者:須田 佑介 (SUDA, Yusuke)
論文審査委員:多田治、井頭昌彦、深澤英隆、菊谷和宏

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1.本論文の概要

本論文は、ニクラス・ルーマンの社会システム理論のなかでも「合理性」の問題に焦点を当て、ルーマンの中心概念である複雑性や偶発性、機能、オートポイエーシス、観察など一連の概念からなる理論体系において「合理性」がどのように位置づけられ、それによってルーマンが何を志向していたかを明らかにした社会理論的・学説史的研究である。初期ルーマンの機能主義や社会学的啓蒙への関心から、後期のオートポイエーシス・自己参照的システム論への移行・展開をたどりながら、そうした理論上の変化にあっても彼の初期の規範的関心は後期にも一貫して保たれており、システム合理性への考察を掘り下げるなかで規範科学と経験科学の架橋・統一が目指されていたことを明らかにしている。

2.本論文の成果と問題点

本論文の成果は、主に以下の三点にまとめることができる。
第一に、システム合理性を検討の軸としながら、それによって初期ルーマンの機能主義論と後期ルーマンの自己参照論の有機的接続を行い、ルーマン理論の新たな全体像を提示したことである。「合理性」の問題にアプローチするにしても、ルーマン理論の中心をなすのはあくまで複雑性・偶発性・「システム/環境」図式・意味・コミュニケーション・機能分化・観察など、社会システム理論の一連の基本概念であり、合理性問題は一見したところ二次的な地位に置かれている。しかし著者は、これら一連の諸概念を明快に整理しつつ合理性問題と関連づけて示すことで、ルーマン理論の発展過程を包括的に再構成する作業をなしとげた。膨大かつ難解なルーマンのテクストを網羅的に読み込んだ上で、システム合理性の観点から、扱う素材を大幅に取捨選択したことにより、ルーマン理論のエッセンスを独自に抽出する作業に成功し、先行研究ではみられない貴重な知見を提供し、著者自身の論として提示する水準にまで高めている。
第二に、ルーマン特有の偶発性・不確実性・予測不能性といった基本視座から、マックス・ウェーバー以来の「行為の合理性」問題を再検討し、脱存在論的な発想の転換によって合理性の再定式化を行ったことである。ウェーバーや合理的選択論など多くの理論伝統では、合理的な主体・行為の「同一性」や行為状況の確実性を、所与の前提としてモデル化し、自明視する傾向がみられた。ルーマンの社会観はそうした「同一性」や確実性を前提せず、「自己と非自己」「システムと環境」の差異・区別から出発し、行為状況の複雑性・偶発性・不確実性を中核にすえて、そうした状況で「何がシステムにとって合理的か」を問うたのであり、著者はその位相を明確に浮かび上がらせた。(均質的時間のモデルでなく)現実に生きられる時間の流れにあっては、可変的で予測不能な状況への柔軟な対応力こそがシステムの合理性につながることから、自己のなかに「自己/非自己」(システム/環境)の区別やセットを再導入して問いなおせることの重要性を指摘できたのは、大きな理論的貢献であると評価できる。
第三に、規範科学と経験科学の架橋という一貫した志向を見出すことで、従来の一般的なルーマン像とは別の見方を提示するとともに、社会科学における「事実認識と価値判断の区別」を再考する手立てを与えたことである。ルーマンは「理性啓蒙」の系譜とは距離をおきながらも、「社会学的啓蒙」を掲げた初期の関心において、自らの社会学の研究実践もまた啓蒙的な性質をもつことを自覚していた。著者は、これが後期の自己参照理論にも形を変えながら維持され、「不確定性のなかで自己を産出し続ける」というシステムの課題・状況をありのままに直視して理論化する営み自体が、ルーマンの規範的関心と直結していたことを明らかにした。またその過程で、従来の社会科学における「事実と当為」「事実認識と価値判断」の区別の自明性を問いなおし、この差異・区別やセット自体が社会を構成してゆく作用を明示的に指摘した。この知見は、近年の再帰性(reflexivity)を重視する反省的社会学の潮流と重なると同時に、ルーマン理論に固有の可能性を引き出すことで得られた成果である。
しかし本論文には、次のような問題点も見出される。
まず何より、システム合理性の議論の純度を高めることにこだわったためとはいえ、充分な言葉を尽くしての説明・論証が行われていない箇所が、少なからず見られることである。複雑性や偶発性、オートポイエーシスなど、ルーマン独特の難解な用語体系の多くが、定義や背景説明などをせずに、読者が了解済みであるかのように使用され、論が進められている。理論的タームについて明確な内容規定を与えることは学術論文の基本的な作法であり、ルーマン研究は解釈上の意見の不一致が生じやすい研究領域であるため、この点は明らかな瑕疵である。参考文献や注も、直接の議論・目的に関わるものに限定する方針から、最低限必要なものに絞り込まれている。だが博士論文では、当該領域に関して網羅的なサーベイが要求されるのであり、文献表の作成と本文中でのその適切な言及は、この作業の一部をなす。より網羅的な参考文献と、本文を適切に補う注が加えられるべきであった。
またルーマン理論に関する先行研究は序章でのみ扱い整理されているが、本論ではほとんど取り上げられていない。自身の論点や独自性を明確にするうえで、先行研究との差異化や比較を行うことは不可欠な作業であった。さらに、ルーマンの視点・立場と著者自身の視点・立場がいかなる関係・距離にあり、いかに異なるのかといった点も、明示されていない。序章等でもう少し著者の立場・方針の明示的説明があるほうが望ましかったことは、惜しまれる点である。
また審査会では、本論はルーマン理論の内在的な検討に終始しているが、ルーマン理論の外部でそもそも著者がもつ社会的な問題関心はどこにあるのか、といった点についても質疑が行われた。この分野の一般的な傾向ではあるが、ルーマン研究だけに特化しないような議論のあり方が、専門外の読者向けにも工夫される余地はあったのではないかと推察される。
とはいえこれらの問題点は、本論文のすぐれた研究成果を損なうものではなく、著者自身もそのことを充分に自覚しており、今後の研究によってそれらの問題点を克服し、さらに知見を発展させていくことが期待される。

最終試験の結果の要旨

2018年2月14日

2018年1月18日、学位請求論文提出者・須田佑介氏の論文について最終試験を行った。本試験において、提出論文「ニクラス・ルーマンの社会システム理論における合理性の構想とメカニズム」に関する疑問点について、審査委員が逐一説明を求めたのに対して、須田氏はいずれも適切な説明を与えた。
よって、審査委員一同は、須田佑介氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により、一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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