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博士論文審査要旨

論文題目:戦後日本における「混血」、「ハーフ」をめぐる人種構成―<日本人化/外国人化>人種プロジェクトの歴史的な展開―
著者:田口 ローレンス 吉孝 (TAGUCHI, Lawrence Yoshitaka)
論文審査委員:伊藤るり、小井土彰宏、小林多寿子、南川文里

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 本論文は、戦後日本社会における人種カテゴリーとしての「日本人」/「外国人」の歴史的構築過程を、この二分法的構図には還元されない「混血」、「ハーフ」の人種的位置づけという視点に立ち、また理論的にはオミとウィナントの「人種編成(racial formation)」論を参照しながら、史資料、ならびに当事者に対するインタビュー・データをもとに検討・解析し、戦後日本の人種編成の展開とその社会的帰結を明らかにしようとする社会学的研究である。

1. 本論文の構成
 本論文は、序章、第1部(1~4章)、第2部(5~8章)、終章から構成され、末尾に資料が付されている。構成は以下のとおりである。

目次
凡例
序章
1.研究の問題意識
2. 問題の背景と先行研究および本研究の目的
3. 「混血」「ハーフ」をめぐる社会編成の時期区分と位相の整理
4. 史資料およびフィールド調査対象の概要
5. 分析枠組み
5.1. 人種編成論
5.2. 人種プロジェクト
5.3. 節合
5.4. メゾレベルの人種編成への着目−コンネルの制度理論
6. 人種編成論の日本の文脈への援用——日本社会における人種観念
7. 論文の構成と各章の目的

第一部 戦後日本社会の「日本人」化/「外国人」化の人種プロジェクトと、「混血」「ハーフ」等をめぐる人種プロジェクトの歴史的展開
第1章 第1期の「混血児」をめぐる人種プロジェクト−−「日本人」化/「外国人」化の人種編成の再構築
1. はじめに
2. 旧植民地出身者をめぐる「日本人」化と「外国人」化の人種プロジェクト
3. 「混血児問題」における「日本人」化と「外国人」化の人種プロジェクト
3-1.背景
3-2.「混血児」の人口統計調査
3-3. 厚生省における「混血児問題対策」の内実
4. 文部省の「混血児対策」
4-1. 「混血児」指導上のガイドライン配布
4-2. 『混血児指導記録』によるケースワークの蓄積と情報提供
4-3.文部省の「混血児対策」の内実——「混血児」の同化と無問題化、そして「外国人」化
5. 外務省の対策—厚生省・文部省の対策の踏襲
6. 市民社会のプロジェクト
6-1. 児童養護施設
6-2. 当事者団体としての「1953年の会」と「レミの会」の活動
6-3. 「混血児問題」対策としての海外養子縁組
6-4. 国際社会事業団による海外養子縁組
6-5. 市民社会のプロジェクトと国家のプロジェクトの葛藤関係
7.小括 戦後日本における「日本人」化/「外国人」化の人種プロジェクトの萌芽
第2章 「ハーフ」「日本人」の人種化と、「混血児」の不可視化—「ハーフ・ブーム」、「日本人論」と「国際化」、および国籍法改正運動から
0. はじめに
1. 日本人論における「混血児」の不在—「日本人」の人種化の臨界点
2. 「ハーフ」言説の構築と人種・ジェンダー化
2-1. 西欧化と肯定的な白人イメージの拡散
2-2. 消費領域における「ハーフ・ブーム」の展開
2-3. 「ハーフ」言説によって表象されたものとされなかったもの
2-4. 「ハーフ」言説における朝鮮系の不可視化
3. 「国際化」の中の日本人論——再生産・強化される「日本人」
4. 混血児の法的地位の変化—国籍法改正運動が焦点化しなかったもの
5. 小括 第2期の人種プロジェクト
第3章 改定入管法と「多文化共生」関連施策における二重の人種プロジェクト
0.はじめに
1. 国家の人種プロジェクトとしての1990年入管法改定
2. 「混血児」の使用禁止運動と「ダブル」言説の構築
3. 「多文化共生」関連施策における「日本人」対「外国人」の人種プロジェクト
4.小括 血のロジックの拡大による入管法改定と「多文化共生」施策における問題設定の最小化
第4章 ヘゲモニー化する「日本人/外国人」二分法の人種プロジェクトと、当事者によるメディア・アクティビズムの展開
1. 多文化共生政策の展開における「日本人/外国人」の二分法の強化
2. 外国人施策の最小化——多文化共生施策から日系定住外国人施策へ
3. メディアにおけるハーフ表象の変化
4. 消費の対象から発信する主体へ
5. SNSを通したコミュニティ形成とアイデンティティ・ポリティクス
6. 当事者によるメディア・アクティビズム
7.小括

第二部 日常生活における人種プロジェクトと当事者のエージェンシー
第5章 日常生活における人種プロジェクト—人種、ジェンダー・セクシュアリティ、エスニシティ、ネーション
0. はじめに
1. 「ハーフ」に対する人種プロジェクトの日常的展開
1.1 「あなたは何者?」—「出会い」における人種プロジェクト
1.2 「ハーフ」にたいする詮索/尋問
1.3 ヘゲモニックな単一人種観mono-racialityと「ハーフ」
1.4 「アジア系」のルーツを持つ人々の経験 -「日本人」化の人種プロジェクト
1.5 「ハーフ」に対する人種差別
1.6 日本社会における他者化・人種化の指標
2. ジェンダー・セクシュアリティと「ハーフ」
2.1 「ハーフ」女性の経験
2.2 「ハーフ」男性への人種プロジェクト
2.3 バイセクシュアリティとバイレイシャリティ
3. エスニシティと「ハーフ」
3.1 「ハーフ」とトランスナショナルな紐帯
3.2 エスニックな要素に由来する排除と困難の経験
4. ネーションと「ハーフ」
5. 小括 日常生活に遍在する人種プロジェクト
第6章 位相によって異なる人種プロジェクトの経験
0. はじめに
1. 位相Ⅰのケース
1.1 基地周辺地域をめぐるフィールド調査とその結果
1.2 第1期の位相Ⅰの経験
1.3 第4期の位相Ⅰの経験
1.4 位相Ⅰに対する人種プロジェクトと基地周辺地域における当事者の経験
2. 位相Ⅱのケース
2.1 知佐さんのライフストーリー
3. 位相Ⅲのケース
3.1 「フィリピンハーフ」への人種プロジェクト
3.2 まとめ
4. 小括 位相ごとの人種プロジェクトの差異
第7章 社会的制度における投企の規制的作用 —学校・労働市場・家庭・街頭
0. はじめに
1. 家族 ——家族内部における人種プロジェクトと親子関係の葛藤
2. 学校 ——小学校における同化圧力と「日本人らしさ」
3. 労働市場 ——「面接」における参入障壁と「職場」における人種差別
3.1 面接における人種プロジェクト
3.2 職場における人種プロジェクト
4. 街頭 −−人種化・ジェンダー化されたレイシャル・プロファイリングの実態
5. 制度間の相互関係 ——家族制度と他の制度間の補完的関係
6. 小括 制度における人種プロジェクトの異なる展開とその帰結
第8章 ライフコースにおける人種プロジェクトの展開と当事者のエージェンシー
0. はじめに
1. ライフコースの語り
1.1山本りな
1.2 デミレル 知絵
1.3 ネルソン ルイス亨
1.4 ハリス アメリア紗智
1.5豊田麻美
1.6 ミラー イーサン 関
1.7 内藤アリヤ
1.8 岸辺 ナディア瑞江
1.9 田中 トーマス
1.10 森沢アレシア
2.ライフコース分析
2.1. 小学校
2.2中学校での経験
2.3スポーツの領域での活躍——「代替空間」としての部活の制度
2.4 思春期の経験
2.5 中学校での苛烈ないじめの経験
2.6高校での経験
2.7 留学での経験
2.8大学での経験
2.9 アルバイト、面接、就職活動、職場における経験
2.10 公共空間での経験
3.小括 各制度間の人種編成の相互関係と当事者のエージェンシーのあり方
終章 戦後日本社会における「日本人」/「外国人」の人種編成と「混血」「ハーフ」

巻末付録
謝辞
参考文献

2. 本論文の概要
 各章の概要は以下の通りである。
 序章で、筆者はまず本研究の目的を、戦後日本社会における「日本人化」/「外国人化」という人種プロジェクトの構築・定着過程で、「混血」「ハーフ」の人種的・社会的位置付けがいかに編成されていったのかを、「人種編成」論(オミとウィナント)を批判的に発展させながら、①史資料に基づいてその歴史的展開を明らかにすること、②この人種プロジェクトが、当事者をめぐる日常生活の場面でいかに作用し、具体的な効果をもたらしているのかについてインタビュー・データに基づいて詳細に論じることにあると設定する。
先行研究として、(a)マイノリティ・移民研究、(b)人種研究、(c)日本人論研究、(d)ハーフ研究を取り上げ、それぞれ批判的な検討を行なったあと、そこから「ハーフ」の人種化を手がかりに戦後日本の「人種編成」の全体像を解明するという課題が引き出される。「人種編成」とは、「人種的なアイデンティティが生み出され、引き継がれ、変化し、破壊されることによる社会歴史的なプロセス」としてオミとウィナントが提起した概念枠組である(Omi and Winant 2015)。筆者は、戦後日本社会の人種編成に接近するため、社会構造をマクロ・メゾ・ミクロの三層に整理し、各層での人種編成の作用の解明を目指すとともに、4つ時期区分(後述)と「混血」「ハーフ」を生み出す歴史的・社会的文脈として3つの位相(位相Ⅰは米軍占領・駐留、位相Ⅱは旧植民地出身者、位相Ⅲは1980年代以降の増加する「ニューカマー」)を独自に設定し、人種プロジェクト、節合、制度、ライフコース、当事者のエージェンシーといった分析概念・枠組を組み合わせながら、考察を展開していく。
論文は2部構成をとり、第一部(1~4章)は、史資料に基づいた戦後日本の人種編成に関する歴史社会学的考察、第二部(5~8章)は、41名の「ハーフ」当事者を対象としたインタビュー・データをもとに日常生活における人種編成の作用と帰結、ライフコースを通じた個々のエージェンシーの解析に充てられる。
第1章では、1945年〜60年代(第1期)に着目し、旧植民地出身者をめぐる法的地位の敗戦直後の変遷過程において、位相IIの「混血」の人々がいかに親のジェンダーと民族的背景をもとに、「日本人」化、または「外国人」化されたのか、また、位相Ⅰの「混血児問題」の諸相と政府の対策を概観し、厚生、文部、外務、各省庁の対策が連動するなかで、「混血児」が「日本人」化されるか、海外養子に送られ、差別問題が無化されていく状況を明らかにした。「混血児」の存在を無化する「日本人」化の人種プロジェクトには、政府が用いる「無差別平等」のロジックがその根拠として強く作用していた。「無差別平等」は普遍的なイデオロギーではなく、あくまでも「日本人」への同化を正当化する根拠として機能し、その最も深刻な効果は、人種差別の問題を不可視化させた点にあることを指摘した。
 第2章では、第2期(1970〜80年代)の人種編成に関して、とくに70年代ごろから活況を呈する「日本人論」と、その中でヘゲモニー化していく「日本人」の人種化のプロセス、および同時期に登場する人種化・ジェンダー化された「ハーフ」言説に着目し、この言説の背後で機能する「日本人論」の作用を明らかにした。
 第3章の対象である第3期(1990年代~2000年代前半)では、一方において、「日本人の血」のロジックの拡張に基づく入管法改定により「日系人」の受け入れが労働力不足解消に向けて目指され、他方で、多文化共生施策という資源の再配分においては「日本人」vs.「外国人」の二項対立を貫き、施策対象の範囲を可能な限り狭めることでニューカマーに対する支援を最小化するという、二重の人種プロジェクトが展開された。
 第4章では、第4期(2000年代後半以降)を取り上げ、多文化共生関連施策の流れを汲んだ「日系定住外国人施策」が支援対策の範囲を限りなく縮小し、人種差別が一切問題化されない政策のあり方を浮上させた。その一方で、新たに展開されていく「ハーフ」当事者のアイデンティティ表象や人種差別の告発といったメディア・アクティビズムの諸相について論じ、これらの草の根運動がヘゲモニックな「日本人」vs.「外国人」の人種編成を揺るがしうる可能性を示した。
 論文の後半となる第二部からは、「ハーフ」当事者をめぐるメゾ・ミクロレベルでの分析へと移る。その冒頭、第5章では、人種・ジェンダー・セクシュアリティ・エスニシティ・ネーションなどといった切り口から、当事者の日常生活における相互行為の場面に着目し、人種プロジェクトがこれらの指標の軸に沿っていかに多角的に当事者に影響を及ぼしているのかを論じた。
 しかし、これらの作用はすべての当事者に均質に影響を及ぼすわけではなく、位相(Ⅰ〜Ⅲ)の差異によって人種化の作用は異なる。第6章は、それぞれの位相において特徴的な人種プロジェクトの影響を当事者のライフストーリーから抽出、分析する。
 さらに、人種編成は「制度」の水準でも異なる作用と帰結をもたらす。第7章ではライフストーリーから浮上する特徴的な経験として、家族・学校・労働市場・街頭という4つの「制度」に即したデータを分析した。コンネルのレジーム(「制度」)概念を用いることで、社会全体に浸透する人種秩序が常に一貫したかたちで作動するのではなく、実際には複数の制度(メゾレベル)間でズレを伴い、制度間の関係性もまた、補完・葛藤・並列といった異なった志向性をもちうることを示した。
第8章は、視点を入れ替え、10名の当事者に絞って、ライフストーリーを時間の流れの中で捉え、様々な「制度」の作用のもとでこれをやり過ごしたり、抵抗する当事者のエージェンシーのあり方を詳細に論じている。例えば、学校で苛烈ないじめを経験した者が、その後自らの文化資本や社会関係資本を生かして就職や職場で成功を収める。あるいは、このような場合であっても、ひとたび街頭という公共空間に繰り出せば瞬く間に差別的処遇を被り、人種プロジェクトの制約にさらされる。また、当事者のエージェンシーには、ライフコースでの経験や過去からの学び(もしくはトラウマ)も動員される。当事者は、人種プロジェクトの作用から距離をとる、もしくは最小化するための「代替空間」を築き、これを社会上昇のための足がかりとして利用する戦略も見られた。
終章では、序章で設定された2つの研究目的に即して、本論文が戦後日本の人種編成における「混血」「ハーフ」の位置づけに関して到達した知見と見解、また本研究で用いられた史資料やインタビュー・データの限界、あるいは人種化におけるジェンダー・セクシュアリティ・階級などの諸次元に関する分析の不十分さを含め、今後の研究に残された課題が示されている。

3. 本論文の成果と問題点
 本論文は、従来、民族・エスニシティに関する社会学が十分に取り上げることがなかった、「混血」「ハーフ」の戦後日本社会における位置づけについて、オミとウィナントによる「人種編成」理論のアプローチを用いて解明を試みた、独創的な社会学的研究といえる。1980年代半ばのアメリカで編み出され、以後、2回にわたって改訂が加えられてきた「人種編成」理論(Omi & Winant, 1986, 1994, 2015)を批判的に参照し、これを踏まえつつ、歴史的諸条件が異なる戦後日本社会の人種プロジェクトを史資料に基づいて析出し、その展開過程を把握するとともに、独自に41名の「ハーフ」当事者に対してインタビューを行い、そのデータに基づいて日常生活における人種化経験をも捉えることで、<日本人化/外国人化>人種プロジェクトのマクロ、メゾ、ミクロの全体像を捉えようとする点、ここに本研究の特徴がある。
 本論文の成果は、大きく以下の3点に分けて考えることができる。
 第一に、本論文の最大の成果は、公民権運動以後のアメリカの人種関係を背景に生み出された「人種編成」理論を、戦後日本の文脈に応用するための方策と一定の分析的枠組を考案した点にある。具体的には、「混血」「ハーフ」の人種化の問題を戦略的分析対象に据え、その一方で、敗戦による帝国解体後の「日本人」カテゴリーの再構築とこれに伴う<日本人化/外国人化>人種プロジェクトを析出し、両者を組み合わせることで、理論的応用に一定の成功を収めている。「日本人」vs.「外国人」の二項対立が、法的な枠組を越えて、人種的・社会的次元を備えたイデオロギーであることを理論的にも実証的にも示した点は評価できる。オミとウィナントの「人種編成」論において、「混血」「ハーフ」の問題は主要な分析対象ではないが、本研究では、人種/人種差別の存在そのものを否定しつつ(「無差別平等」の原則)、暗黙のうちに「日本人」の人種化を図る戦後日本特有の人種プロジェクトにおいて、「混血」「ハーフ」研究が人種編成を浮かび上がらせる上での戦略的意義をもつことが説得的に示されている。
 また、この作業を進めるうえで、本論文は、4つの時期区分と3つの位相という2つの分析軸を設定している。前者の時期区分によって、<日本人化/外国人化>人種プロジェクトが、敗戦直後の「日本人」の再構築、活況を呈する日本人論を補完するようにして登場する「ハーフ」言説、改定入管法と「多文化共生」を経てしだいにヘゲモニー化を強め、同人種プロジェクトの浸透が進むとともに、インターネットやSNSを背景とした当事者によるメディア・アクティビズムを含む、対抗的人種プロジェクトの萌芽を描き出している。また、3つの位相を設定することで、異なる「混血」「ハーフ」の名指し/名乗りの問題を提示し、のみならず、それらが時期区分を越えて、重層的・複層的に人種編成を構造づける局面にも光を当てた。上記のような道具立ては、荒削りながら、今後、日本の人種編成を検討していく上での手がかりを提供するものであろう。
 第二に、本論文はヘゲモニックな<日本人化/外国人化>人種プロジェクトの展開を捉えるにあたり、社会構造のマクロ・メゾ・ミクロ、各水準での分析を試みている。これは、人種編成の構造と表象が人びとの生活における資源の再配分や社会的機会を規定するという「人種編成」理論の基本的主張に即した問題設定であるが、本論文では、とりわけミクロの水準に関して、41名の「ハーフ」当事者に対して、深い聞き取りを行い得ており、この点は高く評価できる。データとして得られた語りの質的な深さと広がりは、筆者自身が当事者であるという立場性とともに、聞き手としての筆者の力量も加わって得られたものである。「ハーフ」としてのライフストーリーの内在的な理解の深さが、個の水準における人種プロジェクトの作用とこれに対処する本人のエージェンシーに関する分厚い記述を可能としているのであり、この点もまた本論文の成果として記すに値する。
 第三に、R・コンネルのジェンダー秩序とジェンダー体制の区別を念頭に、人種プロジェクトの体制、ないし制度ごと、また制度間の作用を考察するため、当事者の日常生活の水準での人種プロジェクトの作用を学校・労働市場・家庭・街頭ごとに把握し、その相互の関係性を考察することで、人種編成やヘゲモニックな人種プロジェクトの強度と同時に亀裂も提示し、これを通して当事者のエージェンシーのありようを分析の俎上に据えようとしている。こうした試みもまた、不十分であるとはいえ、日本の人種編成を今後、検討していくうえでの貴重な手がかりを提供しているといえよう。
 以上のように、新しい研究領域を切り拓くための創意工夫と地道な史資料やデータ収集が認められる一方で、本論文にはいくつかの問題点も認められる。
 第一に、第一部の戦後日本の人種編成と人種プロジェクトの展開を考えるための史資料は、4つの時期区分のうち、第1期については文部省、厚生省、外務省などの「混血児」対策関連史資料が豊富で、分厚いデータに基づいた検討が可能となっているが、SNSが登場する第4期を除く、第2期と第3期については、取り扱う史資料は相対的に分量が少なく、ややバランスを欠いた印象を否めない。<日本人化/外国人化>プロジェクトのヘゲモニー化がいつの時点で決定的となったか、その過程について、そして人種編成の戦後の展開を過不足なく捉えていくうえで、こうした資料的限界をどのように補い、マクロな水準での包括的把握を精緻化していくことが今後の重要な課題のひとつといえる。
 第二に、第二部第8章で、非常に豊富な当事者のライフサイクルに即したインタビュー・データが100頁近くにわたって示され、また当事者のライフコースに即した分析もなされてはいるが、この部分に続いて、本来であれば、終章に入るまえに、独立した章を設け、第一部で抽出されたマクロ・レベルでの人種編成、ならびに人種プロジェクトの歴史的展開に関する考察と有機的につながるようなかたちで、インタビューで得たデータから引き出せる知見を吟味し、一般化できる部分とそうではない部分との別を明確にして、考察を深めるべきだっただろう。先行研究には、このようなミクロレベルのデータから人種編成の枠組を再構築する試みがほとんど見られないこと、またこの点が人種編成理論の方法論的な困難に由来しているとも考えられることから、なおさらのこと、本研究の企ては貴重であるが、今後の理論的課題は依然、残っている。
 第三に、調査者である筆者の当事者性、調査協力者との関係性をより本格的に研究方法の問題として論じる必要があるだろう。この点はインタビュー・データの性質とそこから得られる知見を正当に評価し、調査研究の独自性を捉えるうえでも重要な要件である。また、関連して、筆者の当事者性は、「ハーフ」当事者が自己について語るうえで、人種差別の対象としての部分を強調する方向に向かい、「日本人」性の部分についての語りがやや弱くなるという作用もあったのではないか。
 第四に、戦後日本の人種編成を論じていくうえでは、「混血」「ハーフ」を規定する歴史的・社会的文脈が位相Iから、II、IIIへとシフトするにしたがって、国際社会における日本の地位も大きな変化を遂げてきた。たとえば、敗戦直後と経済大国としての地位を築いたあとでは、人種のヒエラルキーに関する認識が変化してきたのではないか。そのことが<日本人化/外国人化>人種プロジェクトにどのような影響をもたらしたのか、といった視点での検討が不十分なものに留まっている。人種編成の国際比較への視点も、今回の研究には欠けている。今後の課題としてこれらの点を考慮する必要があるだろう。
 以上、主な問題点を記したが、これらについては口述試験の質疑応答において、筆者自身の見解が説明され、今後の課題としての認識も得られた。また、これらの課題にもかかわらず、本論文が達成した成果を損なうものではない。


4. 結論
 上記のような評価に基づき、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与しうる成果を十分あげたものと判断し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するにふさわしい業績と判定した。

最終試験の結果の要旨

2017年11月1日

2017年10月9日、学位請求論文提出者、田口ローレンス吉孝氏の論文についての最終試験を行った。試験においては、提出論文『戦後日本における「混血」「ハーフ」をめぐる人種編成――<日本人化/外国人化>人種プロジェクトの歴史的な展開――』に関する疑問点について、審査委員から逐一説明を求めたのに対して、田口ローレンス吉孝氏はいずれも十分な説明を与えた。よって審査委員一同は、本論文の筆者が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるのに必要な研究業績及び学力を有することを認定した。

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