博士論文一覧

博士論文審査要旨

論文題目:統治と挑戦の時空間に関する社会学的考察―戦後沖縄本島北部東海岸をめぐる軍事合理性、開発、社会運動―
著者:森 啓輔 (MORI, Keisuke)
論文審査委員:町村敬志、小林多寿子、田仲康博

→論文要旨へ

1. 本論文の概要
 本論文は、沖縄を対象に、戦後の米軍統治と、それに対峙する地域社会の側の持続的な抵抗・挑戦の試みとが、いかなる構造的基盤のもとでどのような相互作用を伴いながら展開したのか、またどのような帰結と効果を沖縄の時空間にもたらしたのかを、沖縄本島北部東海岸を舞台とする緻密な分析と記述とで明らかにした、社会学的研究の力作である。占領期の土地接収と開発、1970年前後の国頭村伊部岳闘争、そしてとくに2000年代以降の東村高江ヘリパッド反対闘争に焦点を絞りながら、著者は、住民による抵抗の実践がもつ歴史的・構造的・思想的な意味を、豊かなフィールドワークをもとに説得的に描き出す。同時に、占領や開発という形で進められた統治が住民に主体化の契機を部分的にもたらしてきたことも、村落社会の緻密な構造分析を通じ明らかにした。アンビヴァレントでありつつも力動的・創発的な特性をもつローカルな時空間の構造を、沖縄社会分析の圧倒的な記述の厚みとともに明らかにした点が、本論文の最大の貢献である。

2. 本論文の成果と問題点
本論文の成果は、大きく以下の三点に分けて指摘することができる。
第1に、沖縄本島で那覇からも遠い北部地域(やんばる)では、第二次世界大戦後、米国そして日本の変化する政治的・軍事的意図が投影される形で、米軍による基地建設(演習場からヘリパッドまで)が繰り返し試みられた。そして、その都度地元では地域社会を基盤とする抵抗が表面化してきた。本論文は抵抗の基盤と起源をたどるのに際し、単に運動の動員過程を緻密に分析するだけでなく、その背景にあって住民の主体形成へと大きな影響を及ぼした米軍・琉球政府・日本国家による統治実践、集落ごとの土地所有状況や開発史、産業構造などを、国内外の資料を探索しながら丹念に再構成していった。これにより、統治と挑戦という対照的な実践の間には相互に規定しあう累積的過程が存在していたこと、また異なる地理的スケールを連接する諸制度の遠隔的作用を介して運動主体が実際には生成されてきたことを、説得的に示した。社会学、社会運動論はもちろん、沖縄研究、村落社会研究、森林研究、国際関係論などの成果を駆使しながら独自の研究分野と研究方法を切り開いた点は、本論文の大きな学術的成果である。
 第2に、本論文は、運動現場における長期の参与観察と丹念なインタビューをもとに、座り込みを含む直接行動の場が、争点形成をめぐる主体化=従属化の多スケール的な抗争空間、運動という歴史的象徴的行為の空間、そして一人ひとりの生存(生活)の空間として、重層的に生成・成立していく様子を生き生きと描きだすことに成功した。浮かび上がる社会的世界の豊かさ、そして実践の息づかいについての記述は本論文の魅力のひとつである。またフィールドワークとその成果の活かし方についても試行錯誤の奮闘がよくあらわれており、この面でも本論文をきわめて高く評価することができる。
 第3に、以上で述べた多面的な成果を可能にした根底には、本論文執筆に際して著者が統治性論を初めとする先端の国際的研究動向をいち早く取り入れながら進めた周到な理論的整理と枠組みづくりが存在していたことを、指摘しなければならない。戦前・戦中には疎開先や敗残兵の逃走先としてあり、また戦後においては那覇から遠い「奥地」と位置づけられた沖縄北部地域では、米軍や琉球政府による統治実践を通じて部分的な「自由」や経済的自立がむしろ獲得されるなど、統治の構造自体のなかに主体形成の契機が埋め込まれるという状況がみられた。「主体化-従属化」の作用がきびしく相克し合う重層的な時空間として社会が生成される過程をいかに分析するか。多くの研究が直面・共有するこの課題について、理論と実証を組合せながら本研究が成し遂げた達成点は、国際的な研究水準からみても非常に高く、今後大きな発信力をもつものと期待される。
以上のような成果が認められるものの、本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
第1に、著者は、高江における座り込みの実践の意味を明らかにするという問題意識から出発しながらも、本論文では、「主体化-従属化」をめぐる統治性論などに導かれつつ、時間的にも空間的にもより壮大な研究の舞台を設定するという課題にチャンレジした。その結果、本論文は、「複数の制度的編成」を介して反基地・脱軍事化運動が生成・展開していく力動的な過程を理論的に明らかにするという点で、大きな成功を収めた。その上で、高江という事例の位置と意味はやはりもう一度再検討されなければならない。はたして高江の事例と沖縄の社会運動一般の関係はどのようにとらえられるのか。戦後米軍統治を扱う第1部と高江に対象を絞る第2部の関連づけを含め、この点に課題が残されている。
第2に、上記の点とも関連するが、「ミクロ分析の有効性を、メゾ・レベルの理論により架橋しながら、構造-主体のダイナミクスを記述する」という分析方針の下、メゾ・レベルの理論に精通した著者は、フィールドワーカーとして自ら「ミクロ」な世界に位置を占めるという経験を調査の中で積み重ねてきた。その上で、「フィールドの意味世界とアカデミズムの意味世界の往還」をどのように行うのか。この点は著者も認識するように非常に困難な課題としてある。たとえば、著者はフィールドにおいてどのように認知されていたのか。この点を含め、二つの異なる「意味世界」の間の往還方法、そしてミクロ分析とメゾ・レベルの理論の架橋方法のさらなる洗練は、なお今後の課題として残されている。
ただし、これらの諸点は本論文の学位論文としてのきわめて高い水準を損なうものではなく、著者自身も十分に自覚しており、近い将来の研究においていずれも克服されていくことが十分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2016年10月12日

2016年9月23日、学位請求論文提出者・森啓輔氏の論文について、試験を実施した。 試験において審査委員が、提出論文「統治と挑戦の時空間に関する社会学的考察―戦後沖縄本島北部東海岸をめぐる軍事合理性、開発、社会運動―」に関する疑問点について説明を求めたのに対し、森氏はいずれに対しても的確に応答し、充分な説明を与えた。
 よって、審査員一同は、所定の試問の結果をあわせて考慮し、本論文の筆者が一橋大学学位規則第5条第3項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を受けるに値するものと判断する。

このページの一番上へ