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博士論文審査要旨

論文題目:戦後世界秩序のなかの「国際人権」、1945~1953 年―「フォーラム」としての国連、「抗議のコトバ」としての人権―
著者:小阪 裕城 (KOSAKA, Yuki)
論文審査委員:中野聡、貴堂嘉之、秋山晋吾、青野利彦

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1. 本論文の概要
 本論文は、第二次世界大戦後の戦後世界秩序形成期における「人権」をめぐる国際政治史を、国連を舞台にした主権国家間の外交と各種NGOの抗議運動というふたつの政治過程の相互作用に焦点を当てて、国際人権レジームの出発点を取り巻く文脈を描くことで、黎明期の国連や国際人権の歴史的意義とその限界について考察した論考である。

2. 本論文の成果と問題点
 本論文の第一の成果は、ともすれば冷戦起源論とも相俟って主権国家間の政治外交史として叙述されがちな戦後世界秩序の形成期について、国際人権レジームの出発点という課題に注目し、これを国際政治史、アメリカ社会史、マイノリティ人権・社会運動史など複数にわたる歴史研究を接続して多角的な視点から再検討したこと、より直裁に述べれば外交史と社会史を架橋し総合する視座と事例を提示したことに求めることができる。社会史と冷戦史を架橋する既存の方法・視座としては、戦後世界システムの周辺地域で多発した植民地独立戦争および内戦の背景を、1930年代にさかのぼる各地の社会経済システムや民衆運動史にさかのぼり、それが冷戦とどのように結びついたかを検証するような研究をあげることができる。これに対して本研究は、戦後世界秩序形成の中枢において、レジームの一要素としての「人権」が立ち上がるプロセスそのものに、世界秩序の中枢国であるアメリカにおける社会運動が主体としてどのように関与したかに注目することによって、社会史と外交史を本格的に架橋する新たな視点を提示している。
 本研究の第二の成果は、非国家主体が黎明期の国連と国際人権レジームの形成(1948年世界人権宣言など)において果たした役割を具体的に検討することによって、その歴史を単線的な発展史観・サクセスストーリーとして楽観的に描く立場とも、また主権国家間外交の枠組みへと問題が回収されていく側面ばかりを強調するシニシズムとも一線を画して、国連と国際人権の意義と限界の両面を描き出すことに成功している点である。新冷戦史研究のなかでも、1970年代以降の冷戦の変容と終焉に「人権」問題や非国家主体が果たした役割は注目されてきた。しかし、1960年代以前については検討が十分に進んでいるとは言えない。これに対して本研究は、アメリカのマイノリティ運動、具体的にはNAACP(全米黒人向上協会)およびAJC(アメリカ・ユダヤ人委員会)に注目し、両団体の国連外交・人権外交にかかわる一次史料を徹底的に渉猟して、これをフランクリン・ローズベルト、トルーマン両政権期の政治外交史料と突き合わせた。その結果、明らかになった限界面として本研究は、NAACPとAJCが、前者は米国人種差別問題に対する国連の介入を求めた請願をめぐって、後者はシオニズム(パレスチナ分割・ユダヤ国家建設)に代わるオルタナティヴとして求めたユダヤ人を含むあらゆる住民の人権が各国で保障される普遍的人権保障の枠組みをめぐって、それぞれ結果的には挫折を経験していくプロセスを叙述している。しかし同時に本研究は、このプロセスを通じて「人権」がマイノリティにとっての「抗議のコトバ」としての機能を獲得し、また国連が主権国家関係という「ヨコ」の対立の場としてだけでなく、国家と社会の関係という「タテ」の関係もまた俎上に載せられる「フォーラム」として位置づけられていったことにも注目して、これらの営みには現代における非国家主体外交の枠組みを生成する意義があったことを明らかにしているのである。
 以上のような成果が認められるものの、その一方で本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
 第一に、全体の章立てにおいて時期が重複するプロセスが別々に論じられており、とくにNAACPとAJCが別々に論じられているために、世界秩序形成期のダイナミズムのなかでこれらがどのように連関し、また相互に作用して問題が展開したのか、筆者が問題についてどのような時期区分をして論じているのかが読者に分かりにくいという難点があった。第二に、鍵概念である「人権」については、多様な場で多義的に用いられることを含めて、本研究でどのように定義されて使われているのかを明示的に説明することが望まれる。第三に、資料上の制約よりやむを得ない部分はあったにせよ、AJCについてはシオニズムへの妥協を余儀なくされた側面に対してオルタナティヴであるべき「人権」への取り組みについての記述が必ずしも十分ではなかった。第四に、本研究の視点と知見がアメリカ社会史の諸問題、たとえば黒人・ユダヤ人関係といった課題にどのようにフィードバックされるのかなどについても論じられることが望まれる。
 もちろん、これらの諸点は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、小阪裕城氏自身が十分に自覚しており、近い将来の研究において補われ克服されていくことが十分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2017年5月17日

2017年4月14日、学位請求論文提出者・小阪裕城氏の論文について、最終試験を行った。 本試験において、審査委員が、提出論文「戦後世界秩序のなかの「国際人権」、1945〜1953年─「フォーラム」としての国連、「抗議のコトバ」としての人権─」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、小阪裕城氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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