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博士論文審査要旨

論文題目:民主主義の基盤としての政治的会話―政治的会話の測定、特性および社会的帰結―
著者:横山 智哉 (YOKOYAMA, Tomoya)
論文審査委員:稲葉哲郎、村田光二、安川一、荒井紀一郎

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1. 本論文の概要

 本論文は、政治的会話に関する、計量的な社会調査を用いた実証的研究である。論文は主として、政治的会話の測定や特性に関する分析と政治的会話が政治参加や政治的寛容性に与える影響のメカニズムに関する分析から構成されている。まず、政治的会話の測定や特性については、政治的会話の内容に関する自由記述から政治的会話の構造を明らかにし、さらに政治的会話への抵抗感が分析されている。本論文の中心的テーマである、政治的会話が政治参加および政治的寛容性に与える影響のメカニズムの解明については以下の点を明らかにしている。政治関心が低い有権者は政治的会話を通じて政治知識を獲得する。政治的会話は市民と政治システムとの心理的距離感を縮めることで、政治参加が促進される。政治的寛容性については、政治的会話に含まれる異質な情報への接触が異質な立場の論拠に対する正当性の認識を高めることで、政治的寛容性が醸成される。総合考察においては、本論文の意義と限界が論じられた。

2. 本論文の成果と問題点

 本論文の第一の成果は、日常生活において市民が自然に交わす会話の中に、政治参加を促進する可能性を見いだしたことである。近年、市民の政治参加を促す試みとして、ミニ・パブリックス(mini-publics)という政治的実践がなされている。ミニ・パブリックスとは、無作為抽出された市民がある争点について小集団で討議を行い、当該争点に関する知識の獲得を通じて政治的参加を促進し、あるいは異質な意見への接触を通じて政治的寛容性を醸成することである。しかし、本論文はミニ・パブリックスのような人工的に創設された場において強制的に他者と交わす討議ではなく、日常生活において幅広い話題を取り扱っているインフォーマルな会話の中にある、政治的会話が政治への参加を促す可能性を見出している。この点にまず本論文の成果がある。
 第二の成果は、政治的会話の測定方法の改善である。これまで政治的会話は「あなたは日頃、政治について会話をしますか」という質問で測定されていた。この質問では回答者がどのような内容を「政治」として捉えているのかは明確でない。そこで、本論文では2つの方法を試みている。1つは人びとが日常的に話しているとされる9つの話題について会話の頻度を測定し、そこから政治的会話を抽出する方法である。もう1つは回答者の自由記述データから政治的会話の構造を測定する試みである。これらの試みにより、政治的会話の測定について従前より適切な指標を得ることができた。
第三に、政治的会話が政治参加および政治的寛容性に与える影響のメカニズムの解明という点で成果をあげている。特に、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムの解明については、政治に対する心理的距離感を媒介変数として着目した点が評価される。従前の研究は政治的会話には熟慮特性が内在化しているという過程を置くことで、政治的会話が政治参加を促進するメカニズムを説明してきた。本論文では、政治的会話により、市民が政治とは身近な存在であると感じることで政治参加が促されるという仮説を立て、その媒介過程を実証した。
 政治的会話が政治的寛容性を醸成するという研究に関しては、対人的情報環境に含まれる他者は結果として政治的同質性が高い親密他者であるからこそ、異質な情報や意見を交わすことがでるため、政治的寛容性が醸成されるという逆説的な仮説を導出し検証した点が評価される。親密他者との政治的会話には異質な情報への接触機会が含まれ、そのような情報への接触が、異質な立場の論拠に対する正当性を高めることで、政治的寛容性が醸成されるというメカニズムが検証された。
 以上のような成果が認められるものの、本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
第一に、政治的会話の測定に関する問題である。本論文では日常的とされる9つの話題から政治的話題を抽出することを試みているが、9つの話題では日常的会話全体を把握し切れていない可能性がある。
 第二に、政治的会話と民主主義の関連に関して議論がやや不足している点である。政治的会話が政治参加を促進することで、民主主義に貢献することに関して、政治学分野の成果をより取り込む必要がある。
 第三に、政治的会話が政治参加や政治的寛容性に与える影響についての因果の問題があげられる。本論文で分析された調査の多くは横断的調査であり、政治的会話が政治参加および政治的寛容性の原因であることが厳密に検証されたわけではない。むしろ逆の因果関係の可能性もある。今後、政治的会話の測定法も含めて因果関係に関して多様な検証が望まれる。
 もちろん、以上の問題点は本論文の成果と水準の高さを損なうものではなく、また著者自身も充分に自覚しており、近い将来の研究において克服されることが充分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2017年2月8日

2016年12月28日、学位請求論文提出者 横山智哉氏の論文についての最終試験を行った。試験においては、提出論文「民主主義の基盤としての政治的会話―政治的会話の測定、特性および社会的帰結―」についての審査委員の質疑に対し、横山智哉氏はいずれも充分な説明をもって答えた。
 審査委員一同は、上記の評価にもとづき、本論文が当該分野の研究に寄与すること大なるものと判断し、本論文の筆者が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと認定する。

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